表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/25

後悔を背に今を願う

「……知らない天井、じゃないな」

 どこかで耳にした台詞を咄嗟に思いついて発したものの、状況からして台詞通りとはならなかった。

 目を覚ましてゆっくり上体を起こして辺りを見渡すに、よく知っている場所だと認識する。

 ベッドが並び、薬品の入った戸棚が壁沿いにある。ここはレヴァン教会の医療室である。

 精霊決闘の後からの経緯を逡巡してみる。災禍に乗っ取られ、気づけば決闘に勝利し、その後に訪れた疲労感――つまり、あの後卒倒したのだと考える。

 自分の中で納得したところでベッドから降りようとする。すると、医療室の扉から誰かが入ってきた。

「失礼するよ……。おや、目覚めているようだね。ちょうどよかった」

 入ってきたのは背筋を伸ばした老婆だった。

 ローブを羽織った身なりで、長い白髪を後ろで束ねている。品のある老婆といった印象を受ける。

 彼女は入ってくるなり、まるで今ユウナが目覚めたことを知っていたかのように戯けた口調で言いこちらに近づいてきた。

「あんただれ?」

 明らかな目上に対して不躾な対応をするユウナだが、上品な老婆は気にした素振りもなく、クスッと笑って見過ごした。

「私はゲーテルの学院長、ルナ=ヘレンカート=ヴァイセンだ。ヴァイセンと呼ぶといい」

「学院長? それってミツキの通ってるとこの?」

 ヴァイセンは静かに頷いて見せた。

「ああ、私はここへ通告にきたのだよ」

 そう言って、ヴァイセンは指を一本立てて虚空で揺らす。すると、虚空に丸めた紙がボンと現れてそれをそのままユウナに渡した。

 いきなりのファンタジーに驚くが、驚きを隠して筒状に丸まった紙を受け取る。開けて良いものかとヴァイセンに目配せする。彼女の了承得て、それを開くとそこにはこの世界の文字で書かれた文書があった。

 文字の読み方は教会で学び全く読めないわけではないが、読むのには時間がかかる。

 ヴァイセンはユウナの反応を待つ。そして、ユウナは最初に解読した文章を読み上げた。

「入学許可証?」

 読み上げた箇所は文書の上部に当たるところだ。

「そうだ。ユウナ、歓迎するよ。ゲーテル学院に」

「えーと、どして?」

 いきなりそう言われてもパッとしない。率直に疑問すると、彼女は簡潔に説明してくれた。

「君たちは代表の提案した試験をパスしたのだ。当然、シイナは精霊術士として迎入れる。が、彼女が契約したのは異人である君だ。我が学院の規則では精霊と共に学業を嗜むことを推進している。まあ、通常精霊にこう言った文書は出さないが君は精霊である以前に人であるからね」

 つまりは、体裁と言ったところらしい。

 異人の扱いはあぐねるということは以前から知っている。対応も国ごとも違うらしいから、ゲーテル学院での対応はあくまで人として学院に通わすことだ。

 だが、ユウナは名目上ミツキの精霊でもあるからミツキのために学院に通うということになる。

 かいつまんでまとめると、二つの意味で通学ということだ。

「君は人であるから精霊術も使えるだろう。精霊としてシイナと精進するのも良いが、君自身も何らかを身に付けると良い。将来のためにね」

 彼女は微笑を刻み込んでいう。

 彼女の話を聞いて複雑な思いがあった。けれども、試験をパスしたという事実に精霊決闘に勝利したのだと改めて安堵する。

「ミツキは今どこに?」

「彼女のことが心配かい?」

 ヴァイセンは不敵に笑みを作って聞く。

 意地悪な質問に面を歪めるユウナだったが、彼女は苦笑をして続ける。

「彼女は今学院にいる。精霊契約をしてから諸々準備があるのでね」

「はあ、そう……」

 ミツキの所在を確認したところで安心する。

「ふふ、彼女は毎日君の元に来てたんだよ。いつ目を覚ますかずっと心配していたようでね」

「えっ、私そんなに眠ってたの?」

「そりゃあもう。一週間は眠っていた。それほど、君の中にいる力は強大だったということだ」

「一週間も……」

 本契約した際に、目覚めた災禍。精霊としての力を行使したのは自分の意志ではなかったため強大と言われてもハッキリとしたものではないが、目覚めてなお感じる残った疲労から余程の力であることは伺えた。

「本来精霊自身の力は成長によって発揮されるものだ。異人は精霊の力を内包していてな。君の場合は災禍だが、精霊として目覚めた瞬間に力が一気に暴走し成長のできていない身体では疲労しか生まないのだ」

