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西島優奈

 西島大学病院――その歴史は小さな診療所からだった。

 今や土地を広げ、大学を建て大きな私立病院を設立している。その歴史を知る曽祖父はもうおらず、かつて彼が掲げた信念をこうして築き上げられたのだ。

 今や、名だたる病院として知名をあげた一つとして数えられる。

 まさに栄華を成した西島だが、小さな診療所の頃に願った信念は遠いものとなっていた。

 そんな西島の歴史も信念も知らず、その西島の家に五人の子供が生まれた。

 男二人と女三人。幸せな子宝に恵まれた西島であったが、その子たちに与えられたものは凄惨なものだった。

 長男と次男に与えられたのは、将来大学病院を背負う医者になる役目。女三人には他の病院とのコネクションとなる役目を与えられた。

 彼らの意思はなく、西島がより盤石になるよう駒として育てられた子供たち。家庭が歪むのは当然のことだった。

 ある日、長女が家出することになる。それをきっかけに、次女の英才教育はより厳しくなり家出した長女に変わり社交界に出向くことも多くなり、次女はいつしか自分の感情というものを失っていた。

 元々、次女は長女や三女よりも優秀な才覚の持ち主で勉学や武芸、芸事をこなしまさに絵に描いたお嬢様であった。

 生まれた頃から英才教育を受けていたため、西島の意向に疑問を持つことはなかったが彼女の疑問のきっかけは長女の家出と言える。それから厳しくなった英才教育や他人に媚び家に尽くす柄に疑問を持ち、感情を壊してしまうことになる。

 次女は思う。西島が普通の家庭に比べて異質な事を。

 一度自分の家庭を疑えば、自分の中に歪みは生まれる。だが、それでも次女は頑張っていた。疑問を一度、父の前で口にしたことがあったのだ。その時に父が答えた言葉が頑張り続ける原動力になっていた。

 父はこう答えたのだ。

 ――お前がダメなら次は美月だな。

 妹を守るための行動だった。

 三女も他の子供と同じように英才教育を受けていたが、元々身体が弱く社交界など表に出ることはなく、他と比べそこまで強いられてはいなかった。

 だが、長女は家出し次女である自分も投げ出せばそのしわ寄せは三女に降りかかる。

 それだけは嫌だった。

 持ち前の才覚があっても、勉学や芸事は日々欠かさずやらなければならない。長女がいない分、次女に求められる事は日に日に多くなっていく。

 社交界に出る時もそうだ。笑顔は欠かさず、他人に媚びる事を忘れない。マナーもそうであるし、何をいうにも西島をよくすることが西島の顔として出る次女の役目だった。

 ゆえに、次女の感情が壊れていくのは当然のことであった。

 日に日に壊れていく次女。

 いつしか、世界を恨むようになっていた。

 兄たちは助けてくれない。父は西島を大きくすることに熱意を向けている。母も父の言いなりになるだけだった。

 味方のない、心の内を晒せない状況で心の中に闇はくすぶるばかりだ。

 闇は心の中で芽生え、潜める。それでも、三女を守るためなら身を犠牲にできていた。

 たとえ、妹の存在で誤魔化し続けていても精神はすり減っていく。

 疲弊して、疲弊して、誤魔化して、誤魔化して、次女――西島優奈は自分がわからなくなっていった。

 惰性にも似た日々。使命や役目、犠牲に捧げた人生。その転機が訪れる。

 その転機は実に単純な出来事であった。

 優奈は西島の娘として、医療関係者の社交界だけでなく度々病院に顔を出し挨拶回りをしていた。

 病院がどう言った形態なのかを見聞のため、実際の医者である父と共にまたその見習いである兄たちと見識者や有力者などを交え勉強することもある中、少ない自由時間があったのだ。

