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ゲーテル学院

「はーい、毎度―」

「今日も元気ね! ユウナちゃん!」

「おばさんこそお綺麗で!」

「まあ、お世辞の上手いこと」

 フェルト町の商店立ち並ぶ通りでユウナはある果物店にていた。

 数ヶ月も経てば町ではそれなりに顔見知りになっているユウナ。ただ過ごしていたのではなく、役所や教会からの依頼を引き受けるうちにフェルトでは有名人となっていた。

 ユウナは手には帳簿を持ち、荷車には果物屋の親父さんからリストにあった果物を詰め込んでもらい帳簿に記入している。この荷車には、これから役所の宿舎に納品する品物が載せられている。

「ユウナちゃんこれでいいかい?」

 恰幅のいい親父さんが濃い髭をわしゃわしゃと撫でて確認してくる。

「うん! ありがとー」

 目上に対して軽い口調で話すユウナだが、親父さんは気にした風もなく大口あけて豪快に笑った。

「いいってことよ! 俺たちゃユウナちゃんの顔から元気貰ってんだからよ! な、母さん!」

「アンタ口はいいから手を動かす! まだお得意さんへの配達も残ってんだからさ!」

「こりゃいけねえ」

 親父さんはおばさんには頭は上がらず尻にひかれているようだ。彼は頭に手を当てそそくさとお店の中に戻って行った。

 その様子をおばさんは呆れたように見ていたが、どこか微笑ましさを感じる。

「しっかし、ユウナちゃんも大変ねぇ。役所の仕事、任されているんだって?」

「いえ! 自分からやっていることなのでー」

「ホント、偉いわー。うちの娘も見習って欲しいものよ」

 と、おばさんはお店の奥で面倒そうに目を細め店番している娘の方を一瞥する。すると、その娘が面倒そうにうるさいなーっとそっぽを向くように一蹴した。

 ユウナはその娘に笑顔で手を振って、おばさんの方に向き直る。

「それじゃあ、おばさん。私、戻るねー」

 そう言って、荷車の先頭を引く一角獣のユニコーンの背中に乗った。このユニコーンはユウナの世界でいう馬みたいなものだ。ただ動物ではなく、精霊の一種で、精霊は精霊使いに従事するのがほとんどだけどこうして生活のために役立っている。そのためこのユニコーンは精霊であるが、特定の主人を持たない精霊だ。

 現在、ユウナの住む教会にてこのユニコーンは飼われており、荷車を引く際などに出番がくる。

 このユニコーンとも付き合いは長く、教会でもお世話をしているため、背中に乗るとユニコーンは嬉しそうに白い尻尾を振ってくれる。

「んじゃ、行くよ! シロ!」

 シロとはこのユニコーンにユウナが名付けた安直な名である。

「おーい、ちょいと待ってくれユウナちゃん!」

 ユニコーンのシロが出発しそうになる時に、荷車の後ろの方から声がかかる。ユウナはシロの出発を一時的に止めて、乗ったまま声の方向へ振り向く。

 すると、その方向から何か物が投げられた。反射的にユウナはそれを掴む。ユウナが掴んだのは艶のある赤い果実だった。

「そいつは土産だ! 頑張んなよ!」

 赤い果実を投げてきたのは果物屋の親父さんだ。お店の中から配達用の木箱を抱え戻ってきた彼は、ついでにその赤い果実をユウナに投げ渡したのである。

「こら! さっさといきなっ!」

「へいへいっと……」

 おばさんに叱られた親父さんは頭も上がらずに、足早に配達へと向かった。

 おばさんに叱られながら配達へ向かう親父さんを見送って、親父さんから貰った赤い果実を見る。これはユウナの世界でいうリンゴに似たもので、ここではリンゴンという果実だ。ユウナの知るリンゴと比べて芯まで食べられる甘い果実である。