「はあ……」

 力の暴走ゆえの使いすぎ。また慣れてないゆえの昏睡状態というわけだ。眠っているだけだったためユウナ自身自覚はない。

「今はミツキが君の中にある力を抑えている状況だが、後々君は君自身の力で抑えなければいけないよ。精霊として力を引き出せるのは君にしかできないのだからね」

 彼女の説諭に、ユウナはどこか上の空になる。

 それに気づいたヴァイセンは深い皺を釣り上げて尋ねる。

「何か思うことがあるのかな?」

 ベッドのそばにある椅子に座らず、彼女は優しげな口調で訪ねてきた。

 ユウナは少し困惑したように藍色の双眸をそらす。が、すぐにヴァイセンの方を見て彼女の言葉に答えた。

「私はまだミツキとちゃんと一緒にいられる資格がないよ」

「……どうしてそう思う?」

「ただわけもわからずここに来て流されるまま過ごしてきたけど、もうそんなこと言えないんだ」

 ユウナの言葉を沈黙して耳を傾けるヴァイセンに、ユウナはゆっくりと自分の言葉で紡ぐ。

「ここに来られたのは嬉しいよ。ミツキに出会えたから。――でも、このままじゃいけないって思うんだ」

 そう言って藍色の双眸が真っ直ぐヴァイセンを見つめる。

「過去を精算しないと未来には進めない……、私は過去と向き合わずにここへ来てしまったから……」

「……つまり、君は元の世界に帰りたいと?」

「帰りたいっていうわけじゃない。ただ気がかりで、お別れを言いに帰りたい? 結局帰るってことになるのかな」

 ユウナの言葉を不思議そうに返すヴァイセンだったが、彼女は少し考えるフリをしてから口にする。

「前に進むために帰るか、いや戻りたい、か」

「もしかして帰れない系?」

 恐る恐る尋ねると、ヴァイセンは異人について説明してくれた。

「異人は二種存在してな。元々の定義はここではない世界から来た人間だが、その形は二つあるのだな」

 神妙な調子でヴァイセンは語り出す。

「死期を迎え生まれ変わった異人。この場合は生前の記憶を引き継いでいることに由来する。もう一つは死期を迎えたが精霊界を経由しこの世界に来た異人。その二つだ」

「その二つって、精霊か精霊じゃないかって違い?」

 推測を交えて質問する。

「その通りだ。その二つに共通するのは前世の記憶と姿だ」

 と、どうやら合っていたらしく彼女は断言していった。

 ヴァイセンは間を置いて本題に入る。

「精霊は異界を介した存在だ。その存在である君は君のいた世界に戻ることは可能だろう」

「本当?!」

 思わず前のめりになって驚いていう。

「だが、簡単な話ではない。君は精霊として未熟で通常の精霊が行える精霊界への移動ができていない」

「何それ?」

「君は精霊召喚を知っているだろう。あれは精霊界から呼び寄せる儀式だ。通常精霊術士は側に精霊を従わせず精霊界に帰す。術士の精霊はそうやって必要な時に呼び寄せるものなのだ」

 ユウナはアルメリアが決闘の際に召喚していたことを想起する。

 考えてみれば、黒龍のような精霊をずっと側に置いておくのは無理な話だ。精霊はそもそも精霊界にいるものだということは知っていたが、必要に応じて召喚することは確かに合理的であった。

 そして、ユウナは通常の精霊と違い召喚で来たわけではないため精霊界とやらへの移動がないことも納得がいく。

「えー、じゃあ結局帰れないじゃん……」

「そんなことはない。精霊として君が成長すればあるいは」

「成長ってどうすればいいのさー」

「何、精霊の成長は術士と共にある。つまりは互いの経験が成長に繋がる」

「ふーん」

 ユウナの中でイマイチ理解できない部分があるけど、ユウナなりに解釈してこう結論づけた。

「とにかくミツキと一緒にいればいつか帰られるってことか」

「ま、そうだな」

 そう言って彼女はそれを区切りだとしてユウナの元から離れようとする。

 と、ヴァイセンは何かを思い出して口にする。

「君は過去を精算すると言ったが、元の世界に帰ったら気持ちは揺らがないのか?」

「え?」

 咄嗟の質問に唖然とする。

「この世界に来る異人はな、この世界から逃避するもの、この世界に執着するもの、その二つが見受けられる。転じて言えばーー君たちの目線で、現実を見ているものと現実から避けているもの。そう言える。君はそのどちらとも言えないーー現実を見ている上でこの世界と向き合っているな」

