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落ちこぼれ貴族とギャル

 姉の奇跡に憧れていた。

 姉は風に愛されている。とてもとても愛されていて、彼女の纏う風が優しく見えた。

 精霊術士は自然に愛されてこそ一人前だと言う。彼女はそれ以前から風に愛されていた。

 彼女が前を歩けば風が引き寄せられるように纏わりつく。彼女が小さく手のひらを叩けば風が優しく吹き上がる。

 まさに奇跡だった。

 彼女自身が風のようで、彼女が風の精霊を召喚した時――やっぱりすごい。そう思ったものだ。

 彼女の妹だからこそ憧れ、自分もきっと姉のようになると疑わなかった。

――夢を抱いた少女の未来は暗かった。

 風の精霊を召喚できなくとも、いずれかの属性で果たすべき召喚は成せなかった。

 貴族の子は精霊術士か魔法使いの教育をするのが習わしだ。そして家業をついだり王族に仕えるのが通例である。そのどちらかの才能を見て選び教育するのだが、少女にはそのどちらにも才能がなかったのだ。

 才能がない、そう悟ってもすぐに勘定を出さないのが貴族というもの。才能ある姉を持つ少女は単に成長が足りないのだと決め付けて貴族の名の下に精霊術士の学院に入らされる。いわゆる見栄である。

 少女にとっては迷惑な話だ。姉の才覚ゆえに、妹である少女も才覚あるものとして疑わない姿勢は重圧を強いられていた。

 狭い思いをしていた。親には無意味な期待を押し付けられ、学院では召喚も為せないのに在籍していると険な視線が突き刺さる。

 少女は段々と心を閉ざして行った。

 頼る相手もおらず、唯一の幼馴染みは王族で高慢な姿勢を見せつけられていた。

 どうすることもできなくて、逃げたくなくなって、一人涙を流す。誰にも理解されない。その涙の所在は、まだ憧れがあったからだ。

 努力はやめなかった。召喚できなかったのはただの不具合で、きっといつか自分に相応しい精霊が目の前に現れることを願っていた。

 けど、来なかった。

 最後の試験を目処に退学を迫られ、思わず逃げてしまった。

 現実を見れば、才覚のない貴族はどこかの家に嫁ぐか仕えるかが主である。唯一の幼なじみは仕えることを迫っていた。彼女から耳を塞ぐのは憧れを捨てきれなかったからであろう。

