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139.音尾信一②

 それからは来栖君のことが気になって気になって、気が付けば目で追うようになってしまった。


 定期テストではぶっちぎりのトップばかり獲る来栖君に、僕が畏敬の念を抱くようになるまで時間はかからなかった。


 生物研究部に入り、自分と同じ趣味の仲間と活動するのは楽しかったけれど、いつも部員と生物の話をしながらも、『これについての来栖君の見解が聞きたいな』とばかり思っていた。


 思っているのに自分からは話しかけられないし、いざ来栖君に話しかけられても緊張して上手く喋れない。意識し過ぎて僕はすっかり憧れを拗らせてしまっていた。


 それに何より思うのは、こんな僕じゃ来栖君の友達に相応しくないってこと。


 聞いた話では来栖君のお父さんは有名な遺伝子の研究者で、一部の大人達から『来栖教授のご子息』だなんて騒がれるものだから目立つのが嫌いらしい。そんな来栖君の周りはやっぱり親御さんも本人も優秀な人間が多い。優秀な人間はやっぱり更に優秀な人間に惹かれるんだろう。僕は全然神童でもなかったし、親もごく普通の会社員。彼らこそ来栖君に相応しいのだと、隣に並べない自分に理由を作っていた。


 だからこそ彼らの成績が下がるのは許しがたく、『来栖君に相応しくない』なんて余計なことを言ってしまったり、難問を出すことで有名な教科担任がたまたまそうでもない問題を出した時には、『来栖君にこの程度の問題、失礼ですよ』なんて生意気な発言をしてしまったりした。本当に面倒くさい奴だった。


 だって誰も解けないような超難問を出されても、来栖君だけが頭の中で一瞬で解いてしまって、悩むことも無く、書き直すこともなく、一発でスラスラと回答していく様は神懸っていてしびれるほどだったんだ。僕はあの光景が大好きだった。


 そのうち来栖君の持ち物まで真似して買うようになってしまった。買ったはいいけど勿体なくて使えずロッカーに保管したりした。来栖君の写真まで一緒に。いよいよ自分危ないな、とも思うんだけど、崇拝にも似たこの気持ちを止められない。


 クラス替えでクラスが離れても、廊下で、玄関で、グラウンドで、来栖君を探してしまう自分。


 来栖君は特別優秀であるだけじゃなく、特別外見もかっこよかったから、毎年文化祭では他校の女生徒がわざわざ見に来たりしていた。僕が苦手なタイプの女子がたくさん来ては来栖君を探している。来栖君もああいう彼女がいたりするのかな、望めばどんな子でも手に入るんだろうな、なんて思っていたら、来栖君は女子達に見向きもしないで完全無視を極めていた。


 塁君塁君と呼ぶ女子達。あぁ、親しいんだなぁ、と思った次の瞬間には、『馴れ馴れしい。塁君呼ぶなや』と言い放つ来栖君。女子が苦手なのは一緒なんだと勝手に嬉しくなったりもした。


 それにある年の文化祭で悪ふざけでミスコンにノミネートされた来栖君は、囲まれて無理やり女装させられていた。その姿が今までの人生で見た中で一番綺麗で可憐だったものだから、僕は更に心を撃ち抜かれてしまった。これだけ綺麗だったらその辺の女子なんてそりゃあ視界に入らないだろう。


 もう来栖君への感情をどう表現したらいいか分からない。とにかく特別な存在だった。


 大学受験では来栖君は当然のように最難関の医学部に現役で合格した。僕も本当は同じところに進学したかったけれど、自分の限界も分かっていたから地元の医学部に進学することにした。何だか自分が情けなくて、卒業してから同窓会にも参加出来なかった。


 自分は自分の居場所で努力して、いつか来栖君に堂々と会えるように頑張ろうと、そう心に決めて過ごしていた医学部四年の時だった。来栖君の訃報が届いたのは。


 目の前が真っ白になって、もう何を目指せばいいのか、何のために医師を目指していたのかさえ見失ってしまった。食事も喉を通らず夜も寝付けない。生きてきてこれほどのショックを受けたことはなかった。


 お葬式には参列させてもらったけれど、どうしても心の折り合いがつかない。


 二つ年下の女の子を助けようとして電車に撥ねられて亡くなったと聞いて、悔しくて、惜しくて、悲しくて、寂しくて、抜け殻のように過ごして大学もしばらく欠席してしまった。


 ネットで出てきた記事の中で、来栖君がその女の子のことをずっと好きだったことを知った。


 何でこんな相手を? 来栖君に全然相応しくないじゃないか。


 可愛いけれど普通と言えば普通で、特に優秀なわけでもない。それなのに何で来栖君ほどの人がずっと片思いなんてしてたの? 声をかければ、望めば、どんな子でも手に入るだろうに。


 最初はえみりさんを恨む気持ちがこみ上げてきたのも本心だ。


 来栖君の先輩という人が、『塁は何でも一生懸命やる子が好きだった』と言っている記事があった。えみりさんが一生懸命バイトを頑張っていたのをずっと見ていたって。


 バイト? 勉強じゃなくて? 僕はずっと頑張るのは勉強だと思って生きてきて、自分が来栖君に相応しくないと思っていたのも成績や偏差値のことを気にしていたからだ。


 だけど来栖君はそんなことに拘っていなかった。えみりさんは掃除も料理も何でも頑張る子だったと、バイト仲間という人達の書き込みで目にした。


 一従業員が仕事としてする行動に、他の従業員とは違う頑張りを見出していた来栖君。えみりさんのバイト先に通う前からずっと見ていて、店に通うようになってからも半年以上声もかけられなかったって。