 優奈が一人になることは少ない。寝る時以外は誰かがいる。その中で得た自由時間は、ほんのちょっとだけ自由を感じられた。

 その自由が転機であり、後悔への入り口でもあった。

 優奈は無意識であったが、病院に対してほのかな憧れがある。その自由時間、まだまだ幼い面影に達観したかのような目つきに微かな純朴さが戻っていた。

 束の間の自由、彼女は無意識に病院を練り歩いていた。

 病棟にいる患者や医者、看護師。色んな医療従事者が懸命に尽くしている姿を見ていた。

 西島の方針に馴染めてはいないが、医者の家庭に生まれたことは悪くは思っていなかった。自分が西島に離れ医療に興味を引く姿は本心とも取れた。

 表には見せられない無邪気な優奈は、その運命を変える病室に訪れることになる。

 そこで、ある一人の女性に出会った。

 流れるように美しい長い金髪をした派手な女性。彼女は優奈を見るなり、寂しそうに告げてきた。

 ――君はいつまで自分に嘘をつき続けているの?

 初対面からして不思議な雰囲気のあった彼女は自分を見るなりそう言ってきたのだ。まるで、自分の中身まで見透かしているかのような言及に優奈は面食らった。

 これをきっかけにして、優奈の人生そして運命が変わる。

 高校入学を控えた日の事だ。

 英才教育も落ち着き、社交界に出る頻度も学業を優先する上で少なくなった。自分の時間というものを持つようになった優奈だが、その時間に当てたのは妹と過ごす時間であった。

 妹と何か遊んで過ごすというよりは、ただそばにいるだけの時間。元より家では離れて過ごすように強いられていたため、信用のある使用人に頼んで秘密裏に会える場所を作ってもらい会っていた。

 妹の美月は身体が弱く入退院を繰り返していた。退院中はそのように接していたが、入院中は特に気をつけて会いに行っていた。

 元より、父の言いつけで妹とは会っては行けなかった。信用のある使用人に人目を盗んでもらった上で、病院に来ていた。

 幼少期に比べある程度余裕のある日々を過ごしていたが、それでも優奈に降りかかる重圧や期待は大きかった。

 期待や重圧から逃れるため妹に会いに行っていたのかもしれない。

 高校入学を控えたその日も、信用ある使用人の手を借りて病院に寄っていた。

 その日は酷く雨が降っていた。雨と土の臭いが煩わしく鼻元をかすめる。

 使用人の差す傘の中で、優奈は虚な瞳で周囲を見渡していた。

「優奈お嬢様お気をつけて」

 物憂げな顔をした黒髪の女性は静謐を極めていう。

 彼女は使用人。雇いは西島であるが、その忠誠は優奈にある。彼女の内には優奈の行動を見張るよう言いつけがされている。が、告げ口をしないのは幼い頃からまじかで優奈という人格者を見てきたからであろう。

 優奈もまた彼女が西島の見張りである事くらい察知している。血筋か英才教育の賜物か、物事を精査し考えることには長けている。それはたとえ情が希薄であっても本能的な思慮は生きていた。

 使用人の彼女が西島の見張り役でも告げ口をしない根拠は付き合いの長さである。また幼少期から様々な人柄の人物と接してあるし、その処世術も実年齢以上に会得している。

 少し悪質な考え方ではあるものの、彼女に対する信用は直感的なものとも言えた。

 優奈は使用人に見送られ妹の入院する病院へと足を踏み入れる。

 この時の優奈は寡黙な大和撫子のような雰囲気があった。黒髪の麗人、それが周囲の印象でまさに高音の花であった。

 目を引く風貌は院内で衆目を集めている。外来の時間を終え、病棟に人が少ない時間帯を狙って見舞いに来ているがその少ない衆目すら優奈の姿に目を引いていた。

 高校生を直にした彼女は年以上の大人びた姿であった。

 衆目など気にせず、無表情で目的の場所へと足は動く。

 病棟の8階。面会終了時刻の近い時間の人気は少ない。エレベーターから降りると、その静謐さが迎えてくれる。その静謐さは優奈にとって心地の良いものだった。

 賑やかなのは苦手だ。苦手というより、そう言った経験を上っ面でしかしていなかったから素直に受け入れられるものではない。自分が素直に殷賑な振る舞いをするなんて想像できないからだ。

