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125.消えたホーンラビット

 次の日の朝、ノックの音と共に侍従が入ってくる。


「ルイ殿下、おはようございます。お目覚めですか」

「おはよう侍従。今日は俺はエミリーと夕方まで外出するから、お前も夕方まで休みとする」

「私はこちらで明日の儀式に備えておきますので、どうぞお気になさらずお楽しみになって来て下さい」

「いや、気になるからお前も休め」

「は? 今までそんなこと無かったのにどうなさったんですか?」

「いいから今日は絶対に休んで遊びに行け。これは命令だ」

「どういうことですか」

「別にそのままの意味だ」

「…………」


 侍従がめっちゃ疑いの眼差しで見てきよる。なんでや!


「これは俺からのささやかなプレゼントだ」


 箱を開けた侍従は更に訝しげに俺を見る。もう黙って着ろや!


「これは頂けません。先日も臨時の手当を頂いたばかりです」

「あれはお前の働きへの正当な対価だ。こっちは俺の感謝の気持ちだ。受け取って今すぐ着て見せてくれ」

「私が新しい服を着て殿下に見せる意味が分かりませんが……」

「長年俺に仕えてくれるお前に何か贈りたくなったんだ。贈ったら似合うか見たいのが人情だろう」

「ご命令であれば……」

「よし!」


 侍従は手際よく隣の部屋で着替えてきた。ええやんか! よう似合うてる!


「こんな上等な服を仕立てていただき感謝します」

「今日一日それを着て過ごすように」

「ご命令であれば」

「命令ついでにもう一つ命令だ。今日は夕方までお前は有給休暇だ。リリーも休みにするからベスティアリ観光に連れて行ってやれ」

「えっ!」

「不案内な外国で女一人じゃ危ないだろう? 責任持ってエスコートしろよ」


 冷静やった表情が崩れた侍従に、俺は一気に畳みかけた。


「エミリーがな、リリーにも休みをやりたいけど一人で観光に行かせるのは心配だと言うんだ。せっかくのデート中にエミリーの表情が曇るのは本意ではない。だからお前に頼みたい。リリーが喜ぶとエミリーも喜ぶ。まわりまわってこれは俺のためだ」

「はあ」

「これがガイドブックな。俺はもう覚えたからお前が使ってくれ。それでこっちが必要経費だ。全て使い切ってこい。釣りは絶対に受け取らないからな。二人で旨いもの食べて買い物と観光を楽しんでこい。リリーに楽しい一日をプレゼントしろ」

「……承知いたしました」

「頼んだぞ」


 おっしゃ! うまくいったんちゃう!



 俺とエミリーは出かけたふりして、認識阻害魔法をかけて廊下の端で様子を見とった。


 仕立てた揃いの服を着た二人が廊下で鉢合わせして、一瞬気まずそうな表情になったけど、すぐに二人とも笑い出した。


「エミリーお嬢様とルイ殿下の仕業よね。まったく何を企んでいるのかしら。ふふふ、でも観光に行けるのは嬉しいわね。じゃあ今日はよろしくね、エリオット」

「ああ、こちらこそ。それじゃあ行こうか。何処か行きたいところはあるかい?」

「エミリーお嬢様がガイドブックをくれたの。たくさん印がついてて、まずはユニコーンを見に行って、その後お店を見たいかな」

「殿下もガイドブックをくれたよ。地図は覚えたから私がエスコートしよう」


 二人は仲良さそうに城を出て行った。



「エリオットって名前だったんだ……」

「せや。初めて奉公に来た時まだあいつも子供でな。俺はもっとガキやったけど。名前で呼ぶと里心着いてたまに辛そうな顔しとったから、役職名で呼ぶことにしてん。あいつもその方が自分の使命自覚出来るからそうしてくれ言うねん。最初は見習いで、今は侍従やけど、近いうち侍従次長になる筈や」

「私もつい侍従さんって呼んでたよ」

「大丈夫。もう名前みたいなもんやで」


 皆が侍従て呼んどる中で、リリーだけがエリオットて呼ぶんは本人的には嬉しい筈やしな。


 その後は順調に観光を楽しむ二人を見守りつつ、俺らも新しい店を見たりコーヒーカップに乗ったりした。えみりも俺もめっちゃ回すタイプやったから、降りた後のえみりはぐるぐるバットの後みたいに左へ左へ歩いていくんがむっちゃ可愛い。これは俺が左側で支えたらなあかんな。ほんまは指先でもじっと見といたら治るんやけど、可愛いからもうちょいこうしてたい。


 気付いたら二人は気取らん店で食事を終え、宝石店に入っていった。おし! リリーに何か似合いそうなもん買うたれ!! お前の瞳の色の宝石なら上出来や!!


「塁君、宝石店! わぁ! 何か買ってあげるかな?」

「そうやとええけどな」


 店から出てきた二人は観覧車へ向かう。いよいよやな。最大限の目立たせ方しといたガイドブックのプロポーズベストスポット第一位のページ。どうか見といてくれ!


