124.ネックレスの行方
ベスティアリ王国への出発当日。
私達は既に魔術師団本部の前に集まっていた。
本部前には研修旅行の時よりも、はるかに巨大な魔法陣が描かれていて、到着した瞬間は目がおかしくなったかと思ったほどだ。だけど到着した人間全員が見た途端に立ち止まり、ごくりと息を呑んでいる。やっぱりこれは滅多にないレベルの大きさに違いない。
今回は国を挙げての公式な訪問であり、第一王子と第二王子が揃って他国へ出向く稀な機会だ。そのため同行する騎士団、魔術師団、従者はかなりの数になる。高位貴族子女達とその従者も入れると、研修旅行時の数十倍にはなるだろう。
だから魔法陣も巨大でなくてはいけないのだけど、その見た目は三十倍以上は余裕であるように見える。
魔法陣が大きいということは、その分魔力も必要とするわけで。
今回は魔力注入担当の魔術師団員の数が更に増えて、団員数百人と、ヴィンセントの父であるレイノルズ魔術師団長も魔法陣の脇に立っている。魔術師団がこれほど集まっているのは初めて見るけれど、その纏う魔力の総量がすごくてまたゾクッと鳥肌が立ってきた。しかも今回は魔術師団長自ら魔力を注ぐようで楽しみ過ぎる。
ブラッドの父であるバークリー騎士団総長と、ローランドの父であるカートライト宰相までも立ち合っているこの状況。攻略対象者の父親達まで勢ぞろいで、元プレイヤーの私はちょっとだけ興奮している。
だってお父さん達と言えば、攻略者それぞれの単独ルートでのみ出てくるレアキャラにもかかわらず、それぞれ違ったダンディさでコアなファンがいるほどだったから。
特にレイノルズ魔術師団長はヴィンセントのお父さんだけあって、ちょいワル風のセクシーなおじ様なんだよね。ゲーム内では愛人が大勢いて、そのせいでヴィンセントは愛や結婚に夢も希望も持てずに成長し、節操のない遊び人になっていた。だけど幸いにもこの世界では、団長もヴィンセントもそんなことはない。
どうやらこれにも塁君が影響している。シナリオが少しでも変わる時、必ず転生者が関わっている。
塁君は小さい頃から魔力暴走を起こさないよう、時々魔術師団本部に訓練に行っては目を光らせていたらしく、『家庭を大事にしない男は仕事も出来ない』と正論をぶつけ続けて浮気を阻止していたらしい。
バークリー騎士団総長にも『成長過程で発達する筋肉も違うんだ。子供に無理な鍛錬をさせて根性論を持ち出すのは馬鹿がやることだ』と言い続けて、ブラッドがボロボロに鍛えられるのを阻止していたらしい。
カートライト宰相にも『親は親、子は子だからな』と言い続け、ローランドが父の背中を追ってプレッシャーを感じないように、『せっかく優秀なんだからのびのび育てろよ』とこっちでも目を光らせていたらしい。
御三方ともまだ幼い第二王子に正論をぶつけられてぐうの音も出ず、たまに陛下に愚痴交じりに報告すると、『ルイの言う通りだから心に留めておくがいいぞ』と満面の笑みで言われてしまうのだと、ローランド達がこの間笑い話にしていた。
だから三人とも知れば知るほどゲームとは全然違っていて、コンプレックスや心の闇も無く、本当にすくすくのびのび育って今に至るのだ。
その国王陛下と王妃様にも、お城を出る前にご挨拶してきた。お二人は数少ないアウレリオ様とネオ君の詳細を知る方達なので、上手く協力するようクリスティアン殿下と塁君に念を押していた。
いよいよ出発の時間になり、レイノルズ魔術師団長の号令が響く。
「転移準備完了! 魔力注入開始!」
数百人の魔術師団員達とレイノルズ魔術師団長から、魔法陣に向けて一気に魔力が注がれる。どんどん魔法陣が光を放ち始め、この規模なのにカッと最大光量で光るまでほんの一瞬だった。
やっぱりその強い魔力の影響で、魔法陣の上では立っていられない者が続出した。うずくまる侍女達や、膝がガクガクと震えている従者達。
でも白い塔で経験した塁君の魔力暴走はもっともっと凄かった。五重の保護魔法をかけられていた私でさえ、立ち上がれず声も出せないほどだった。
「塁君一人でこの魔法陣の魔力満たせちゃうんじゃないかな」
思わず本音がこぼれると、塁君は『多分いける』と事も無げに返してきた。
「やっぱりそうなんだ……!」
「アウレリオとヴィンスもいける思う。ヴィンス父も」
「団長も!」
「俺らが転移した後も、ヴィンス父は通常業務があるからな。魔力が半分以上残るようにしとんのやろ」
