第1話 決戦
どうしてこうなった!?
とある森の中の今夜の野営地。
とはいっても焚き火に囲んでいるだけだが。
俺は今、焚き火を挟んで丸太に座っている男と口論を繰り広げている。
だが、この口論は今に始まったことではない。
魔界にある俺の城、魔王城とでも言おうか。
そこを抜け出してからこの口論は続いている。
自身でもこの口論は水掛け論であり終わることはないことは薄々理解してきた。
だけど、それでも、やめられるはずがない!!
だって、だって……目の前の若く逞しい男。
そいつは俺なんだから!!
そう心の中で悲痛の叫びをあげるのは俺。
魔王だった女騎士の姿をする俺だった。
遡ること数日前。
俺は魔王城の玉座の間で来る決戦を逃げも隠れもせず堂々と座って待っていた。
「そろそろか……」
先程から破壊音や地響きが鳴り止まない。
華やかな玉座の間に以前の華やかな様はなく、見るも無惨にひび割れ、部屋の端に崩れてできた瓦礫がある。
その理由は、現在進行形で攻められているからに他ならない。
「人間どもめ……」
頭に浮かぶは“敗色濃厚”。
いや、それはこの魔王城まで追い詰められている時点で分かりきっている。
だからこそ、魔王城やその周辺で暮らしていた戦闘能力が皆無である民たちの避難は既に終えている。
俺はさらなる時間を稼ぐため、そしてもう一つ。
王としての責務を果たすべくここに残っているのだ。
気持ち的には後者の理由の方が大きい。
「俺が死ぬことで一旦は戦争は終わる。魔族が掃討されないかが心残りだがそれは新たな魔王の責務。そして、俺がすぐに行動を移せないように徹底的な一撃を与える。……来たか」
ドンッ!!
重々しい両開きの巨大な扉が弾き飛ばされたかのように開かれた。
「魔王!!」
金のショートヘアの青年が飛び入り開口一番に大声を張り上げた。
「私は勇者、“リウォン・カートル”! お前の首を取り世界の平穏を返してもらう!!」
握りしめていた聖剣をそのまま俺に突きつけてきた。
そして、俺の言葉を待たずに問答無用に斬り掛ってくる。
俺は心の中で一息つく。
こいつ、なに被害者面をしているんだ。
「全く、落ち着きのない」
勇者の一撃を俺は座りながら片手で払い玉座の間の入り口まで弾き飛ばした。
「くっ……」
「くくく、威勢が良いからどれほどかと思ったが、その程度か」
勇者は驚いた表情で固まっていたがすぐに歯噛みした。
「ちっ」
勇者の一撃はそれほど軽かった。
だが、それも当然と言える。
見たところ、勇者が身につけている鎧は傷が多く既に傷付いている。
俺が見出した四天王たちを倒してここまで来たのだ。
逆によくあいつらを倒してまだ余裕があるもんだ。
まぁ、このように勇者の力が消耗している理由は容易予測できるがこれを利用しない手はない。
精神的に揺さぶりあいつの想像より俺を大きく見せて動揺を誘う。
「……去れ。弱者をいたぶる趣味はない」
俺は溜め息交じりにそう言い放つ。
だが、その一言は勇者の怒りに触れてしまった。
「弱者だと……私にはまだ戦う力は残っている!! お前を倒す力も!!」
俺は勇者を注視するがやはり大した魔力も残っていない。
「ハッハッハ!! 虚勢を張るのはよせ、みっともな……
そのとき、勇者から発せられる並々ならぬ気迫に思わず言葉が止まってしまう。
「たとえ、この身体が限界を超えても私はお前を倒すまで倒れはしない!!」
勇者の身体が視界を埋め尽くす白い輝きを放ち始めた。
こ、これは……不味いな。
どうやら、余裕を見せる策は逆効果だったようだ。
本当に怒りで勇者は自身の限界を超えてしまった。
……そうだな。
これ以上は、無駄だな。
俺は言葉での揺さぶりは諦めて左手に魔剣を出現させる。
「非礼を詫びよう。“勇者”リウォン・カートル。俺も全力を持って相手をしよう」
「行くぞ、魔王!!」
そして、俺と勇者の最後の決戦はこうして始まった。
どれほど剣を打ち合っただろうか。
いや、実際の時間で考えればそれほど長くは打ち合っていない。
だが、俺の感覚では半刻は戦っているように感じた。
お互いに傷は増え、勇者の煌びやかな鎧も埃や傷で塗れている。
俺の自慢のマントも裂けてしまった……。
今の戦況を言えば五分五分。
……ああもう、はい、嘘です。盛りました。
いいだろ、男なんだから少しぐらい見栄を張っても!!
ただ、見栄を張ったところで現実は……俺の全力の攻撃は全て勇者に防がれてしまった。
それも何の痛痒も感じていないのか平然とだ。
逆に勇者の攻撃は少しずつ俺の身体を蝕んでいる。
ギブアンドテイクが成り立ってないぞ!!
