ギャルの話
きっと、最初はちょっとした同情心だった。
「ねえ、見てよあれ」
友人のギャルが面白そうに笑いながら指を指した方向を見ると、女の子がクラスメイトから小突かれていた。本当にもう、男ってホント性もないよね。そう思うでしょ?
そう笑う友達の顔には、悪意も何も浮かんではいない。小突かれている女の子の瞳にはうっすら涙が浮かんでいて、必死に嫌がっている。小動物のようで可愛い程度にしか思っていない顔だ。これでもずっと一緒にいるので、友達が考えていることはよくわかった。
正直まったく面白くなかった。
黒髪で、三編みで、眼鏡で。
そして暗くて野暮ったい様子はまるで過去の私を見ているようだった。本気で嫌がっているのも関わらず、周囲からはそう捉えられず、ただ甚振られていた過去の私。弱かった私。
ジクジクと胸が痛い。見るだけで吐きそうになる。表情に出すわけには行かない。それは「あたし」らしくはない。
反応がない私を不審に思ったのか、友人のギャルが不審そうに視線を向けてくる。
ああ、いけない。「あたし」のキャラクターを忘れてはいけない。
「んふふ、いーこと考えちゃった」
笑いながら、悪巧みしたような顔を見せる。その顔をみた友達の顔を見て、自分の対応が間違っていないことを確認した。
嗚呼、全く反吐が出そうだ。
「ねえ、そこのオタクちゃんはあたしの友達だからさあ」
ちょっと借りてくねー。
そう笑うだけで、オタクちゃんの状況は一瞬で終わった。あとに残されたのは、私とオタクちゃんだけ。地べたに座って恥ずかしそうにしながら、オタクちゃんは口を開く。
「あ、ありがとう…」
「んー、あたし何もしてないよ。ところでさ、明日の体育の授業、一緒にペア組まない?」
笑いながらそう誘うと、オタクちゃんは驚いたように目を見開いた。モゴモゴ喋っているのを制して手を差し伸べ立ち上がらせ、制服についたホコリを払ってあげる。
ふと彼女の顔を見ると、キラキラした目で私を見ていた。ヒーローを見たかのように、正しいものを見つけたかのような目だ。
確かに、彼女の目線からは私は正しく窮地を救い出したヒーローであった。正しく、美しく、唯一無二のヒーロー。私には終ぞ現れることがなかったヒーロー。
彼女のその目を見ると、どこかくすぐったいような気持ちになった。
過去の自分が救われたような、そんな気持ちだ。ただあたしを演じているよりも、それはとても良いような気がする。
「あたしと友達になろうよ」
どうせ演じるなら、あなたのヒーローになりたい。
彼女に優しくすればするほど、過去の私が救われたような気がした。
キラキラした目で相手が自分を見ているだけで、私は彼女のヒーローで在り続けることができた。
彼女が望む姿であり続ければ、私の救いになった。
そう思っていたのは、自分だけだったことを知ったのは随分あとのことだった。