「これで半分以上残るんだ……」
さすが現人神と団員に敬われる団長だ。
「転移完了!」
外から魔術師団副団長の声が聞こえてくる。
公式では三度目のベスティアリ王国入国。アウレリオ様の治療も入れれば四度目だ。
来るたびにバージョンアップするこの観光立国。今回は転移早々視界に入る巨大な観覧車が出迎えてくれた。
「すっごい大きいね!」
「結構一周すんのに長い時間かかりそうやな」
「得した気分だね」
「そこほんまに大事やで」
今回は出迎えてくれる魔法使い達の中にネオ君はいない。しばらくはシンシアとしてアウレリオ様と過ごしているからだ。立太子の儀の後に婚約発表をするために。
固有の魔力でバレないのかなって心配したこともあったけれど、シンシアになる度にアウレリオ様が魔力を分けて、なんかうまいこと混ぜてしまうのでバレないのだとか。魔力を足される分、長時間変身したままでいられるし一石二鳥だね。
ここ最近王太子妃としての立ち居振る舞いを叩き込まれているネオ君は、医学院での週3回4時間だけが息抜きになっていると、この間死んだ目で言っていた。
『ずっと男で生きてきた僕に、今さらレディの立ち居振る舞いとか無理ですよ……』
国民の前でだけだから気合で頑張って欲しい、義妹よ。
「明後日が儀式やから、明日は夕方まで自由行動やな。夕方からはベスティアリ王家と晩餐があんねん。せやから侍従とリリーも夕方まで休みにしよ思てる」
「儀式の前の日だから、あの二人は私達がいなくても朝から働きそうだけど」
「明日の朝イチで例の服渡して、今から休んで遊びに行けって突然命令してみる」
「とつぜんめいれい」
「命令なんてし慣れてへんけど、その分たまに言うたら効果あるんちゃうかな」
「確かに」
その後王城に到着し個室に案内された後、荷物を片付けている侍従さんに塁君は聞いたらしい。
「お前、この前買ってたネックレスはちゃんと持ってきてるだろうな」
「なんでそれを……」
「ふふふ、俺を甘くみるなよ」
「ですけどあれは持ってきておりませんよ?」
「な、なにぃ!!?」
「あれは実家の母のために購入したものなので、もう手紙と共に送っております」
「ははぁ!?」
「ど、どうなさいました? いけませんでしたか?」
「はは……ははは」
「ルイ殿下、大丈夫ですか??」
私達が勝手に立てた計画では、明日二人はお揃いの洋服でデートに行き、神様に最も近い、空の上の特等席である観覧車の頂上で、太陽に愛される侍従さんがリリーにネックレスを渡し、ロマンチックな熱いプロポーズをしてリリーを温める予定だった。
「マザコンやとか思わんでやって……あいつん家は父親死んでから長男が後継いでんねんけど、領地も持たへん貧乏子爵家やねん。あいつの母親も苦労して息子四人育ててきて、宝石もドレスもなんもかも売ってもうててな。あいつには十分給金渡しとるんやけど、ほとんど実家に仕送りしてんねん。長男とこも子がおるし、なかなか余裕が無いんやろな。末っ子のあいつの仕送り頼みみたいなとこあんねんな。いつまでも質素に暮らしとる母親に、綺麗なもん買うてやりたかったんや思うわ……。俺が甘かった……あいつはめちゃめちゃええヤツやねん……」
塁君はさっき私の部屋に来て、リリーに用事を頼んで二人になった途端『計画変更や』と言ってきた。何かと思ったらそういうことだった。胸が痛い。
「せやけどあいつは絶対リリーに惚れとる」
「私もそう思う!」
「あの空気で付き合ってへんのかいってツッコミたいとこやけど、俺らは特に言う権利無い気ぃする」
「確かに」
「プロポーズ改め、告白大作戦やな」
「おー!」
リリーだって絶対侍従さんを好きだと思うから、明日からは侍従さんの彼女になればいいんだ! さっきまではお嫁さんになればいいんだって思ってたけど、私達が先走り過ぎた。自分たちだって十六年越しの両想いになったのが去年のことだっていうのに。改めて思い出すと本当に何してたんだろう。
「私ガイドブック全部暗記する勢いだから、おすすめデートコースに印付けて、端っこ折ってリリーに渡しておく」
「俺も後で同じことするわ」
明日の自由行動日は、自分達のデートどころじゃないなっていうのは予想出来たけど、それが侍従さんとリリーのためだけじゃなく、アリスの起こす騒動のせいで命の危険まで感じることになるとは、この時の私達は思ってもいなかった。




