123.ガイドブックにまんまと乗せられる
ベスティアリへの出発を前にして、出席者一同にベスティアリ王国公式ガイドブックが贈られた。今は特別クラスは休憩時間で、そのガイドブックを手に皆で盛り上がっている。
これがもう、前世の本屋さんに平積みで置かれている有名ガイドブックのような、カラフルで魅惑の仕上がりなのだ。
目を引く見出しやリアルなイラスト、分かりやすい地図に一押しグルメや露店一覧、お土産ランキング等々、見てたら全部回りたくなってくる。
「この仕事ぶりはネオだろうな」
「本当にビジネスアイディア豊富だね」
この世界にここまでのクオリティのガイドブックは存在していなかった。だからこの一冊は世の中の度肝を抜き、更に観光客を呼び込む結果に繋がった。今ではベスティアリ王国は、『デートで行きたい国』『新婚旅行で行きたい国』『子供連れで行きたい国』の全てで第一位、堂々の三冠を獲得している。
「この新しく出来た観覧車とコーヒーカップのエリアもすごく素敵だね。わぁ、ポップコーンにチュロスの露店もある。買う場所によって味が違うんだぁ」
「エミリー何味にする? 俺はポップコーンは塩で、チュロスはシナモン」
「私ポップコーンはキャラメルで、チュロスはチョコがいい」
「じゃあ全部買って観覧車で半分こしよう」
「うん!」
私と塁君は観覧車が一番上に行っても、ロマンチックな雰囲気にならなそうだ。
「まぁ! このページを見て下さいませ」
アメリアが開いたページには、『恋人に結婚を申し込むならここ!』という可愛らしいイラストとベストスポットの紹介が書かれていた。
第三位はホーンラビットエリア。
童話のようなシチュエーションで、ウサギのように可愛い彼女にプロポーズしましょうと書かれている。
『非日常の童話の世界で夢のようなプロポーズをしたら、ホーンラビットカチューシャをした可愛い彼女が貴方の婚約者に呼び名を変える記念日になるかも』
第二位はユニコーンエリア。
幻想的な雰囲気の中、神秘的な力を味方につけてプロポーズしたら、きっと幸せが訪れる筈、とのこと。
『綺麗な虹色の世界で貴方の女神に七色の宝石を贈り、神獣に祝福される新婚生活を夢見させてあげましょう』
第一位は観覧車の頂上。
神様に最も近い場所は、今は貴方達二人だけのものです。貴方の空のように大きな愛を伝えてみては、との提案だ。
『周りに誰もいない空の上の特等席で、太陽に愛される貴方の熱い愛を彼女に伝えて温めてあげましょう』
わぁー、うまいこと言うなぁ。こんな風に書かれたらせっかくだからここでプロポーズしたくなるよね。なんならプロポーズ目的でベスティアリに行く人も増えそう。ネオ君うまいなー。まぁ、私の義妹なんだけどね。
「私達はもう婚約していますけれど、そうじゃない恋人同士はこうしてプロポーズをするのですね。一番神様に近い空の上だなんて、一生忘れられないですわね」
アメリアが夢見心地で語った言葉に、男性陣は一斉に顔を見合わせた。
特にローランドは愛するアメリアが言うのだから、叶えないわけにはいかないだろう。
「第一位の観覧車だけは出来たばかりで初めてですものね。楽しみですね」
レジーナまで楽しみにしている。ブラッドもそれを聞いてハッとした顔をした。これはプロポーズするね。私には分かる。
「こんなに高い位置までゴンドラが上がるのですね。私は少し怖いです」
フローラは観覧車は少し怖いらしい。じゃあヴィンセントはユニコーンエリアかな。
「俺が守ってあげるから大丈夫だよ。もし扉が突然開いて風で煽られても、俺がフローラを抱いて転移してあげるし、浮遊魔法で飛んでもいいし、絶対離さないから怖がらなくていいよ」
「ヴィ、ヴィンセント様……」
フローラは真っ赤になってしまった。可愛い。ヴィンセントはゲームで全方位360度に振り撒いていた愛を、この世界ではフローラ一人に注いでいるからすごい。
結局三人は全員観覧車なんだなー。アリスも観覧車で強硬策をとるらしいし、観覧車の全ゴンドラがカップルばかりになるかもしれない。でも私と塁君はポップコーンとチュロスで忙しいだろうな。
「この間な、侍従に特別臨時ボーナスを渡したんだ」
塁君が思い出したように口を開いた。あ、ネオ君の一件で侍従さんがキッチンに来てくれた時のだね。そういえば言ってたね。
「その後、王家に出入りしている宝石商からあいつはネックレスを買っていた」
「えっ」
この世界には婚約者に指輪を贈る習慣は無い。結婚指輪も無い。代わりにネックレスやブローチやイヤリング、ブレスレット等、相手の好きそうなアクセサリーを贈ったりはする。
でも前世の記憶がある私は、好きな人に指輪をもらうことにずっと憧れがあった。だから四年前に保護魔法がかかった指輪を塁君からもらった時は、嬉しくて嬉しくてどうにかしてしまいそうだった。
そうか、侍従さんはネックレスを選んだんだ。それって家事や仕事の邪魔にならないようにだよね? ってことは、贈る相手は家事や仕事をよくするんでしょう。はい、ずばりリリーですね!