 だが、――そんな考えあの金髪の女性に会ってから考えもしなかった。

 思慮が浮かぶのは、単に興味があるからだ。それを面にできないのは父という縛りがあるからであって。苦手だと決めつけるのは言い訳に過ぎない。

 優奈は、ふと思慮を振り払うように首を振った。エレベーターホールの窓から見える自分の姿はやけにやつれて見えた。

 窓の奥に映る自分の姿に嫌気がさす。その嫌気すら面には出さない。冷静な素振りで踝を返し、足早に病室に向かう姿が今の優奈に現れる感情であった。

 病室に向かう途中、優奈は看護師にも話しかけられない。何度か見舞いに来て常連とあれば、声をかけて来ても不思議ではないのだが彼女の雰囲気からそれはなかった。

 廊下で会う看護師は気づいたように会釈をしてくれるが、言葉は発さない。優奈も会釈で返すが口を開けることはなかった。

 すんなりと廊下を抜け目的の病室の前に来る。

 817号室。個室の病室である。電子板には西島美月と記されている。

 優奈は依然無表情であるが、その藍色の瞳にはどこか緊張を潜ませていた。

 相手は単なる妹ではない。お互い歪な家庭に生まれ歪な育ちを強いられた姉妹。普通の姉妹とは言えない関係なのだ。

 緊張はそこから来るものだ。

 優奈は無意識の中、深呼吸をした病室の戸を開いて中へと入る。

 整然とした個室に、ひっそりとベッドの上で読書する一人の少女がいた。

 優奈よりは薄い藍色の瞳をしてまた弱々しい光を灯している。短めの黒髪がどこか幼さを感じさせる容姿だ。

 美月、優奈の妹がこちらに気づいて弱々しい光を一層光らせて微笑んできた。

「お姉ちゃん、今日も来てくれたんだね」

「……うん。だって、私は美月の姉だから」

 辿々しい口調で返す優奈。それに、妹は苦笑した。

 優奈は見舞いに品を持ってこない。それは不躾とかそういうわけではなく、美月の欲しいものがわからないからだ。

 自分から聞くこともないし、妹から話すこともない。妹はそれよりも優奈が来ることを喜んでいるように見えた。

 それには気づかない優奈だが、優奈にとっても美月にとっても会うことが一番の幸福であった。

 家では中々二人きりで話せないため、こうした機会は少ない。美月が入院している時が一番二人きりになる頻度が高かった。

 だから、必然。もどかしい空気が流れる。

「……ねえ、お姉ちゃん」

 もどかしい空気を割いたのは美月からだ。

 優奈は視線を上げ彼女の方をじっと見る。その表情は無感情である。

「どうしたの?」

 淡々として訊ねる。

 妙な緊張感が走る。優奈はそういうのに敏感だ。そして、その緊張感の走らせた人物もすぐに分かった。

 美月は一度、何かを思ったように薄い藍色の瞳を伏せた。

 違和感を覚えた。けれども、藍色の双眸がしかとその行方を見守る。

「私ね、思うんだ。私は落ちこぼれで病弱で何の役にも立たない……」

「そんなことないよ」

 情のない言葉で返す。

 美月は苦笑いを浮かべる。とても弱々しいが、その瞳に僅かながらどこか決意をしたような光がちらついた。

 嫌な予感がする。そう直感した。

 普段は表情の崩れない優奈であったが、藍色の瞳の奥が淀んだ。

「お姉ちゃんは朝陽お姉ちゃんがいなくなってから一人で頑張っていた。その時の私は何もできなくて、ただ見ていることしかできなくて……。自分が惨めだなぁって」

