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ユウナ

 父はいつも言っていた。

 長女として生まれたからには他者に媚び家名をあげることに尽くせ、と。

 それは呪いの言葉のように、少女の身体を蝕んでいった。他人に振り撒く笑顔を作り続け、媚び諂う態度を徹して、少女の心を写すはずの瞳が曇った時、少女は自分を失くしていた。

 涙の流し方を忘れ、誰かに甘える仕草もできず、年相応の少女ができることを少女はできない。

 いつしか、少女は世界を恨んだ。

「……眩しい」

 ふと、見開いた藍色の瞳が細く眩い明かりを睨んだ。

 目元を擦って上体を起こす。少しだけ気怠い体躯に苛まれながらも、その場に座った。

「えーと、ここどこだ?」

 早速、混在した記憶を巡らせる。

 日当たりの良いベッドの上にいるらしい。辺りは同じようなベッドが整然と並び、ベッドの間は仕切りにもなってない幅のないパネルで隔たりを作られている。入り口の方を見れば、棚があるのを見えた。

 考えてみるに保健室や病室、と言った病人を治療する場と決めて間違いないだろう。

 さて、問題はなぜここに来た経緯である。

 ぽくぽくと頭上を捻らせて考えてみる。確か、スライム的な生物に懐かれてそれから段々眠くなって……。

「あっ」

 そこで思い出す。そして、苦い表情をする。

 まさかあのスライム的な生物は悪いスライムだったのか。スライムっていいスライムなんじゃないの、という倒錯ぶりな思慮はともかくとしてベッド上から飛び降りて窓の外を見た。

 窓の外から見えるのは中庭だった。もしかしたら夢なんじゃないかと思ったが、相変わらず見たことのない草花が咲いているし、木なんかアートチックに曲がって萌えていて知らない植物の生態を確認できる。

 そんな中庭で、三人の子供が走り回っていた。

 一人は棒を片手に先陣を切っている。もう一人はその子の隣で困って呆れたように面を歪ませている。後方にいる一人は面を俯けて小さな歩幅でついて行っている。

 男の子二人と女の子一人の三人組。ちなみに、女の子はその集団の最後にいる子だ。

 微笑ましい光景に、面が優しく歪む。

「目、覚ましたのね」

 不意に声がかかる。扉の開く音と共に、入り口から入ってきたのは赤毛の女性だった。

「それにしても、こんなにすぐ目を覚すならわざわざココを使うことなかったじゃない」

 入ってくるなり目角を釣り上げて悪態をついてくる。ただでさえ鋭い目を釣り上げる物だから、その高圧的な態度に拍車が掛かる。教会のシスターの服装なのに、思わず萎縮してしまう。

「えーと、だれ?」

 万人の反応とは裏腹に、軽い様子で目つきの悪い赤毛の女性をじっと見る。

 彼女は藍色の瞳を睨んでため息を交じりに言った。

「はあ、ナミエよ。ナミエ=マリッジ。ここのシスターよ」

「シスター?」

 訝しげになりながらナミエと名乗った女性の格好をまじまじと見る。確かに、彼女はシスターと呼ばれる格好をしている。ただフードを被っておらず綺麗に切りそろえたストレートの赤毛が映えている。

 シスターと聞けば淑女のイメージだ。開口一番の口調といい目頭を立てる面といい。淑女とは程遠い。

 そんなことを思い。笑みが漏れる。

「あら、何かおかしいかしら?」

 ナミエは意味ありげにニッコリと笑う。彼女の無言の威圧に、面を正して訂正した。

「いやー、何も」

「いいわ……。全く、なんで私がこんな面倒臭い相手を……」

 その相手を前にしておきながら歯に衣着せずにいう。

 ナミエの態度に若干腹が立つが、次の言葉を待った。

「お前、名前は?」

「はい?」

 反射的に聞き返してしまう。ナミエは覚えの悪い子供を見るようにして続ける。

「異人でも名前くらいあるのでしょう?」

 異人という言葉が気になったが、名前を答えるのが先決だと思い頭を巡らせる。

「えーと……、私は」

 急に喉が詰まったように言葉出なくなる。名前を忘れたつもりはないのに、何か一部を忘れたような不思議な感覚に苛まれる。

 ナミエが眼光を鋭くさせ、催促してくる視線に促されながらも、必死に考えた名前を呟くように答えた。

「ユウナ、私はユウナだよ」

 口にすると、口馴染みのいい名だった。

「ユウナ……随分、人みたいな名前ね」

 そりゃあ人なんだもの。と口答えしようと思ったが、近づいてきたナミエに気圧され口をつぐんだ。

 目の前にすると、目つきの悪さや女性にしては背の高い体躯に圧倒される。足元を見る限り、ヒールなどで背丈を足しているわけじゃないのに威圧感がある。

 シスターと名乗っていたがだいぶ疑わしいことだ。

 鋭い瞳に見下ろされ、藍色の瞳が少し惑って構える。

「それじゃあ、ユウナ。これから教会を案内するわ」

「へ?」

 間抜けな声が出る。

 彼女の服装からして、ここが教会だということは察していた。けれども、唐突な展開に体も頭もついていかない。

 訝しげに、きつい瞳を見返して疑問を口にする。

「あのさ、その前に聞きたいことがあるんだけど」

 率直にいうと、ナミエは面倒そうに瞳を細めた。

「お前の言いたい事はわかる。が、今それを丁寧に説明している暇はないの」

 そういうが、その真意は惰性の部分が見られるのは彼女の態度で判る。

 じっと見つめていると、ナミエはため息をつきながらも端的に教えてくれた。

「はあ、お前は異界から来た異人だ。別の言い方だとこの世界とは別の世界から来た者ね。私たち教会の役目は身寄りのない子を引き取るのもそうだけど、お前のような異人と保護するのも役目なの」

「そう、なんだ」

 釈然としないが、ユウナは元の世界で得た異世界ものの知識も相まって無理やり飲み込んだ。

 彼女は続けて、それとも他にいく当てでもあるの? と、圧をかけてきた。けど、彼女の言う通り、目的もないし、ここではない世界から来たという話は合っている。そのため彼女の言葉に従うのが最もだと、首を振って従うことを決めた。

「じゃ、ついてきて。教会について案内するから、あと説明もね」

 そう言って彼女はきびすを返し、この部屋を後にする。

 ユウナは思う。思った異世界より夢のない世界だなぁ、と。

 世界のために無双したり、誰からも愛される世界だったり、どちらにせよ自分自身が中心となる世界観であるのが空想だった。

 あまりに現実感のある世界に、ユウナは少しだけ面白くなさそうに面を歪めた。

 ただすぐに首を振って、きっと面白いこともあるのだと思い直した。

 今はこの異世界を楽しもう。過去は忘れ、今を生きる。それが異世界に転生した自分の役目なのだと、足早にナミエの後を追った。

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