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130.Shall We Dance?

 立太子の儀当日。


 今朝は朝早くからベスティアリ王国内は祝賀ムード一色だった。


 いつにもまして華やかな王都の街には観光客もいっぱいで、この儀式での経済効果はすごいだろうとシンシアがにんまりしていた。


 立太子の儀の後には婚約発表が行われ、アウレリオ様の瞳の色の薄紫のドレスに身を包んだシンシアは、もうとんでもなく美しかった。スマホがあれば連写したいくらいに。昨日の白いドラゴン姿は既に国中に知れ渡っていて、国民は熱狂的にシンシアを歓迎した。


 アウレリオ様も元々国民人気は高かったのだけど、ドラゴン効果は流石に凄まじく、パレードでは初めてのお披露目にも関わらず『シンシア様』という掛け声がアウレリオ様並みに多かった。


 二人が乗るオープンタイプの馬車の前を、オーロラ色のリボンを首に巻いたシリウスが先導している光景は童話の世界そのもので、私は胸がいっぱいになってちょっとだけ泣いてしまった。




 パレードも大盛況に終わり、舞踏会に向けて数時間の休憩兼準備時間に入ると、アリスがレオに舞踏会でダンスを踊って欲しいとお願いしているところに通りかかってしまった。


「僕はダンスは出来ませんよ?」

「適当でもいいから! 一生のお願い!」

「何十回目の一生のお願いですか」

「え? 初めてじゃない?」

「…………」

「昨日落ち込む私に『結果も大事ですけど、人を救おうとする気持ちと練習していた努力は立派ですよ』って言ってくれたでしょ! 私すっごく嬉しくて、やっぱり好きって思ったの!」

「その後に『でも次からはルイ殿下がいる時は魔法は確認してから使いましょう』とも言いましたけど」

「そうだっけ?」

「…………」

「こんなの一生に一度あるかないかの機会でしょう? せっかく大好きなレオと来てるんだから、私もダンスしてみたい!」


 途中まではツッコまずにいられない会話だったけど、最後の素直な言葉は可愛いなって思ってしまった。そうだよね、平民のアリスにとっては初めての舞踏会で初めてのドレス。しかも大好きな男の子がパートナーだったら踊りたいよね。分かる。


「……分かりました。誰かに短時間でダンスを習いましょう」

「レ、レオー! ありがとう!」

「完璧に出来なくても怒らないで下さいね」

「怒るわけないじゃん! もう嬉しい! レオ好き!」


 よ、良かったねー! 聞いてる私も何だかハッピーだ。さて、部屋に戻ろう、と思ったら。


「エミリーちゃん、誰かダンス出来る手の空いてる人っているかな?」


 え、私に聞く? えーとえーと。はっ! 私はピンと来てしまったよ。


「ピッタリの人がいるよ!」





 ◇◇◇





「エミリー様、私はルイ殿下のご準備がございますので」

「侍従、俺は服くらい自分で着れる。儀式用に髪も既にセットされてるし着替えるだけだ。三分でいける」

「ダメですよ。全て抜かりなく仕上げるのに三十分はいただかなくては」

「よし、じゃあ残り二時間以上あるな。ダンスを教えてやれ」

「侍従さんお願いします。我が国の聖女のお願いなんです。叶えてあげたいじゃないですか」

「私、あの方は去年から見ておりますが、ルイ殿下への態度が酷いので思うところがありますね」

「俺だってそれはあるが、毎回百倍返ししてるから大目に見てやれ。それともリリーと踊るのが嫌なのか」

「なっ! そ、そんなわけないじゃないですか! 何なんですか全く」

「じゃあ決まりだな」

「昨日から強引ですね……」


 こうしてアリスとレオのダンスの講師は侍従さんとリリーにお願いした。リリーがどうしても私の髪を結い直したいと言うので、塁君より多めの一時間半を準備にあてることになったけれど。だから二人のダンスレッスンは一時間。侍従さんは子爵家の四男だし、リリーは男爵家の次女。二人はダンスだって子供の頃から習ってきてるのだ。きっといいお手本になる。



「では男性はまずこのように手を構えます」



 私と塁君は部屋の端っこで邪魔にならないよう見守っている。レオはいつも通り真剣に聞いているけれど、あのアリスまで一生懸命聞いていて、どれだけダンスに夢見ているか伝わってくる。



