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133.高速な最終日

 遂にベスティアリ王国での最終日が来てしまった。今回が一番長く滞在出来たけれど、それでも帰りたくないくらいの非日常の夢の日々だった。


 昨日はチーム悪役令嬢で集まって、ホーンラビットエリアの可愛いティーサロンでお茶会を開いた。ユージェニーから聞く隣国のお話や、婚約者の第四王子との惚気話に皆でキャーキャー騒いで楽しんで、皆からもそれぞれ観覧車でのプロポーズの話を聞いては胸キュンが過ぎてしょっぱいものを食べたくなる始末。


 皆の話を聞いていたグレイスは羨ましいと頬に手を当て聞き役に徹していたけれど、案ずること無かれ、本日はグレイスの番ですよ!


 それに今日も私と塁君は夕方の晩餐会までデート予定なので、リリーと侍従さんも当然お休みにした。だってネックレスをあげるチャンスが必要でしょう? 


 例によって二人は今夜の帰国に向けて準備をしなければとか言っていたけれど、そんなの毎日整理整頓してる二人ならものの一、二時間で終わるでしょう。なんなら私達も手伝います!


 前回とちょっとだけ違うのは、塁君が命令しなくても『ではお言葉に甘えて』と割とすんなり受け入れてくれたこと。そしてこっちがセッティングしなくても、侍従さんからリリーを誘っていたこと。勿論リリーは『喜んで』と申し出を受けていた。


 これは私達もまた隠密行動で二人を見守らなくては!





 ◇◇◇





「前回より距離が近い気ぃせぇへん?」

「分かる。きっとね、ダンスの効果だと思うんだよね」

「あれは効果的やったな。親密度がグッと上がったんちゃう」

「うん! 上がったよね! あの後私の髪結いながらリリー幸せそうな顔してたもん」

「侍従は辛そうな顔しとったけど、あの時はアホの兄貴の件が解決してへんかったからな。好きやー思ても家庭の事情で気持ち言えへんのはしんどかったやろな。せやけど、解決してネックレス買うた時からあいつの顔つきが変わってん。あれは今日間違いなく言う思う」

「だよね!」


 私と塁君は今回も尾行しながら買い食いをしたりして楽しんでいる。今はジェラート屋さんの影に隠れながら、ホーンラビットを愛でている二人を見守っている。


 ちなみにホーンラビットはネオ君が再度ウイルスと時間魔法で創り出すまで、毎日魔術師団員達が交代で変身していた。バイト代が破格だったため、皆こぞって立候補していたらしい。今リリーが撫でているホーンラビットは本物のウサギで魔術師団員じゃないので安心だ。いいな、私もバイトしたかった。


 ネオ君は『まだホーンラビットで良かったですよ。もしシリウスの角が消えたらクローンから作り直すことになって、聖女様と言えど口をききたくなくなると思う』と言っていた。クラスメイトなのに溝が出来なくて本当に良かった。


 アウレリオ様のクローンを作る作業も来週からやっと再開予定で、塁君も全面的に協力することになっている。まずはベスティアリ王妃から卵子を頂くことになるんだとか。今回は自然排卵の成熟卵子ではなく、塁君が作ったhCGというお薬で卵巣刺激というのをして、卵巣内で成熟させた複数個の卵子を左右の卵巣から転移魔法で取り出すらしい。そうすれば今までのように1個の卵子じゃなく、複数個取り出せるうえ、採卵針というものを使わない分、卵子の変形も防げるのだと言っていた。


 塁君は医学院での講義とクローン作製作業で今まで以上に忙しくなるけれど、どっちも大切なことだから、塁君を必要とする人達に力を貸してあげて欲しい。



「観覧車の方行ったで」


 侍従さんとリリーの後をつけていって、観覧車の乗降口が見える場所で隠れることにした。今回は降りてくるところをしっかり見届けたいからね。


 クレープ屋さんでクレープを買って、木陰のベンチに座って乗降口をガン見する私達。塁君はメープルバターシナモン、私は苺カスタード生クリームを食べている。あまりにも美味しいので、二人が降りてくる前に食べ終わったらおかわりしてしまうかもしれない。


「あ、兄さんや」

「わぁ!」


 一足先にゴンドラから降りてきたクリスティアン殿下とグレイスは、いつも以上にくっついていて、グレイスは顔を真っ赤にして泣いていた。あぁ、良かったねグレイス。羨ましいって言ってたもんね。グレイスの左手の薬指には、クリスティアン殿下の瞳の色のサファイヤの指輪が輝いていて、グレイスは大事そうに右手を添えていた。それにしてもグレイスは泣いてもお化粧が崩れず常に美しい。やっぱりメインキャラは違うね。



「そろそろ侍従さん達頂上だよね……」

「せやな。めっちゃ緊張するわ……」

「私も……」


 あんなに美味しかったクレープの味も分からなくなってきて、二人で無言で乗降口を見続けて数分後、遂に二人の乗ったゴンドラが下に到着した。


 ど、どうなの!?


