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104.王子の体とその意識

「姿も声も変わらないのにエミリーは何故そう思うの?」


 塁君の外見でにっこりと微笑むその姿は、そりゃあキラキラなんだけど、違うっていったら違うんだ。


「全然違いますから」

「へぇ? どの辺かな、教えて?」

「嫌です」


 速攻拒否すると、塁君の姿をした人は驚いて目を丸くしてから笑い出した。


「あはは、何で嫌なの?」

「教えたら貴方がもっと塁君っぽく演技して、取って代わろうとしたら嫌ですから」

「あはははは、なるほど。確かにそうだよね。考えてもいなかったけど、それはいい考えだ。あははは」


 この人がオーレリア様なんだろうか。思っていたような『ご令嬢の鑑』とは何だか違う。私は勝手にゲーム内のグレイスみたいな令嬢をイメージしていたけれど、どうやらだいぶかけ離れている。



「私も気が付いたらこうなっていて申し訳ないなと思うのだけど、申し訳ないついでに少しだけ体を貸してもらいたいな」

「塁君本人に聞いて下さい」

「彼、意識が朦朧としてる状態なんだ。私のせいでエミリーにも心配をかけてごめんね。エミリーが泣いてるのが分かって慰めたいと思ったら、体が動いてしまったんだよね」

「塁君、塁君は大丈夫なんですか!?」

「私が出て行けば戻ると思うよ」

「すぐ出て行って下さい!!」

「あはは、容赦ないね。こんな風に言われたの初めてで新鮮だな。悪いけど少し待ってね。この国の今の状態を見たいんだ」


 オーレリア様は起き上がって服装を整えると、私に手を差し出した。


「なんですか?」

「街の様子を見て回るからご一緒してもらえるかな」

「だ、だめですよ! 塁君の意識が戻るまで塁君の体で勝手に動き回らないで下さい!!」


 両手を広げて通せんぼした私を『ふふっ』と笑いながらオーレリア様は抱き締めてきた。


「エミリーの婚約者の体なんだから問題無いよね。あぁ、体を返したくなくなるな。可愛いね、エミリー」


 な、な、なに??


 どういうキャラクター??



「廊下にさっきの彼らがいるんだよね。面倒だな、転移してしまおう」


 そう言った次の瞬間には私の同意無く一緒に転移されてしまい、私とオーレリア様はホテルの外にいた。



「へぇ、新しい幻獣が見つかったんだね。これはホーンラビット?」



 立ち並ぶ商店は通りごとにコンセプトが統一されていて、私達の目の前にはピンクとグレーのホーンラビットストリートが伸びている。


「可愛らしいね。エミリーはさっきウサ耳カチューシャをお揃いでしようって言ってたよね。私がグレーでエミリーはピンクがいいかな」

「塁君とするので今はいいです」

「そう言わないで」


 オーレリア様はサクサク買い物して私の頭に角が生えたピンクのウサ耳カチューシャを装着し、自分もグレーを装着した。


 ただしお金はポケットに入っていた塁君のお金だ。


「後で100倍にして返すよ」


 いたずらっ子のように笑うオーレリア様は、外見が塁君だから思わず私もキュンとしてしまう。くっ、顔がいいっ……。



 別の通りへ行くと、そこはイースター風のカラフルな色合いのホーンラビットストリートで、さっきの通りといい大繁盛と言ってもいいくらい女性客で混雑している。


「あ、綿あめがあるね」


 ユニコーンエリアのゆめかわレインボー綿あめをさらに可愛くしたような、お花の形をした綺麗色ジャンボ綿あめが売られていて、学園の生徒達も大勢行列に並んでいる。


 オーレリア様は躊躇なく最後尾に並び、綿あめを持って嬉しそうに歩く観光客を見て自分もニコニコと楽しんでいる。



「ネオのおかげでこの国は豊かになったんだね」



 心から嬉しそうな横顔を見ながら私は考えていた。どこまで分かっているのだろうかって。


 ヴィンセントは王女様の体の中に意識がある時は朧気にしか聞こえていないって言っていた。じゃあ塁君の体に意識が入ってからは聞こえていたのだろうか。


 もしそうだとしたらネオ君がローランドにした報告の中に、オーレリア様のご病気についても含まれていた訳で、結局告知のようなものだったんじゃないかと胸が痛む。



「あの、塁君の体に入った後、ずっと私達の声は聞こえていたんでしょうか……」

「ん? いや、聞こえてきたのはエミリーが隣で手を握って話しかけてくれたことだけだよ」


 じゃ、じゃあネオ君の話もローランドの話も聞こえていないんだ! 良かった。ちゃんと塁君から聞くべきだもん。



 綿あめを買って列から外れると、オーレリア様は私の手をひいて公園まで移動した。私のためにベンチにハンカチを敷いてくれて、『どうぞ』と綿あめを差し出す一連の流れが紳士のようで、ご令嬢達が憧れるのも分かる気がする。



