111.魔力の残滓を調査せよ
俺とヴィンスは今日は早朝から学園におる。正門見えるとこで待機中や。エミリーとフローラには王家の馬車を手配しとるから心配いらん。
「ルイ殿下、本気ですか?」
「当然本気だ」
「いやいや、ネオ君は婚約者も恋人もいないんですから、合意の上で遊んでるならいいんじゃないですか? 馬に蹴られて死んじゃいますよ?」
「合意とか合意じゃないとか、問題なのはそんなことじゃない」
「ネオ君がそんなに問題ですか? 年頃の健全な男子なんだからそういう事もあるでしょう」
……ヴィンスはゲームの中では女遊びしまくっとった男や。この世界では俺とエミリーを見て『親が決めた婚約だけど、出来たら自分も婚約者と仲良くしたい』言うて、すっかりフローラ一筋になったんやけどな。せやのに他人のことになるとこういう判断になるんやな。
まぁ分かる。『男女のことは当人同士の問題や』『婚約してへんなら恋愛は自由や』『踏み込むのは無粋や』、現に俺も昨日まではそう思うとった。
よっぽど相手をこっ酷い捨て方でもしたら口出すかもわかれへんけど、毎回相手が違うてても双方合意の上やったら俺らの出番やない。そう思うてた。
ネオは俺達がそう判断することを分かっとったんちゃうか? そう疑いたなるくらい俺らは意図的に目ぇ背けとった。
とりま確かめてみんことには分からへん。濡れ衣かもしれへんし。出来れば俺の考え過ぎであって欲しい。
ぼちぼち生徒が登校してくる時間や。俺とヴィンスがベンチに座って校門をジッと見とると、二学年の一般クラスの女生徒が入ってきたのが見えた。あれは研修旅行でネオと花火を見とった女や。
遂に一人目や。
やりたないのにせなあかん時が来てもうて、ヴィンスが愚痴りよる。
「はぁー、気が乗らないですねぇ」
「とりあえず二、三人見るぞ。ダブルチェックしろ」
まずこの女から見なあかん。俺だってやりたないけどしゃーないやんか。
俺がヴィンスに命じたこと。
それはネオとデートしたらしい女の体に、ネオの魔力がどう残っとるか詳細を調べろいうことや。
体のどの部位に魔力が残っとるか、可能ならその魔力の根源が何なのか。
はっきり言うてしまえば、『体液か、魔法か、魔法なら何の魔法使たか見ろ』ってことや。魔力持ちの体液も魔力を帯びとるから、集中して見な同じに見えんねん。
研修旅行最終日の整列する時や。一般クラスと一緒んなって気が付いた。一般クラスの女四人の体にネオの魔力が残っとること。それも下腹部に。俺とヴィンスだけが気付いとった。
それでヴィンスは『ネオ君もなかなかですね』言うたんや。
俺らはそういう行為の後なんやと思い込んだ。せやけど昨日俺の頭に浮かんだのは別のことや。
えみりが何気無く言うた。
『毎日胚を見に行かないといけないのかな』
培養細胞は静置しとくんがええ。気にして毎日見ようとして何度も揺らしたらあかん。ネオなら培養液の交換かてせんでええようワンステップのもん使てる筈や。
『夜中なのに研究室に戻るなんて、残業手当つくといいね』
一、二時間女と過ごした後、ネオは泊まりもせんとすぐ研究室に戻る。本命やないからか? ほんまにそんな残業なんかあんのか? 他になんか理由あるんとちゃうん? 培養中の胚はいじらん方がええくらいやのに何で夜中に戻らなあかんのや。そう思た時、嫌な考えが頭をよぎった。
「あれ?」
女生徒をチェックしとったヴィンスが予想外いうように声を出す。
「調べたか?」
「はい……確かにネオ君の魔力ですけど……体液じゃなく魔法の残滓なんですけど……えぇ??」
俺と同じものを感知しとる。
「だって転移魔法の残滓ですよ?」
そうや。女の体内にネオの転移魔法の痕跡が微かに残っとんねん。こんなんあの女生徒本人も気付いてへんやろ。魔力には気付いても、転移魔法までは俺とヴィンスくらいしか気付けへん。しかも部位も部位やし俺らも無粋や思てなるべく見ぃひんようにしとった。そのせいで気付くのが遅れた。
また一般クラスの別の女生徒が登校してきたのが見える。最終日の四人やないけど、医学院の窓から見たことある気ぃする。ネオが留学してから門で待ち伏せとる中の一人やな。