 彼女の言葉はまるでユウナを見透かしているようだった。予言のような口調だ。

 過去も未来も全て、彼女の中にあるような不気味さがあった。

 ユウナはベッドから飛び降りて、ヴァイセンの正面に立つ。何かを口にしようとすると、彼女は不敵に笑みを作り背後に視線を一瞥させる。

「どうやら君の主人――いや友達だったか。シイナが来たようだ」

 そう言って言いかけるユウナを無視して立ち去ろうとする。

「ねえ、ヴァイセン! あんたは私がどうしてここに来たのか知ってるの!?」

 その問いに、ヴァイセンは緩やかに足を止めて振り向かずに告げた。

「魔人メイデンの導きだよ。君が災禍の生まれ変わりゆえに、な」

 引き留めようとする手が宙を彷徨った。その間に、ヴァイセンは足早にここを後にした。その時見た、彼女の横顔は不敵だった。

 その横顔がユウナの追求を妨げた。

 まるで、自分の所在を自分で突き詰めろと言った風に感じ取ったのだ。

「何それ……」

 空虚な言葉が空回る。

 そして、その言葉の先は元の世界――自分の過去にある気がした。

 ヴァイセンと入れ違いに、一人の少女が顔をうつむけて入ってきた。彼女はユウナに気づくとパッと顔を明るくさせて駆け寄ってきた。

「ユウナ!」

「ミツキ……」

 ミツキは勢いのまま抱きついてくる。ユウナは流れるままに彼女を受け入れ抱きしめる。

「目を覚ましたんだね。よかった……」

「う、うん……」

 戸惑い気味に答える。

 ミツキの後ろから続け様に入ってくる。

「どうやら目を覚ましたようだな」

「ヒエナまで……」

 入ってきたのは獣耳を生やした騎士ヒエナだ。

「全く精霊決闘の時は冷や冷やしたが、よかったな」

「あはは……」

 ユウナは苦笑する。

「あの決闘は異例だった。騎士団長だけでなく、一国の王までが見物する事態だったからな」

 突拍子もない事実にユウナとミツキは見合わせてヒエナの方を驚いてみる。

「一国の王?!」

 先に驚いて声を出したのはユウナだ。

 ヒエナは小さく笑みを崩しながらいう。

「そうだ。ヴァルセイトの王だ。ヴァルセイト=クリュフ、彼はあの決闘を見ていた」

「王、まで……」

 当惑するミツキ。その反面、先に驚いていたユウナは驚愕はあったものの王と言われてピンとこず、首を傾げていた。

「災禍の目覚めは国を揺るがす事態だ。もしシイナがユウナを抑えられなかったら、騎士団長や王によって討たれていただろう」

 不意にぞくりとする。王については知らないが、騎士団長については初日に会っている。あの大剣が向けられると思うと恐ろしいものだ。

「ま、結果的に良かったけどな。あの王族もよく引き下がったものだ」

 ヒエナの言葉にミツキは不意に顔を暗くさせていた。

 ユウナの相手であったアルメリア。彼女は王族であり、ミツキの幼馴染でもあった。彼女は最後物悲しく別れたが、そこにはこの世界の悪い部分が語られていた。

 まだユウナにはわからないことがあるが、ミツキとアルメリアの関係はただならぬものがある。そこに身分が邪魔していることは言うまでもない。

「ま、私の強さがあってのことだね! それにミツキも頑張ったし」

 ユウナは戯けて言った。

 ヒエナは一瞬呆気に取られたが、次には破顔した。

「そうだな」

 笑うヒエナを他所に、ユウナはミツキの方をじっと見ていた。

 ミツキは笑うヒエナを楽しそうに見つめている。澄んだ赤色の瞳は以前に比べ明るく見えた。

 笑顔とは言えないが、そこに表情の暗さはない。

 ミツキを見ると、本当の妹である美月の面影を重ねてしまう。

 思っていなくとも、ミツキの姿は実の妹と瓜二つで不意に思い浮かぶのだ。過去と後悔が。

 ユウナの視線に気づいたミツキが不思議そうに首を傾げる。

 ユウナは笑みを作った。それを見るミツキは嬉しそうだ。

 ユウナは静かな口調でいう。

「ミツキ……ありがとう……」

「え……」

 静かな口調で告げた言葉はミツキに伝わらなかった。

 聞き返してきたが、ユウナは首をふった。

 ――今はまだ伝わらなくていい。

 ユウナは自分らしい笑みを面に刻む。

 ミツキはそのユウナに安心したように面をパッと明るくさせる。

 ――この世界に来た意味を考えていた。よくある異世界転生には意味が付きものだ。その意味は目の前にあった。

 ――いつの間にかユウナはこの世界に惹かれている。でも、目の前の彼女と一緒にいるには、美月の面影が消えなくてはいけない。

 ミツキの背に後悔を追っていた。いつか消えて、側に立てるよう願って。

閲覧ありがとうございました!

評価、ブクマ励みになります。

序章が終わり、次から一章になりますがしばらく更新が空くので

それまでお待ち頂ければ幸いです!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