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107.ベスティアリ再入国

 研修旅行最終日が来てしまった。


 無事に団体行動もそつなくこなし、魔法に関する研修もしっかり受けた。だけど例年に比べるとローランドのおかげでスケジュールはだいぶゆるい。おかげで生徒達はテーマパークのようなベスティアリ王国をたっぷりと楽しんで今日を迎えた。それでも全員が全員『まだ居たい。帰りたくない』と思っている。まるで夢の国だったと、女子だけでなく男子もベスティアリを絶賛する。


 この名残惜しさも、滞在中のかけがえのない思い出も、何もかも国王ご夫妻とオーレリア様、そして誰よりもネオ君の尽力によるものだ。凄いことを成し遂げたと同じ転生者として誇らしい。




 オーレリア様の遺伝子治療は、一旦帰国してから改めて週末に再入国して行うことになっている。


 塁君の話では、国王ご夫妻はオーレリア様の命の危機が去ったことに涙を流し、本来は男性だったこと、治療して正常男性になれることを知り、更に嗚咽を漏らして泣かれたそうだ。


 オーレリア様は今はまだお城の奥に身を隠し、治療を終えてから男性の姿で国民の前に姿を見せる予定になっている。



 そしてネオ君は、というと。


 なんと、あの自由行動日から、毎日とっかえひっかえ一般クラスの女生徒達とデートしている。


 女生徒達の方から積極的にアプローチを仕掛けているみたいだけど、『ネオ君』と日本語で呼んだだけで真っ赤っかになっていたあのネオ君とは思えない変貌ぶりだ。


 『毎日夕食後から就寝時間までホテル内なら自由行動可』というゆるゆるスケジュールが仇となった。ネオ君狙いの女生徒達はこっそりホテルを抜け出し、わざわざ魔法省までネオ君に会いに行っていたらしいのだ。皆本当に積極的ですごい。私は塁君と真面目に研修レポートを書いていたというのに。



「ネオ君だけどね、あれから四人とデートしたみたいなんだけど、結局誰にも決めないから女の子同士でバッチバチでさ。空気悪いんだよね」


 魔法省前まで整列して徒歩移動している最中に、アリスがこっそり私の元へやってきて愚痴っている。


「まぁ、一回デートしたくらいじゃ分からないし、研修旅行が終われば超遠距離だし、決められないのは仕方ない気もするよ」

「女の子からしたら、それがまたロマンチックで燃えるんだってば。遠い異国のエリートイケメン魔法使いなんだから」

「そんなものかな」

「そんなもんだってば」




 私達のすぐ隣にいる塁君がヴィンセントに小声で話しかけている。


「ヴィンス、気付いたか」

「ネオ君の魔力ですか」

「ああ」

「一般クラスと特別クラスは使う食堂も分けられてますからねぇ。さっき整列する時にやっと気付きました。ネオ君もなかなかですね。あはは」


 何のことだか分からないけどネオ君はなかなからしい。なんだろう?



 白い塔の前に到着し、全員の点呼が終わるといよいよ転移魔法の時が来る。


 魔法省の方達が大勢整列して見送ってくれる中に、ネオ君の姿も見える。後方の一般クラスからはキャーキャーネオ君ネオ君と黄色い声が飛んでいて、男子達はドン引きだ。


 それでもネオ君はぎこちない笑顔で、女生徒ではなく塁君を見ながら手を振っていた。





 ◇◇◇





 すぐにやってきた週末、今回はお忍びなので魔術師団の魔法陣ではなく、ヴィンセントの転移魔法で行くことになっている。塁君とヴィンセントが治療する担当で、ローランドとブラッドは補佐と護衛だ。


 完全にお仕事だから私は待っていようと思ったけれど、やっぱり同行することになってしまった。なんでだろう、AD的な感じかな。お手伝いできることがあれば何でもする意気込みではある。



 我が国の王城の一室と、ベスティアリ王国の王城の一室を繋いで転移すると、そこにはベスティアリ国王ご夫妻とオーレリア様だけが待っていた。


「本日はよろしくお願い致します」


 三人が深々と礼をすると、塁君はまずネオ君の所在をオーレリア様に尋ねた。


「ネオは週末ですが塔にいるかと思います」

「連れてきてもらえると助かる」

「何故ネオを?」

「あいつにも治療を手伝わせるからだ」

「ネオは、そのような治療の経験は無いかと……?」

「今回があいつにとって貴重な経験になる」


 国王ご夫妻は心配そうにしていたけれど、オーレリア様は真っ直ぐに塁君を見て『承知しました』と頷いた。


 しばらく待つと動揺したネオ君が入室し、見るからに困惑している。


「あの、何故僕が?」

「お前も一緒に潜って遺伝子治療を手伝え」

「えぇ??」

「いいか、絶対に無駄にはならない。それに今回はお前がやらなきゃダメだ」

「僕が……?」

「そうだ。ビシッとしろ。お前と共に国に貢献してきたオーレリア王女が、もうすぐ王子になるんだ。お前の手で治して見届けろ!」


 塁君の真剣な声と眼差しに、ネオ君は少し怯んでから、意を決したように唇を結び、『分かりました』と受け入れた。





「ベスティアリ国王ご夫妻、これから時間魔法で王女を胎児の状態まで戻しますが、どうか恐れず静かに見守っていて下さい。変異のあるAR遺伝子の塩基を一つずつ見ていくので多少時間がかかります。修復した後は敢えて少しずつ時間を戻し、本来の男児としての新生児期から乳児期、幼児期、少年期をゆっくりとご覧にいれます。そうすることで成長後の王子としての我が子に、違和感を感じなくなるでしょう」


 塁君の気遣いに国王ご夫妻は胸に手を当て何度も頭を下げた。


「魔力で紡いだ繊維で出来た服は着ているか」

「はい。言われた通り」


 塁君の質問に答えたオーレリア様はゆっくりと診察台に横になった。


「もっと豪華なベッドでいいんだぞ」

「もう何ヵ月も診察台に寝てましたから平気です。それにこの方が治療がしやすいでしょう」


 診察台の周りには人数分の椅子が並べられている。


 塁君とヴィンセント、ネオ君はベッドのすぐ脇にある椅子に座り、塁君がオーレリア様の手を握った。その上にヴィンセントとネオ君も手を置く。



「ヴィンス、王女の周囲をまずは無菌に。その後新生児期を過ぎて胎児期に入ったら、すぐに子宮内環境に合わせろ」

「了解。37℃、酸素濃度5%、二酸化炭素濃度6%ですよね」

「ネオ、お前にも出来るだろう? クローンで細胞培養する時にやっている筈だ」

「は、はい。僕がしましょうか?」

「いや、お前には塩基の組み換えをやってもらうからな」

「えっ!? そ、そんな! 大切な治療で失敗出来ないんですよ!? AR遺伝子の長さも、塩基配列も、ぼ、僕は……分かりません……すみません……!」

「問題ない。俺が指示を出す」

「まさか、覚えているんですか……?」

「ああ。193,588塩基対、全て俺の頭の中にある」


 その言葉にネオ君のアイスブルーの瞳は見開き、困惑気味だった弱気な瞳が輝きを取り戻す。



「…………ああ、本当に貴方って方は」



 久々に見る、塁君に心酔するようなネオ君の表情。頬を紅潮させて瞳は輝き、さっきまでの自信の無さそうな気配は消し飛んだ。


 その時を見極めたように、塁君が開始の声を発する。



「始めるぞ」



 三人は静かに目を閉じ動かなくなった。







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