10.可愛くてたまらん
言葉通り次の日も来たルイ殿下に、私はお好み焼き定食を出した。
「ソウルフードキターーーーー!!!」
立ち上がって両拳を天に突き上げるルイ殿下は涙ぐんでいる。
「しかもちゃんとお好み焼きにご飯と味噌汁で味噌汁は左奥やん! よう分かってるなぁ!」
「高校の時の同級生が教えてくれたの」
「関西人なん?」
「ううん、札幌の子。『知ってる?』って雑学として教えてくれて」
「よう知ってんなぁ。褒めてあげたいわ」
『いただきますーぅ!』と手を合わせてルイ殿下はモリモリ食べだした。本当にいい食べっぷりで見ていて気持ちがいい。口に青のりがついてるのも可愛い。
「ほんまに旨い!!!」
「ふふ、良かった」
「あんな、昨日も思てんけど味噌ってどないしてんの? 昨日の豚汁も今日のアサリの味噌汁もほんまに旨い」
「あ、それ本当に苦労したの。聞く? 聞きたい?」
本当にかなり大変だったから聞いて欲しくてソワァッとしてしまう。
「めっちゃ聞きたいよ!」
「あ、あのね! この世界では麹が売ってないから、お米の農家さんに行って稲についてる稲だまを採ってきてね、蒸したご飯に木灰とまぶして一週間くらい放置したら熱を発するの! そしたら麹が出来上がるんだけど、他のカビが増えることもあるから何度もやり直して、もー何ヵ月もかかったのさ!」
「うんうん、すごい手間暇かかってんねや」
「でも麹が出来ればそこからお味噌だけじゃなくてお醤油も出来るから頑張ったんだ!」
身振り手振りをつけて力説する私に、ルイ殿下は見たことがないくらい穏やかに微笑んで頭を撫でてくれた。
「えみりちゃん頑張ったんやな。えらいえらい」
その笑顔となでなでの破壊力たるや。まずい。ときめいてしまう。
「青のりは昨日聞いたけど、この紅ショウガも天かすもお好みソースもマヨネーズも、全部全部手作りやろ? 俺のために作ってくれたん?」
「い、一応……。紅ショウガは本当はもう少し漬けた方がいいと思ったけど、お好み焼き早く食べたいかなって思って使っちゃった」
「はぁ、その通り。お好み焼きめっちゃ食いたかってん。紅ショウガも十分旨いよ。ほんまに最高や」
ルイ殿下は顔を天井に向けて目元を押さえている。そんなに美味しかったなら昨日から準備を頑張った甲斐があるというものだ。
「たまらんなぁ」
うんうん、やっぱりソウルフードだもんね。私もジンギスカンとかイクラ丼食べた時こうなるよね。
「えみりちゃんが可愛くてたまらんわ」
「ん?」
思ってたのと違った。こんなことを言われたのは前世を入れても初めてで上手いリアクションが出来ない。一気に顔が熱くなって鼓動まで速くなる。
何か返事をと思ってるうちにルイ殿下がまた言葉を発した。
「えみりちゃん、俺、婚約の手続き進めてもええやろか?」
意外だった。昨日の感じだとあのまま手続きされてしまいそうだったけど、ちゃんと私に再確認してくれた。一侯爵家が王族に逆らえるわけがないのに、私の気持ちを大事にしてくれているようで嬉しい。こういうところもこの世界の王子という立場以上にちゃんと日本人だと胸がギュッとなる。
「モブがいきなり第二王子の婚約者なんて不安しかないよ」
素直な気持ちを告白した。だって遠くからヒロインを避けつつ見守ろうと八年間も思っていたんだよ。
ゲームのど真ん中に行く勇気なんてない。でも勇気がないからってルイ殿下とこれでバイバイなんてしたくないのも本音だ。どうしよう。弁えなきゃいけないのに。モブのくせに私ってやつは。
「アリスからも何からも守るて誓う。ゆっくりでええから俺のこと好きになって欲しい」
うわぁ、どうしよう。こんなストレートな言葉をもらったのは初めてでどんどん体温が上がる。
両想いに憧れる私が現実で両想いになれる日が来るのかな。好きになってもらえるのかな。もう傷つきたくないって泣いた前世を思い出す。
私を真剣な目でまっすぐに見つめるルイ殿下はやっぱり最高にかっこよくて。推しだけど、もう今では一人の男の子として見ている。元気で優しい関西弁の男の子。
私はなけなしの勇気を出してみた。
「わ、分かった」
「!!!」
私が勇気を振り絞って頷くと、ルイ殿下は凄い勢いで私を抱き上げてクルクルと回った。
「よっしゃあ! 絶対大事にする! いつか俺がおらへんとあかんて思わせたるで!!」
そんなの、もうとっくに思いかけてるよ。
自分を守るために推しだ何だと言い訳する私の思惑なんか軽々と超えて、ルイ殿下はいつもまっすぐな言葉をくれる。自分に向けられた言葉にこんなにも心臓がギュウッとなるって、私は初めて知った。
ルイ殿下に恋愛初心者の私が返せることって今は前世の料理しかない。何でも私が作れるものなら作ってあげたいって思う。たくさん愛情を込めるから。
「次来た時に食べたいものとかあったら言ってくれれば作るね」
「ほな、クロックムッシュがええな」
「え、意外。たこ焼きとかおうどんとか串カツかと思った」
「それもええねんけど、クロックムッシュ好きやねん」
「分かった! 私得意だよ。バイト先で作らせてもらってたし任せて!」
「楽しみにしとる」
思いがけないメニューだったけどクロックムッシュにはちょっと自信がある。バイト先では大学に行く前の朝のシフトに入ることが多かったからモーニングを任されていた。クロックムッシュはその中でも隠れた人気メニューで私の担当だった。
よぉーし、十三年ぶりの『オーダー入りましたー』だ。頑張るぞ。
静かに拳を握り締めてやる気を漂わせてる私に、ルイ殿下はまたもドストレートな言葉をぶつけてきた。
「別に胃袋掴まれただけちゃうで。一生懸命なえみりちゃんやから可愛いなぁ思うんや。北海道弁も可愛いし、気付いてへんのも可愛いし、指摘されてショック受けてんのも可愛いし。あー可愛いしか出てけぇへんな。はは」
耳まで熱い。どうしよう。嬉しいけどもう言わないで欲しい。心臓がもたない。
あぁもう。たくさん食べたい物作ってあげたい。
そうして私達はトントン拍子で婚約者となった。




