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102.流れ込む魔力

 突然ネオ君がガクンと脱力したことで、微動だにしなかった二人の静寂が途切れた。


「二人とも、大丈夫?」


 近付いて声をかけるとネオ君はさっきよりも真っ青になっていて、明らかに様子がおかしい。


「エミリー、心配いらない。座ってて大丈夫だ」

「うん……皆を呼んできた方がいい?」

「まだ待っていてくれ。ネオと少し話す」

「じゃあ席を外すね」

「いや、さっきの続きだからいてくれていい」


 そう言われてアリスと私はそのまま研究室に残ったけれど、さっき以上の深刻な雰囲気に居たたまれない。



「ネオ、核型が46,XYで表現型が女性、精巣が存在し、子宮・卵管・膣上部のミュラー管由来器官の欠如がある。診断名はアンドロゲン不応症だ。この年齢になっても月経が来てなかった筈だ」


「げ、月経の話など……僕とするような状況になりませんから分かりませんが、46,XYで子宮が無いのですから間違いなく原発性無月経だったでしょう……」


 ネオ君は力なく答えると、両手で顔を覆ってしまった。



「鼠径部にある精巣は停留精巣といって悪性腫瘍化しやすい。異変に気付いた時には進行して転移もしていたのだろう。診察も出来ず、王女自ら触って説明されただけでは、鼠径リンパ節に転移した腫瘍だと判断してしまうのはおかしなことじゃない」

「それでも……気付くべきでした」

「光魔法で腫瘍は消えた。放っておけば停留精巣がまた癌化する可能性が高いが、治療する時間は充分ある。精巣を摘出し女性ホルモンを補充しながら女性として生きていくなり、遺伝子治療して男性として生きていくなり、本人と国王夫妻に告知して方針を決めるべきだ」

「ま、待って下さい」


 ネオ君が顔から両手を外して焦ったように塁君の手首を掴んだ。


「どうした」

「ア、アンドロゲン不応症は、女性として育てられた患者はほぼ100%女性として性自認があると文献で読みました」

「だからなんだ。不完全型なら例外がある。それに本人の同意無く精巣を摘出する権利は無い」

「遺伝子治療で男性にってどういうことですか? 聞いたことありません」

「この世界には時間魔法がある。時間を戻し遺伝子治療した上で再度時間を早めれば正常男性に育つことも可能だ」

「そんな……」

「…………」


 塁君は項垂れるネオ君をジッと見つめたまま、今度はネオ君の手首を掴み返した。


「おい」

「え……」

「性自認を軽く考えるな」

「考えてません!」

「王女に女性でいて欲しいのはお前だろう」

「!?」


 塁君の容赦ない言葉にたじろいだネオ君は、顔を背けて隣のベッドで横たわるオーレリア王女に視線を向けた。塁君が言い聞かせるように言う。


「もう腫瘍は消えたから今すぐ死んだりしない。時間魔法を解いても問題ないんだ。王女を目覚めさせて事情を話し、本人に決めさせろ」

「そんな残酷なこと……」

「言わない方がよほど残酷だ。誰の人生でもなく、王女本人の人生だ」



 アリスと私はよく分からないなりに事態を察していた。


 精巣があって、子宮が無いオーレリア王女。そして二人が目を開けてからの会話。王女は本当は男性で、病気が原因で外見上は女性の体に見えるだけなんだ。ということは、王女ではなく、王子だったという訳で。



 王女様のことを想っていたであろうネオ君にとって、辛い現実に違いない。



「ルイ殿下は……エミリー様が男性になりたいと仰ったらどうなさいますか」

「好きにさせるし協力する。俺がエミリーを愛する気持ちは変わらない」

「恋愛対象も女性だと言われたらどうなさいますか」

「俺では幸せに出来ないなら応援するしかない。だが俺は勝手にずっと愛してるから問題ない。俺の寂しさも、エミリーを想う幸せも、何もかも俺だけのものでエミリーの問題ではない」


