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140.三つの選択肢

 春休み中、塁君は医学院とベスティアリ王妃様の体調管理、私は商会の仕事、お互い忙しくしてるうちに春休みがあと一日になってしまった。なんと明日から私達は最高学年になってしまう。


 せめて一日くらい一緒に過ごしたい! とは思うものの、現実的にはそんな時間は無いわけで。




「えみり……えみりが足りひん……禁断症状や。もはやえみり不足でイライラしてきたんやけど……」



 朝からベスティアリに行き昼頃戻ってきた塁君が、私の商会の執務室に入ってくるなりブツブツ言っている。


「塁君おかえりなさい。今この書類書いちゃうから、終わったら一緒に休憩しようね」

「うん……待っとる……」


 しおらしくソファで待つ塁君の姿にキュンとしてしまう。私だって塁君不足だから来てくれて嬉しい。


「出来た! じゃあ何処かに出かける? ランチする?」

「ランチもええけど、えみり補充させて……」

「どうやって?」

「そんなん決まっとるやん」


 塁君がソファに座ったまま正面に立つ私にギューッと抱きついてきた。撫でやすい位置に頭があるからついナデナデしてしまう。


「はー……えみりやー……」

「お疲れだよね。明日から学園も始まるし益々忙しくなるね」

「体力は問題ないねん。気力の問題やねん。えみりに会われへん時間が長過ぎてマジでヤバい」

「明日からは学園でずっと一緒だから、春休みよりは一緒に居られるよ」


 本当はデートも行きたいけれど、あまりに二人でゆっくり出来る時間が無かった。だから明日からの授業も、昼休みも、通学の馬車さえも楽しみになる。




「この際身代わりにしたろ思て、ヴィンスをエゾナキウサギに変身させたんやけど、えみりのとちゃうねん。なんでやろ、可愛ないねんなぁ……」


 さりげなく酷い。


「ブラッドが『ずっと抱っこしたいと思ってた』言うてナキウサギヴィンス抱っこしてん。めっちゃモフモフナデナデしてな。ブラッドは至福って顔しとるし、ヴィンスも『はうぅ』みたいな顔しとるし、なんや禁断の扉開いてもうてたわ……」


 何それ見たい。


「じゃあ塁君のためだけに私がまた変身しようか? モフモフナデナデで癒されてみる?」

「いや、俺はえみりがおらへんから苦肉の策でヴィンスに変身させただけや。えみりがおるならそのまんまのえみりがええ」


 塁君が顔を上げた瞬間を見計らって私から塁君のほっぺにキスをする。唇を押し当てるだけのキスだけど、塁君には衝撃だったらしい。サプライズ大成功。


「~~!!!」


 塁君がほっぺを押さえてアワアワしてるのが可愛らしい。



「え、え、えみり! うわ、もう今日結婚しよ!」



 真っ赤な顔で抱きついてくる塁君が可愛すぎる。だけど今日結婚は無理です。


「塁君にプレゼントしたいものがあるんだけど」

「え? なになに?」

「鉛筆と消しゴムと鉛筆削りの購入希望が相次いでて、収益がすごいことになりそうなの。今まで塁君にもらってきたもの全部にずっとずっとお返ししたいと思ってたから、念願かなってやっとお返しできそうなんだけど、ちゃんと塁君に必要なものをあげたいの。だからサプライズじゃなく塁君の希望をズバリ聞きます!」

「おう! 何でも聞いてや!」


 満開の笑顔の塁君が自分の胸をドンと叩く。




「三択です。①国内各地に総合病院、②研究施設、③結婚後の新居、さぁ、どれがいい?」




 塁君はマリンブルーの瞳を見開いて固まった。この質問自体がサプライズになったみたいでちょっと嬉しい。



「そ、そんな三択ある?」

「あるの」

「俺はえみりの瞳の色のタイピンとかピアスやろかと……」

「それもプレゼントする!」

「いやいやいや! ええって! プレゼントは俺がしたくてしたもんやから! お返しとか気にせんといて!」

「気にするよ! 私だって塁君に喜んで欲しいもん! やっとほんとに自分で働いてもらったお金だから受け取って!」

「それを言うなら俺かて王家の金やで」

「塁君は昔からずっと執務してるからその対価だよ。私のはお父様からのお小遣いだもん、全然違う」

「気にしぃやな」

「鉛筆も消しゴムも塁君が原材料と作り方教えてくれたから作れたし、商会起ち上げもゼインが協力してくれたし、私一人の力じゃないんだけどね」

「アイディアも起ち上げ以降の仕事も全部えみりやんか」

「でも一番大事なところで力を貸してもらって有難かったよ」


 塁君は私を膝の上に座らせて、私の背中に両手を回した。


「①は王家が作るべきもんやな。②は王家か自分で準備するつもりや。③は絶対俺が建てる」

「もう! どれか私に譲って!」

「えみりの金はとっとき」


 まぁ塁君はそう言うと思ったよ。


 病院も研究施設も絶対あった方がいい。でも私には知識が無いから勝手にサプライズで建ててしまうわけにもいかない。専門家にとって最適な作り、最適な導線、最適な場所の、微に入り細を穿つものにしたいのだ。


