132.社会的にも物理的にも半殺し
舞踏会が始まり、まずアウレリオ様とシンシアがファーストダンスを踊ると、次の曲からは招待客も中央へ出てパートナーとダンスを踊れる。
勿論私は塁君と。
何度踊ってもダンスというのはときめくもので、アリスがダンスに夢見る気持ちはよく分かる。
今まで何度もダンスの講師と踊った経験はあるけれど、塁君ほど私に合わせてくれながらも上手くリードして気持ちよく踊らせてくれる人はいない。
目が合うたびに私に微笑む美しい王子は、あと一年と少しで私の旦那様になる。
「あと一年と少しで俺の奥さんなんだな」
「同じこと考えてた。あはは」
「あぁ、めちゃくちゃ楽しみだ……もう本当の本当に書類上も俺のもの! ふっ、ふふっ」
「怖いよ」
「いやもう口元が緩んで仕方ない」
曲が変わって二曲目になっても、婚約者同士は続けて踊ってOKだ。ターンした瞬間、クリスティアン殿下とグレイスが見つめ合いながら踊る姿が見える。
「クリスティアン殿下とグレイスお似合いだね」
「ああ、あの二人のおかげでうちの国は安泰だな」
次のターンではユージェニーと婚約者である隣国の第四王子が踊っている姿が視界に入ってきた。
優しそうなその王子は、ユージェニーに夢中なのが見ていて分かる程だった。熱のこもった瞳で見つめられるユージェニーも幸せそうに微笑んでいる。
ローランド達は昨日の観覧車でのプロポーズが成功したようで、三人とも今まで以上にラブラブなのが見て分かる程見つめ合っている。小さな声で会話しては令嬢達が頬を染めて俯き、その頭にキスを落とす。そして驚いて顔を上げる令嬢の額にももう一度キスをする。ここまでがセット。
あぁ、良かった。悪役令嬢全員幸せそうだ。でもこの世界では皆一度も悪役なんかじゃなかったね。ただの愛され令嬢だ。元プレイヤーとして胸がいっぱいです。
そしてヒロイン・アリスはというと、婚約していないから二曲目ではレオと壁際でジュースを飲んでいる。レオはお皿にアリスの好きそうなものをサーブしていて、それがあまりにスムーズだから、やっぱり前世で羽音ちゃんのかれぴさんだったんだなーと納得してしまった。
「アリスさんはもうエビのアレルギーは無いんですね?」
「うん、もう何でも食べれるの。聖女だから健康もいいところ! エビって美味しいんだね」
「これも食べてみます? 以前お好きだったものは一通り選んでありますけど」
「うん! ベスティアリのエビ料理食べてみたい!」
「分かりました。少し多めに入れましょう」
この二人にはまだ時間が必要そうでいて、でももう必要じゃない気さえする。前世での二人の時間はやっぱり確実に存在していると、二人の纏う空気が教えてくれる。
曲が終わって私達も休憩に入ると、クリスティアン殿下が話しかけてきた。
「エミリー、昨日の姿とても可愛かったよ」
「ぅっ、ご覧になりましたか……」
「ルイがそれは大事に抱いて戻ってきたからね。隣にエミリーはいないのにエミリーの魔力は感じるし、まさかと思ったらエミリー本人だったね。ふふ」
「お恥ずかしい……ぐっすり寝てしまって」
「大変だったみたいだから眠くもなるよ。ルイも指輪を渡す時に魔法効果を言ってなかったんだって? あれをしてればエミリーは無敵なのに、知らなかったせいで怖い思いをして可哀想だったね」
「む、無敵?」
「魔法攻撃も物理攻撃も跳ね返すうえに、位置探知でルイがすぐに駆けつけられるだろう? もうそれはこの世に敵はいないも同然だよ」
「ははは……」
塁君が私に飲み物を持って戻ってくるなり、また謝ってきた。
「確かに俺が悪い。本当にすまない」
「いやいやいや! 全然悪くないよ!」
昨日も謝ってくれたし、塁君は悪くないし、私が無茶したのが悪いのに。
「ルイがそんな大事なことを言い忘れるなんて珍しいね」
「観覧車の頂上だったからな……」
「あぁ、そうか、ふふっ、なるほど」
クリスティアン殿下は何か察して納得して笑っている。
「僕も最終日に行く予定だよ。そうか、そんなに緊張するんだね。僕も肝に銘じておこう」
「人生で一番緊張するかもしれない。兄さんも気を付けろ」
「そうだね、手の平に言いたいことは書いておこうかな」
「見えたらかっこ悪いからやめとけ」
「あははは、本当にね」
すごくいつも通りに見えたのに緊張してたの? 私は嬉しくてチュロス持ったまま泣いちゃったけど、塁君もドキドキしてくれてたならやっぱり嬉しい。それはそうとしてグレイスは最終日に観覧車でプロポーズされるんだね! あぁ~、私まで緊張してくる。グレイスも泣いちゃうねきっと。
私達が舞踏会で談笑している間、聞こえてくる音楽に合わせてリリーが部屋で一人でダンスを踊っていたなんて、私は想像もしていなくて。
侍従さんとのダンスを思い出しながらステップを踏むリリーは、その時にはしっかりと自分の気持ちを自覚していたのだった。
◇◇◇
「ふっふっふっ、えみり、来たで! ゼインからの連絡や!」
塁君が伝書用紙にしては厚みのある気合いの入った報告書を懐からババンと出してきた。
「ワクワク! どう? どうなの?」
「それがな、予想以上にエグい」
「は、半殺し……!」
「まさに社会的な半殺しやな。まさかここまでするとは。せやけどめっちゃスカッとしたのも事実や」
その報告書には、侍従さんの長兄であるジェラルドさんの身勝手な生活ぶりが包み隠さず記載されていた。
再度起ち上げた商会も潰れる寸前で、職員達を何人も路頭に迷わせて平気な顔をしていたこと。
侍従さんの仕送りのほとんどを自分達家族の贅沢な生活に使っていて、お母様には僅かばかりの銀貨しか渡していなかったこと。
お金が勿体ないと、使用人代わりにお母様を働かせていたこと。
侍従さんが送ったネックレスはジェラルドさんの奥さんのものになっていて、今まで十年間送ってきた手紙は一通もお母様の元に届いていなかったこと。
挙句自分が当主なんだから当主の妻は着飾る必要があると居直り、独身で王宮に住み込みの侍従さんはお金を使う機会も無いんだからと、自分達の使い込みを正当化したこと。
その生活に慣れてしまっているジェラルドさんの息子まで、叔父たちが長男である父に貢ぐことも、祖母とはいえ当主じゃない者が当主のために労働することも、そんなことは至極当然という感覚に育ってしまっていること。
屋敷に男手が必要な仕事があれば、仕送り額が侍従さんより少ない次男さん三男さんを呼びつけて使っていたこと。
直接お母様と侍従さんを会わせると会話でバレる可能性があるため、侍従さんが帰省する際は予定を入れて滞在日数を短くさせたり、必ず同席したりしていたこと。
――こ、小賢しい! めちゃくちゃ頭にくる!
