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118.美しい外見と愛しい内面

 オーレリア様が目覚めて性自認の確認をした時のことだ。ネオ君は『脳はアンドロゲンの影響を受けないから、性のアイデンティティーや指向は正常女性と同様に発達する筈』だと言っていた。


 だけどそれは腫瘍が無いアンドロゲン不応症患者の場合で、オーレリア様は腫瘍のせいでエストロゲンも低下していた。


 一方しか作用しない性ホルモンの影響で、早くから体だけは発達しても、思春期で異性を意識するような時期には癌が出来ていて、そのせいで途中で性ホルモンが影響しなくなってしまっていた。


 ネオ君は塁君の言葉で何もかもを察して呆然としている。アウレリオ様はそんなネオ君を真っ直ぐに見て口を開いた。



「そうです。確かに私は以前は異性に対して恋しい気持ちなど感じたことはありません。ネオのことも戦友のように友情は感じていましたが、熱情のようなものはありませんでした。だから自分自身を冷血な人間だと思っていたくらいです」



 冷血なんかなわけない。国のためにただネオ君を利用するだけのつもりなら、豊かになった街を見て『ネオのおかげで』なんて言わない。多忙な王太子教育の合間を縫って、週に三回もネオ君のために転移なんてしてこない。


 だって魔術師団の訓練だって、アウレリオ様の魔法の技術を考えたらそこまで必要だとは思えない。既に独学でヴィンセントでも追跡できないほどの追跡阻害魔法や、魔法陣無しの転移魔法が出来ているんだから。ネオ君がゆっくりデート出来るように専用の魔法陣まで敷いて。


 私には、アウレリオ様にとってもネオ君は大切な存在なんだと思えてしまう。




「ネオ、私の性自認はあの時間違いなく『女性』では無かったんだ」




 アウレリオ様はネオ君に両手を伸ばしその手をとった。ネオ君はビクッと体を強張らせ、恐々とその手をジッと見たけれど、手を引っ込めたりはしなかった。



「だけど治療後の私は以前とは違う。正常な遺伝子の状態で胎芽から戻していただいたことで、脳にもホルモンが正常に影響しているようだ」



 『ネオと共に過ごした私の中身じゃなくても、外見が女性ならそれでいいのかな?』というさっきのアウレリオ様の質問に、ネオ君は答えなかったけれど、そんなわけないよ。外見だけが好きなんじゃなくて、内面が好きに決まってる。



 塁君とネオ君がオーレリア様の染色体を調べた後に、ネオ君は『エミリー様が男性になりたい、恋愛対象は女性だと言ったらどうするか』と塁君に質問した。


 あの時迷うことなく『エミリーに協力して望みを叶え、自分は変わらず愛し続ける』と答えた塁君の言葉を、ネオ君はどう感じただろう? 私もあの時逆の立場だったらを考えて、同じように塁君に全力で協力してずっと塁君を好きでいるって答えに辿り着いたんだ。


 じゃあネオ君は? 



「ネオ、お前はオーレリアの外見が女だから好きなわけじゃないだろう」

「は、はい」

「お前自身はどんなオーレリアでも好きなのに、オーレリアは違うと思い込んでしまってる。脳が女性じゃなきゃ自分の事を少しも好きになってくれないとでも思ってるんじゃないのか」

「……っ、はい……それはそうでしょう……」

「脳が男性のクローンではそれは望めないと?」

「はい……」

「遺伝病を知っていて生み出したうえ、ホルモン補充で感情までコントロールなんてしちゃダメだ。クローンでも生まれてくれば人格もあり一人の人間だ。実験動物じゃない。お前にとってシリウスはクローンだから何をしてもいいと思えるか? 継代していけばいいだけの存在なのか?」

「い、いえ、シリウスは僕の宝物です……! 代わりはいません! ……あぁ、僕は本当に愚かでした……」


 ネオ君はアウレリオ様に両手を握られたまま俯いて涙を浮かべた。


 ネオ君は本物のオーレリア様ともアウレリオ様とも両想いにはなれないことを知っている。オーレリア様は次期国王になる男性と結婚しなければいけなかったし、そうなれば側にはいられなくなる。今のアウレリオ様も王妃になる女性を娶らなければいけない。


 結局クローンを創ってでも自分を好きになってもらいたかったんじゃないだろうか。


「馬鹿だね、ネオ」


 アウレリオ様は握っていたネオ君の手をもう一度ギュッと握って優しく目を細めた。


「テストステロンが働いているせいなのか、以前とは違って愛情を感じる相手を守りたい、自分のものにしたいって感情が芽生えてくるんだよ。自分でもこんな気持ちは初めてで戸惑う部分もあるけれど、ルイ殿下の中に意識があった時に、ルイ殿下のエミリーへの感情が伝わってきてね。その影響を受けていたから、今の私はこれが愛だということを知っているよ」

