128.狩られる神獣
「エミリー様、いけません。そのお姿で子供達の元へ行くおつもりですね。小さくか弱いそのお姿では、思わぬことがお怪我に繋がります。ルイ殿下からエミリー様を任せて頂いてる身として、行かせるわけにはいきません」
ジュリアンが私を抱きかかえようと手を伸ばしてきた瞬間、私はサイドステップを駆使してその手を避けた。
「エミリー様」
「ごめん、ジュリアン。お叱りは私が受けるから行かせて。皆がアウレリオ様のために必死に動いてるのに、私だけボケッとしてられない」
「ルイ殿下がエミリー様をお叱りになるわけがありません。それよりその角は」
「ジュリアンが叱られちゃうよね。ごめん、それでも行く。今度絶対お詫びするから!」
「エミリー様の代わりに魔術師団を手配します。諜報員も皆変化の魔法は使えますので、エミリー様御自らがお出になられる必要はありません。ところで角が」
「だったら私にも影武者をよろしくっ!」
全ての言葉に食い気味で返事をして、私は一気にタタタタと走り出した。
『エミリー様! ですから角が……!!』と聞こえてくるけど待ってられない。角が何? 頭重いもん、角あるでしょ? この姿じゃ確かめようがないからあると信じるしかない。
ジュリアンに悪いことしちゃったな。だって子供達が今もあんな泣きそうな顔をしてるんだもん。私は子供が好きで前世では先生を目指していた。理系科目が全滅だったのもあるけどね。でもでも子供には笑ってて欲しいじゃないか。ここはアウレリオ様とネオ君が作り上げた夢の国なんだから!!
「あっ!! 角のウサギさんだ!!」
「ウ、ウサギさん? ネズミさん?」
れっきとしたウサギだっつーの!
子供達の間をタタタとすり抜けては止まり、チラッと振り返って視線を合わせる。そうすると皆ホワワ~ンと頬を赤らめ満面の笑顔になり『可愛い~!』と言ってくれる。
ふふふ、そうでしょうそうでしょう! ナキウサギは国宝級に可愛いんだよ!
さあさあ夢の国だよ! 子供達よ、幻獣が幸せに暮らすベスティアリ王国を好きになったらいいよ! それで何度も何度も遊びにおいで!
気分よく子供達の周りを走り回っていると、大人達も近付いてきたのを感じる。お父さんお母さんかな? 子供達と一緒に見ててくださいね。
「あ、あの角を見ろ!」
え? 角? やっぱりあるんだね。良かった良かった、大成功だね。
「七色に光ってるぞ!」
へ? なないろにひかってる? 何が?
「あの角、あれは宝石か? それとも別の何かか? さっきまで居たホーンラビット達と違うぞ!」
「姿もただのウサギじゃないし、特別な生き物じゃないの?」
「さっきのドラゴンといい、ひょっとしてこれも神の使いじゃ!?」
「一匹しかいない……これはご利益があるかもしれないぞ」
えっ。何それ。どういう展開。
さっきジュリアンが言おうとした『角が』の続きってひょっとして『七色ですよ』だったの??
大人達の目がギラギラして見える。あれ、これなんかまずい?
「ひょっとして、あの角には神力が宿っているんじゃないか!?」
何言ってるの!?
「少し……少しだけでも手に入らないだろうか」
ど、どうやって??
「神の力で万病が治ったりするかもしれないよな。さっきの聖女様のように」
どういうこじつけ!!
「旅行に連れてこれたら田舎の母も聖女様の光で病が治ったかもしれないけど……連れて来れなかったからな……」
「土産にあの角の粉でも持ち帰れたら……」
「聖女様と同じ効果があるかもしれないのか?」
「だったら肉も……」
「小さい体だから早い者勝ちになるな……」
そ、そ、そんなわけないでしょー! そもそも神の使いだと思ってるなら、そんなことしたら罰が当たるとか思わないの!?
じりじりと近寄ってくる大人達に恐怖を感じた私は、一気に加速して逃げた。
「あ、ま、待てっ!」
待てと言われて誰が待つかーー!!
その突拍子もない言葉がまことしやかに広がっていって、たくさんの観光客が私を捕まえようとしてくる。四方八方から伸びてくる腕を必死で躱して駆け抜ける。
ど、どうしよう。変化の魔法を取り消せば済むけど、こんな大勢の観光客の目の前で元に戻ったらアウレリオ様に多大なる迷惑をかけてしまう。
他のものに変化したこともないし、今するには集中出来る環境も無い。止まったが最後、すぐ捕まってしまうだろう。それで角も肉も……? あわわわわ。
「ウサギさーん、待ってー!」
可愛い子供達の声には応えてあげたいけど、君達の保護者が怖い件!