 結婚後の新居についても、クリスティアン殿下が即位されるまでは塁君は第二王子として王城にいることになる。結婚したら離宮に移ることにはなるかもしれないけれど、城外へ出て屋敷に居を移すのは結婚より少し先の未来だ。その時は公爵位を与えられるだろう。


 未来の公爵邸を建てるなら立地も面積も拘りたい。ジーン君にとってもいい環境にしたいし、やっぱりそこは塁君と相談して決めたい。だ、だって私達、ふ、ふ、夫婦の城になるわけだからね。へへ。


 結局どれも塁君の意見が必要だから、どれか一つでいいから選んで欲しい。塁君の希望を全て詰め込んだ建築物を贈りたい。とはいえ三択ならこれが一番可能性があるかな、と思っていた選択肢がある。



「じゃあ①は王家に譲る。③もまだ先だから塁君に任せる。そういうことで②を選んで欲しい!」

「研究施設作るなら拘りがめっちゃ入るから金かかるで」

「大丈夫って言いきれるくらい儲かる感じ」

「マジか」



 それでもまだ遠慮する塁君に、私はお願いしてお願いして、しまいには土下座する勢いで、やっとのことで研究施設を選んでもらった。やった、やっとお返し出来る。しかも塁君のためは勿論だけど、絶対この国のため、この世界の人々のためになるのは分かり切っている。


 この世界の医療技術を上げようとしている塁君にとって、最適な贈り物になるに違いない。



 この研究施設から生まれる薬や、治療法や、医療用の器具、それだけじゃなく人材だって育つ筈。塁君がしたいことを思いっきり出来るような場所にしたい。それでいて安全で、堅牢で、居心地のいい場所。


 善は急げということで、その日のうちに塁君は立地も決めてザッとした見取り図も書き、こだわりたい箇所を一覧表にしてくれた。


 一覧表が数ページ続いているけれど、これを待っていた。これ全部を叶えてあげるからね!





 ◇◇◇





 春休み最後の晩御飯は、久々に『北海道うまいもの祭』を開催して、ネオ君もアリスもレオも呼んで、初めて転生者全員で集まった。



「う、うわぁぁ、えみりちゃん! お米も醤油もお味噌もあるなんてすごい! 私元々洋食派ではあったんだけど、それでも思い出して無性に食べたくなるんだよね!」

「僕は北海道の食べ物が大好きだったので嬉しいです。一人で車を借りて北海道一周旅行にも行ったくらいです。北海道物産展には必ず行ってました」


 アリスとレオが嬉しそうで良かった。二人は転生してから初めての前世の味なんだよね。これからもたまに呼んであげよう。


 そんな風にキッチンに立ってほんわかしてたら興奮した声が聞こえてきた。



「こ、こここれ、ラウスブドウエビだよね! すごい! ヒゴロモエビだと思われてたら新種だって判明したタラバエビ科最大の幻のエビ!」



 ネオ君はカウンターに並べてあるブドウエビを前に感動に打ち震えている。



「何科とかはよく分からないけど、趣味で食材探ししてる時に北の漁港で見つけたの。この世界ではどのエビも大きさで分けるだけで一緒くただから、自分でこれとこれとって選んで買ってきたんだ」

「あぁ、えみりさん! 目利きですね! はぁっ! あ、あそこのまな板の上に乗ってるのって、ま、まさか、鮭児(けいじ)では!?」

「呼び方はよく分からないけど、前世で羅臼に行った時に美味しい鮭を教えてもらったの覚えてて、ブドウエビの漁港で見つけたから一緒に買ってきたの」

「こ、この体の小ささ、顔の小ささ、剥がれた銀の鱗! さ、捌く時に幽門垂という消化管の数を数えてもいいですか!? 220程度なら鮭児なんです!」

「ネオ落ち着き」


 レオは楽しそうに聞いているけれどアリスがドン引きしている。そうだよね、魔性だとか思ってたネオ君が目の色変えて食いついてるのが海洋生物だもんね。


 私が鮭を捌いて身をサクにしている間、ネオ君は一生懸命その消化管を数えていた。218だと喜ばれたけれど、すごい情熱で私まで感動した。記念にその部分をプレゼントすると、時間魔法をかけて永久保存すると言っていた。臭くない? 大丈夫?




 特製ダレに漬け込んだザンギ、タコザンギ、殻ごと焼いたホタテ、ラーメンサラダ、そして豪華な海鮮丼。ウニも蟹もイクラもホタテも鮭児もブドウエビも乗ってる祭スペシャル。



「うわぁー! えみりちゃん美味しい! 溶ける! サーモン溶ける!」

「ウニが濃厚で最高ですね」

「ラウスブドウエビ……あぁ僕の血肉になっていく……」

「旨ー! えみりめっちゃ旨い! 蟹もエビも甘!」


 良かった。この皆の美味しいって顔が私に元気をくれる。前世でお客さんが美味しそうに食べる姿も私に元気をくれたっけ。


 今は誰よりも塁君の食べる姿が活力をくれる。


 普段は文句のつけようがない完璧なマナーでゆっくり一口ずつ食べる塁君。でも転生者である私達の前でだけは、大きな一口でパクパク食べる。その姿が綺麗な顔に似合わず豪快で男の子らしくて大好きだ。


 前世からずっとずっと。








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