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115.至上のもの

 そのラボノートを見れば、ネオがどれだけベスティアリ王国のために力を尽くしてきたかが一目で分かった。


 クローンだけやなく、遺伝子組み換えで創ろうとした幻獣の数々。ペガサス、グリフォン、コカトリス、スレイプニル、マンティコア。ネオなら解剖学的にも遺伝学的にも無理やと分かるもんまで、必死に造り出そうとした研究の軌跡がそこにあった。


 クー・シーとケット・シーは犬と猫を大型化させようとしとったらしい。その程度、ネオなら簡単に出来る筈やのに、幻獣として観光の目玉にするにはインパクトが無い思うたんか、実験には至らず止めたようやった。


 あいつは『出来る・出来ひん』『したいか・したないか』じゃなく、『ベスティアリを復興出来るか・出来ひんか』で動いてきたんや。



 大量のラボノートを三人で満遍なくチェックしとったら、最近の一冊の後ろに見覚えのある紙が保護魔法をかけられて貼られとった。


「これってホーンラビットのビジネスアイディアみたいな感じですか?」

「これはネオとエミリーと俺が出し合ったアイディアを書いた紙だな」


 視察旅行の二日目に、ホーンラビットの観光戦略をチェックして欲しいてえみりがネオに呼び出された時の紙や。


 ネオが描いた見事なウサギの絵は裏側で、俺の描いたイースターエッグの模様が表側にされとる。紙の下には小さく日本語で『来栖君は絵も上手い。視覚能力も高いし手も器用。やっぱり医師に向いてる』と書いとる。あいつはほんまに俺を過大評価し過ぎやで。


 ページをめくってその裏を見た俺は、胸がざわつくような嫌な予感がした。


 そこにはもはや『俺』そのものの、縮小した全身図が描いてある。モノクロ写真言われても信じるクオリティや。その絵の下に小さく書かれた呟きみたいな短い文章。



『来栖君が価値があるとみなしたものは至上のものに感じる』




 あいつは前世で俺が使てたペンやノートと同じもんを、後生大事にロッカーに入れとった。俺の写真と共に。


 なんやこの嫌な予感。



 俺がこの世で一番価値がある思てるのは。



 そんなんえみり一択や。




「戻るぞ。エミリーが気になる」

「なんて書いてあるんですか?」

「俺が価値があるとみなしたものは至上のものに感じると」


 アウレリオとヴィンスは二人で顔を見合わせると、サッと魔法でラボノートを片付けた。既に転移魔法を発動する気配がする。話の早い奴らでありがたい。


「それは間違いなくエミリーですね」

「でも今は講義中ですからご安心を」


 そうや、まだ講義中や。ローランドにもきっちり四時間やるよう言うてきた。それやのになんでか嫌な予感がすんねん。



 俺にとって一番大事なのがえみりであるように、あいつにとって一番大事なのはオーレリアでありアウレリオや。


 ベスティアリ王国がいくらあいつの母国であっても、ここまで身を捧げるのはひとえにアウレリオのためなんやろ?


 この先も、アウレリオが治める国が豊かであるように。


 自分は結ばれなくても、アウレリオが一番に望むベスティアリ王国民の幸福が長く続くように。


 俺だってえみりのためなら無茶やってするし危ない橋でもなんぼでも渡ったる。お前もそうなんやろ? 