「ほらっ!」
危ない! 右からサッと伸びてきた手も咄嗟に躱す。
「すばしっこいな!」
次から次へと伸びてくる腕は増えるばかり。だけど私はドッジえみり。飛んでくるボールを躱せる私に、大人の腕が伸びてくる速さなんぞなんてことはない!
ふはは、と強がって空元気を出して走り続けるけど、本当の本当は泣きそうです。
うぅー、何で私の角は七色になんてなったんだ! さっき変化の魔法を発動する時、速水君の写真と、ナキウサギを想像した以外に、何か混じっちゃった? いつもなら余計なイメージがあれば発動しなかったのに。
「こっちに来たぞ!」
うわー! 左に曲がろう、と思ったら左にもいたー! ぎゃー! 細かくステップを踏んで何とか上手く躱し続ける。
もうどれくらいリアル鬼ごっこしてるだろう。1時間52分で私の魔力は切れちゃうから、それまでに何処かに身を隠さなきゃいけない。
だけどこんな状態では何処にも行けそうにない。この変な盛り上がりを察知した別のエリアに居た観光客まで加わって、さっきよりも大勢の大人達がまるでゲームのように私を追いかけてくる。
変なチームプレイまで発揮しだして、追い立てる人と回り込む人まで役割分担しだした。私は人間だからそういう思惑も読んで避けれるけれど、流石にずっとはしんどい。
も、もうやだよ。子供達より大人が勝手な妄想で襲いかかってくる。小さい小さい自分より何十倍も何百倍も大きい人間達。
怖い。怖いよ。塁君。
「エミリー」
幻聴? 塁君の優しい声が聞こえた。
その瞬間ふわりと浮いた私の小さな体はすっぽりと塁君の魔力に包まれた。
「止まった! よしっ!」
観光客の一人が浮き上がった私を捕まえようと手の平を近付けた途端、バチン!と音がしてその手が弾かれた。
「この神獣は俺のものだ」
そう言って優しく私を包んだ大きな両手の平は、正真正銘塁君本人のものだった。
「ク、クルス王国の……」
改めて塁君の姿を見た人達は、そのオーラに慌てて後退りして行った。
「これは俺が我が国から連れてきた大事な神獣だ。ドラゴンの出現で逃げてしまったが、間違いなく俺のものだ。手出しは許さない」
塁君。塁君。私、塁君みたいに上手く出来なかった。小さい動物にしかなれないから、簡単に追いかけられちゃった。踏まれたり、捕食されたりするのも怖いけど、人間に捕まるのも怖いって身をもって知った。医学院で解剖されるのも嫌だけど、普通の人達が一心不乱に向かってくるのも恐怖だった。
ナキウサギの姿の私の瞳からポロポロ涙が零れてきて、塁君が背中を撫でてほっぺにキスをしてくれた。ムニムニのほっぺがキスの度に上に持ち上がる。
「角のウサギさん泣いてるー」
「お父さん達がいじめたからだよ!」
「可哀想。えんえんしてる」
「ごめんなさいして!」
私を捕まえようと躍起になっていた大人達はバツの悪そうな顔をして、お互い顔を見合わせ苦笑いしていた。
「ウサギさん怖かったって泣いてる。可哀想ー、うぇ、うぇぇ」
「ぼ、僕も、あんなに、お、追いかけられたら、怖いー! うわーん!」
子供達が私の立場になって泣いてくれた。それで余計に私も泣いてしまった。
「す、すみませんでした……」
「王子様のペットだとは知らずに……」
「そ、その角には聖女様のお力があるのでは」
口々に謝罪の言葉を述べるものの、まだ角の効能を諦めきれない様子だ。
「これはペットではなく俺の宝物だ。神獣ではあるが、この角にそんな力はない。削ろうとか折ろうと思っているなら相応の処罰を考えるぞ」
「と、とんでもございません!」
「私達の勘違いでした! すみませんでした!」
誤解が解けた……とホッとしていたら、何処からともなく大量のホーンラビット達が一斉に走ってきた。ダダダダダと足音を響かせて子供達の間を縫うように走り去る。
「わぁ! 角のウサギさん達だ!」
「きゃー! 待ってー! わーい!」
子供達は目を輝かせてホーンラビット達の元へ散っていった。ホーンラビットカチューシャを外していた子達も再び頭に着けて笑っている。
よ、良かったぁ……。
少し離れたところに私の姿をした人が立っていて、こっちにウインクしてきた。あれは、ジュリアン? じゃあこのホーンラビット達は魔術師団か諜報員達?
うぅぅ、皆さんありがとうございますっ!
私を抱っこしている塁君の元に、アウレリオ様とシンシア、アリスとレオ、そしてジュリアンが集まってきた。
皆の顔を見て安心してしまった私は、そのまま意識を手放した。




