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135/217

135.ヒロインは隠しルートのキャラに会っていない

 私達はあっという間に第二学年を終え、今日から春休み。


 クリスティアン殿下は昨日卒業式で、在校生代表の塁君が送辞を読み、卒業生代表のクリスティアン殿下が答辞を読んだ。


 昨夜の卒業パーティーでは、クリスティアン殿下のパートナーは勿論グレイスで、何のトラブルも無く終始和やかな雰囲気だったんだとか。断罪とかなくて本当に安心した私。


 ヒロイン・アリスは誰のルートにも入ってないから、断罪なんて無いのは分かっているんだけど、やっぱり無事に二人がお城に帰ってくるまではドキドキしてしまった。


 勝手に心配した私はバルコニーに潜んで帰りを待ってしまって、そのせいで若干風邪気味だ。でもアリスがタイミングよく大量の宿題をしにお城の図書館にくるので、光魔法で治してもらおうと思っている。





 ◇◇◇





「アリス……すごい荷物だね」

「こ、これ、全部、宿題で……ぅっ、重い」


 机の上にカバンを置く時『ゴスッ!』という音がした。


「あぁー、肩外れるかと思ったぁー!!」

「毎日コツコツやればこないなことにならへんねん」

「私にだって他にやることあるんだもん!」

「レオん家行くだけやんけ」

「未来の義家族との関係を良好に保つよう努力してるの!」

「へー」

「ムカつく!」


 アリスが机の上に大量の教材を並べると、もう机全てが埋め尽くされるほどだった。


「こんなに出すとか信じられる!? エミリーちゃん、どう思う!?」

「お医者さんになるにはそれくらいしなきゃいけないんだなーと思う」

「えみりかわい」

「そ、そこはさ! 『多過ぎだよね! 信じられない! 厳しすぎるよ!』って言うとこじゃない!?」

「ごめん」

「えみりは悪ない。悪いのはこいつの根性や」

「ちょっとぉ!!」

「あんまり俺に無礼を働くとジュリアンの暗器が飛んでくるで」

「え゛っ!!?」


 アリスがビビってキョドりはじめた。


「ジュ、ジュ、ジュリアン?? 私まだ会ったことない! ゼインも! 手下っぽい人達は一瞬見たけど。本人存在するの? 何、ルイ殿下知り合い? ていうか何でジュリアンが暗器? 神殿にいなかったからおかしいなって思ってたけど、暗器って何!?」

「自分、ジュリアンに一回会うてんで」

「どどど何処で!? あんな美形一度会ったら忘れるわけないじゃん!」

「この間ベスティアリでえみりがナキウサギやった時、えみりの姿のやつがおったやろ。誰やねんって思わへんかった?」

「……ぇっ」


 アリスはものすごく記憶を呼び起こしてる様子だけど、思い出せば思い出す程混乱の極みに達している。


「いたわ……。確かにエミリーちゃんらしき角ありネズミもいたのに、本物のエミリーちゃんも後ろに確かにいたよ。まままさか、あああれが、ジュ、ジュリアン?? ななな何がどうして?? ゲームの中の穏やかで親切な慈愛のジュリアンは?? 神々しかったジュリアンが暗器飛ばすって何で??」

「ナキウサギな」

「いやネズミだったよ!」

「自分、ネオにも()られんで」

「え゛ぇっ!?」


 アリスが怯えて図書館中を見渡しているけれど、目に入ってくるのは『うるさい静かにしろ』という利用者達の冷たい眼差しだった。


「す、すみませーん……」


 やっと大人しくなったアリスが声を潜めて訊いてきた。


「またいつの間にかシナリオが変わってるんだ?」

「もうあちこち変わってるから気にしなくていいよ」


 ほとんどは塁君の影響だしね。


「シナリオが変わってるといえばさ、本当なら私二学年のうちに国内のあちこちで光魔法で人を救う予定だったんだけど、何も起こらないんだよね……」


 そういえばそうだった。


 ゲームではアリスが神殿に所属して奉仕活動をしつつ、マップ上で王国中を網羅していく。国境沿いの町では隣国から入ってきた流行り病を治癒したり、北の町では災害で怪我をした人々を治癒したり、南の町では日照り続きで枯れてしまった作物を生き返らせたりする。


 だけど今のところ我が国ではそんな事態になっていない。隣国の流行り病も入ってきていないし、北の町でも災害なんか起きてない。南の町では日照りが続いていた気がするけど、作物の被害は聞こえてこない。