 アウレリオのクローンを創るために、より価値ある卵子を求めとる。あいつが至上のものに感じるえみりの卵子を。





 ◇◇◇





 私がグラタンを作るべくキッチンに向かっていると、講義中の筈のネオ君が廊下の向こうから歩いてきた。


「エミリー様」

「あれ? 今日はローランドの講義でしょう?」

「はい。急病人が出てしまい、ローランド様が一時離席なさって自習になりましたので、お弁当箱をお返ししようと思いまして」

「そんなのいつでもいいのに。講義の後にゆっくり来てもいいんだよ」

「それではまた夕食のお時間に被ってしまいますので」

「食べて行けばいいのに。遠慮しないでね」

「いえ、そんなにご迷惑はかけられません」


 キッチンに到着し、温かい飲み物でも出そうと中へ促すと、ネオ君は遠慮しながらも入ってきてくれた。自習が終わるまでには帰してあげなくちゃね。


 ドアを閉めてから、私はいつも通り日本語で話しかけた。


「味噌カツ、本場の人の口にも合った?」

「……でぇーらうまかった」


 思いがけず出てきた名古屋弁に、つい顔が綻んでしまう。ネオ君も恥ずかしかったのか少し頬が赤くなっている。


「名古屋弁いいねぇ」

「えみりさんは北海道だよね」

「うん、なまら美味しかったっしょ」

「あぁ、北海道弁だ」

「いやこんなの使わないんだけどさ」

「ふふ、名古屋弁もほとんど使わないね。でも女性の方言は可愛らしいね」


 温かいココアにマシュマロを乗せてネオ君の前に置くと、嬉しそうにフゥフゥしながら口を付けた。


「甘いもの好き?」

「うん、でら好き」

「良かった。そうだ、作り置きのかぼちゃのシュークリームとバナナのタルトがたくさんあるから持って帰って!」

「いや、そんな、夕食時を外した意味が無くなるから」

「だから気にしなくていいよ。いつでも来てね。転生仲間だもんね」


 私がお菓子のテイクアウトの準備をするために立とうとすると、ネオ君にギュッと手を握られた。


「ん?」

「来栖君がえみりさんを大事にするのが分かるな……」


 なんだ、どうした?


「ネオ君、何かあった? 元気ない?」


 昨日女生徒達がネオ君のことで大喧嘩してたし、今日何か言われたのかと心配になってきた。


「えみりさん、健康チェックのために魔力を流してもいいかな」

「え? 私多分元気だよ?」

「練習のために色々な人に協力してもらってるんだ」

「なるほど、そういうことならいいよ」


 ネオ君はオーレリア様の手から魔力を流して体内を診察した時に、精巣癌があるとは思わず卵巣癌の転移だと思い込んでしまったんだよね。


 当時もそれを気にしていたから、きっと今訓練してるんだなぁ、と察してOKを出した。


 握られた手からゆっくり魔力が流れてくるのがなんとなーく分かる。でもほとんど分からないくらい弱い魔力だ。


 そうかぁ、お医者さんとしてこういう診察をする時に、弱い魔力で済めば大勢の人の健康診断が出来るもんね。なるほどなるほど、と感心しながら目を閉じていた。


 その時ノックの音がして、返事をする前にドアが開かれた。


「エミリー様、洗濯の終わったテーブルクロスをお持ち致しました」


 そこにいたのは私のものじゃないテーブルクロスを、いくつか手に持った塁君の侍従さんだった。


「こちらに入れればよろしいでしょうか」


 侍従さんは全然違う棚の前に行き、私の方を見た。何だろう? あれは私のテーブルクロスじゃないし、侍従さんが持ってきてくれるのも初めてだし、指差しているのは引き出しだ。テーブルクロスはそんな小さな引き出しには入れないよ。そんなことを間違うなんていつも完璧な侍従さんらしくない。


「それともこちらの引き出しですか」

「いえ、それは……」


 私のじゃありませんよ、と言いかけた時に、かぶせ気味に侍従さんが言ってきた。


「すみません不慣れなもので。どちらの棚か後学のために教えて頂けますか」


 不思議に思いながらも、私はネオ君の手を解いて侍従さんの元へ行った。


「この引き出しは紙類を入れてるんです。可愛いナプキンとか。こっちはラッピング関係で……」

「エミリー様、ルイ殿下がいらっしゃらない時に、いくら殿下のご友人でも男性と二人きりになりませんように」


 私が隣へ行った途端、小さな声で侍従さんに釘を刺されてしまった。そうだ、確かにその通りだ。


 この世界の貴族令息相手だったら気を付けていたのに、転生仲間だと思うと途端に警戒心を無くすのが私の悪いところだ。


 塁君の元同級生だと思ったら、元から私の友達でもあったような気分になってしまった。


「ネオ君、途中なのにごめんね」

「その方がご一緒でも構いませんよ」

「では私も同席させて頂きます」

「自習終わる前に戻らなきゃだよね」

「すぐに済みます。ご協力いただけたら僕も助かります」


 侍従さんがキッチンの壁際に控える中、ネオ君はまた私の手を握ってきた。ゆっくり感じる弱い魔力。


「……エミリー様、少々気になる部位があるのでよろしいですか」


 え? 私どこか悪いの?


 ドキッとしている私のお腹をネオ君がジッと見ている。



「お腹を触ってもいいですか」



 これは……女生徒達が騒いでいた『お腹触られたもん』ってやつじゃないだろうか。







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