 ――でも、考えてみれば彼女は幼馴染みとして配慮をしていたのだと思う。

 徐々に、過去の思いが現実に繋がっていく。

 憧れは無様に打ち拉がれ、不器用ながら求める姿、もがいている中――現れたのだ。

 その人は初対面ながら庇ってくれた。自分はその背に隠れ成り行きを見守っているだけ。

 少女は困惑気味に、なのに彼女は本当に自分の妹みたいに庇ってくれていた。

 出会いこそ、彼女の自分を妹だと勘違いした顛末である。しかし、接していく内に彼女は少女を友達だといい。内気な少女を引っ張っていくように、それこそ姉のように感じた。

 そして、彼女は少女の憧れを認めた。

 少女は気づく、こんなにも思ってくれている人に対して答えないのは愚かだ、と。

 彼女は必死で少女を庇い、少女の失念も悲痛も背負って糾弾してくれている。それなのに、答えない自分は何なのだ、と。

 悟った少女が再び憧れを浮かせた時、それは訪れた。

 一方通行だった契約は互いを近づけ、本能が彼女を精霊と認める。

 その瞬間、意識は消失してしまう。そして、過去が少女の中で巡ったのだ。

 過去は巡り、自分の本心を気づかせてくれる。ここで立ち止まればまた惨めな思いをするだけだ。

 ――だから、目覚めないわけには行かなかった。

「…………ぐすっ」

 気絶の中、巡る過去に涙をしていた。

 目を覚ますと、そこには悍しい雰囲気を纏ったユウナとそれに対面するアルメリアがいる。アルメリアの背後には傷を負った二人の従者が倒れていた。

 状況を見れば自我を失った優奈がアルメリアに攻撃を向けたことがわかる。優奈とアメリアの間の地面には焼け焦げた跡が残り火を着けて沿ってあった。

 先ほど、自我がある状態で優奈は火の魔法を放っていたがそれとは比にならない魔法の痕跡が残っている。いや、これは魔法でも精霊術でもない。二つの力を混ぜた力だ。

 知識だけはあるミツキはそう認識して、首を振って涙を払い前を見る。

 ユウナは覚悟を決めた。自分も覚悟を決め享受しなければならない。

「……ミツキ」

 自我のない優奈と向かい合ったアルメリアは起き上がってきたミツキをしかと見つめ呟くように口をついた。

「トウカ……」

 ミツキは彼女の呟きに応えるように名を発す。

 久しぶりにお互いの目が交ざる。儚げな赤色の瞳と豪奢な藍色の瞳。まさに正反対な瞳の性質をしたお互いの目は今通じ合った。

 アルメリアは気恥ずかしそうに外方を向く、これ以上は何も言わないと瞳だけを一瞥させて空いた手で鼻血を拭う。

 ミツキは素直に頷いて決意する。

 自我を失ったユウナを見て、彼女は名一杯叫んだ。

「ユウナ!」

 どうすれば精霊術士として抑制できるかなどわからない。けれども、名前を呼ぶことが今の自分とユウナにある傷だと信じてその名をはっきりとよんだ。

 自我を失っているユウナは次の攻撃となる挙動をしていたが、ミツキの声に反応したのかピタリと挙動を止めた。

「ユウナ聞こえる!? 私、決めたよ!」

 ミツキは胸を痛めながらもその丈を放つ。

「精霊術士になる! あなたと一緒にいたいから!!」

 決意が、覚悟が、胸の内から出される。

 足は震えているし、胸の奥が苦しい。これが未知に踏み出すということだ。

 憧れを秘めても召喚できないことが踏み出すことを恐れていた。精霊術士になるもう一つの道筋はあまりにリスクがあり、召喚を為せないことが枷になってそれを逡巡していた。

 憧れと卑屈が混ざって、卑屈が勝った。でも、それは憧れに対する甘えである。

 ユウナの言葉に惹かれ、憧れは強くなった。

 ミツキはその場を駆け出した。不意に挙動を止めたユウナに寄って、彼女を後ろから抱きしめる。

「ユウナ! 戻ってきて!!」

 誰もが固唾を飲んで見守った。その運命の行方を。

 ――そして、不意に言葉が漏れた。

「……ミツキ?」

 優しげな声に、ミツキはハッとする。その瞬間、気が緩んでまた涙を流した。

 ミツキのすすり泣く声に彼女は少し疲れたように声を絞り出していう。

「何泣いてんのさ……」

「だって……だって……」

 言葉が途切れる。胸中の思いは言葉では追いつかない。

「……出来るじゃん。やっぱミツキは出来る子なんだよ」

「でも、怖かったっ……。あなたが私を信じてくれるから、私も信じられた……。ありがとう……」

 か細い声。ユウナは儚げに笑みを作った。

 この場を支配していた邪気が霧散する。災禍の気配が消えたのだ。

 アルメリアは二人の姿を見て短い嘆息をする。そして、不意に視線が観客席の方に向く。そこには出した剣を鞘に治める騎士たちが確認できた。

 騎士たちを一瞥して、アルメリアは目を伏せて再び二人の姿を視界に入れた。

 ユウナは背にミツキの温もりを感じながら状況を把握する。

 辺りは酷いものだった。見覚えのある従者が傷を負って倒れている。また地面が焼かれたように抉れており、正気を取り戻す前に比べて変わり果てているのは瞭然である。

