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121.エゾナキウサギ

「エミリー嬢、変身する直前だけ、なりたい物の全身を細かく意識するんです。部位ごとじゃなく、全体を一度に。変化してしまえばその後は、魔法を解くか魔力が切れない限りそのままでいられますから。最初だけ正確にイメージするんです。それがコツです」


 私はあれから変化の魔法を訓練して一ヵ月。全然習得出来ない。気配も無い。


 塁君が捻出してくれた時間だけじゃ私がマスター出来ず、結局魔術師団に来てヴィンセントに教わっている。


 週に三回で一ヵ月。既に計十二回。もう泣きそう。挫けそう。


「全身を一度に隅々までっていうのが難しいです……やってるつもりなんですけど……」

「多分どこか足りない部分があるんですねぇ」

「エミリー、一瞬でいいから全力で集中して、全身の血管とか筋肉とかをイメージしてみて。正確じゃなくても構わないよ。この世界の私達はそんな知識が無くても出来るから、そこはイメージだね。ただ、その対象が生きて、動いて、何もかも過不足なく存在しているイメージをしてごらん」


 アウレリオ様にまで教えて頂いているのに出来ない私。


 申し訳なさ過ぎて自主練したいけど、何かあったら困るので必ず塁君かヴィンセントがいるところで試すように言われている。


「ねぇ、エミリー嬢は何に変化しようとしてるの?」

「犬です!」

「大きい犬?」

「中型です!」

「もっと小型の動物ならイメージしやすいかもしれないよ」

「小型……!」


 小型犬、ポメラニアンとか、トイプードルとか……チワワ? あぁ、小鉄のお散歩友達でチワワの女の子がいたなぁ。プルプル震えてて、つぶらな瞳が可愛くて、飼い主さんのお膝でおやつ食べてて……。あの子ならイメージ出来る!


「よし! いきます!」

「頑張れー」


 目を瞑って数秒待つけれど魔法は発動しない。目を開けても何も変わっていない……。


「うっ、うっ、うっ」

「泣かないで! エミリー嬢! 来る! 泣き声を聞きつけてルイ殿下が来る!!」

「あぁ、そろそろ講義の合間の休憩時間だしね、本当にいらっしゃるかもね」


 もう自分が情けなくて泣けてくる。アウレリオ様だって立太子の儀まで一ヵ月しかないのに、私がマスターするまで心配だからって来てくれている。ヴィンセントも忙しいのに、私に付き合って遅くまで教えてくれている。本当は五回くらいレッスンすれば私でも出来るんじゃないかと思っていたのに。


 もう、皆に悪いから、『私には無理みたいです。諦めますね』って言った方がいいのかもしれない。


「エミリー! 泣いてる!?」


 本当に塁君がヒュンッと転移してきた。まずい。私が泣くと困らせる。


「何がどうして泣いてるんだ! ヴィンス、20文字以内で状況説明!」

「へんしんがうまくいかないからです! はい16文字!」

「エミリー、焦らなくていい、高度な技術だから出来る人間の方が圧倒的に少ないんだ」

「ち、小さいワンコにさえ、な、なれないぃぃぃ」

「犬か、そうだな、犬は人間との関係が深い分、エミリーがイメージする中に本来必要じゃないイメージまで含まれてしまうんじゃないか? そのせいで体を構成する何処かの部位のイメージが疎かになっているのかもしれない」

「必要じゃないイメージって何……うっ、うっ」

「例えば、芸をしているところとか、知ってる飼い主も思い出してしまうとか、好きな餌までイメージしてるとか」

「だって出てきちゃうでしょ……わんちゅ〇るとか……」

「今はそれは余計だから、いっそ野生の小動物にしてみろ。飼い主もいなければ芸もしない。エミリーが個人的に何の関与も無く、先入観も無い野生動物だ。大地にただ佇んでいる、その動物の全身だけをイメージしてみるんだ」


 野生の……小動物……大地にただ佇んでいる小動物の全身……。


 初めて私の魔力が全身に行き渡って、消費される感覚が沸き起こる。きた! 変化の魔法きた!!