「リリーもいよいよなのかな」
「ああ、自由時間を合わせてやろうと思ってな」
「塁君気付いてたんだ」
「俺とエミリーの公式の服装を揃いのもので作るよう言ってから、あの二人はよく服の件で相談し合うことが増えたんだ。俺達は食事も二人だけでエミリーのキッチンで食べることが多いから、その間にあの二人も食事をとることになるだろう? 一緒にいる時間が多いせいか、いつからか気安い空気に変わったから気付いたんだ」
「私はこの間カマかけて確信した」
「ああ、ドアに挟まってたやつな」
いつも私の味方をしてくれる大事なリリー。侍従さんがリリーを幸せにしてくれるならプロポーズだって協力したい。
「俺達が街歩きする日は、あいつらにも休みをやろうと思う。いいか?」
「勿論! 私もその日のためにリリーに可愛い私服をプレゼントしとこう!」
「じゃあ侍従にも用意するか」
「わざとらしくない程度にリンクコーデにしちゃう?」
「いやむしろ思い切りわざとらしくしてやろう」
「待ち合わせで『気まず!』ってなる件」
「ベスティアリは非日常だからいける」
私と塁君は二人で『ふふふ……』と企んだように笑い、皆を引かせていたけど気にしない。皆も観覧車でバシッと言ってください。うちの大事な侍従さんとリリーも、その日ベスティアリで人生の一歩を踏み出させていただきます!
私と塁君はその日すぐに王家の仕立て屋さんを訪ね、内密に男女の私服をオーダーした。
そして出来上がってきたのはベスティアリ出発の二日前。結構急いで仕立ててくれたと思う。だけど仕上がりは流石王家御用達。手抜きなんてことは一切なく、洗練されて品がありつつも、流行を取り入れたオシャレな出来栄えで、もう大満足です。
この服だけは侍従さんとリリーの手を借りずに荷造りした。
出発一日前。講師三人が儀式参加で医学院が休みになるため、塁君が生徒に大量の宿題を配布しに行った。私はガイドブックを熟読していたら一日が終わってしまった。地図が頭に浮かぶくらい、それはもう完璧に読み込んだ。
ベスティアリは割と碁盤の目のように街が出来ているので迷いにくい。札幌も碁盤の目なのだけど、東京は突然道が斜めになったり、一本向こうの道に行きたいのに曲がれる道が延々と無かったりで、随分迷子になったものだった。スマホを見ても画面の地図と自分の向きを見失う時があって、何度か交番で教えてもらったこともある。
だから地図を事前に頭に叩き込む癖がついている私は、ガイドブックの地図をしっかり目に焼き付けた。これで効率よく回れるし、リリーが何処に向かおうとも抜かりなく見守れる。
何も知らないリリーは今日も働き者で、明日の出発に向けてテキパキと仕事を済ませていた。
「エミリーお嬢様、明日に備えて今日は早くお眠りになって下さいね」
私の大事なリリー。あと何日か後には幸せな瞬間が待ってるからね。私は自分のことのようにワクワクしながら眠りについた。
いよいよ明日がベスティアリ入国日。
アウレリオ様の立太子の儀まで、あと三日――――




