第37話 安い代償
「これは、不味いな」
「……そうだね」
どうやらリウォンも気が付いていたようで頷いた。
「僕たちの魔力は減り続けているけど大魔王の魔力はそこまで減っていない」
「これもグリモアコードの力なのか」
隠していた力の差に不穏な空気が流れる。
「このままだったらいずれはこっちが負ける。何か打開策はある?」
「あるには、ある。だけど……いやこれしかないか」
私の表情に何か感じたのかリウォンが重い表情に変わって尋ねてくる。
「何をする気?」
私の言葉を聞いていたファウストロスは余裕げな笑みを浮かべている。
「この後に及んでまだ足掻こうというのか」
「その余裕も今のうちだ。一つ言っておく私はグリモアコードを全く知らないわけではないぞ」
そう数年前に読んだグリモアコードについての本。
少しずつ解読を続けて気になったとある一つの魔法だけ私は知っている。
その名は“起死回生”
「私とお前の差は覚悟の違いだ」
私の胸に浮かんでいた赤い文字、グリモアコードが今まで以上の輝きを放ち始めた。
「なっ!! 貴様!! まさか!!」
私自身で自覚できるほど魔力が溢れてくる。
それはとっくに私の限界を超えていた。
「な、何!? 魔王、何を……」
「“起死回生”。グリモアコードの力。効果は限界を遙かに超えた力を一定時間手に入れることができる」
「え……だけど、それって……」
流石はリウォンだ。
デメリットがあることは分かっているようだ。
私は頷いて答える。
「うん、この魔法は発動後、全ての魔力を消費する。……これからの魔力も」
リウォンは目を見開いたが、すぐにこくりと頷いた。
「そう」
その瞬間、後ろから何か気配を感じて手を翳す。
“次元の裂け目”を発動させ、近づいてくる不可視の何かを吸い込んだ。
もちろん、ファウストロスの“四面楚歌”という魔法だろう。
その光景にファウストロスは狼狽えて言葉が出ていない。
「ここまで力が上がるものなのか。凄いなグリモアコードは」
「魔王、その魔法。僕にも使える?」
「……他人に使う場合、同意があれば使えるけど」
「使って」
即答だった。
「ここまで来て見ているだけなんて容認できない。僕も君と同じ物を背負う」
「何を言っても無駄か」
「もう付き合いは長いんだから。それにこんな最後、格好良いしね」
「確かに魔王と勇者が全てを賭けて大魔王を倒す。最後の最後に華がある仕事だ」
私は笑みを向けてリウォンに“起死回生”を発動する。
急激な魔力の高ぶりにリウォンは目を剥いて驚いている。
「凄い。こんなに……」
さて、と私はファウストロスに目を向ける。
とは言ってもずっと警戒はしていたけど。
「どうした? 大魔王。お前も使えるんだろ。使わなくて良いのか?」
「ふ、巫山戯るな!! な、なぜそんな簡単にその魔法を! 魔力が二度と回復しないんだぞ! 分かっているのか!」
「だから言っただろ。覚悟の違いだと」
そのとき、私の隣から強風が吹いた。
それはファウストロスに向かっていき、いとも簡単に頬を切り裂いた。
「ぐっ……」
痛みはあまり感じていないだろうがその攻撃を見えていなかったのだろう。
ファウストロスは頬を流れ出る血を揺らぐ目で見詰めている。
「僕たちはお前を倒せればそれでいい。だけど、お前はどうだ? 僕たちを倒し世界を自分の物にするという大きすぎる野望だ。これを叶えるためには使えないのは頷ける」
「“起死回生”を使えば私たちは確実に負ける。ふふ、使えないよな? 私たちを倒せたところで魔力がなければそこらの魔族や人族に倒されるのは目に見えている」
「魔王、ちょっと悪い笑みを浮かべているよ」
「だって、私、今魔王だし」
「それもそうか」
私に負けず劣らずの笑みを浮かべているリウォンに言われたくないけど。
「使っても使わなくても私たちの目的は達成する。……過ぎたる欲望は身を滅ぼす。まさにこの言葉を体現したというわけだ」
ファウストロスはギリッ歯を鳴らして私たちに突撃を仕掛けてくる。
……ばれていないと思ったのか?