「……えっ」

「私の意識がルイ殿下の中にあった時、エミリーはすぐにルイ殿下の体から出て行ってくれと言ってきた。ルイ殿下の体で動き回るなと。何を言っても何をしても私を見てはくれなかった。ルイ殿下のエミリーへの愛を共有した私には、エミリーがルイ殿下の美しい外見じゃなく、その内面、意識を何より愛してるんだと知って羨ましく眩しく感じたよ」


 信じられない展開になりそうで、私は手に汗握っている。これは、ひょっとして……。思わず塁君とヴィンセントをチラ見すると、二人とも分かり切っているという顔をして見守っていた。



「私はネオが女性でも男性でも変わらず愛しいと思うけれど、ネオは私の内面を見てはくれないのだろうか」



 テーブルの下で思わず拳を握ってガッツポーズをする私。



「も、勿論アウレリオ様ご自身の、お、お人柄を、お慕いしております……ですが、貴方は君主になる方で、お世継ぎも必要で」

「ネオが世継ぎのためにしていた研究があるだろう」

「で、ですがそれには未受精成熟卵子が必要で」


 そこで塁君が口を挿んだ。


「ベスティアリ王妃に提供してもらえ」

「えぇっ?」

「そうすればミトコンドリアDNAすらもアウレリオと同じクローンが出来る」

「母上の年齢でも可能ですか?」

「勿論だ。ベスティアリ王妃はまだ三十代、十分に使用可能な卵母細胞を持っている。それにクローン胚が胚盤胞まで育ったら誰の子宮に移植する気だった? 未来の国王になるかもしれない存在だぞ。だったら王妃に頼んで出産までしてもらえ。クローンとはいえ、間違いなく自分の卵子で自分の息子のDNAを持つ子だ。俺は大切に育てて産んでくれると思うが」


 アウレリオ様は顎に手を当てて熟考しだした。王妃様がもう一度アウレリオ様を妊娠出産するようなものだよね。それが可能ならそりゃあ最高の人物だろうけど、OKしてくれるかな。アウレリオ様に妃を娶ればいいでしょうって言わないかな。


「ベスティアリ国王夫妻は以前とは違う。オーレリアが瀕死状態で眠りについていた間の心労は大変なものだった。国王は過労で動脈硬化も進み心臓を患っていたから、実は危ないところだったんだ。下手したらオーレリアが目覚める前に、心臓発作や血栓が飛んで崩御していたかもしれない。それ程に親にとって愛する子供を失うかもしれない悲しみは大きかったんだ。だから今のアウレリオが何を選択しても協力は惜しまないだろう」


 視察初日の歓迎の宴で、国王陛下は確かにかなり弱っているように見えた。だけど塁君が治療して戻ってきてからは、顔色も良くなり杖も必要なくなった。


「父上が? それ程の状態だったなんて聞いていませんでした……ルイ殿下に治療していただいたとだけ聞いております。クルス王国に視察に来ていただけなかったら、父も私も死に、ベスティアリは混乱の渦の中だったでしょう。重ね重ね感謝致します」


 塁君はふっと笑ってネオ君を見た。


「礼ならネオに言ってくれ。俺がベスティアリに行くことを決めたのは、遠く離れた国からネオが出したサインに気付いたからだ。あれがなければ行ってなかったかもしれない」


 そうだった、塁君は二学年最初の日にベスティアリ王国への旅行を言い出して、『メインシナリオじゃない部分でシナリオが変わっている』と気にしていた。マップの端で見切れている小さな国のことなのに。


「じゃあ、お前ら二人はこれでお互いの想いは確認し合ったってことでいいな」

「えっ、あの、僕では将来的にご迷惑にしかなりえません」

「あぁなるほど。だからルイ殿下は私に魔術師団での訓練を誘導したのですね」

「そういうことだ」

「アウレリオ様に教えることなんてそう多くないですからね。俺が付いて念入りに教えてた意味が、ようやく花開く時が近そうで嬉しいです」


 ……どういうことかな。何故魔術師団? 私だけがまたしても分かってないけど聞けない雰囲気だ。



「エミリー、柴ワンだ」



 ピクリとも動かず脳みそフル回転で考えていた私に、塁君はふふっと笑ってその可愛い呼び方を口にした。








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