119.高度な魔法技術で自分を変えろ
「柴ワン? 小鉄?」
「小鉄のことを考えすぎだ……どれだけ好きなんだ……小鉄じゃなくて俺が柴ワンになっただろう」
「あ、変化の魔法!」
高度な技術が必要で、余程の魔法エリートでなければ使えない魔法。
「変化の魔法は魔力が少なくても技術があれば出来る。ただ持続時間に関しては、やはり魔力が少なければ長時間はもたない。だがアウレリオほどの魔力持ちがマスターすれば、一生その姿でいられるだろう」
「私もほぼ独学で魔法を使ってきたので、変化の魔法は複雑で使ってなかったんです。ですが、魔術師団でヴィンセントに特訓してもらったおかげで、今では上手く使えるようになりました」
「俺が教えたのはコツだけで、後はアウレリオ様のセンスがいいだけですけどね」
コツ……? そんなのがあるなら私も教えて欲しいかもしれない。
「ネオも使えるんだろう?」
「あ、はい。僕には前世の知識があるので、動物を正しくイメージするのは得意です」
それなら私だって前世の知識があるんだから、この世界の人達よりは動物には詳しいような気がする! 私は自他ともに認める動物好きだったし!
「私も教えて欲しいですッ!!」
意を決して右手を挙手して口を開くと、皆が一斉に私を見て呆気に取られている。そりゃあお妃教育の魔法学でも実技でも、変化の魔法は習わない。魔法学園でさえテキストに載っているけど習わない。全然必要ないものだし、やっぱり高度だから教えられる人も少ないのだ。昔、我が家に来てくれていた魔法学の家庭教師の先生は、数少ない使い手の一人だった。
そもそも変化の魔法を取得したい令嬢なんて多分いない。高度なうえにメリットがあまり無いからだ。その割に危険はあるというハイリスクローリターン魔法。鳥になっても途中で失敗したり魔力が切れたら墜落してしまうし、小さい動物になれば踏まれる危険も捕食される危険もある。大型になれば物を壊したり恐れられて通報される可能性もある。率先して使うのは諜報員くらいではないだろうか。
家庭教師の先生は『腕のいい諜報員は鳥や蛇になったりして何処にでも行けるんだよ』と言っていた。決して令嬢が習うような魔法ではない。でも私はコツがあるなら知りたいんだ! だってせっかくファンタジーの世界に転生したんだから!
「エミリー嬢も? いいかもね! ルイ殿下が講義でいない間に習えるしね」
「エミリーが一緒なら楽しそうだね。私も自分なりに掴んだコツを教えるよ」
ヴィンセントとアウレリオ様が快く受け入れてくれたのに、塁君のストップがかかった。
「待て! エミリーには俺が教える!!」
「出ましたね、独占欲の塊」
「ヴィンス、うるさい。当然の権利だ」
「だって塁君すごく忙しいから悪いよ」
「時間なんて作ってみせる」
ヴィンセントが『この話はこれ以上つつくと面倒だからお任せしておきましょう』とアウレリオ様に耳打ちしているが、しっかり聞こえている。
「話が逸れたがアウレリオには変化の魔法をマスターしてもらった。意図したことは分かったな?」
「はい。ヴィンセントが人体についても詳細に教えてくれました。さすが医学院で講師をしているだけありますね。自分でさえ以前はよく分かっていなかった女性の身体を、今では深く理解しました」
女性の身体を深く理解……。
「エミリー嬢、誤解しないでね! 変な意味じゃないよ!」
「分かってます!」
ヴィンセントが必死に弁解してくるけれど、そんな誤解はしないです。そう、アウレリオ様が女性の身体を理解した、人体として詳細に。
それは女性の身体に変化の魔法で変身するってことだ。
「ネオ、見てみるかい?」
「え、あの、まさか、オーレリア様に……?」
戸惑うネオ君の目の前で、アウレリオ様はシュルシュルと変化した。
遺伝子治療以来のオーレリア様の姿に。
「…………!」
数ヵ月ぶりに見るオーレリア様の姿。やっぱり女神様のように美しい。ネオ君は絶句して固まってしまい、アウレリオ様はそんな姿を見て愛し気に微笑んでいる。
「ネオが望むなら二人の時はこの姿でいるよ」