「ムカつくやろ? で、こっからがゼインの本領発揮やねん」
ページをめくると、ゼインからのお仕置きがギッシリと書かれていた。
ネックレスは当然お母様に返却し、商会は一旦閉じて、ゼインが持っている商会の一つにジェラルドさん単身で奉公に出ること。
そこでは一番下っ端から地道に学ぶこと。
当然掃除も雑用もやらせること。
住まいは商会の職員用の社宅のような場所に一家で引っ越しさせること。
しばらくは子供を育てる十分な給金も出ないため、奥さんの大量の宝石類を売って生活させること。
ジェラルドさんの息子も侍従さんが奉公に出た十歳に達したら、また別の商会に奉公に行かせて家計を支えること。
ジェラルドさんの服やワイン、装飾品、葉巻等、換金できそうなものは全て換金し、そのお金は路頭に迷わせた元職員達への退職金と迷惑料として分配させること。
初任給から毎月五割を侍従さんへの返済に充てること。
最終的な支払額は侍従さんが十年間仕送りしてきた分プラス年15%の利息。それを払い終えるまでは絶対に逃がさないらしい。
そんな額無理なのでは……と思うけれど、ゼインが絶対に払わせると言い切っているからには本当に払わせるんだと思う。
お屋敷は亡きご主人との思い出や、子育てをしてきた思い出があるものの、そこにお母様一人でも住んでいると、ジェラルドさん一家が何だかんだ出て行かずに居つく可能性が高いので、お母様のご了承を得てお屋敷自体を売って換金すること。
お母様はそのお金で、王宮の近くに建つ小さいけれど品の良いお家で一人で暮らすこと。
その後はゼインの部下が一日おきに伺って、一緒にお菓子やジャムを作り、それをゼインの持っているお店の一つで販売し、お給金を渡すこと。
月に一度イーサンの働く孤児院で子供達にお菓子作りを教えてもらい、それにも謝礼を渡すことが書かれていた。
お屋敷はゼインが相場以上で購入し、いつかお母様や侍従さんが必要とする時まで誰にも売らず管理をするそうだ。
「おぉ~~!!!」
「な、スッキリするやろ!」
そして最後のページの端っこに、『あんまり頭にきたんで何発かボコりました』と付け足しのように書かれていた。
「ゼインの何発か……」
「えっ、マジか。メインの報告でおっしゃー思うて見落としとったわ。ゼインのパンチはめちゃめちゃ重いで」
「そんな感じする……」
「物理的にも半殺しにされとったな」
「闇堕ちしてないのにね」
「ゼイン正義感強いからな。あっ、そうか、面倒見のええ兄貴なだけに弟属性に弱いんやな」
「あっ、なるほど」
私と塁君はしばらくその付け足しの部分をジーッと見つめて、とりあえず二人でガッツポーズをしといた。やっぱりスカッとしてしまったから。
その日の夜、侍従さんに塁君が事情を説明し、侍従さんの元に数ヵ月分の仕送りが戻ってきた。侍従さんはジェラルドさんの裏切りに溜め息を一度だけついたけれど、何となく察してはいたらしい。律儀なお母様からのお手紙の中で、エリオットのおかげで買えたというものが質素なものばかりだったから。
それに、一年に一度実家に顔を出すと、ジェラルドさんに言われていたのか侍女のような服装はしていないものの、いつもお母様の手が酷く荒れていたから。王室御用達の薬屋から良いクリームを送っても、お母様の手荒れが改善することはなかったという。きっとジェラルドさんの奥さんが使っていたんだろうな。
お母様が十年分の手紙を一度も読めなかったことを泣いていたと知った侍従さんは、早速ベスティアリ王国の絵葉書を数枚購入していた。
そしてそして、ここからが大事!
侍従さんは次の日、ベスティアリ王家出入りの宝石商からネックレスを買ったのだ! 侍従さんの瞳と同じ若草色の宝石が付いたネックレスを!!
なんと数ヵ月分の仕送り全部をはたいて購入した美しいネックレスは、シンプルでありながらも質の良いプラチナで飾られていて、とても爽やかで可愛らしく、明るいリリーによく似合いそうだった。




