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落ちこぼれ貴族少女

 世界にある二つの力。魔法と精霊。その二つは世界の平穏のために大きく関わってきた。

 平穏のために貢献してきた二つの力。だが、同時に悪意ある存在によって危険なものに変わる。

 悪意が目覚めぬよう、また正しい力の使い道のためそれらを学ぶ場所が生まれた。

 王都ヴァルセイト、アルメリア魔術国家。この二つの国が先導し、それぞれ魔法や精霊を学ぶ場所を建てることになる。

 魔法と精霊。それぞれ二つずつ専門的な学院を設立し、世界の中心地に一つの両方を学べる学院を設立した。

 魔法学院として、アハトとトルネ。

 精霊術学院として、ゲーテルとルハイン。

 そして、それら両方を総合的に学ぶ施設として設立された、マフナ。

 世界にある二つの力は、それらの学院によって支えられている。世界が悪意にさらされないようにそう願って。

 魔法と精霊を学ぶ理由は多岐に渡る。国や家に仕えるため、専門職につくためなどあるがその多くは自身のステータスのためだ。

 そもそも二つの力を学ぶ人は貴族や王族といった階級の高い者がほとんどだ。その理由として、二つの力の才覚を持つものが貴族や王族に偏っているからというもの。稀に庶民出の者もいるが。

 貴族や王族である限り、魔法と精霊の力を扱うことはステータスである。特に長男、長女とくればその力の有無が自身の箔に大きく関わる。

 逆に、貴族や王族であるのにそれらの力が使えない者は相応しくないとまでされている。

 ――ゲーテル学院。王都ヴァルセイト、そのフェルトの街郊外に設立された精霊術学院。

 貴族や王族、その矜恃が深く根付いた学院だ。

 在籍している生徒のほとんどが貴族であり、表面には出さないが貴族同士のマウントの取り合いがある。そのためか、精霊の存在が彼らの優劣を決める手段となっていた。

 精霊には三種いる。妖精、聖獣、龍――例外もあるが。彼らはその三種の精霊と、精霊にある属性が優劣の決め手となっている。

 その始まりが、精霊術士の登竜門――精霊召喚だ。

「これで三度目……、そろそろ君の出生を疑わないといけないな」

 白髪の老婆が眉をひそめて、手に持った書類に黒目を落として呟いた。

 老婆――にしては整然とまとめ上げた白髪が妙齢を感じさせる。だが、その面は歳を重ねた分だけ皺を刻んでいる。

 年おびた黒目が書類の先から、正面に移る。そこには視線を上げない憂いた少女が一人いた。

 白髪の老婆は息を吐く。書類を机上に置いて、静かにその場から立った。

「貴族が精霊召喚すら成せないなんてね」

 まるで皮肉を口にするかのように滑らせていう。目の前で立ち尽くし俯く少女は微動すらしなかった。

 白髪の老婆がその少女を見る視線は呆れたものだった。

 少しは言い返されることを期待していたのだが、全くの期待外れ。彼女の姿は、すでに諦めたような姿だ。何を今更、なんていう文言が彼女の雰囲気から察せられる。

 一度、二度の失敗なら動揺くらいするだろう。三度目となれば、落ち着きの方が勝る。彼女はきっと失敗することに慣れてしまっているのだ。

 少女は依然、白髪の老婆の方に視線を上げない。

 失礼だとは思う。何せ、ここは学院長室でありこの白髪の老婆は学院長、ルナ=ヘレンカート=ヴァイセン、その人なのだから。

 一介の生徒にして、精霊召喚すら成せない貴族の少女がヴァイセン学院長を相手にして敬意を見せないのは非常に不躾である。

 その様子に、強張ってしまい皺がより深くなる。持ち前の懐の広さが、彼女の態度を許す。

 一呼吸を置いて告げる。

「シイナよ。ここは精霊術だけを学ぶ学院ではない。精霊術が使えても、肝心の精霊がいなければ意味がない」

 ヴァイセン学院長は目を細めてシイナと呼んだ少女を見据える。

「次で最後だ。次、成功しなければ君にはこの学院を辞めてもらうことになる」

 至って静かな口調で告げると、わずかにシイナの肩が震えた。

「……、契約を結んでいない精霊と契約するという手もある。だが、リスクが高い。私は勧めない」 

 代替案を口にするが、ヴァイセン学院長は訂正するように口を噤んだ。

 シイナは小さく頷き、ヴァイセン学院長の前述の言葉を肯定する。四度目の試験――精霊召喚の行方がシイナの今後を左右する。

 会話を終えシイナはそのまま立ち去ろうとする。彼女は最後まで、ヴァイセン学院長の方を見ていなかった。言葉だけを呑み込んで、反論も異論もなく。ただ流されるままに。

「シイナ」

 ヴァイセン学院長は何も言わず立ち去ろうとする彼女を呼び止めた。

 足早に去ろうとしていたシイナは、扉の持ち手に手をかけたところで停止する。ふと、瞳が後方を睨むように細まった気がした。

 訝しげなヴァイセン学院長の眼差しは見て見ぬふりをして言葉を発した。

「君はここを去ってしまう事に淀みがないみたいだね」

 はっきりと言う言葉に、シイナは扉から少し離れ始めてヴァイセン学院長の面を見合わせた。

 肩まで垂らした茶髪の先は少し乱れて貴族にしてはみっともない。その面は可愛げなものだが、憂鬱めいた赤色の瞳が評価を下げている。自信のない面だ。貴族とは傲慢で豪奢であるのが最も。して、彼女は貴族の想像からかけ離れた容貌をしていた。

「私は落ちこぼれ、だから」

 四度目の結果も目に見えているように言う。

 ヴァイセン学院長は眉を吊り上げて表情をあらわにする。かける言葉を探るが、陰気な彼女にかける言葉はどれも皮肉にしか聞こえないだろう。

 きっと彼女は期待していたのだ。この学院長室に呼ばれて、退学を通告されることを。

 だから、今一度試験があることを彼女は険に思っている。

 驚嘆するヴァイセン学院長を他所に、シイナはここを後にする。

 ここを去る彼女の姿は随分寂しそうで、苦しそうだった。

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