 俺らもチュロスとポップコーンを買うて観覧車の列に並んだ。気付かれへんよう距離があるけど、逆によう見えるかもしれへん。


 おもろいことに、ローランド、ブラッド、ヴィンセントも婚約者と一緒に並んどる。ついでにアリスとレオもおる。皆気合い入ってんな。


 えみりはゴンドラの中でチュロスとポップコーン半分こするだけやと思てそうやけど、俺が何もせんわけないやないか。甘いで、えみり。侍従とリリーも気にしつつ、俺も俺でえみりとイチャイチャしたい。


 皆がゴンドラに乗り込んで行って、しばらくしてから俺らの番が来た。


「ワクワクするね!」


 えみりが楽しそうで何よりや。アウレリオとネオはええもん作ってくれたわ。


「チュロス出来立てで美味しいね」

「シナモンの食べてみ」

「あー美味しい!」


 そろそろ侍従とリリーはてっぺんに行く頃やな。男を見せろよ侍従。まぁ俺に言われたないやろうけど……。


「えみり、口にシナモンシュガー付いとる」

「わ、わわっ!!」


 いつもならハンカチで拭いたるけど、ここは非日常で密室や。俺は迷わず自分の口で取った。


「な、舐めた!!」

「甘」


 だいぶキスにも慣れてきたえみりやけど、さすがに真っ赤っかになっとる。あー可愛い。早く俺らもてっぺん着かへんかな。


 ちょうど下にローランド達が一周し終わって降りて行くのが見えた。婚約者との距離もいつも以上に近なってるから、皆うまくいったんやな。まぁ普段からラブラブやしな。問題は侍従や。


「そろそろてっぺんやな。えみり、俺のチュロス持ってて」

「う、うん」

「えみり、これプレゼント」

「えっ。いつの間に?」

「ずっと前から用意しててん。俺が付けるな」


 俺はこの日のために、えみりに指輪を準備しとった。色は勿論マリンブルーなんやけど、今回はシンプルな一粒石の立て爪デザインや。この世界にはこういうデザインは無いから特注した。


「わ……わぁ、素敵……」

「気に入った?」

「うん、うん、すごく! ありがとう塁君!」

「結婚してくれる?」

「……勿論! 喜んでっっ!」


 元気よく答えてくれた分、なんか居酒屋みたいやけどえみりらしい。


「絶対幸せにする」

「もう幸せだよ」

「もっともっとや」

「うん、楽しみ」


 両手にチュロス持ちながら涙をこぼすえみりが愛しくてたまらん。あー好きや。いや、とっくに好きを超えてんねん。


「えみり、愛してる」

「わ、私も、塁君、愛してる」


 マジで……。初めて言われた。えみりが、俺のこと、愛してるて!! あかん、ヤバい、胸部症状が出てきよった。あー、胸が苦しい。血管が収縮しとるな。交感神経優位の生理的不整脈や。


 胸を押さえてたらちょうど侍従達が下りて行ったとこが見えた。特に距離感は変わっとらん。なんやねん……。


 その少し前ではアリスがレオに叱られてる雰囲気や。また何しよったんや。




 俺達が下りた時にもアリス達はまだそこにおって、『だってレオともっと近づきたかったんだもん~!』言うてウソ泣きしとった。そういうとこやで!


「アリスさん、僕もガイドブックを貰いましたから観覧車の記事は読んでます。あれには女性から男性に襲いかかりましょうなんて書いてませんでしたからね」


 襲いかかったんかい!


 思わず冷え切った目で横を通り過ぎた俺達の耳に、民衆の悲鳴や動揺する声が届く。



「やめてぇ! 誰か!」

「ウサギさんが可哀想! 誰か助けてあげてー!」

「だ、誰か! あっちで酔っ払った男達が暴れてます!」



 騒ぎの中心であるホーンラビットの飼育場に駆けつけると、酔った男達が暴れて客を殴ったり、露店をめちゃくちゃにしたり、ホーンラビットを掴んで放り投げたりしとった。


 子供達の泣く声、男達の呻き声に女達の悲鳴がその場に響き渡る。この酔っ払いども、昼間っから飲み過ぎや!


「エミリー、ここで待っててくれ」


 俺はすぐに魔法で全員を拿捕し、駆けつけたベスティアリの衛兵に引き渡した。周りには殴られたり物をぶつけられて怪我をした人間もホーンラビットも大勢おる。まずは人間から手当せな、と思うてた時やった。


 えみりの横に来とったアリスが『私が治療します!』と名乗りを上げた。ええことや。ほな一人ずつ回って治したれや……って、アリスがその場所に立ったまま、えみりの横で手を組んで光の魔法を発動しようとしとる。


 まさか……



「私広い範囲で光魔法の治療が出来るよう練習したの! エリアヒールってやつ!」



 あかん!



 いっぺんに人間治せるのは確かに便利や。



 せやけど……



 ここにおるホーンラビットはショープ乳頭腫ウイルスに罹患したウサギや。




 止めるより早く、金色の光の粒子は辺り一帯に降り注ぎ、怪我をした人間は勿論、関係ない人間達の体の不調も全て治癒されていった。



 そしてホーンラビット達も怪我だけじゃなく、頭の角も無うなって、飼育場にはただのウサギが突然数十匹現れることになった。








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