 突然私の名前が出てきて驚いたけれど、塁君が躊躇いなく答えていくので思わず胸が締め付けられて苦しくなってしまった。私は女性に生まれて良かったと思っているし、私も塁君を愛してる。だけど塁君が女性になりたい、恋愛対象は男性だと言い出したら、私はどうするだろう。考えただけでつい泣きたくなるけれど、結局私も塁君と同じ答えに辿り着く。一人でたくさん泣いた後に、塁君の希望を尊重して全力で協力する。私は応援しつつ、きっとずっと塁君を好きでいる。



 ネオ君がオーレリア王女に手を伸ばし、その白い手をキュッと握った瞬間だった。


 王女様の強い魔力がネオ君を通り抜け、ネオ君の手首を掴んでいる塁君に一気に流れ込むのが分かった。




 次の瞬間




 ネオ君は弾かれるように床に尻もちをつき、塁君はガタンと椅子ごと後ろに倒れてしまった。



「塁君!!!!」



 必死で塁君を抱き起こすけれど、完全に意識を失っている。



「ルイ殿下! わ、私、光魔法使ってみる!」


 アリスも慌てて光魔法を発動させ、金色の粒子がキラキラと塁君に降り注ぐけれど、塁君の意識は戻らない。


「な、なんでぇ? 病気じゃないの?」

「王女様の魔力がネオ君を通り抜けて塁君に流れていったと思うんだけど」

「うん、私もそう感じた。何が起こってるの?」



 ネオ君は塁君に触れようとしても、触れた瞬間にバチン!と音がして弾かれてしまっている。


「ネオ君……何が起こってるの?」

「分かりません……こんなこと初めてで……時を止めている筈なのに」


 横たわる王女様の体から立ち昇る魔力が半減していて、塁君の体からその半分が放出されている。




「何が起こったんです!?」


 ローランド、ヴィンセント、ブラッドが階段を駆け上がってきた。



「王女様の魔力が二つに割れてルイ殿下の魔力に入り込んだよね?」


 さすがヴィンセント、一階に居ても魔力の位置を認識してくれていた。



「ルイ殿下は意識が無いのですか?」

「王女様の魔力が塁君の中に流れ込んだ瞬間に倒れたんです」


 膝に乗せた塁君の頭を必死に撫でる私を落ち着かせるように、ブラッドが跪いて目線を合わせ、優しく声をかけてくれた。


「俺が運びます。ご安心下さい」



 私はコクコクと頷いて塁君をブラッドに任せた。ブラッドは軽々と塁君を持ち上げると、ローランドとヴィンセントと話し合い、私とアリスを呼び寄せた。


「エミリー嬢、アリス嬢、こちらへ。ヴィンセントの転移魔法で移動します。お忘れ物のないように」

「とりあえずホテルのルイ殿下の個室に転移しますよ」

「ネオ殿、ご一緒に来てご説明願います」

「は、はい」

「いきますよ」


 魔法陣も何も無い状態での転移魔法。魔法陣でも十分高度なのに、魔法陣無しは更に難しく繊細な魔法に違いない。塁君も医学院での初めての講義の後に、魔法陣無しで転移して帰ってきてくれた。私の元へ。




 浮遊感が襲ったかと思うと、次の瞬間には全員がホテルの塁君の個室に居た。


 ブラッドがベッドに塁君をそっと横たえて毛布をかける。塁君は何をされても反応が無く、少しも意識が戻る気配が無い。



 どうしよう。


 塁君、どうしたらいい?




 私はベッドの横に座り、両手で塁君の手をギュッと握った。伝わってくる体温が温かいことに少し安心するけれど、血の気の引いた白い頬を見ると心配で怖くて自分の手の方が冷たくなっていく。




「さて、我が国の第二王子が意識を失うような事態をご説明願いましょう」




 ローランドは静かなようで強い怒りをネオ君に向けた。冷たい瞳の中に『返答によっては容赦しない』という殺気が宿っていた。







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