 彼女は悔しそうに布団をギュッと握る。

 苦しそうに歪めた面が、涙を必死で抑えてこちらに向く。

「もう良いんだよ。お姉ちゃん、これ以上頑張らなくて……」

「何を言って……」

「お姉ちゃんは自由にならなきゃダメなんだよ」

 ――その言葉にハッとする。

 あの日できた淀が明確になる。無感情にこなしてきた日々を疑問してしまう。

 父からの期待を受け、長女がやるべきだったこと全てを押し付けられ情が壊れるまで尽くしてきた。それを初めて疑問したのが金髪の女性との出会い。そして、淀が生まれた。

 世界は窮屈で、自分に役目があるとしたならこの苦行を引き受け妹を守ることしかない。自分の世界はとっても狭くて苦しかった。

 刹那――、藍色の瞳に光が宿った気がした。とってもとっても昔にあった純粋な瞳をしていた頃の名残が目覚めた気がした。

 だが、それはすぐに解ける。

「そうだな。お前はもうダメだ」

 突如、厳かな声がこの場を支配した。

 優奈は反射的に振り向けなかった。本能的に振り向くことを諦めた。

 どうしてここにいる? その疑問は無駄な気がした。だって、彼は驚いた素振りもなく淡々と用意された台詞を吐くようにそう告げたのだから。

 美月の視線が自分の奥を見つめていた。

 不安げな瞳。その中に覚悟がある。

「情が移ったのか有彩は何の報告もしてこない。だが、それを看過し野放しにする俺ではない。優奈、お前は甘かったな。もう一人つけていることをくらいお前なら予見できただろ」

 その男は嘆くようにいう。

「いつから甘くなったのか。全く嘆かわしい。お前は西島の顔になるには相応しくないようだ」

「何を言っているんですか……」

 恐る恐るそういう。顔は振り向かず、言葉だけを投げかけた。

「察しが悪いな。賢いお前ならもうわかるだろう?」

「――」

 考えたくなかった。今までそのために頑張ってきたのに、それが無意味になる。そう思った。

 どうしてこうなった? 疑問が浮かぶ。美月に後悔するような視線を向けると、不意に驚いてしまった。

 実の姉に向ける彼女の視線は儚かった。

 その時、全てを悟った。これは偶然ではなく美月が望んだことである、と。

 なぜ? 疑問が浮かぶ。

 美月は幼少の頃から姉である優奈の姿を見てきた。

 優奈にはただ妹を庇うことしか意識していなかった。だから、辛くとも怖くとも感情を犠牲にして今まで来れたのだ。

 この辛さがわかるからこそ妹にその宿命を背負って欲しくない。

 その様子を妹は知っているはずだ

 訝しげな視線が無意識に向く。妹は父に気づかれないよう口を小さく動かしていた。

 ――私は大丈夫だから。

 その言葉が、追求を打ち止めた。そして、優奈にとっての後悔の一瞬でもあった。

 個室に、父の嘆息が響く。彼はそのまま続けることなく個室を静かな足取りで出て行った。

 優奈は言葉を紡げなかった。美月は気まずそうに面を伏せている。

 最後に、美月がこちらに涙を浮かべか細い声で告げた。

「私の報いだよ……姉妹だから辛いことは分けなくちゃいけなかったんだよ……。だから、今度は私が受ける番。落ち着いたら、ちゃんと本心で向き合おうね」

 その言葉を最後に、妹とは離れてしまうことになる。

 後悔を引きずりながら、優奈は蟠りのある自由を手に入れた。

 