「“次元障壁”」
私たちの周囲を次元の壁で包み込み、この世界と隔離する。
「逃がすと思うか? この力が時間制限付きだというのはしっかりと覚えている。お前と違って私たちは油断をしないし、猶予も与えない」
ファウストロスは突撃と見せかけて逃げようとしていたのだ。
「くっ……」
そのときファウストロスの周囲に浮かんでいたグリモアコードが消失した。
「は? な、なぜ……」
混乱しすぎてファウストロスも冷静ではなくなったのか今までの傲慢な態度はなくなっていた。
通常時であればすぐに気が付いただろうに。
「お前が言ったことだろ。グリモアコードは深淵を持つ魔族で最も強い者の手に渡る。私は既にお前を抜いている。これは必然の結果だ。……時間切れのようだな」
私はさっきまでのお返しとばかりに笑みを浮かべる。
続いてリウォンが言葉を投げ飛ばす。
「大魔王、か。そもそも、お前が王を名乗るのも笑わせてくれる。王とは民を思って民のために君臨する。世界を自分の物にしたい? そんなの王じゃない。ただの独善者だ」
「……言わせておけば!!」
ファウストロスは全ての魔力を放出して斬り掛かってくる。
だけど、もはや今の私たちに遠く及ばない。
これが覚悟の力だ。
「リウォン!!」
「わかった!!」
私は一瞬にしてファウストロスの懐に潜り込む。
そして、ファウストロスの顎を大きく蹴り上げた。
「がっ……」
脳が揺さぶられたようで宙に打ち上げられたその姿はあまりにも無防備だ。
その間にリウォンは全魔力を集中させている。
私は一瞬で再びリウォンの隣に戻る。
「……魔王と勇者が共闘なんてあの頃は想像もしていかったな」
「本当に」
準備ができた私とリウォンは片手を繋ぎ空いている方の手を同時に突き出した。
「行くぞ。リウォン」
「うん」
そして、私たちは最後の魔法を発動する。
「「“最果て”!!」」
遙か上空が白く煌めいた直後、黒と白が混じった光の柱がファウストロスに目掛けて落ちてきた。
ファウストロスは寸前で手を翳して受け止めようとするがそれは叶わずすり抜けた。
大きな光にその身体が呑み込まれる。
「がああああ!! お、俺がこんなところで。こんな雑魚どもに!! ふ、巫山戯るな!!」
ファウストロスの身体は徐々に灰のようにポロポロと崩れていく。
“最果て”のあまりもの威力に“次元障壁”が破れ、真下の山脈に直撃する。
元々、王国軍の魔界への侵攻路となっていた山脈にさらに大きな通り道ができた。
だが、ファウストロスはまだ粘り続けている。
何という執念だ。
流石は精神体になっても野望を果たすために復活しただけはある。
「だけど、これで終わりだ」
私とリウォンは全てを注ぎ込みさらに出力を上げた。
上空から放出している光の柱の輝きが増し、ファウストロスの身体の崩壊が促進した。
「く、クソがああああああああああああ!!」
そして、ファウストロスの身体は跡形もなく消え去った。
「“次元の裂け目“」
私は出現した裂け目に残った光を吸わせていく。
残っているか分からないがファウストロスの残骸とともに。
「これでもう復活することはないはず」
「……魔王、これで終わったんだよね」
感じる。
溢れ出ていた最上の力が徐々に消え去っていくのが。
だけど、なんて清々しいんだ。
「ああ、魔王と勇者。私たちの最後の役目は終わった。後はあいつらに任せよう」
もはや、浮遊するだけの魔力もなくなりその場から落ちていく。
同じように落ちるリウォンと手を握りながら。
「リウォン」
声を出して気が付いた。
元の身体に戻っている。
……元の身体? いつから私はそう思うようになったのだろうか。
いや、今はちゃんと言わないと。
顔が熱く火照っている。
ばれてないかな。
「リ、リウォン」
「何?」
「わ、私……」
もう! この後に及んで私は! 後一声が出ない!
言おうとして何回もビビって今まで言えなかった。
今、言わないとこれからもう言えないぞ!!
「ちゃんと聞きたい、かな?」
リウォンの惚ける態度に即発され言葉を出す。
「こ、これからずっと一緒だからな!」
「ふふ、もう素直じゃないな。だけど、及第点をあげようか」
「な、なんだよそれ」
すると、リウォンは考える素振りを見せる。
「うーん……そうか。今は僕がリードしないといけないかな」
そう言ってリウォンは私の口をその口で塞いできた。
「んーーーー!! な、なななな」
「好きだよ。アリシア。……これぐらいはして欲しかったかな」
な、なななななななな、こ、こいつ、な、な、な……
「かっ、帰るぞ!! 村に!!」
「うん」
私たちは抱き合いながらそのまま地面に落ちていく。