「……ぼ、僕は、外見が女性でも、男性でも、中身がアウレリオ様であれば、どちらでもお慕いしています。今のアウレリオ様は性自認が、だ、男性でいらっしゃるのに、それを僕のために偽る必要は無いんです。僕はただ、アウレリオ様が僕のことを、想って下さってるなんて……か、考えてもみなくて……」
「ネオ、随分待たせてしまったね」
「こんなこと、夢のようで、どうしたらいいのか分かりません。あぁ、どうしよう……」
ネオ君のアイスブルーの瞳から涙がホロホロと溢れてきた。とても綺麗な、幸せの涙が。
「国民の前ではどうなさるんです? 王子として直に立太子の儀もありますよね? 婚約者がいないと国民も不安になったり、今だって多い見合い話が他国からも大量に来るでしょう? 国王ご夫妻はご理解下さると思うんですけど、対外的な問題がありますよね」
ヴィンセントの疑問に塁君があっさりと答えた。
「そんなものネオが変化の魔法で王太子妃になればいい。ネオなら今すぐにでもなれるだろう。万が一魔力が切れそうになったら、隣にいるアウレリオの魔力を分けてもらえばいいんだ。無尽蔵に湧いてくるんだから何の問題も無い。それに王太子妃から王太子の魔力が溢れてても、何もおかしなことじゃないだろう」
「まぁ仲良しだなってだけですよねー」
「ちょ、ちょっと待って下さい。僕が、王太子妃って、本気ですか?」
さっきまで涙を流していたネオ君が、慌てて二人の会話をぶった切った。焦りで涙も引っ込んでしまっている。分かる。私も他人事ながら焦った。
「身分はそうだな、ヴィンスのところに養子にしてもらってもいいな」
「うちは構いませんよ。貴族じゃよくあることです。ネオ君、ネオ・レイノルズになるかい?」
えっ!? ちょっと待って!!
「ああああの! 我が家はどうでしょう!!」
ここは私が名乗り出なければ、と駆り立てられて立候補してしまった。皆はまたしても一斉に私を見て呆気に取られている。本日二回目だ。
だって転生仲間の一世一代の幸せへの分岐点で、私の義理の弟になれば、塁君とも近い将来義兄弟になるのだ。ネオ君が崇拝してやまない塁君の義弟に。対等に接することに不慣れなネオ君でも、義兄として憧れて尊敬するならいいのではないだろうか。
「エミリー、いいのか?」
「勿論! ベスティアリ王家とクルス王家が姻戚関係で繋がるし、同盟以上の強い絆で結ばれるよね!」
「エミリー嬢、最高じゃないですかー!」
「わぁ! そう思いますか?」
「思います思います!」
私とヴィンセントがナイスアイディアーとキャッキャしてる隣で、気付けばネオ君がまた涙を流していた。
女性の姿のアウレリオ様が、がっしりとその肩を抱いているのが勇ましい。
「ネオ、これで俺達は一年半後に義理の兄弟だぞ」
「こ、こんな果報、考えてもいませんでした……」
「少しの間だけネオ・ハートリーって名前も悪くないよね? ネオ・ベスティアリになるまでの少しの間だけど、よろしくね。あ、でも書類上は女性として別の名前がいるのかな」
「……は、はいっ、エミリー様……感謝します。名前は……よく考えます!」
アウレリオ様が差し出したハンカチで、目元を押さえるネオ君が可愛らしい。ふふ、ネオ君は変化の魔法でどんな女性になるのかな。
「ネオ君、どんな女性に変身するの?」
「あ、ぼ、僕が綺麗だと印象に残ってる方の姿になら、すぐなれると思います」
「ネオ、オーレリアにはなったらダメだからな」
「分かってますよ……」
ネオ君の体がシュルシュルと変化していき、見たことのない綺麗な女性に姿を変えた。
あれ? でも何だか見覚えがあるような、ないような……。
「へぇ、綺麗で可愛い子ですね。あはは、結構好みかも」
「本当だね。王太子妃としても、クルス王国の侯爵令嬢としても相応しい美しさだ」
ヴィンセントとアウレリオ様が絶賛してる中で、塁君だけがカッキーンと固まっている。
「塁君?」
感想は無いのだろうか。すごく綺麗なのに。
「ネ、ネオ……!!」
「あ、ルイ殿下、分かりましたか?」
「ネオーー!!!!!??」
ななな何? どうしたの塁君?? 取り乱し方が尋常じゃない。
「こっちに来い!!!!」
塁君はネオ君をがっちりと掴んでアウレリオ様から奪い取り、ずるずるとキッチンカウンターの影に連れて行ってしまった。