 高校に入学して優奈の生活は一変した。

 優奈は伯母の元で生活することになり、美月の思惑通り西島とは離れて過ごすことになる。

 最初の内は慣れなかったし、振る舞い方に迷いはあった。

 そんな時に思い出したのが、幼少の頃に出会い優奈の中に歪みを作った派手な金髪の女性の言葉だ。

 自分に正直に生きる。とても難しいことだ。だから、最初は形から金髪の女性が言ったこと、美月の真意を知るために、姿を変えた。

 髪は金色に、今までつけたことのない装飾品を身につけ、その派手さの現れは模倣からであった。イメージはギャルだ。

 伯母に手伝ってもらい。様相を変え、優奈は変わった。

 以前とは違う生活になった。

 期待も圧力もなく、文字通り自由を手に入れたわけだ。

 姿を変えると、自然と性格が明るくなっていった。人当たりがよくて、無邪気な雰囲気。優奈の憧れた本来の自分とは正反対のキャラクターになっていった。

 優奈の根底にあるイメージは金髪の派手な女性であり、ギャルであった。そして、ギャルこそが優奈にとって自由の象徴でもあった。

 金髪で、派手で、人当たりが良くて、友達が多い。優奈はそれを再現するかのように生活を一変させた。

 気持ちは軽かった。楽しい生活だった。

 友達と過ごすのも、遊ぶのも、今までにない経験でとてもステキだった。

 ステキで眩しくて、苦しかった。

 自分だけこんな思いをしてよいものなのか。悩まなかった日はない。いつでも妹のことが脳裏に過ぎる。

 妹に会いに行けないわけではなかった。けれども、再び西島の敷居を踏むことを恐れていた。

 自分がどんなに弱いかを自覚する。だからか、人助けなんていうことを始めたのだろう。

 全ては自分の弱さを隠すための上面でしかない。

 憧れと弱さの裏返し。それが今の優奈を作り上げた。

 過去はいつだって自分の中にある。

 ――災禍は過去であり今の自分である。

 不意に、暗い底から浮かび上がる。浮かび上がってなお水面は暗く波を立てない。

 浮かんで沈んで、浮かんで沈んで、過去が引き摺り込もうとしている。もがいて息が苦しくなって、後悔が水面から顔を出している。

 上がりたくないよ。怖いよ。

 自分が誰かを助けられるはずなどない。だって本当は弱い。弱虫で、美月の言葉に甘えてしまった。

 その弱さを人助けで隠す臆病者。

 みっともない。醜い。

 自分はただの真似事だ。

 ――そして、過去が消える。

「――ユウナ!!」

 水面に波が打つ。

 波は段々と強くなって、大きな波となっていく。

 暗い海底に一筋の光が差し込む。その光を掴もうと手が伸ばそうとした時――突如、海が辺りから霧散し目の前に黒髪をした藍色の相貌をした少女が現れる。

 暗闇が段々と晴れていく。光が溢れ、地面に紅い蕾が敷き詰められる。

 誰かが自分を呼ぶ声は途切れない、それに応えるときっとこの場所から消えて現実に戻るだろう。

 目の前にいる少女――、過去であり災禍の姫である少女はもう涙を流していなかった。

 少女はか細く告げる。

「あなたは過去と向き合えるのね」

「……いや、過去なんて見なくていいなら一生見たくないよ。ただ怖かった。このまま進むのが、後悔を引きずったまま未来を見るのが」

 優奈の言葉に少女は俯きながら小さく返事をする。

「そう……、でも私にはない強さがある」

 そういって、彼女は顔を上げ笑みをつくった。

 不器用な笑みだ。藍色の瞳の奥にある悲痛や悲観、それを隠さずに作った悲しい笑みだった。

 不意に面を食らう。そして、彼女のことを聞こうと思ってしまった。彼女の悲痛の根源が自分と似ている気がした。

「ほら、声が聞こえたでしょ? あなたを呼ぶ声、それに応えなさい」

「あんたは?」

 彼女の所在を尋ねた。

 彼女は一瞬驚いたように面を歪めたが、悲壮を秘めた双眸を瞬いて答える。

「私はいつでもあなたの中にいるわ……。あなたの意志が弱くなった時、私は出てくる」

「あんたは出てくると世界を壊そうとするの?」