「貰ってやってくれるかい?」

 と、おばさんは親父さんが押し付け気味に投げてきた果実のことをいう。

「勿論ですよ! むしろ、嬉しいです!」

 ユウナは嘘偽りなく満面の笑みで言った。

 おばさんは嬉しそうに微笑を浮かべる。

「そんじゃ、気をつけて帰んなよ! と言っても一本道だから気をつけるもないんだけどね」

 そう言って見送るおばさんと別れ、シロは荷車を引いて出発した。

 この世界に来て数ヶ月。ユウナはすっかりこの世界に馴染んでいた。

 教会でいわゆる学校のような勉強会がある日以外は、教会や役所のお手伝いに勤しむ毎日。別にお手伝いする必要もないが何かやっていないと不安だった。自然と誰かが困っているのを積極的に手助けしていたことから、教会だけでなく役所からも頼まれることも多くなっていた。

 最初は単なる荷物運びで、お手紙を届けたり、誰かの話聞いてあげたり、ほんのちょっとしたことばかりだった。教会はそもそも他人に慈悲深い場所だ。また教会は役所の補佐的な部分もあるため、役所の手伝いに繋がるのは自然なことだった。故に、教会からだけでなく役所からも依頼されることになった。役所にユウナをよく知る騎士のコルベリナが斡旋していたのもその後押しとなっているだろう。

 この手伝いちゃんとお給金が発生する。そのため、ユウナ的にバイトと自称している。

 教会に住んでいる以上、食費や居住費などかかることはないためバイトするだけかなり貯まっている。お給金はお手伝いの際に金庫を開設しているので、そこに直接振り込まれる。金庫とは銀行の役割もある役所にあるものだ。別の言葉で言うと口座みたいなものだ。

 この世界のお金は、銅貨、銀貨、金貨の三種類ある。銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚。しばらく、この世界の貨幣価値に慣れるまで時間がかかったが役所で納品のお手伝いをするうちに覚えていった。

 とりあえず言えることは、金貨一枚の価値はこの街じゃ見られないと言うことである。ほとんど銀貨一枚満たない取引でこの街は循環しているのだ。

 今回のお手伝いも、役所の食堂に使う野菜や果物の納品で町の中で仕入れている。

 役所から頼まれるお手伝いのほとんどがこの荷車を使って、食物を仕入れに回ると言うもの。このこともあり、ユウナの顔は広く信用もある。

 持ち前の人当たりの良さもあっただろうが、今や街の顔の一つともユウナは数えられていたのである。

 ユニコーンのシロの上で悠然とその乗り心地を楽しみながら、親父さんから貰ったリンゴンの果実を頂く。その味わいはユウナの知るリンゴのようなものだが、リンゴと違って芯を気にせずにかぶりつける利点がある。甘いおやつを手にしたユウナは、それを美味しそうに全部食べるのだった。