……まさか、魔界最強のこの俺がこんな圧倒的に押されるとは今の今まで全く考えていなかった。
負けるとしてもお互いに全部出し切った後、もしくは勇者を討ち取り疲弊した後に兵の波に攫われて、だと思っていた。
ここまで圧倒的だとは予想外にも程がある。
今はただ全てが予想通りと思わせるようにほくそ笑むことしかできない。
だが、勇者はそんな俺の渾身の演技を無視して聖剣を構えてこちらの出方を窺っている。
ちっ、本当に何にも効いていないようだな。
加えて、ほんの些細な油断すらないときた。
少しぐらい苦しそうにしたらどうなんだ……。
俺は無駄と分かりつつも足掻き口を開く。
「中々やるな。どれ、そろそろ様子見は止めにして本気でやり合おうか。お互いにな」
薄笑いを浮かべて諭すように勇者に語りかける。
もちろん、これははったりだ。
既に俺は本気の本気。
もう微々たる魔力しか残っていない。
しかし、やられっぱなしは俺の性分ではない。
この言葉で少しは揺らいでくれたら幸い。
しかし、そう上手くはいかないよな。
無反応。むしろ、気迫が増している気がする。
どうやら、また逆効果だったようだ。
もしかして、本当にまだ本気を出していなかった?
嘘だろ、そんな冗談止めてくれよ……。
だが、現実は残酷だ。
勇者の目付きはさらに鋭くなり気迫も今にも俺を突き刺さんと発し続けている。
ええい、こうなったら仕方がない!
俺はこの魔界を統べる魔王だ。
王らしく潔く討ち死にしこの勇者を讃えてやろう。
「行くぞ! 勇者!!」
そして、俺は魔剣を握りしめて勢いよく地面を蹴った。
だが、次の勇者の行動に目を剥く。
なんと、聖剣を放り投げたのだ。
は? 聖剣はお前の生命線だろ!?
そして、懐から取り出したのは一本の杖。
杖の先端には赤く丸い水晶が埋め込まれている。
あれは確か……。
その水晶は魔法を封じ込めることができる魔水晶と呼ばれている。
必要となる魔力や詠唱などを事前に封じ込めておくため消耗と時間を抑えられる。
魔力の扱いが優れている魔族にとっては不要の産物だが人間にとってはまさに革命的な代物だ。
「魔滅の杖よ! 今こそその力を解き放て!」
勇者がそう唱え杖を掲げると凄まじい輝きを放ち始めた。
平然と魔法を発動して見せる勇者に対し俺は混乱で頭が回らない。
俺の瞳は特別で見ればどんな魔法か大体は分かる。
だからこそ、勇者が今どんな魔法を使おうとしているのか嫌でも分かってしまう。
こいつ、正気か!? それ自爆魔法だぞ!!
なぜ、魔族にしか使えない魔法を封じた魔水晶の杖を持っているのか。
なぜ圧倒的優位なはずなのに自爆魔法を発動したのか、と疑問は尽きない。
訳が分からず頭は同じ箇所をぐるぐると回っている。
だが、考えるよりも先にすべき事がある。
それはすぐさまこの魔法を止めることだ!!
勇者が使った自爆魔法は彼女自身が魔力の爆弾となり周囲を吹き飛ばす魔法だ。
なぜ、圧倒的優位であった勇者が命を代償とする自爆魔法を?
いや、今はそんなことどうでもいい。
魔力の渦が杖から勇者に流れていく。
この魔力量、今の俺では防ぐことは不可能。
間違いなく助からない。
いや、この際俺の命なんてどうでもいい。
問題なのは民たちの避難場所まで巻き添えになる可能性があるということだ。
そう考えたのと同時に俺は行動に移していた。
距離を詰めて勇者の握る杖を掴む。
「何を考えているんだ!!」
「仕方ないでしょ! 私の攻撃、あんな簡単に防がれたんだから! それにまだ本気出していないなんて……反則よ! もう奥の手を使うしかないでしょ!」
なんか、口調変わってない?
……どうやら、お互いに勘違いしていたようだ。
お互いがお互い、まだまだ余裕があると思い込んでいた。
「だからって自爆魔法はないだろ!!」
そう言い返す俺だが勇者の反応は「?」だった。
「自爆、魔法?」
「は?」
お互いは訳が分からなくなり見つめ合う。
しかし、発動した魔法はもう止まらず今にも爆発しそうな勢いでエネルギーを勇者に集中させている。
もう口論している暇もない。
「くそったれが!!」
俺はその杖に俺の残る魔力を全て注ぎ込む。
勇者の魔力と俺の魔力の相殺を狙ったのだ。
だが、そのとき予測不能な事態が起こった。
相殺すると思っていた二つの魔力は混ざり合ってしまったのだ。
な、なんだ!?
杖は赤い稲妻が走り文字列が浮かび上がる。
実際に見たことはなかったがそれに聞き覚えがあった。
「ま、まさか、グリモアコード!?」
「何よ!! それは!!」
それは大昔に魔界に君臨していた大魔王が残したとされる究極の魔法。
発動したときに出現する赤い文字が特徴とされている。
何万分の一、何億分の一……途方もない確率の壁を超えてその魔法が発動してしまったようだ。
目にしてもどんな魔法なのかは分からない。
俺の知識にない魔法だ。
そして、間もなくこの場は赤い光に包まれてしまった。
「伏せろ!!」
俺は勇者を押し倒し地面に伏せる。
「な、何を……」
勇者が何か言いかけたが空しく掻き消えてしまう。
そこで俺の意識は途絶えてしまった。