 彼女と対面してから感じた外の状況を問いかける。

 いきなり目の前が暗くなり、気づけば彼女と対面し過去を想起していた。その中でも我に返った瞬間に外の状況が明瞭に把握できていた。

 黒龍を一蹴し、圧倒的な力を見せつける姿はまさに災禍の名に遜色ないものであった。

 それを感じて、改めて彼女に訊ねる。

 彼女は悩む素振りをした末に苦悶を浮かべ答える。

「今の私は魂だけの存在。外に出た私は本心を濃く露出するでしょう。だから、そうね。あなたの言う通り私は世界を壊すわ」

 過去の優奈と同じ顔をする災禍の姫は率直に告げた。

「そんなに世界が憎いの?」

 それは優奈にとっては比べ物にならない憎悪だろう。興味本位を混ぜて問うと、彼女は強ばりながらも素直に言う。

「うん。だって、世界は私から愛しい妹を奪ったから」

「…………」

 黙殺。

 かける言葉が見当たらない。賢明な優奈でさえ彼女を改心させるほどの材料を持ち合わせていなかった。

 彼女は自分だ。そして自分は彼女だ。だが、彼女の背負った業があまりに深すぎる。

 懊悩する優奈を、彼女は苦笑して見つめる。そして身体を翻して背を向けた。

「どうして私がここにいるのか。どうしてあなたがここへ来たのか。それは私たちを呼び寄せた子にしかわからないでしょうけど」

 そこで疑問が浮かぶ。彼女の口調はまるでここへ呼びせた人物を知るような風であったからだ。

 とっさに疑問が口を出る。

「誰が異世界転生させたか知っているの?」

 その言葉に、彼女は疑問を持たずに当然のように答える。

「ええ、だってその子が願い果たしたことだもの。私がまだ世界に存在している時にその子は再びそうするのだと言っていたの。再び私の生まれ変わりが生まれるまで待って」

「……それは誰なの?」

「あなたも会った事ある。白髪の少女――メイデン」

「メイデン? それって……」

 白髪の少女といえば、死ぬ後とこの精神世界に落ちる前に目撃した人物である。

 想起してみれば、その少女は優奈と災禍の姫を関連付けたようなことを口にしていた。ぼんやりとした記憶ではあるがその少女が異世界転生に関わっていることは想像できた。

「うん。彼女は恥ずかしがり屋で、どこかの教会の教祖だったと思うよ」

「はあ。てか、あんたがいる時にそう聞いたってそのメイデンっていう人、生きているの?」

「普通の人間じゃ生きられないよ。それこそ精霊か魔人に転化しないと」

「そう。まあ良いや……。これ以上長居するわけにいかないし」

 と、難しそうな話に展開する前に話を無理やり区切った。

 前置きでメイデンが自分と災禍を呼びせたことについて知らないようだから、改めて彼女に疑問を訊ねる必要もない。

 災禍の姫は残念そうな素振りもなく振り向くこともせずに、少し低いトーンでいう。

「あなたは世界を愛していますか?」

「……? 何言ってんの? そんな大きな事わかんないに決まってんじゃん」

 と、素っ気なく答えると相手はスッと振り向いてきた真面目な藍色な双眸がこちらの瞳を覗き込んでいた。

「私にとって世界は妹。妹のいなくなった世界なんて愛せるわけない。だけど、私は世界を愛したかった」

「何それ矛盾しているけど……」

「いずれ分かるよ。遠い未来。だって、あなたは私。私はあなた。あなたの世界を、私が望んだ世界を、その報いを見守っているわ。あなたが逃げるまで」

「…………」

 その意味ははっきりとわからなかった。

 だけど、やけに耳朶に吸い込まれるように入って頭の中で浸透する。

 災禍の姫。それは世界にとって災いを引き起こした災厄。

 優奈の中にいる災禍の姫。それは呪いのように思えた。

 暗闇が晴れ、やけに幻想的な赤い蕾を広げた空間は白く消えていく。

 ここへ来て理解したのは、自分は過去と向き直らなければいけないという事だ。

 そのことを胸に秘め、優奈が覚醒する。

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