 役所の門前にたどり着くと、シロは決まって一度足を止める。

 振動がなくなり、ユウナはそれに気づいてシロから飛び降りる。すると、門の先から一人の兵の男が出てくる。

「これはユウナくんかご苦労様」

「うぃーっす」

 軽い返答をするユウナ。相手は苦笑して返した。

 この兵の男は、役所に初めて来た時に会った人だ。あの時は険な態度だったが、今は親身で優しげに接してくれている。

「通っていい?」

 一応、門を通るための礼儀なため断りをいれる。

「ちょっと待ってくれ。ユウナくんが戻ってきたら呼んでくれと言う指示があってな」

「誰に?」

 と、兵の男に確認を取る前に彼は門の中へと入っていってしまった。

 手持ち無沙汰になるユウナ。だれが自分に用があるんだろうと考えながら、ユニコーンのシロの毛並みを楽しみながら待っていた。

 しばらく待っていると、門の奥から兵の男に代わって一人の女性が出てきた。

「久しぶりだな、ユウナ」

 彼女の頭のてっぺんには茶色の髪に似た色をした獣の耳が生えている。ピクピクと周囲の音を聞き取るように動かしている。

 小動物のようなかわいげな耳を生やしているが、その面差しは凛々しく整然としている。その姿は幼げな印象を打ち消していた。

その後ろに獣の尻尾がビシッと立っているところが彼女の生真面目さを表していた。彼女が騎士であることを考えれば気品ある振る舞いで間違いないのだが。

「ヒエナ!」

 ユウナはシロから離れ、嬉しそうにヒエナと呼んだ獣人の女性のもとに駆け寄った。

「手伝いご苦労だったな。お前の働きには役所も助かっている……」

 と、ヒエナがユウナに激励の言葉をかけようとしている時にユウナはヒエナに真っ先に駆け寄ったと思えば、ヒエナの頭部に生えた獣耳を触った。

「ひゃっ、な、何をする!?」

「やっぱ、フワフワだー」

 ヒエナは急に獣耳を触られ凛とした面差しは消え赤面する。たじろいで後ろに身を引き、ユウナから距離を取る。

「き、君は相変わらず不躾だな!」

 そう罵倒をするが、ユウナは気にした素振りもなく首を傾げた。

 普通、騎士また獣人を相手にすると大抵萎縮するものだがユウナはそれがない。楽観と軽薄からくる彼女の態度だが、嫌味はない。

 かといって、いきなり耳を触られるのは慣れておらず触れた後は自分の耳を撫でて毛並みを整える。そして、彼女の目の先が自身の尻尾を定めているのを知って尻尾を背に垂直に立たせて構えた。

「こっちは駄目だ!」

「えー、つれないなぁー」

 と、残念そうにいうユウナ。ユウナは手をわきわきとさせながら尻尾を狙っていたが、ヒエナの目元を鋭くさせた猫のような威嚇の手前、諦めることにした。

 して、一呼吸を置くヒエナ。咳払いをし、話題を転換させた。

「ユウナ、今日は特別な依頼がある」

 先ほどの取り乱した様子とは一転して、真面目で元の凛とした面持ちで話を始める。

 ユウナも真面目な彼女に答えるように、瞳を丸くさせながらもしっかりと彼女の耳ではなく目の方を見つめた。

「特別な依頼?」

 疑問の部分を鸚鵡返しで問いかける。

 すると、ヒエナは話をする前に意味ありげに荷車の方を一瞥した。

「帳簿を見せてもらえるか?」

 彼女は本題を話す前に、帳簿を求めてきた。

 全容が中々見えない。一瞬、躊躇するがユウナは言われた通り荷車から帳簿を取り出して彼女に預ける。

 それを受け取ったヒエナは帳簿の内容と荷車にある品物を照らし始めた。帳簿には今回頼まれた品物とその数が記載されている。

 荷車に乗っているのは、果物だけでなく穀物や野菜がある。

 これらは普段、役所や教会などの施設に納品することが多い。納品するものは帳簿で確認し、各小売店から卸し納品する。今回は役所に納品するとの話だったはずなのだが、今日は勝手が違った。

 いつもなら、役所内の搬入口で納品を確認する専門の人がいてその人にチェックしてもらうのだが今回はヒエナでしかも役所の入り口での照会ときたものだ。

 流石に、役所の入り口ということもあってヒエナのチェックは簡易的だ。通常なら役所側から用意したもう一つの帳簿とも照らし合わせるが、依頼書となっている帳簿での確認で彼女は事を済ませた。

「問題ないな」

 不備がない事を確認したヒエナは荷車から出て降りてきた。

「はあ……」

 全く先が見えないユウナは唖然と見ているだけだった。

 そんな様子のユウナをおかしそうにヒエナが笑みを作る。

「まあ、そんな顔をするな。やることはいつもの配達と変わらない」

「はあ。どこ行くの?」

 戸惑い気味にその所在を尋ねる。

 ヒエナは一息に答えた。

「ゲーテル学院だ」

「ゲーテル学院?」

 一瞬、反応が鈍ってしまった。けれども、ユウナはその場所を知らないわけではなかった。

 フェルトの正門から出て、広大な丘の上に見える建物がゲーテル学院だという事を知っている。そこが精霊術を学ぶ場所だということも知っている。だが、行ったことはなかった。

 ヒエナは静かに頷く。

「でも、この荷車、っていうかシロじゃフェルトの敷地から出られないんじゃないの?」

 街の外に出るには一定の決まりがある。まず個人で出るには、精霊術士や魔術士、騎士などの同行が必要になる。それが当人であるなら資格を取得すれば自由に行き来することができる。また認可のある精霊や使い魔を従えれば、役職や資格がなくとも往来することができる。後述については商人などが当てはまる配慮であろう。

