120.伝説の美少女
アウレリオ様もヴィンセントも、勿論私も、事態が飲み込めず目が点状態。
塁君があんなに取り乱すのも珍しい。てことはネオ君が変化したあの女性は、塁君を取り乱させる存在、それほどの衝撃を与える存在、ということだよね。
そう考えた時に、やっぱり嫌な予感がする訳で。
まさか前世の元カノだったりしないよね? ネオ君はそんな無神経なことする人じゃないとは思うけど、あまりに綺麗な人だったから不安になってきた。そりゃあ前世も塁君はかっこよかったから、綺麗な彼女の一人や二人いただろうけど、現実を突き付けられると凹みそう。うー、知りたくないなぁ。知りたくないよぉ!
二人はカウンターの影でごちゃごちゃ言っているけれど、そう距離もないんだし何もかも聞こえてくる。
「お、お前、何でその姿……」
「だって伝説の美少女だから」
「よりによって……! 他に誰かいたやろ!?」
「僕テレビも見なかったし、雑誌も読まなかったから疎くて。それにその辺のアイドルとか女優さんよりずっと綺麗で可愛いって皆言ってたよ」
「やめろや! よりによってえみりの前やで!」
塁君は気が動転し過ぎて関西弁に戻っていて、ネオ君もそれに合わせて日本語になっている。よりによって私の前でってどういうことですか……。あぁ、嫌な予感しかしない。
アウレリオ様とヴィンセントは理解出来ずに顔を見合わせていたけれど、二人とも不安げな私にすぐ気付いて塁君とネオ君に声をかけてくれた。
「お二人ともー、エミリー嬢が不安になっちゃってますよー!」
「ルイ殿下のかつての恋人だとでも思っているのかもしれませんよ。ネオがそういう女性に変化するとは思わないけれど、ルイ殿下の反応が謎ですからね」
二人が声をかけた途端、塁君は焦った顔でネオ君と共にカウンターから顔を出した。あの綺麗な女性の姿のネオ君と。
「エ、エミリー! 違う! そんなんじゃない!!」
「すみませんエミリー様。そんな存在ではありませんからご安心下さい」
弁解されても謝られても、誰だか分からないうちはモヤモヤは消えない。
「もう! 誰なのか言ってくれないと分からないよ!」
塁君とネオ君は二人で顔を見合わせて、数秒見つめ合うと塁君は苦悶の表情を浮かべた。対照的にスンとした表情のネオ君から爆弾発言が飛び出す。
「ルイ殿下です」
あれ?
空耳かな。
「もう一回言って?」
「前世のルイ殿下です」
空耳だな。
ハイホーミニスカナイトといい私の耳は最近おかしいからね。
「ほらこういう空気になる!! ネオのせいだぞ!!」
「な、何でですか! 僕が知っている中でオーレリア様の次に綺麗なんですから仕方ないでしょう!?」
「へぇ、ルイ殿下は前世美しい女性だったのですね」
「違う!!」
「あ、そうでした。アウレリオ様にはルイ殿下の前世は僕が尊敬していた相手だとしか言ってませんでしたけど、ちゃんと前世も男性です」
「え?」
私もアウレリオ様と同じく頭の中は『え?』でいっぱいです。私の知ってる火曜日の彼とだいぶ違うんだけど、聞いてもいいですか? 伝説の美少女って何ですか……?
ヴィンセントが珍しく無言だと思ったら、笑いを堪えて死にそうになっていた。顔を真っ赤にしてブルブル震えて涙まで滲んでいる。
「プッ! ぷはは! も、もうダメだ! あはははははは!! ネオ君最高だよ!! もう死ぬ!! 笑い死ぬ!!」
「だったら死ね!!!!」
堪えきれなくなったヴィンセントが笑い泣きして床に倒れ込んだところに、塁君が怒ってキャメルクラッチをかけに行った。
「痛い痛い痛い!!」
「ぶっ殺す!!」
「医学院作った人が殺すとか言っちゃダメでしょ!! 痛い痛い!!!」
「俺は神じゃないからなぁ……!!」
「ギブギブ!!」
塁君がヴィンセントをシメているのを見ていても、未だ私の中の『え?』が止まらない。
「エミリー様、この姿は来栖君が文化祭でミスコンに出た時の姿です」
「え?」
男子校だったって聞いてたけれど……。
「代々ミスター&ミスコンテストをやるんですけど、来栖君は幻のW受賞でした」
「ま、幻?」
「逃走したからです」
「やめろぉぉ!! もう言うなぁぁ!!」
「ルイ殿下、ちゃんと言わないとエミリー様が困惑したままですよ」
「お前のせいだろうが!!」
「だから僕が前世で見た中で一番美少女だったんですから仕方ないでしょう」
「なんでやねん!!!」
また突如関西弁が出てしまってる。
「えーと、ネオ君のその姿は、前世の塁君が女装した姿だってことかな?」
