112.胚達は二種類の魔力を持つ
昨日ネオの狙いに気付いた俺は、これから極秘でベスティアリに行くことにした。アウレリオには魔術師団本部でヴィンスと合流してから同行してもらう手筈になっとる。
講義はローランドにきっちり四時間、なんやったら延長するよう任せとる。
「塁君今日は急な執務だったよね? 講義の時より遅くなる?」
「いや、多分同じくらいや思う」
「分かった。今日はグラタンにするね! 塁君ホワイトソース系好きだもんね」
「ホワイトソースよりえみりが好きやで」
「わっ、わっ、ど、どこにでも好きって取り入れてくるよね……」
だいぶ俺の好き好き攻撃に慣れてきたえみりやけど、唐突に会話にぶち込むと未だに照れてほっぺを真っ赤にするのがむっちゃ可愛い。
「ほないってくるな」
「いってらっしゃい」
「うぉっ!?」
えみりが意を決したように抱きついてきた。細い腕に一生懸命力入れて、俺をギュウギュウ抱き締めてくれてんのが愛しくてたまらん。あと抱きつく直前小さい声で『ぇぃっ』って言ったんが聞こえてきて、勇気出してくれたんかと思うたら胸熱や。真っ赤なほっぺに目ぇギュッとつぶっとる姿が可愛くて可愛くて、もうこれはちゅーしてくれ言うてるようなもんやな!
「えみり……かわい……」
えみりの顎持って顔近付けたところでヴィンスとアウレリオが現れよった。
「あ、お邪魔します」
「あ、お構いなく続けて下さい」
「うわーー!!」
「お前ら……」
「エミリー、うわーって本気?」
「エミリー嬢は結構キャーじゃなくてうわーなんですよ」
「へぇ、それもまた可愛いね」
「そこ! 普通に会話続けるな! くそっ!」
アリスといい、こいつらといい、俺はえみりとキスすんの邪魔される呪いでもかけられてるんちゃうか……。
「ルイ殿下遅いから迎えにきたら今の状況です」
「わざとじゃないので気にせず続きをどうぞ」
「出来るか!」
えみりはえらい離れたところまで飛び退いてもうた。真っ赤な顔後ろに背けとるし今はもう無理や……くっ……。
「行ってくる……」
「ぃぃぃ、ぃってらっしゃぃ……」
あかん。えみりが羞恥で挙動不審や。帰ってきたら仕切り直しやな。
◇◇◇
「やった! 今日の講義はルイ殿下じゃないんだ! 宿題終わらなかったから悪魔の拷問覚悟してたよ!」
聖女様はゲームの中とはだいぶ違って、神殿にも所属してなければ攻略対象者とも結ばれていない。ゲームでは無かった医学院の生徒で、来栖君にスパルタ教育されている。
きっと何もかも来栖君がこの世界にいる影響なんだろうな。
「ねえネオ君さ、うちのクラスの子達が昨日ネオ君の取り合いで喧嘩してたけど、本命は誰なの?」
「喧嘩ですか?」
「聞いたけど結構思わせぶりな言動してるでしょ。罪な男だなぁ」
「思わせぶり?」
「む、無自覚!? 魔性!!」
聖女様は前世で僕が苦手としていた部類の女子だ。来栖君を悪魔と呼ぶのも許せない。でもオーレリア様の腫瘍を消してもらって大恩がある。
聖女様の卵子だったら……
光属性の効果で上手く育つんじゃないかな……。
「聖女様はご自分に光魔法をお使いになれるのでご健康だとは思いますが、魔力を流して体の具合を見させていただいてもよろしいですか」
「え? 私絶対心身ともに健康だよ? なにせ今日は悪魔もいないしね! ストレスフリー!」
「はい、絶対にどこにも異常が無い状態というものを感じてみたいのです。人間多かれ少なかれどこかに不具合がありますから、健常女性のモデルとしてご協力願えますか」
「そっか! 確かに肌荒れとか便秘とかで女子は悩むもんね~。いいよ!」
「ありがとうございます」
聖女様の手を握って卵巣にごく弱い魔力を巡らす。ああダメだ。聖女様は明日には月経が始まりそうだ。
「ありがとうございます。大変参考になりました」
「いいよいいよ。今日の私はご機嫌だから!」
また半月後くらいにお願いしてみよう。
今日はローランド様の講義だけど、やっぱり来栖君が良かったな。来栖君が講義の合間に入れてくる医学的雑学知識に、僕はいつも心を掴まれる。