 精霊術士や魔術士、騎士でもないユウナが出るには彼女らの同行が必要ということになる。だから、ゲーテル学院の事を正門から見て知っていたが実際に行ったことはなかった。

 だが、話の筋からしてどうやらゲーテル学院に行くようである。

 同行が必要なユウナは、ヒエナに目配せすると彼女はすんなりと頷いて話す。

「私が同行する。そのために一度、こちらに戻って貰ったのだからな」

「そうなんだ。あそこ行くんだったら正門集合とかでよかったんじゃない?」

 ユウナは面倒そうに目を細めて合理的なことを口にした。

 彼女は少し困ったように表情を変えると、宥めるように言った。

「まあ、そう言うな。品物の確認もあるんだ。そこは多めに見てくれ」

 と、当人も役所仕事の廻りくどさをわかった上でいう。

 役所の仕事は大変だな、なんていう安易な感想が浮かぶが口にはしなかった。代わりに、軽い返事でバツの悪さを誤魔化した。

「それじゃあ、早速行くとしようか」

「へ、これ一人乗りだけどヒエナはどうするの?」

 荷車には品物が乗り、手綱を引くために座る台は一人しか座れない。精霊ユニコーンの背に乗るという手もあるが、ユニコーンのシロは背中に誰かを乗せるよう教えてられておらず乗る事はできない。名付けたユウナでさえ嫌がるくらいだ。

「私は歩いて行くよ」

 ヒエナは当然のように返した。

「結構距離あると思うけど」

 役所から街を出るまでも距離は割とある。割と、と言ってもフェルトは王都ヴァルセイトの中でも小さな街であり一時間もあれば街を見て回れるほどだ。とはいえ、街を抜けゲーテル学院まで行くとなると一時間近く歩きっぱなしになるだろう。

 ユウナの心配に、ヒエナはおかしそうに笑みを刻んでいう。

「騎士に何を言っているのか。私は日々見回りをしているのだ。ここらへんは私の庭みたいなもの。それに、歩くのは気持ちがいい」

 茶色の獣耳がピンと立っていて、彼女の表情は嬉しそうだ。

 ヒエナは獣人族という人種らしいのだが、ユウナの知る犬や猫と同じような振る舞いをすると考えて良いものか悩ましい。

 彼女の尻尾はゆったりと揺れ動いていることから、読み取るに嬉しい事は本心なのだろう。動物の気持ちから読み取れば。

 彼女の揺れる獣部分を一瞥して、人間部分の凜然とした面持ちを見る。

「じゃあ、散歩みたいな感じなんだね」

「散歩とはなんだ。これは仕事だぞ」

 仕事といいつつ尻尾をふりふりさせ愛らしい姿をするヒエナ。思わず撫でたくなる愛らしさだが、撫でようとすると彼女は猫のように手を出しくる。

 大体出会い頭が彼女の油断であり、その度に獣耳を狙っているが、今の彼女は隙がない。一見、隙があるようにも見えるがこう対面している場面で撫でたり獣耳を掴む事はできなかったためにこういう時の隙のなさはすでにわかっている事だった。

「はーい。じゃあ、行きましょう! 騎士様!」

「お前、ばかにしているだろう?」

「そんな事ないですよー」

 三割くらい皮肉を込めて言ったが、彼女の動物的本能の前ではわかってしまうのだろう。なんて、改めて頭の中で小馬鹿するユウナである。

 騎士であるヒエナは面こそ凜然としているが、頭とお尻についている耳と尻尾から滲む期待を隠せていない。

 可愛らしい一面に、母性が刺激される。手が伸びてしまいそうだが、それに勘付くヒエナが鋭く睨んでくる。

 こういうところは騎士らしい品格がある。らしいではなく、彼女は実際騎士なのであるが。

 ヒエナが内心、いや獣の部分が嬉しそうにしている側で、ユウナも心をワクワクさせていた。

 初めて行く場所に期待がこもる。なんてったって、精霊術を教える学院。ゲーテル学院である。

 もしかしたら、自分の運命の人がいるかもしれない。

 運命の人、それは精霊術士の事だ。

 ユウナは精霊である。それも曖昧な精霊。

 術士の存在がユウナの力を引き出すという。もし、そうならば知ってみたい。

 ユウナの期待はそこにある。

 手綱を引くと、シロはまるでユウナの心緒を読み取ったように嬉しそうに蹄を地に叩いて前進する。

 ゆっくりと前進するシロと荷車に、ヒエナが合わせて歩き出す。

 目指すはゲーテル学院。精霊術士の学ぶ場所だ。

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