「そういえば何も起こってないねぇ……」

「出番が無いんだよね……」


 ゲームでは救った場所がマップ上で順番に色が付いていき、最終的に国土全てに色が付いて完全なマップが完成すると、攻略中の対象者から招待状が届くのだ。そして攻略対象者のお家で二人甘い時間を過ごし、好感度に追い込みをかけていく。そこから何度か訪問を続けるうちに美麗スチルがもらえたりするんだけど……。


「隣国の流行り病はな、多分コレラやねん。ゲームで脱水で死んでくて描写あったやろ。患者の皮膚が乾燥しとって、ヒロインが握った患者の指先の皺がーいうやつ。それで俺は経口ワクチン作って国境沿いの町っちゅう町に配布してん。流行ってへんいうことは効果あったんやろな」


 塁君はケロッとした感じで言っているけど、既視感がすごい。ジュリアンの故郷でも似たことが起こっていた筈だ。


「北は地すべりが起こりやすい地形やねん。せやから七年前に土魔法で地下水の排水路と遮水壁作ってな、アンカーも杭も打ってん。今んとこ何も起きてへんから役立ってんちゃうかな」


 目の前の第二王子が国土交通省みたいなことをしている。


「南の日照り対策は昔っから必要なことやったやろ。俺が(ちっ)こい頃に魔法練習用に水魔法付与した魔石ぎょうさん作ったんやけど、干ばつ対策に活かせるやんか思てな。土魔法で灌漑用水作って、そこにその魔石設置して、むこう五百年位は水が湧き続けるようにしてんねん。太陽光と水がふんだんにあるいうことは、普通に農業用に恵まれた土地やっちゅうことやからな。今では一大穀倉地帯なんやで」


 幼い第二王子が一人自治体みたいなことまでしている。


「だ、だから私の出番が無いのね……」

「聖女の出番なんて無い方がええに決まっとるやろ。病気も災害も起きへんに越したことないねん。それでもあかん時が聖女の出番なんやろな」

「な、なんか私スーパーヒーローみたいじゃない? うふっ!」

「そのためには医学の勉強が必要やって自覚しろや。おら、ちゃっちゃと終わらせんかい」

「……鬼がいる…………滅殺」


 日本語で良かった。公用語だったら本当に暗器が飛んできたかもしれない。だって奥の本棚の辺りから、私、既にすごい殺気を感じてます。


 流石に何か感じたアリスがバッと奥の本棚に振り返った。


「ななな何か、もの凄い悪意を感じた!」

「言うたやろ。俺に無礼を働くと暗器が飛んでくるて」

「ジュジュジュジュリアン???」

「まぁ即死じゃなければ光魔法で治せるんちゃう?」

「医者が言うことじゃない! ていうかジュリアン何者!?」

「俺の幼馴染」

「またなの……またシナリオ変えてるの……でももう驚かない! どうせゼインもゲームと違うんでしょ! セリーナ誘拐しようとしてたのは知ってるけど、実はこの世界ではゼインも幼馴染とか言い出すんじゃないの!? あはは、まさかね。なーんちゃっ……」

「よう分かったな。そう、幼馴染の兄貴やねん」

「…………」

「医学院のイーサンはゼインの弟やで」

「ぅぇっ!?」

「栄養失調なんかで死なせへんて」


 アリスはもう青ざめて宿題どころの顔色をしていない。


「う、噓でしょ。わ、わ、私、この間イーサン君に『皆知らないと思うけど、ゼインっていう悪の親玉が王都にいるんだよ。めちゃくちゃセクシーイケメンなんだけど、闇が深すぎて無理』とか言っちゃったよ」

「何したらそないな話題になんねん」

「ライガ君の故郷では男らしさはタトゥーの多さだとか言うから、そこから話が広がって、身の回りのいい男の話になったの……。女子達が見事にメインキャラとかネオ君とかアウレリオ様とかいうから、皆の知らない大人イケメンを知ってるって見栄を張りたくて名前を出しました……」


 アリスが両手で顔を覆って『浅はかでしたぁ!』と震えている。そうだよね。あのゲームのゼインなら秒で殺されそう。アリスはゼイン攻略までに何十回も自分が殺される場面を見たんだろうな。私は攻略もできなかったけど。


「ジュリアンとゼインにいつ殺されるか分からへんから、言動によくよく気ぃ付けや。まず俺の出した宿題は期日守れ。態度も改めろ。ええな」

「は、はぃぃぃ!」


 アリスは心を入れ替えたかのように必死で宿題に取り掛かった。塁君が時々視線を向けては『チッ』と舌打ちしてるから間違ってるっぽいけれど。


 アリスが結局半分も終わらず帰った後に、そういえば風邪を治してもらうんだったと思い出した。まずいな、ちょっと熱っぽいかもしれない。



 今日は自分で卵粥でも作ろうとキッチンに向かった。








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