そうだ、帰りに王城に寄ってみようかな。一昨日えみりさんに頂いたお弁当の容器を持ってきたから、返却を理由にお邪魔したら少しだけでも来栖君に会えるかもしれない。
◇◇◇
「何度か来てますけど、見事な研究室ですよね」
「ネオの要望に合わせて私が作った魔道具が多いですね」
「クリーンベンチもインキュベーターもなかなか上手く出来ているな」
「インキュベーターはたくさんありますね」
三人でネオの研究室に転移してきた。感覚を研ぎ澄ませばあちこちから魔力が放出されとるのが分かる。簡易な魔道具からは職人の魔力、手の込んだ実験器具からは作ったアウレリオの魔力、実験で使うたネオの魔力。
俺らがここに来た時は必ずオーレリアの体がここにあった。せやから本体の強い魔力に紛れて感じひんかった。
「アウレリオ、魔力を一度抑えてくれ」
「わかりました」
アウレリオの強大な魔力がスゥッと体の中に引き潮のように引いていく。
「これだ」
何台もあるインキュベーターの中に、微かにアウレリオの魔力を内部からも別個に放出しとるもんがある。
「私の細胞を培養してるのでしょうか」
「お前の細胞核と、別人の細胞質を持つ細胞だ」
アウレリオはクローン馬であるシリウスに関しては知ってる筈や。時間魔法で眠りにつく前、ベスティアリを観光大国にするためにネオの作戦に乗った筈やから。
アウレリオは俺の言葉ですぐに事態を察知した。
「私は治療されてから細胞を採取された覚えがありません……」
「そうだ。治療前だろう」
「待って下さいよ。それってアウレリオ様の遺伝子疾患が残っている細胞ってことですか?」
「そういうことだ」
「なんてことを……」
インキュベーターの扉を開けて確認すると、線維芽細胞とクローン胚のシャーレが何個もあった。線維芽細胞はその魔力から見て間違いなくオーレリアのもんやろう。
せやけどクローン胚は上手く胚盤胞まで分化出来てへんみたいや。そらそうや、体細胞クローン胚の多くは発生初期に染色体や遺伝子発現の異常で死滅する。
「クローン胚にはアウレリオの魔力じゃない魔力が宿ってるな」
「アウレリオ様に比べて極めて弱い魔力なので隠れてしまいますが、これ、うちの一般クラスの女生徒達の魔力です」
「ベスティアリには魔力持ちがほとんどいないのに、平民街にネオの魔力宿してる女がいたと言ったな」
「もう半年以上前ですよ?」
「今ここにあるクローン胚は全て魔力持ちの卵子を使ってる。半年以上前に魔力無しの卵子で試し、研修旅行で魔力持ちで試し、結果的に魔力持ちの卵子の方が核移植後の成績が良かったから魔力持ちに絞ったんだろう」
アウレリオの表情が曇る。こいつの責任感の強さはよう知っとるから、思い詰めるて予想はしとった。
「おい。お前のせいじゃないぞ」
「大恩あるルイ殿下の医学院で学びたいと言ったのは、ネオの本心だと思います」
「分かってる」
「決して魔力持ち女性の卵子のためだけではない筈です」
「アウレリオ、大丈夫だ。ちゃんと分かってる」
「恩を仇で返すような真似に気付かず……」
「仇なんかじゃない。恐らく自然排卵の時期の女にだけ近付いてるんだ。皆結婚もしていないし今妊娠希望している者はいない。何もしなくても排卵後24時間でその卵子の寿命は尽きるだけだ。それを転移させたところで女性に何か異常が起こることはない」
アウレリオの顔色が悪いのは、俺達とクルス国への申し訳なさ以上に、遺伝子異常があるクローンを創ろうとしていることが理由やろう。
もしクローンが生まれたら、その子はオーレリアと同じ病で苦しむことになる。末期癌やったオーレリアの痛みと苦しみは相当なものやった筈や。それを誰よりも近くで見てきたうえに医師を志すお前が、なんで自分の手で遺伝病患者を生み出そうとしてんねん。
俺らの使命は命を救うことや。
「ルイ殿下、ラボノートがありました」
ヴィンスが見つけた大量のラボノートには、この数年間のネオの途方もない努力と苦労が伝わってくる実験の記録が克明に記されとった。