 あんなに女子が苦手だった来栖君が、声もかけれないほど本気で好きで、本気で恋をしてたんだ。



 自分の中の来栖君像がまた少し形を変えて、人間らしい部分を見た気がした。でももう来栖君はいない。もう新しい面を見ることは出来ないんだ。僕の知らない知識を聞く機会ももう無いんだ。あのしびれるような光景は記憶の中だけのものになってしまった。



 大きな喪失感に涙が溢れて、嗚咽が漏れて、『来栖君』と呟きながら泣き続けた。



 ある乙女ゲームに『ルイ・クルス』という王子が出てくるとネットで見かけ、しかも来栖君も生前依頼されてプレイしていたと知った僕は、すぐに購入してプレイした。


 どことなく来栖君に似ているルイ殿下に来栖君の面影を重ねながら、僕はゲームを続けて次々と攻略していった。世の中では異世界転生なんてジャンルがあるけれど、本当に来栖君がルイ・クルスに転生していればいいのにと、現実逃避のようなことを考えてプレイした。


 来栖君の訃報から二ヵ月経った頃、未だ睡眠不足と不摂生を重ねていた僕は、一人暮らしの部屋で深い眠りについてしまった。二ヵ月ぶりの深い眠り。それはもう眠りというより一過性の意識消失。


 運悪くその日は秋というのに真夏日で、気温は33℃を超えていた。エアコンもかけないまま、窓も開けないまま、水分も摂らないまま意識を失った僕は、そのまま熱中症になって死んだらしい。何故かというと、気が付けば僕はベステラン王国の平民だったから。


 何年も何年も、訳も分からず前世の記憶を持ったまま生きていた。この記憶を自分の妄想じゃないかと思うこともあったけれど、それにしては鮮明で具体的で時系列もハッキリしている。



 この世界の両親が亡くなり、引き取ってくれた叔父夫婦も亡くなり、孤児院に移ってすぐのことだった。視察に来たオーレリア王女に魔力があるのを見出され、まだ子供なのに魔法省に勤務することになったのは。正直有難いと思った。孤児院で子供として生活するのは物足りなくて、魔法省で仕事をするのはいい刺激になったから。よく僕と話したいと来てくれるオーレリア王女との談義は特に楽しかった。


 ベステラン王国を建て直すことだけを考えているオーレリア様は賢く美しく気さくで、何だか来栖君みたいな人だった。でも来栖君ほど口は悪くない。


 長い年月を一緒に過ごすうち、畏れ多くも僕はオーレリア様に恋をしてしまった。身分違いは勿論だけど、それを置いておいても気軽に気持ちなんて伝えられない。今の関係じゃなくなったらお傍にもいられなくなるし、お顔を見ただけで胸がいっぱいで、そもそもそんな話題を出せない。



 来栖君がえみりさんに声もかけられなかった気持ちを、僕はやっと理解した。



 ある日オーレリア様と世界情勢の話をしてる際、オーレリア様の口から出てきたクルス王国という国名、大神殿の存在、そして王族の名前。ドクン、と僕の心臓が大きく跳ねる。


 まさか、ここはあのゲームの世界なんだろうか。でもベステラン王国なんて国があのゲームにあったのか? でも、クルス王国、ルイ・クルス第二王子殿下と仰った。まさか、本当にそんなことが?



 その後はオーレリア様と祖国のために奔走し、来栖君が重きを置いていた『何でも一生懸命やる』ということを僕も実践し続けた。勉強だけじゃなく、どんなことでも。



 その結果、願っていた以上の未来が僕の手の中に零れ落ちてきた。何もかも、来栖君のおかげで。



 前世でも今世でも、来栖君は僕にとって神様みたいな人なのは変わらない。でも今は友人でもあるって少しだけ自信がついた。しかももうすぐ義理の兄弟になるんだね。嘘みたいだ。



 ずっと一人で抱えてきた『アウレリオ様のクローン作製』まで成功しそうで、それだけで十分感激していたのに、この間来栖君が新しく作った薬剤を僕にくれた。


 それは骨粗鬆症の治療薬。破骨細胞の抑制と骨芽細胞の活性化を促す注射薬。僕の宝物シリウスのために。僕ではせいぜい食事の栄養を工夫する程度で、こんな遺伝子組み換えのモノクローナル抗体なんてとても作れなかった。


 僕の大事な何もかもを守ってくれるんだね。


 前世でも仲間は徹底的に守るスタンスの来栖君は、生まれ変わっても中身はぶれずにそのままだ。昔も今も、その守ってくれる対象に自分が入っているのだということがくすぐったくて、嬉しくて、胸が詰まって言葉にならない。


 僕は来栖君にも、アウレリオ様にも相応しい人間でいるために努力するよ。来栖君が僕に与えてくれた知識も、感情も、一つも無駄にしない。


 生まれ変わっても僕は来栖君に憧れ過ぎて、我ながらどうかしてると思うけど、仕方ないよね。だってかっこいいんだから。


 だから僕も大事な人を守るよ。愛する人も、その国も、その人のクローンも、細胞もひとつ残らず全てを愛すよ。



 来栖君がえみりさんにそうするようにね。








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