チェックしてみたらやっぱり同じや。転移魔法の残滓。
「え? また? どういうことです?」
ヴィンスは訳が分からず困惑しとる。
「ネオは人間一人を転移させるほどの魔力は無い」
「ですよね?」
「だけど体の中の小さいものなら転移させられるってことだ」
「体の中の小さいもの……ルイ殿下がベスティアリ国王の血管内のプラークを転移させたみたいにですか?」
「そうだ。恐らくあの治療がネオにヒントを与えた」
三人目、四人目、五人目……続々と登校してくるネオの相手や思われる女生徒達。全員に残っとるのは転移魔法の残滓だけ。全員、同じ部位に。
ネオは誰とも関係を持ってへん。
極小規模の転移魔法を使てるだけや。
卵巣内に――――――――
「あいつは卵子を奪ってる」
俺の言葉にヴィンスは凍り付いて絶句した。そらそうや、使い道何やって話や。
せやけどネオにだけは使い道があんねん。
むしろネオにしか使いこなせへん。
ネオは人間のクローンを創ろうとしとる。
「ちょ、ちょっと待って下さい。視察の時もネオ君の魔力が残った平民女性が数人いたらしいんですけど」
「同行した魔術師団が言ってたのか」
「そうですそうです。でも団員皆『やるねぇ~』ってノリでスルーしたんですけど、ひょっとしてそっちもですか?」
「可能性は高いな」
あいつが誰のクローンを創るかなんて分かり切っとる。オーレリアや。
そう簡単に成功するとは思えへん。成功率が低い分、卵子も次々必要や。とっかえひっかえ女と会わなあかんくらいに。採卵したらすぐ研究室で卵子の処理もせなあかん。
――――繋がった。
まずは証拠や。
明日の講義はローランドに交代やな。
◇◇◇
その日の昼休み、私と塁君は屋上で味噌カツ弁当を広げている。もうだいぶ寒いんだけど、塁君の『人避け・風除け・保温』魔法で快適空間が保たれて、紅葉を見ながら優雅に名古屋気分を満喫している。
「八丁味噌旨いな~」
「豆麴から作ったから大変だったよ。二年もかかったの」
「マジで! すごいやん!」
「でも美味しいから頑張っちゃうよね」
「えみり頑張ったんやなぁ。えらいなぁ」
頭をポンポン撫でてくれる塁君は、ニコニコしてるもののどことなく元気が無い。朝も早く登校した理由を聞いてないんだけど、何かあったのだろうか。
尋ねようとした時、中庭で女子が言い争う声が屋上まで聞こえてきた。相当な大声だと思う。
「ふざけないでよ! あんたは研修旅行以来選ばれてないでしょ!」
「最初にいいと思ったの私だからね! 手ぇ出さないでよね!!」
「順番なんか関係ないでしょ! 選ばれないってことは興味持たれてないってことじゃん!」
な、なんだろう?
チラッと覗くと一般クラスの女生徒達が、学年を超えて複数人言い争っている。
「明日また来るんだからこの中の誰がいいのか選んでもらえばいいでしょ!」
「あたしに決まってるけどね」
「あんたなんか無理。ブスのくせに」
「そういうあんたも鏡見たら?」
怖い。こういうの、すごい苦手だ。
「やっぱこうなるよな……」
塁君は特大の溜め息をついている。何がやっぱり?
「ネオ君は忙しいんだからあんた達が煩わせちゃ迷惑だから!」
「何言ってんの。ネオ君支えるのは私!」
えぇぇえええ!!?? ネオ君!?? 取り合い!!??
「言っとくけどネオ君に私お腹触られたんだから。あれは私に気がある証拠よ」
「私だって触られたわよ! 優しくてすっごくドキドキしたもん。もっと触ってくれても良かったのに、私のこと大事にしてくれてる証拠だわ」
「ちょっと何それ、私にも触ってきたけど! 私とは次はもっと先に進むから!」
ななな何してんの、ネオ君……! セクハラ魔法使いじゃないですか!! ムッツリ研究部じゃないですか!!!
婚約して四年経つけど、私だって塁君にお腹なんて触られたことないよ!!
新しい恋を探してるなら応援しようなんて思ってたけど、これって失恋でヤケになってるの? ネオ君らしくなくて衝撃過ぎる。
昼休みいっぱいそのキャットファイトは続き、私はビクビクしながら味噌カツを食べ切った。




