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127.神に愛される国

 私達の頭上で風を巻き起こす生き物。


 鳥のような、翼竜のような、巨大な体で私達に降り注ぐ太陽の光を遮る。


 逆光を受けるその姿を、目を細めてよく見ると、そこに居たのは伝説の生き物。




 輝く真っ白な鱗で全身を覆われた白いドラゴン――――




「シン!」




 アウレリオ様はシンシアの姿の時のネオ君をシンと呼んでいた。苗字の音尾(ねお)ではなく、名前である信一(しんいち)の愛称シン。そう呼びたいがゆえに付けた名前がシンシアだった。



「な、なな何だあれは!!」

「眩しくてよく見えな……い、けど、デカい鳥か?」

「違……あ、あれはドラゴン? ドラゴンじゃないか!!」

「ドラゴンだ……白いドラゴン……!!」


 さっきまで文句を言っていた者達も、何も言わず遠巻きに見ていた者達も、泣いていた子供達も、皆が等しく、空に浮かぶ神々しい程に美しい白いドラゴンから目を離せないまま立ち尽くしていた。



「王子の……婚約者は、ド、ドラゴンなのか」

「ドラゴンって、ま、まさか、ままま魔獣なのか!?」



 皆が怯えた声を出す中、私は塁君が以前言っていた言葉を思い出していた。



『ネオは誰より動物の解剖学にも骨格にも精通している。あいつが幻獣の体を医学的に実存可能な体として設計出来れば、変化出来る可能性がある』



 まさにネオ君は、医学的に実存可能な体でドラゴンを設計したんだ。



 民衆がただただ呆然と空を見つめている状況で、ふと気付くと隣にいた筈の塁君がいない。ツンツンと後ろからつつかれて振り向くと、塁君の姿をした誰かが居た。


 塁君の魔力と誰かの魔力が混ざった魔力を持つ誰か。


 小さい声で『だ、誰?』と尋ねると、更に小さい声で『ジュリアンです』と返ってきた。


 そうか、優秀な諜報員であるジュリアンは、家庭教師の先生が言ってたように変化の魔法を使えるんだ。きっと今までもベスティアリに来る度に、人知れず塁君を護衛していたに違いない。別人の姿で。


 今『塁君の姿』でここにいると言うことは、塁君の命令で影武者を務めているということだ。じゃあ、本物の塁君は何処に行ったの? でもキョロキョロしてはいけない。そのためにジュリアンが塁君の姿でここにいる筈だから。


『何が起こっても私が代わりにお守りしますから、どうか慌てず冷静にいらっしゃって下さい』


 その言葉に軽く頷き、何事も無かったかのようにまた空を見上げた。



 ドラゴンの真下にいるアウレリオ様の周りから人が離れたのを見計らって、ドラゴンは地に降りてアウレリオ様の伸ばした手に頬ずりをした。


 愛し気に喉をキュウゥと鳴らしながら。


 それを見た民衆達は、『王子に懐いている』『お、襲われなさそう?』と多少落ち着きを取り戻した。



「私が愛するアウレリオ様が運が無く神に愛されていないなど、荒唐無稽もいいところです。訂正しなさい」


 さっきの文句言いの男をドラゴンが金色の瞳でギロリと睨みつけながら言う。


「あ、あ、あれは、その……」


 口ごもる男にドラゴンが顔を近付けると、男はその場にべしゃんと腰を抜かしてしまった。





『竜は神そのものだ』





 どこからともなく重低音の声が空間に響いた。空気を震わすような、音のような声のような不思議な言葉。民衆は動揺してキョロキョロと辺りを見回すけれど、声の主は何処にもいない。



 白いドラゴンが後ろを振り返ってキュルルルと鳴いたので、その場にいた全員が同時にその方向を見た。




 遠くから、何かがもの凄いスピードで近付いてくる。どんどん大きくなってくる影と、魔力。




 こ、これは



 塁君の魔力!!!



 でもどこからどう見ても近付いてくる影は塁君の姿じゃない。何に変身したの!?





