13.ハートリー領へ
私と塁君はその週末に我が家の領地に向けて出発した。馬車で片道半日以上もかかる。こんなに長い時間密室内で二人でいるのは初めてだ。
私はこの日のためにトランプを手作りしてきた。
「ぷっ。えみり、このキングの顔ヤバない?」
「スペードだけインクが滲んで誤魔化そうとしたらそうなっちゃったの!」
「キングやのに目がチワワ並みにつぶらやで。おちょぼ口やし。おもろ!」
「笑ってたらいいさ。ババ抜きで塁君がそのカード引いたらすぐバレるんだからね」
「確かに。我慢しよ。……ふっ、ふふっ」
「もう!」
「あー絵が下手なえみり可愛い」
塁君は毎日『可愛い可愛い』と連発するので困る。私は言葉では返せないので愛情込めて料理を作るのみだ。今日も移動中に食べられるようにクロックムッシュを作ってきた。今日のリボンには『馬車の中でも楽しく遊ぼうね』と書いた。
なのに。
ババ抜き11回目が終わって私は0勝11敗でもう嫌になった。全然楽しく遊べない。
「強すぎるよ……」
「えみりが弱すぎるんやで」
「完璧なポーカーフェイスだった筈なのに……」
「ふっ、マジで? あれで?」
「塁君はジョーカーじゃなくても『うわっ』みたいな顔するんだもん!」
「まだまだ甘いで」
塁君はゲーム内ではクールな無表情王子だったのに、ババ抜きでは表情が豊か過ぎて私は翻弄された末に11連敗した。納得できない。
「えみり、トランプくうて」
「てんきって、ね」
お互い地元の言葉で『シャッフルして』の意味だ。もう心理戦は始まっている。
「てん、て何?」
「くうって何?」
「「(……言われてみれば何?)」」
二人で首を傾げて『シャッフルでいいか』という結論に至って臨んだ12回戦目でも私は敗北した。塁君を見習って私もジョーカー以外で『うわ!』って顔してみたのに通用しなかった。もうお面でもかぶりたい。帰りまでに絶対作る。
「ちょっと休憩しよう」
私はうーんと足を延ばして体の強張りをほぐした。それを見ていた塁君もうーんと手足を伸ばすと足が長くて伸ばしきれてない。ちょっと待って、私と何センチ差なの。
「塁君手足長いよね……。いいなぁ」
「えみりは小型犬みたいで可愛いで」
「そ、それは短足ってことかい?」
「ぷっ。そこまで言うてへん」
絶対そういう意味だろう。前世よりは多少背も高いし手足も長い筈なのに。
「前世でも背が高かったの?」
「んー、186あったから高いんかな」
「高!」
「えみりは?」
「154です……」
「ちっさ!」
前世だったら塁君とは32センチ差もあったのか。なんという凸凹コンビだろう。
「今は?」
「多分160くらいかな。塁君は?」
「175くらいやな。まだまだ成長期やからな」
「公式では187センチって書いてなかった?」
「せやせや。なんや前世と大して変われへんな」
「私はモブだから何の記載も無いよ」
「アメリアの友人枠やろ?」
「後ろにぼんやりいたのが私です」
アメリアとは攻略対象者3・宰相子息ローランドの婚約者だ。お茶会で瞳の色石でカフリンクスを贈ろうとしていたご令嬢である。
ゲームではローランドルートの時にたまに後ろで一緒になって意地悪してたのが私。ゲームでは名も無いぼんやり枠。今世ではご令嬢達とは友達でもなんでもないので、ヒロインが誰ルートに行こうと私は関わらないと決めている。
「婚約者達の誰よりもえみりが一番可愛い」
「ま、またそういうこと言う」
「本気やもん」
塁君は私の目を見てふわりと微笑んだ。
「画伯なんも可愛い」
「天誅!!」
「うぐぅ!」
私はドスッと塁君の脇腹に手刀を入れた。
「そういうたら妹とは久々に会うんやったな」
「うん……何も話せず領地に戻っちゃったから」
「うーん。別にえみりが悪いわけちゃうし気にせんでええよ」
「うん……」
仲が良いわけじゃなかったけど、やっぱり私にとっては可愛い妹だ。生意気でませてて私のことをいつも馬鹿にしてくるけど、天真爛漫で自由で私は羨ましくも思っていた。
本邸に着いたらまたあの生意気な笑顔で元気にしている姿を見たい。
「いつだって俺がついてるから大丈夫や」
塁君は私の不安を読み取って私の手をキュッと握ってくれた。これだけで不思議と安心できる。いつのまにか塁君は私の中で一番大きな存在になっていた。
◇◇◇
夜遅くに本邸に着くと家令のゴドフリーと使用人全員が笑顔で迎えてくれた。塁君はお忍びなので速やかに邸内の客室に案内された。
「エミリーお嬢様、この度は第二王子殿下とのご婚約おめでとうございます。私共使用人一同、心から晴れやかで誇らしい気持ちで一杯です」
「ありがとうゴドフリー。セリーナは元気にしてる?」
「……セリーナ様はこちらにお戻りになられてから少しお変わりになられたかもしれません」
「え? どうしたの?」
「いつもお化粧をされて外出なさったり、領民といざこざを起こされたりしております」
「……?」
確かにセリーナはおませだったからお化粧に興味があってもおかしくないし、我儘なところもあるから人とぶつかることもあるだろう。でもゴドフリーがこんな表情で報告してくるからには何かあると勘付いてしまった。
「お化粧ってどんな風なの?」
「……目に鮮やかな青い色をひいて周りを黒で囲い、濃い桃色の口紅をされてます」
ドギツい八歳児だ。どうしたんだろう。
「そ、そう。いざこざって言うのは?」
「人を悪し様に言ったのをネルに注意されたらしく、皆の前でネルの頬を数発打ったそうです。それを咎めた周りの人間のことも付き飛ばしたり罵ったらしく、領民のセリーナ様への悪感情が高まっております」
「そうなのね……」
皆のお姉さん的立場のネルは、セリーナのためを思って叱ってくれたのだろう。昔から領主の娘だろうと私にも容赦なく説教してきた。でも何もかも正論で、反省したらちゃんと撫でてくれるから皆ネルが好きだった。
そんなネルを人前で平手打ちしたなんて。
「私、明日ネルの家に行く予定だからよく謝っておく」
「エミリーお嬢様……ありがとうございます」
この数時間後、我が家の本邸でセリーナが第二王子に無礼を働くなど私はまだ予想もしていなかった。