 シュルシュルと私の体が小さく小さくなっていく。



「来い!!!」



 塁君の掛け声と共に、ぽわん、と変わった私の視界は低く低く低く、もう床上数センチ。部屋広い! 天井高い! 皆の足大きい!! こ、これは塁君かヴィンセントと一緒に練習しないと、確かに誰かに踏まれたり鳥とか犬に食べられちゃう。


「エ、エミリー……!」

「わ、わぁ……おめでとうございます……! プッ!」

「くっ、くくく、エミリー、可愛すぎるよ」


 塁君が膝からくずおれてばったりと床に倒れてしまった。そして何故かダイイングメッセージを書いている。ミニマムな私には遠くてよく見えないから、タタタと手元まで移動した。


 ようやく見えた文字は『ぎゃんかわ』。


 何書いてんだ。せっかく移動までしてきたのに。 



 うつ伏せで倒れてる塁君と目が合うと、塁君は『か、可愛すぎて目が潰れる……』と呟いて、薄目を開けて私を掌にふんわり包んだ。


「これはエゾナキウサギだな」


 塁君、正解。


 野生の小動物と言われて、最初に思い出した地上生物がナキウサギだった。日本では北海道にしかいない手のひらサイズの小さなウサギ。アイヌ語でチチッ・チュ・カムイ(チチッと鳴く神様)と呼ばれる岩場の神様。


「初めて見ますよ。小さいなぁ。ネズミみたいだけどネズミより丸くて、顔もむっちりしてて可愛いですね」

「可愛いね、エミリー。でも危ないから一人で変身しちゃダメだよ」

「とりあえず俺のポケットに……」

「え、なんでなんで! 高くて怖い!」

「エミリーの魔力でどれくらいもつのか知っておいた方がいいだろう」

「それらしいこと言って講義に連れていきたいだけでしょう」


 前に言ってた『ポケット入れて連れて行きたい』を今叶える気だな!


 せっかくの初めての成功だけど、魔力を解こう、と思ったら。


「でも自分の魔力でどれくらいもつのか知るのも大事なことですよね」


 アウレリオ様が真剣なトーンで言い出した。


「エミリー嬢の魔力だと、一時間か、二時間じゃないかなぁ」

「一時間と二時間ではだいぶ違うからね。何か緊急事態があって変化の魔法を使った時に、持続時間は必ず考慮して行動しないといけないよ。例えばいつか鳥になった時、魔力切れで墜落したりがないように」

「そういうわけだ。エミリー、さぁ俺のポケットに」


 塁君は魔道具のストップウォッチを開始させ、私を上着の胸ポケットに入れてしまった。まずいまずい。今魔法を解いたら塁君のポケットは破けちゃうし、逃げようとすれば落ちてしまうし。私の運動神経では、落ちる何分の一秒かの間に魔法を解くとか出来ない。


 結局塁君の希望通り、私は胸ポケットに入ったまま医学院の講義を聞く羽目になった。結果としては、私の魔力での持続時間は1時間52分。これが危険な魔力切れを起こす手前の時間だった。魔力切れ前に塁君が魔力を分けてくれたので、お城に戻ってくるまでナキウサギのままだったんだけど、講義中も終了後も生徒達の私への視線が凄かった。


 ネオ君はすぐに気付いて私に手を振り、目を輝かせながらノートにリアルスケッチし始めて、『講義に集中しろ』って説教されていたし、アリスは『可愛い触らせて!』と言った途端、『半月分も宿題ため込んでる奴は引っ込め!』と説教されていたし、タトゥーが多かったからあれがライガ君だと思うけど、『うちの部族ではそういうの見つけたらすぐ捌いて串焼きにする。俺がやってやろうか』とか言ったせいで、『お前のタトゥーは俺が今すぐ完成させてやろう、アホって書いてなぁ!』と怒鳴られていた。イーサンだけは失言も無く、ニコニコしながら会釈してくれた。


 他の生徒にも、次々と『実験動物ですか?』とか『解剖するんですか?』とか声をかけられて、もしいつか、やむにやまれず変身することになっても、医学院だけには迷い込んじゃダメだと心に刻んだ。




 アウレリオ様の立太子の儀まで、あと一ヵ月――――



 我が国からの出席者も正式に決定した。


 国王代理としてクリスティアン殿下、パートナーとしてグレイス。第二王子でありアウレリオ様の友人である塁君、パートナーとして私。ベスティアリ王家から正式な招待を受けた王族として参加する。


 そしてネオ君の義両親で私の両親であるハートリー侯爵夫妻。王子達の同行者としてローランド、ヴィンセント、ブラッドと婚約者達。


 特別招待で聖女であるアリス。パートナーも可ということでレオも参加する。臨時職員のレオは冬の間学園にこないのでなかなか会えないのだけど、どうしても一緒にいたいアリスが頼み込んで頼み込んで承諾してもらっていた。正確にはレオの家に押しかけて、めげずに『一生のお願い』を繰り返すアリスを見かねたレオのお父さんとお兄さんが、『女の子にここまで言わせてそれでも男か』と強制的に参加させるらしい。だけど私は知っている。アリスの『一生のお願い』は結構よく出てくるワードなことを。


 あとは隣国に留学中のユージェニーも、婚約者である第四王子と出席すると手紙が来た。



 久々にチーム・悪役令嬢全員集合だ。








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