「侍従さん昨日何も言わなかったみたいだね。宝石店でもお城の使用人達へのお土産買ったんだって」

「俺も本人から聞いた。あいつ……多分家族のこと気にしてるんだと思う」


 塁君は暗い表情になって悔しそうに呟いた。


「子爵家のお兄さんのこと?」

「元々あいつの父親は伯爵家の分家で、生前は伯爵領の補佐官をしてたんだ。亡くなって別の者がその役職についたんだが、長男が成人してもその役は空きはしなかった。それで長男は商会を起ち上げたりしたんだが、すぐに立ちいかなくなって負債を抱えてしまった。次男も三男も別の家門の婿に入っていて、実家に多少援助はしてるようだが負債のせいで足りないんだろう。だから侍従が長男一家と母親の生活を支えてるようなものだ。本来ならあいつは家庭を持ち、子供が複数いてもそれなりに贅沢に育てられるだけの収入がある。なのに実家に仕送りしてるせいで、リリーと付き合うことさえ躊躇っているんだと思う」

「そんなぁ……」


 ちょっと長男さん、弟におんぶに抱っこ過ぎやしませんか? いい大人が何故自分の家庭ばかりで弟の家庭を考えてあげないの? 侍従さんが援助のために結婚を諦めていて、それでリリーへの想い自体も秘めているっていうなら悲しすぎる。


「俺も全然納得いかない。だから昨日のうちにゼインに連絡を入れてある」

「えっ! まさか半殺し!」

「違う違う! 厳しく指導するだけだ。商売のな」

「厳しく……ゼインに……」

「だからゼインは闇堕ちしてないから大丈夫だ、殺さない……多分な。この世界ではちゃんと面倒見のいい兄貴だから。た、多分な」


 私も何度か会っているけど、確かにゼインは親分肌の健康的なお兄さんだ。ゲームではあんなに凶悪で残忍で闇を背負っていたのに。だけど今も表向きは王都を牛耳る犯罪者集団のリーダーをしてるんだから、厳しい一面も絶対ある筈だと私は睨んでいる。


 ふとダンスをしている二組に視線を向けると、侍従さんとリリーは本当に楽しそうに踊っていて、あまりにお似合いなものだから『ゼイン頑張れ』と心の中でエールを送ってしまった。



「レオ君は飲み込みが早いですね。アリスさんはもう少し離れて下さい。レオ君の負担が大き過ぎます」

「ダンスってもっとくっつくんじゃないんですか?」

「私とリリーはくっついてなかったでしょう? ちゃんと見て真似をして下さい」

「は~い」


 こうして見ると、レオもいつの間にか背が伸びて、ヒールを履いたアリスを超えてしまっている。元々の品の良さもあって、舞踏会用の正装を着ている姿は見違えるほどだ。アリスはすっかり目がハートで、ここぞとばかりにレオにくっつこうとしているけれど、上手くステップで躱され続けている。それがまたうまい具合にダンス上級者のように見えて面白い。


「レオ君のおかげでそれなりに形になりましたね。では我々は業務に戻らせていただきます」

「ありがとうございました。勉強になりました」

「レオ君はいい生徒でしたね。今日は楽しんで下さいね」

「私は?」


 アリスの質問に侍従さんもリリーも作り笑いを一瞬だけして、答えることなく戻ってきた。気持ちは分かる。


 私はリリーが髪を結ってくれている間に『侍従さん、ダンス上手だったね』と言ってみた。そうするとリリーは『そうですね、何をやっても器用ですよね!』とご機嫌な声で返ってきた。


 鏡を見ると、私の後ろには頬を赤らめて必死に平静を装うリリーの姿が映っていた。


「リリ~~!!」

「えっ、何ですかお嬢様? それ、どういう感情の表情です?」

「胸がいっぱい!」

「舞踏会が楽しみなんですね?」

「半殺しに期待してるの!」

「はんごろし?」

「内緒内緒!」


 私が小さい頃から姉のように一緒にいてくれたリリー。そのリリーが男の人にこんな表情をするのは初めてのことだ。セリーナが家を出て行った後も、アリスの出現に不安だった時も、いつも変わらずいてくれたリリーの初恋なら絶対叶えたい。だってその相手は仕事も出来て家族思いの侍従さんで、しかもリリーのことが好きなのが分かるから。


 そして願わくば、二人が結婚なんてしてくれたら、私と塁君が結婚した後も、夫婦で私達の元で仕事を続けてくれないかな、なんて思ってしまう。私の侍女はずっとずっとリリーがいい。


「さぁ完璧です!」


 今日もリリーは見事な腕前で私の髪を結い直してくれた。私の髪質も、頭の形も、似合うシルエットも知り尽くしたリリーの芸術作品。


 ノックの音がする。


「エミリー、エスコートさせてくれ」

「はい、喜んで!」

「今日もひときわ綺麗だ」

「リリーのおかげ!」

「リリー、いつも俺のエミリーをありがとう」

「それを言うなら侍従さん、私の塁君をいつもありがとうごさいます」

「「どういたしまして」」


 二人の声が重なった。お互い視線を合わせてプッと小さく笑う二人は、とても可愛らしい恋人同士のようで。


「「ゼイン頑張れ」」


 私と塁君の小さな小さな呟きも重なった。








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