113.オーレリアとアウレリオ①
私はベステラン王国のたった一人の王女として生まれ育った。
昔は観光立国としてそれなりに豊かだったらしいが、私が物心つく頃には既に国は困窮していた。
資源という程の資源も無く、美しい景色だけが自慢の国。しかし困窮すればするほど観光地の整備に手が回らなくなり、余計に観光客の足が遠のくという悪循環。
だからといって既に苦しんでいる国民の税を上げるわけにもいかず、何か策は無いかと考えてばかりの幼少期だった。
そしていつの頃か『私では父上の後継者になれない』という現実を知った。
女というだけで何故!? 私こそが一番にこの国のことを考えているのに! という怒りをもって両親に抗議したこともあったが、困らせるばかりで望んだ答えは返ってこなかった。
いつしか仕方ないと割り切り、この国のために自分が出来ることをするのみだと受け入れた。
母上は『王子に生んであげられなくてごめんね』と涙を流すが、そんなことを今言っても現実は変わらない。国のことを考えてばかりの私は酷く現実的な子供で、自分も含めて今あるもので何とかしていくしかないことを知っていた。
まず始めたのは国中を回り、全ての土地と国民の暮らしをこの目で見ること。そしてごくたまに見つかる魔力を持つ国民を、王都の魔法省に受け入れること。
この国には魔力を持つ人間がほとんどおらず、王家にだけは魔力持ちが多く生まれる。私は王家の中でも稀有なほどに魔力が強かった。だからこそ他人の魔力もうまく感知できる。
小さな国の端から端まで旅をして、何人かの魔力持ちを見つけて声をかけた。その中で唯一の子供がネオだった。
ネオは子供らしからぬ博識さで、最年少で入った魔法省でもよく働いてくれた。物知りで話していても楽しいので、私は身分関係なくネオと共に過ごすことが増えていった。話題はほとんどが『ベステラン王国をどうやって発展させていくか』だ。
一応王女だから貴族令嬢達とも定期的にお茶会を開いたり、舞踏会で貴族令息とダンスをしたりもするけれど、どれも心からは楽しめなかった。
いつもいつも頭には『国民が苦しんでいる状況で、何故我々は無駄遣いをしてまでこんなことをしているのか』という考えが過るからだ。
それに『この国を発展させるためにどう動くか』なんて話題は、貴族相手には喜ばれなかった。
ダンスの相手達を見ながら、この中の誰かが私の夫として次期国王になるのかもしれない、と思うと溜め息が漏れた。
婿をとって私は世継ぎを産む。それは私にとっては義務であり、仕事の一環であった。恋やときめきなどは感じたこともない。そんな暇も余裕も無い。
ご令嬢達が私を見る瞳に好意が宿っている時、その恥ずかしがる姿や一生懸命な姿を可愛いなとは思うものの、令息達が私を見る瞳の中の好意には何も感じなかった。むしろ王座を狙っているのかと思うくらいで、国のために相応しいのは誰かという視点でしか男性達を見れなくなっていた。
年頃になっても来ない月経に、母上が心配するようになったのが十四歳の頃。周りよりも高い身長。胸も大きくなっていた。それなのにいつまでも初潮は訪れない。
周りを安心させるために自分で自分の体を傷つけて、初潮がきたふりをした。そうしないと婿さえとれず、次期王座を巡って早い段階で争いの種になると思ったからだ。
だけどこの解決方法は、争いを先延ばしにしただけの応急処置だ。
いずれ両親が決めた相手と結婚し、婿が次期国王になる。しかしいくら待っても、月経の無い私は子を持てないだろう。私に妊娠の兆候がないと、側妃を迎えることになる。そして婿と側妃の間に生まれた男児が次の国王になるのだ。私達王家の血が一滴も入っていない人間に血統が移る。それを見越して娘を側妃の座に付けようとする争いが、貴族間で起こるだろう。権力を欲する家門は残念ながらある。税を上げて懐を満たそうとする者も出てくるだろう。
少し考えただけで絶望的な未来だ。
私は女性として欠陥品なのだろうが、王家の一員として国を豊かにする責務がある。せめてこの国を発展させ、国民を豊かにしてくれる才のある婿を選ばなければ。
だけど私にくる縁談相手のほぼ全員が、政の話はしたがらず、贅沢品を身に着け流行話に夢中の道楽者ばかりだった。血筋にこだわる両親と側近が選ぶとこうなるが、口出ししても聞いてはくれない。これだから我が国は衰退の一途をたどっているのだ。
外国の王子も中にはいたが、資源がなく貧しい我が国を明らかに下に見ているのが分かった。
悔しい、この国を変えたい。
その話題で何時間でも談義に花を咲かせられるのはネオだけだった。
観光立国として返り咲くために何か出来ることはないかと、ネオと二人で国中を視察していた時だった。山間の岩場の奥に、奇妙な気配を感じた。