「エミリー、先に半分食べて」



 あまりに優しい微笑みでそう言われて、楽しむつもりなんてなかった私も何だか食べないと悪い気がしてしまう。


 綿あめをちぎって食べていると、『美味しい?』と首を傾けるその仕草も声色も何もかも美しくて優しくて儚くて、訳も分からず胸がいっぱいになる。



「さっきの眼鏡の彼が『ルイ殿下』って言ってたからこの体はクルス王国の第二王子のものなのかな」



 私はずっと『塁君』と呼び掛けていたんだけど、どこの塁君か分かってなかったらしい。



「生まれて初めて自分以上のすごい魔力を感じてしまって、自分でも気が付かないうちに魔力と共に意識が入り込んでしまったみたいでね。クルス王国の第二王子が我が国に居て、こうして研修旅行生も大勢楽しんでくれている。ということは、ネオは成功したんだね。聖女様も来てくれたのだろうか。流石にそう上手くはいかないかな」



 そ、そうか、気付いていないんだ。私が手を握って話したことだけしか聞こえていないのなら、告知どころかアリスの光魔法で癌が消えたことも分かっていないんだ。


 余命僅かで死ぬ覚悟をしたままの意識で、オーレリア様は豊かになったベスティアリを目に焼き付けるように過ごしていたのだと気が付いた。死の床にいる自分の体ではもう街を歩けないから、塁君の体を少しだけ貸して欲しいと。


 体に戻れということは、オーレリア様にとっては『死』を意味していた。



「あの! 聖女は二日前に魔法省に行って、光の魔法でオーレリア様の治療をしました! 命の危険は去ったんです!」



 思わず袖を掴んで大声を出すと、オーレリア様はしばらく目を見開いて動きを止めた。



 次の瞬間、マリンブルーの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。




「そ、そうか……私はまだ、この国を護っていけるんだね……」



『生きていられる』ではなく『この国を護っていける』と真っ先に出てくることに、オーレリア様が背負っているものを重さを感じた瞬間だった。






 オーレリア様のご意思で、私達は白い塔へ向かう。塁君に体を返すべく、自分の体の元へ行くと言ってくれたのだ。


 最上階に着くと、ネオ君を囲んでローランド、ヴィンセント、ブラッドが居て、私達を見るなり『はぁ~~っ』と安堵の息を漏らした。



「ホテルの廊下で待ってたら、部屋の中から転移魔法の気配がしたから驚いたよ。ルイ殿下じゃなく、王女様の魔力だったからね。後を追おうとしたんだけど、追跡阻害魔法までかけられててさ。仕方なくここで待機してたってわけ」


 ヴィンセントでも追跡出来ないなんて、なんて精度の高い魔法を使えるのだろう。



「それではオーレリア王女殿下、そろそろ我々の第二王子のお体をお返し下さい」


 ローランドの言葉にオーレリア王女は頷き、ネオ君を見て『ネオ、よくやってくれた。感謝するよ』と声をかけた。


「オーレリア様……」


 ネオ君はアイスブルーの瞳に涙をにじませ、小さな小さな声でオーレリア様の名を呼んだ。感極まったように、だけどどこか苦しそうに。



「エミリー」


 オーレリア様は私の方に向き直り、『今日はありがとう』と微笑む。私の頬に触れ、顔が近付いてくる。



 あれ?



「「「あっ!!!」」」



 三人が叫んだ時には、私の唇には塁君の唇が触れていた。


 塁君のなんだけど、中身はオーレリア様で、王女様で、でも王子様で?????



 私がパニック状態でいると、目の前の塁君の体がブルブルと震え出した。



「「「ルイ殿下!!?」」」

「オーレリア様!!」

「か、彼が……目を覚ました……ふふ」



 人生で未だかつて感じたことが無いほどの強大な魔力が、塁君の体から大放出され始めた。



 魔術師団本部を初めて見た時。あまりの魔力の総量に全身に鳥肌が立った。


 魔術師団員数十人分の魔力を直に感じた研修旅行初日。鳥肌どころか肌がビリビリした。


 そして今。それ以上の魔力を前に、あまりの圧と迫力に膝が震えて立ってもいられない。


 私以外も全員が床に膝をついていて、ヴィンセントさえも冷や汗をかいている。



 塁君は体を震わせたまま口をパクパクさせ、『お……お……』と言葉が漏れてきた。



「「「「お???」」」」



 床に跪いた全員が聞き返すと、塁君は叫んだ。




「俺のエミリーに触るなぁぁあああ!!!!!」




 塁君の口調で、塁君の抑揚で、そう叫んだ瞬間には塔の屋根が吹っ飛び青空が見えていた。







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