 言ったの? 言えたの? 言ったら言ったでOKしたの?


 あぁ、心臓が口から出そう。



 侍従さんが先に降りてリリーに手を差し伸べる。小さな手がその上に乗せられて、エスコートされたリリーがふわりと降りてくると、その胸元には若草色のネックレスが揺れていた。



「「よしっ!」」



 私達はクレープを持っていない方の手でハイタッチして、侍従さんの健闘を称えた。


「もうこれで心置きなく遊べるな」

「うん! 二人の進展を祝して、コーヒーカップで高速回転しちゃう?」

「おう! やったろうやないか!」


 そうしてベスティアリ王国を存分に楽しんだ私達は、最終日の晩餐では私の両親とも同席した。思いがけずお母様の胸元にも耳元にもお父様の瞳の色のアクセサリーが輝いていて、いくつになっても愛し合っていて嬉しいなと思った時だった。


「エミリー、今日コーヒーカップで見かけたけれど、いくら他国とはいえ王子の婚約者ともあろう者がはしゃぎ過ぎです。あまりに速く回転してるから顔の判別が一瞬出来なかったわ」


 お母様のお小言が始まった。


「ハートリー侯爵夫人、あれは俺が率先してしていました。エミリーは悪くありません」


 すかさず塁君が庇ってくれる。


「ルイ殿下、お言葉ですが、私エミリーが張り切って回しているのを見てしまったんです」

「偶然です。俺を楽しませようとして頑張ってくれていたんです」

「有難いお言葉ですが、あまり甘やかされるとエミリーがいつまでも淑女になりきれませんわ」

「エミリーはこのままで十分俺には勿体ないほどの女性です。どうか叱らないでやって下さい」


 まずい。最終日の晩餐で雰囲気が悪くなるのは避けたい。ここは張本人である私が何か言わないと。


「お、お母様! コーヒーカップというものは、あれこそが正しい乗り方なんですよ!」

「え?」

「高速回転こそが醍醐味! 降りた後に真っ直ぐ歩けるかどうかまでがセットで楽しいのです!」

「えぇぇ?」


 離れた席でヴィンセントとアウレリオ様が顔を背けて震えている。それに比べてシンシアは義姉を助けようと助太刀してきてくれた。義妹よ!


「その通りです! 右に回すか左に回すかで降りた後にふらつく方向も変わります! それを瞬間的に察知して支えることがパートナーの務めです! 友人なら笑いの種に。恋人なら距離を縮めるきっかけに。夫婦なら愛の再確認、またはマンネリ打破に役立つ優れた乗り物こそがコーヒーカップです!! ゆっくりと密室で語り合える観覧車と違い、コーヒーカップは周りの目も耳もあります。ですが! 単純でありながら奥が深く、高速回転することでお互いの声しか聞こえない空間を作り出せるのです! ガイドブックには載せなかったプロポーズ裏ベストスポットに勧めたいくらいのプロポーズチャレンジスポットだと思っております!!」


 えっ……? な、なんて?


 真剣な表情で突拍子もないプレゼンをお母様に始めるシンシア。助けてくれようとしてるんだろうけど訳の分からない方向に遠く遠く遠ざかった気がする……。


「そ、そうなの……?」

「そうなんです! 是非! お義母様も高速で回してみて下さい!」

「じ、次回ね……?」

「はい! 是非! お義父様と!!」


 お父様もお母様も圧倒されて無言で食事に戻ることにしたようだ。もしや訳分からな過ぎて煙に巻く作戦? ナイス! シンシアナイス! と思っていたら、話はそこで終わらなかった。


「そ、そうなんですのね……!」

「そんなお話を聞いてしまうと、興味が湧いてしまいますね」

「ええ、観覧車も素敵ですけど、コーヒーカップも気になりますわ」


 素直に育っているご令嬢達が今のプレゼンを本気にし出した。婚約者である男性陣は青ざめているけれど、皆で視線を合わせて『どうする?』みたいになっている。どうするもこうするも、本気ですか? いや……面白いかもしれないから是非頑張って欲しい。プロポーズ裏ベストスポットでのプロポーズチャレンジ! 舌を噛まないで言えるかな? 聞こえるかな? っていうチャレンジなのかな!


 さっきまで震えて笑いを堪えていたヴィンセントも、他人事じゃなくなって冷や汗をかいている。ふふふ、愛する婚約者の願いは叶えないわけにいかないでしょう! ファイトファイト!


 塁君もテーブルの下で親指を立ててシンシアにウインクしていた。頬を赤らめてやり切った表情のシンシア。


 その晩餐の後、帰国までの数時間で皆でコーヒーカップへ行くことになった。ベスティアリ王国最終日の夜、光の魔石が照らし出す美しいイルミネーションの中、メインキャラ達の絶叫が響いたのだった。








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