「う、うわぁぁあああああああ!!!!!」


 その場にいた老若男女全員が腰を抜かしてガクガクと震え出した。


 その膨大な魔力にあてられたから、というだけじゃない。





 近付いてくる黒い影の正体が分かったからだ。





 目の前にいる白いドラゴンの数倍巨大な生き物。


 もうタワマンくらいありそうに見える。




 飛んできたのは






 ――――黒い黒い、漆黒よりも真っ黒なドラゴンだった。






「に、逃げろ!! 逃げろ!!!」


 逃げたくても皆腰が抜けていて、少しでも動くと段々近づいてくる黒いドラゴンの翼の風圧に体が浮いて飛ばされてしまいそうになる。


 アウレリオ様が咄嗟に皆に保護魔法をかけてくれたので、皆の浮きそうな体が静かに地面に安定した。


 そのタイミングで黒いドラゴンは、バサァッと白いドラゴンの後ろに舞い降りた。



 ズシィンと地面が揺れ轟音が響き、飛んでいなくても一帯を自分の影で包むその巨体さに息を呑む。




『愚か者ども。この国は神である我々竜が守り慈しむ国だ。アウレリオは我々が認めた君主。疑うことは許さない』



 重低音で空間に響くその声に、さっきの男は極度に怯えて失禁してしまった。


 さっきまで文句を言っていた人達も、同じようにガタガタ震え出して、真っ青になっている。




 そんな中、塁君の姿をしたジュリアンが前へ出てドラゴン二頭に向かって語り掛けた。



「竜神である黒と白のドラゴンよ。私はクルス王国第二王子ルイ。今騒ぎを起こした者達は、ベスティアリ王国に観光立国としての人気を奪われた隣国マクローリンの者達でした。この場所の衛兵を呼ぶために具合が悪いと言った複数の者達も、酔ったふりをして狼藉を働いた者達も、この場で民衆を扇動した者達も、全てマクローリンの工作員です」


 えぇぇ!? そうなの!? なんて奴らだ!


 クルス王国の騎士団員達が数十人の人間を後ろ手に捕らえて連行してきた。


「あっ! さっき飼育場の奥で具合が悪いと言っていた観光客の方達です!」


 衛兵達が一斉に叫び指をさす。


「あっちはずっと文句を言っていた者達だ!」

「さっきの酔っ払い達も全員グルなのか!」

「なんてことだ……!」


 民衆達も連行されている面々を見て唖然としている。


「ずるい奴らめ」

「思わず扇動されそうになってしまった……」


 口々にマクローリンを非難する声が上がり始めると、また重低音の声が空間に響いた。




『さすが我々が住まう国の王子だ。よくぞ真相を明らかにしてくれた。ここにいる者達に命ずる。此度の卑劣な策略に乗ってベスティアリ王国を貶めることまかりならん。この国は我ら竜神の庇護の元にある国だと心得よ』



 そう言うと大きな大きな真っ黒い翼を広げて空に舞い上がった。凄まじい暴風が発生したけれど、アウレリオ様の保護魔法で今度は誰も吹き飛ばされそうにはならなかった。



『アウレリオ、お前の立太子を心から祝う』


「ありがとうごさいます。感謝致します」



 そう言って黒いドラゴンはもの凄い風圧で天空高くまで一気に上昇し、来た方向に向かって飛び去って行った。また黒い小さな陰になるまでほんの一瞬のことだった。


 塁君……凄すぎるよ……お疲れ様。




 白いドラゴンがシュルシュルとシンシアの姿に戻ると、民衆からワッと歓声が沸いた。


「すごい! 竜神の姫が未来の王妃様になるなんて!」

「クルス王国には竜が住んでいたのか……なんて底知れない大国なんだ」

「誰がこの国に運が無いなんて言ったんだ! 夢の国どころじゃないじゃないか!」

「神に愛された国だ……!」


 まるで御伽噺や伝説のワンシーンに立ち会ったかのように高揚した人々の中で、ぽつりぽつりと子供達から『ウサギさんは元に戻らないの……?』と聞こえてくる。



 ある程度育った子供達は今見たドラゴンに夢中だけれど、小さな子供達は目の前にいる何十匹もの普通のウサギも大事なのだ。


「ウサギさん……」


 自分の頭からホーンラビットカチューシャを外して俯く子もいる。



 まずいぞ、子供の夢を壊しちゃう。せっかく塁君がライバル国からの風評被害を遠ざけたのに。でも今すぐホーンラビットを戻す方法なんて分からない。ネオ君だってまたあの状態までウサギの角を生やすには日数が必要に違いない。



 くぅっ、これは……こ、これは……



 私が唯一変身できるのがナキウサギだってのも、もう必然かもしれない!!



 やるしかない!! 私は急いで物陰まで走って身を隠した。幸い皆ドラゴンの話に夢中で私に関心がある人はいない。アリスとレオまでも塁君が飛び去った方向を見て呆気に取られている。



 イメージしろ。大地にただ佇んでいるナキウサギ。だけど今回は角有りだ!! まだ全身に魔力は行き渡らない。まだ足りない。イメージが。



「エ、エミリー様……???」


 塁君の姿のジュリアンが追いかけてきて、私の異変に気付いて声をかけてきたけど、ごめん今は無視させて。めちゃくちゃ集中してるから!


 速水君に見せてもらった、ジャッカロープ伝説の元になったウサギのあの写真。思い出せ。そして大地に佇むナキウサギ。全身を、詳細に。それだけを。



 私の体の隅から隅まで魔力が行き渡り、消費する感覚が沸き起こる。来たー!!


「エミリー様!」


 ぽわんと変身した私は頭が前よりちょっと重いのに気が付いた。








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