「そうです。クラスメイトと、逃走中の来栖君を見かけた生徒だけしか見てませんけど、僕はしっかり見て心を撃ち抜かれました」
こ、こころをうちぬかれた……とは。
「も、もうあかん……立ち直られへん……」
「塁君、大丈夫。すごく綺麗だよ」
「嬉しない!! 褒めんといて!!」
どうりで見覚えがあるような、ないような、と感じた筈だ。私が知っている火曜日の彼をもっと幼くして、女の子の格好をさせるとこうなるんだ。とにかく元カノじゃなくて私は歓喜している。
「元々嫌がっていた来栖君に、周りが悪ふざけで無理矢理メイクしたんです。完成して鏡を見せられた瞬間に『おかんやないかい!』と叫んで、『あかん、今日見にくんねん。一生笑いもんにされる』と言い捨てて逃走しました。来栖君は足が速いから誰も追いつけなくて。その姿を見た人達から圧倒的一位だと推されていたんですけど、結局校内中探しても見つけられなかったんですよ。それで幻のW受賞なんです」
「せっかく誰かに写真撮られる前に逃げきったのに、何で転生してからあの姿を見せられなあかんのや……」
なーんだ。そっかそっか、全然心配いらなかった! いらなかったのかな? 元カノも嫌だけど、塁君本人が昔も今もこれだけ綺麗だって方が心配した方がいい? あれ、私婚約者として大丈夫?
「ルイ殿下、殿下だけ公用語じゃなくなってるので俺とアウレリオ様は理解出来ないんですけど、なんとなく雰囲気で察しました。お可哀想に。分かりますよ。好きな子に女装姿なんて見られたくないですよね。しかもやたらクオリティ高くて、男らしさとか何処行ったって感じですもんね。エミリー嬢に『私男らしい人が好きだったのにー』なんて引かれたらヤバいですもんね。もはやエミリー嬢無しでは生きていけないのに、幻滅されたらもうこの世は地獄ですもんね。ああ、本当にお可哀想。だからこの極め技解いてください」
「お前が先に地獄に行くか」
「痛い痛い。せっかく気持ちを代弁してエミリー嬢に教えてあげたのに」
そんな理由? 私が男らしくないって幻滅するって? そんなわけないのに! 私も私で不安なように、塁君も塁君で不安なんだ。
「私よりずっと綺麗でどうしようとは思ったけど、塁君に幻滅するわけないでしょ。塁君こそ平凡な私に幻滅しない?」
「するわけないだろ! 平凡じゃない! 世界で一番特別なのに!」
「ほら、解決解決! そういうわけで極め技解いてくださいよ」
しぶしぶ技を解いた塁君は照れくさそうに私のところにきてハグしてくれた。
「嫌いにならない?」
「なるわけない」
「女々しいと思わない?」
「思うわけない」
「良かった……」
私も塁君の背中に手を回してギュゥッと力を入れると、頭の上で塁君がホッとしたように息を吐いた。
「ところでネオ君は、それルイ殿下の女装ってことは服の下は男なの?」
「いえ、そこは僕の想像でちゃんと女性です」
「だよねー、良かった。変身の意味なくなるもんね」
「はい、僕の中ではオーレリア様の次に可憐な女性です」
その言葉を聞いてヴィンセントはまた震え出して、アウレリオ様まで口元を手で押さえて顔を背けている。その光景を見た塁君はまたギラリとネオ君を睨んだ。
「その姿使用禁止」
「えっ!」
「せめて目元とか口元とか変えろ。さもないと俺も前世のお前の姿になってやるぞ」
「わっ! や、やめて下さい!」
「俺の気持ち分かったか」
「うぅ、残念です……完璧なのに」
ネオ君はもう一度シュルシュルと姿を変えて、さっきより柔らかい顔立ちの美少女に変わった。
「前世のエミリー様の要素を取り入れました。ネットで見たことがあるので」
げげっ。アリスとレオが言っていた、死後ネットで騒がれたってやつか。どんな写真が出回ったのか怖いけど、目の前のネオ君の姿は、もはや塁君でもないし私でもないからいいかな?
塁君が感慨深そうにネオ君を見て言った。
「前世でエミリーと結婚して娘が生まれてたら、こんな姿になっていたんだな……」
爆散していた情緒が落ち着いた塁君と共に、皆で夜食にグラタンを食べ、ネオ君にスイーツをお土産に持たせてやっと解散となった。長い一日だった。
そうして後日、ネオ君を女性として我が家の養女にする手続きは、ローランドがあっという間に整えてくれた。
アウレリオ様の立太子の儀まで、あと二ヵ月――――
我が国からは私達は勿論、クリスティアン殿下も国王代理として出席することになった。