 黒龍もおらず、闇妖精のセナは倒れている従者二人に寄り添っていた。

 目の前には上品な面影のないアルメリアが座り込み満身創痍な状態でいた。

 これを自分でやったのかとユウナは自分を疑うが、意識がない状態でもある程度何をしていたかは理解している。だからこそ、この状況に戦きを覚えた。

 災禍――冠した名に遜色ない荒れ方に改めて自分の中にいる存在に畏怖する。

 ユウナの背でひたすら涙を流すミツキを感じている中、ユウナは畏怖や状況の変わりようを受け入れて目の前の相手を凝視していう。

「私が黒龍を倒したんだよね……? 精霊決闘は私たちの勝ち?」

 疲れ切った語調で訊ねる。

 目の前の相手、アルメリア・トウカは少し嘲笑したかのように面歪めながらこちらを見据えた。

 緊張して構えると、彼女はゆっくりとした挙動で立ち上がろうとする。

「お、お嬢様! 無理に立ち上がらないでください」

「お身体に障りますよ!」

 先程まで闇妖精セナに看病されていた二人の従者が気絶から覚めて主人の元に駆け寄りながら心配する。その後ろにセナも空に舞いながら同様に心配していた。

 二人と一体の配慮に、アルメリアは手で制す。

「大丈夫……ですわ。これは私が言うこと、ですわ……」

 足元をふらつかせながらも、燦然とした藍色の双眸がしかとこちらを定めた。

 彼女の姿勢にユウナは背で涙を隠すミツキの肩を叩き、彼女と対面するように諭した。

 ミツキは強ばりはしなかった。以前のようにアルメリアと対面するだけで震わす身体はなくなり、彼女に応えるようにユウナの隣に立つ。

 相変わらず弱々しく臆病な面ではあったが、赤色の瞳の奥に宿る光は前よりも輝いていた。

 ミツキの姿を見て、アルメリアは物悲しい表情を一瞬見せた。けれども、それを無理矢理笑み作りいなしてユウナに告げる。

「ええ、そうですわね……。貴様たちの勝利ですわ」

 アルメリアは自身の敗北を認める宣言をした。

 その言葉に、ユウナたちは喜びよりも安堵が勝りそっと胸を撫で下ろした。

「本当……、私はやり方を間違えましたわ」

 誰にも聞こえない呟きをする。アルメリアは糸が切れたかのように前に倒れてしまいそうになる。

 それを二人の従者がすかさず支えに入った。

「トウカお嬢様……」

「休息に致しましょう」

 彼女たちの配慮に、力なく頷いて見せた。

 そのまま彼女たちは闘技場を出るために、ゆっくりと回って背をむけ歩き出す。

「トウカ……」

 咄嗟に、ミツキがアルメリアの名を口にする。すぐに彼女が名前を呼ばれることを険に思っていることを思い出して口を噤むが返ってきたのは落ち着いたため息だった。

 名前を呼んだだけで豹変するように怒りを露わにしていた彼女だったが、息を吐いた後、彼女を支える二人の従者に何かを吹き込んで後ろだけを向くように視線を回した。

 藍色の瞳がミツキを覗き込む。ミツキは彼女の瞳に恐怖を感じなかった。むしろ、幼馴染みとして接していた頃の懐かしさがあった。

 アルメリアはミツキを見て、もどかしそうに眉を釣り上げる。そして、何も口にすることなく視線をユウナの方にそらした。

「貴様は……ミツキをどう思っていますの?」

 その問いかけに、ユウナは不思議に思った。けれども、率直に答えてみせる。

「どうって……、友達だよ。大切な友達……」

 気恥ずかしさがある。いつものように友達だと口にしたつもりなのに、なんだか自分の中で最も意味のある言葉に感じた。

 それを聞いたアルメリアは呆気に取られ、面を痛苦に歪めて見せた。

「友達……」

「……? あんたら幼馴染なんでしょ?」

「そうですわね……」

 と言って、ミツキの方を一瞥した。

「ミツキをお願いしますわ。ユウナ」

「言われなくても!」

 ユウナの言葉に、アルメリアは窮屈そうに笑みを作った。

 彼女は何も言わずこの場から従者二人と一緒に去ろうとする。それをユウナは感じる疲労を抑え込み彼女を引き止める。

「なんであんたミツキから逃げるの!?」

 不意に彼女の足は止まる。

「幼馴染なんだから一緒にいればいいじゃん!」

「……それは許されませんわ」

「はあ? 何それ。ミツキはいいの? 一緒にいなくて?」

 ユウナはミツキに問いかける。

 ミツキは一瞬迷ったように目を伏せたが、思いの丈をアルメリアにぶつける。

「怖い時もあったけど、一緒にいたいよ……。だって、トウカは私の幼馴染だからっ!」

「…………そう、ですわね」

 表情は背に隠れて見えない。だが、その声は苦悶を押し隠すようにこわばっていた。

「今度はそれに応えられるようになっているといいですわね」

「何その他人行儀な言い方? そんなのあんたの心持ち次第じゃん!?」

「心持ち以外にも必要なのですわ」

「そんなの関係ない! あんたはどうしたいの?! なんで苦しそうに去ろうとするの!? 全部私に押し付けんな! あんたの内情なんか知んない! なんか邪魔してんなら私がそこから引っ張ってやる。ミツキと一緒に!」

