14.バブリー
「おい、出てこい」
ハートリー家本邸に着いて俺だけすぐに客室に案内された。夜遅かったことと俺がお忍びやゆうことで気ぃ利かしてくれたんやろう。
明日は早うから小麦農家に行くえみりに同行することになっとる。せやから今夜は早めに寝ようとベッドに入ったら部屋の隅から人の気配や。
「気付いてるから早く出てこい。セリーナ・ハートリー」
初めて王都のえみりの家に行った時、俺に擦り寄ってきた妹やな。躱した上でえみりがええってアピッたら機嫌悪なって家出て行きよった妹や。
こいつには最初から警戒しとった。
「お久しぶりです。ルイ殿下」
薄暗い部屋の隅から現れたんは、ネグリジェ姿でバブリーなケッバい化粧をした八歳のセリーナやった。
『なんちゅう顔しとんねん!!!』
思いっきり頭叩きたいけど、やったらあかんやろな。なんなん? 絶対笑かしにきとるやろ。知らんけど。
「八歳のレディには化粧は早いのではないか?」
「いつも綺麗にしていたいのですわ。だってルイ殿下の前ですもの」
なんなん? 俺を狙い撃ちで笑い死にさせようとしとる新手の刺客なんか? 斬新やな。
なんかベッドに四つん這いで上がって来てんねんけど。何しとんねん。にじり寄って来んのやめろや。王子の仮面外れてまうやろ。こんなん吹き出してまうで。
「お姉様はこんなことしてくれないでしょう?」
そりゃ、えみりはこないなことせんわ。こんなケバい化粧せんでも可愛いしな。でもえみりがネグリジェ姿で四つん這いでにじり寄って来たら大歓迎やな。いや待たんかい。予想以上に結構ええんちゃう? ……四つん這いえみり、めちゃめちゃ可愛いやんけ!
ケバガキの台詞のせいで妄想しとったらガキが目の前まで来とった。近くで見ると尚更えぐい。
「どうぞ殿下のお好きにして下さいませ」
「ブフッ!!」
もうあかん。おもろ過ぎや。
「ははっ! あはははは! いや面白かった。セリーナ嬢、もう部屋に戻って休め。もう遅いからな」
必死で平静を装うたった。ほんまは光速でどつきたいくらいやで。多分このお子ちゃまは俺に色仕掛けをしとるんやろな。俺は何やと思われとんねん。
「まぁ酷い人。女に恥をかかせるんですの?」
「プッ。フフッ……まさか八歳に言われるとはな」
「いくつでも女は女ですわ」
「はぁー。はっきり言わないと分からないか? 俺はエミリーがいい。エミリー以外いらない」
ガキの目から熱がすぅっと抜けたんが分かる。無表情で俺を睨みつけとるけど、お前顔おもろいからな。睨んどっても全然怖ないで。
「お姉様が出来ないことも私は出来ますわよ」
「そろそろ怒るぞ。不敬罪にしてもいい。今すぐ戻れ」
めっさ不満そうな顔で歯ぁ食いしばって出て行きよった。
えみりが出来んでお前が出来ることって何やねん。ド下ネタやないやろな。やめろや、えみりで妄想してまうやんけ。健全な青少年やで俺は。
あかん。寝れなくなったら明日に響くから無にならんとあかん。
ほんまに邪魔くさい妹やで。何でお前がえみりの妹やねん。お前は前世でも今世でも嫌いなタイプや。
『八取芹那、忘れてへんからな』
◇◇◇
私がもう寝るだけの状態になったタイミングでノックが二回聞こえた。あれ? 普通ノックは四回なんだけど。
「誰?」
「私ですわ」
まさかセリーナから来てくれるなんて。私は急いでドアを開けた。普段ノックもしないで開けるセリーナだから二回ノックでもましかもしれない。
「セリーナ久しぶり! 元気にしてた?」
「……」
「お化粧してるって聞いてたけど、本当だったんだね。セリーナは何もしなくても可愛いよ!」
「……」
そこでセリーナは踵を返して行ってしまった。何だったんだろう? 何か用事があったから来てくれたんじゃないのかな? もう遅いのに本邸に着いてすぐの私の部屋に来てくれるなんて、本当は寂しかったんだろうか。何も言わないのは王都で私を無視してたからばつが悪かったのかもしれない。そうだとしたら可愛いとこあるじゃないか。
王都での完全無視に比べたらずっと前進した気持ちになって私はベッドに入った。
塁君にもらった右手の指輪の宝石に、ヒビが入っているとも気付かずに。