そこで見つけたのは一本角の白い馬。
『ユニコーン!?』
伝説の存在のユニコーンかと驚く私に、ネオは冷静に言った。
『突然変異の奇形で角が生えた馬ですね』
その馬は骨折して弱っていて、息も絶え絶えだった。
『岩場から落ちたのだろうか』
『この角のせいでカルシウムが不足して骨密度が低いのでしょう。他の馬より骨が脆いのだと思います』
ネオは前から誰も知らないような知識を語ることがあった。二人の時に追及したら、前世の記憶があるという。この世界よりもはるかに文明が進んでいて、ネオの知識もそこで学んだものだと。
『この子が元気になってくれたら、ユニコーン見たさに観光客が来てくれるかもしれないのに』
そう言った私にネオはまた前世の知識で提案してきた。
『この馬は恐らくそう長くはもちません。ですがこの馬と全く同じ仔馬を創るクローン技術という方法があります』
私達はその技術に縋ることにした。
苦しそうな馬を安楽死させ、その細胞の一部を保存魔法をかけて持ち帰り、ネオのために作った研究室に持ち込んだ。
その日から、我が国の命運を賭けたクローン実験が始まった。
毎日毎晩、ネオは研究室にこもって実験を重ねる日々。少しでも空いた時間があれば、ユニコーンが無事生まれた後の観光戦略について話し合った。
私達の世界には無い色使いの品物達。工夫を凝らした可愛らしい食べ物。商店の外装、内装、通りの飾り付け。何もかもが目新しく、絶対に成功すると希望を持った。
そして同時に感じる私自身の体の異変。
体に感じる痛み、だるさ、息苦しさ。侍医に見せても疲れだと言われるばかり。仕方なく休養を多くとるようにしたけれど、一向に治る気配はない。
私が休んでいる間もネオはずっと研究を続けていた。ネオの前世でもそう簡単には出来ない方法のようだが、ネオなら出来ると信じていた。
ネオの優秀さ、動物への見識と熱意、何度失敗しても折れない探求心。ネオにしか出来ない。
共に国のために奔走する中で、いつからか感じていたネオからの好意。
憧れるような、恥じらうような瞳は、私を見るご令嬢達に似ていたけれど、時にそれ以上の熱を感じることも増えてきた。
ネオのように国を想う婿なら歓迎だが、ネオは平民で魔法省の一職員。結婚など許される筈もない。
恋だの愛だのを考えたこともない私には、純粋なネオは勿体ない相手だ。結婚相手にさえ国のためになるか否かしか求めていないような、ある意味冷血な私では、いつかネオを傷つけてしまうだろう。
体のこともあり、両親には『国の発展のためにまだまだやることがありますので』と言って婚約話は躱し続けた。私はまだネオと共に国のために力を尽くしたい。
研究を始めて半年後、ネオは見事にクローン胚を代理母の牝馬に着床させ、一年後には無事出産させることに成功した。約一年弱の妊娠期間中、私は毎日祈る思いで牝馬を見に行った。出産のときには近付いちゃいけないとネオが言うので、離れたところで見守っていたけれど、無事に生まれ落ちた時には私でも涙が出た。
あの時だけは、国のためになる馬だからとか、そんなことではなく、命というものの尊さを感じたのだ。
生まれた仔馬はシリウスと名付けた。ネオによると夜空で一番明るい星だという。この国を救う一番の光になるようにという祈りが込められた名前だった。
父上と交渉し、王家の資金を投入してユニコーンで勝負を賭けた。
イメージ一新のため、国名までも変更した。私達王家の名前でもあったベステラン王国は、『動物寓意譚』の意味を持つというベスティアリ王国に改名した。幻獣が暮らす夢の国にぴったりな名前だ。
ネオと打ち立てた観光戦略は見事に当たり、近隣の国々から大勢の観光客が訪れた。噂が噂を呼び、右肩上がりで増える観光客。見事に観光立国として返り咲いた我が国は、経済的にも余裕が出てきた。
その成功を見守りながらも、私の体調はどんどん悪化していった。常に息苦しく痛む胸、腰痛、だるさと不眠、吐き気。過労だろうかと思ったが、ついに血を吐いてしまった。
前世で医師の卵だったというネオが、診察させて欲しいと言ってきた。
父上が手にしか触れてはならないと言うので、ネオに言われた体の部位を自ら触り言葉にした。足の付け根には硬いしこりが出来ていて、ネオはそれを鼠径リンパ節に転移した腫瘍だと言った。
ネオが手から魔力を流して診断した結果は卵巣癌の末期だと。
『余命三ヵ月程です』
死ぬ前にこの国の国力が増したことは本当に良かったし悔いは無い。だけど次期国王がいない。私はこのまま国の未来を放り出して逝くわけにはいかない。
『ネオ、私はどうしたらいい』
私は戦友に助けを求めた。