 思いつく限りに言葉を吐き出す。

 アルメリアはそれらの言葉に圧倒される。

「さっきまでミツキにも貴様にも酷い扱いをしたのに、なんでそこまで言えますの?」

「だって、もう友達じゃん。それにミツキは幼馴染でしょ」

「……」

 当たり前のように語ることに、アルメリアは身を震わせた。

 背を向けているアルメリアは、誰にも見えないように口角を上げて見せていた。そして、静かな口調で呟く。

「貴様がミツキの精霊でよかったですわ。ありがとう、ですわ」

 それだけを言い残し、アルメリアは従者二人と一体の闇妖精を連れてこの場所を後にした。

 やりきれない思いが残る。

「……ねえ、なんでこんなスッキリしない終わりなんだろうね」

「身分が邪魔するんだよ。多分、だからトウカは私に……」

 ミツキは全部を理解できているわけではないが、少しだけその所在を受け入れていた。

 辛く当たっていた経緯も、執拗にミツキを使用人として雇うことに固執していたことも、今ならわかる。全部、ミツキのためにしていたことだった。

「はあ、窮屈だっての。世界が変わっても世間体か……」

 異世界でも変わらない世界の有り体に嫌気が差す。

 残った思いは大きいが、それらを胸に留める。

 ユウナは大きく息を吐いて、自分の成し遂げたことを再確認する。

「これでとりまミツキは精霊術士になれたんだよね」

「えと、……うん」

 恥ずかしそうにミツキは頬を赤らめた。

「んじゃ、これから先思うこともあるし面倒なこともあると思うけど、ミツキ笑ってくれない?」

 と、ミツキと向かい合う。

 ミツキは驚いて顔を伏せるが、照れながらじっとユウナの面を見上げた。

「な、なんで……?」

 突然の要求に困惑して尋ねる。

「なんでって、精霊決闘に勝ったら笑ってって約束したじゃん」

「ええ……」

 ただひたすらに当惑するミツキだったが、真面目な藍色の双眸を前に緊張する。

 そう、ミツキの笑顔こそユウナの思い願っていたことだからだ。

 ミツキはここまでの経緯を想起する。

 苦しい思いしかなかった。自分のことだけに手一杯で、周りのことを考えられなかった。才覚がない自分を蔑み、世界を恨んだ。

 暗かった世界が、今の自分には明るく見えた。

 光は目の前にいたのだ。

「ミツキ、なんで泣いてんのさ」

 再びそういう。ミツキは笑顔ではなく、泣き顔で応えたのだ。

「違う……違うのっ……。嬉しいんだ。嬉しくて……」

「嬉しいなら思いっきり笑わなきゃ。もう世話が焼けるなぁ」

 と、嘆息してそっとミツキに寄って彼女を優しく抱きしめる。

 温もりがそばにある。今まで一人で泣いて一人で処理してきた思い。それを今はユウナが受け止めてくれている。

 涙は止まない。嬉しくて嬉しく、今までぶつけられなかった思いをユウナにぶつける。

 ユウナは本当の姉のようにミツキの思いを受け止め成し遂げくれた。

 ――いや、ユウナは姉ではなく友達だ。ミツキの初めての精霊で友達。

「ほら、ミツキ。こーやってさ、嬉しい時は笑うんだよ」

 ユウナはゆっくりミツキから距離を空けてミツキに見えるよう目一杯笑みを作って見せた。

 ユウナは洟を啜りながらも、面を上げてユウナの真似をしようとする。

 口角を上げて、目尻を上げて、けれども涙は止まらなくて。笑顔というよりは泣き顔だったが、そこには初めて自分から作った笑みが含まれていた。

 泣き笑い。そんな顔を前にして、ユウナはか細くいう。

「何それ……」

 気づけば、ユウナの頬にも涙が伝っていた。

 ユウナはそれを隠すように、泣き笑いをするミツキに近づいて再び抱きしめる。

「あはは……、今はこれでいいよね……」

「うん……」

 運命的な出会いで始まった二人の関係。それは互いが精霊術士であり精霊であるからだったかもしれない。

 ユウナにとっては馴染んできた世界で訪れた一つの転機でしかない。そして、残してしまった過去を想起する出来事でもある。

 ユウナは涙を流して思い、どうしてこの世界に来たのか。その疑問を再びするのだ。

 きっと、このためだと。

 だが、このままでは前には進めない。置いてきた過去を精算しなければこの世界のミツキと、世界とは向き直れない気がするのだ。

 この涙の意味はその後悔だから。

 次の瞬間、耐えていた疲労が一気に押し寄せ眠るように気絶した。

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