災禍の姫
暗い空間の中に、誰かの啜り声が聞こえていた。
耳を澄ましてみると洟を啜り嗚咽を交えた声に、嫌悪感を示す。声を頼りに暗闇の中を進むと、そこに蹲り泣いている少女がいた。
この暗闇に馴染む黒髪を地まで垂らして、どことなく小綺麗なドレスは薄汚れたように見える。それらを見てこの少女は疲れているように見えた。
見覚えのある姿に困惑してしまう。
――それはまるで自分のようであったからだ。
と、耳朶が声をかすめる。すすり泣く声から突如言葉が漏れ耳朶に触れたのだ。
自分のような姿の少女から漏れ出た呟き。それをそっと近づいて耳を傾ける。
『どうして私を置いていってしまったの……』
途端にはっきりと聞こえた言葉に動揺する。
この少女は何かを後悔しているようだ。
『ごめんね、ごめんね……』
何かに対して謝罪をしている。洟を啜り、涙を流し、後悔と懺悔を繰り返している。
――そして、痛ましい少女は核心めいた事を発した。
『――私の大切な妹』
暗転――目の前に、その少女が立ち上がりこちらを見ていた。
黒く整った長髪を靡かせた少女が虚な藍色の瞳を向けていた。物憂げな面をして、涙を絶え間なく流している。まるで、内にある悲痛を流し続けているような悲壮を表していた。着飾ったドレスが皮肉みたいに薄汚れていた。
驚愕した。
目の前にいる少女は、まるで、ではない自分自身がいたからだ。
厳密にいうと、過去の自分。今の自分は金髪に染めてあるし後ろで束ねている。目の色も同じとはいえ、過去の自分よりも濃いだろう。
ただ目の前にいる少女は自分ではない自分だという直感があった。
思い浮かぶは一つ。目の前にいる少女の名をふと呟いてみる。
「――災禍の姫」
黒髪と藍色の双眸。それが災禍の姫の特徴だ。
確かに自分とは似ていると思ったが、まさかここまで瓜二つとは思わなかった。それも忌々しい事に、過去の自分と。
『妹の世界なんていらない。だから、全部壊すよ』
「な、何それ……」
自分に似た姿の災禍の姫は涙を浮かべながらいう。困惑して返すが、相手が口にするのは世界を壊すなどの破壊願望だ。
藍色の瞳は世界を恨めしそうにしている。涙ながらに語る世界に対する私怨には、所々妹を混ぜている。
災禍の姫、そう呼ばれるにはきっと妹の存在があったのだ。
想像に難くない事を思い描きながら、この空間の意味を考えた。
どうして目の前に災禍の姫がいるのか。
精霊決闘の行方はどうなったのか。
ミツキはどうなったのか。
『……ねえ、あなたもそうなんでしょう?』
突然、目の前の少女は語りかけてきた。
藍色の双眸には未だ涙を残し、訥々と語りかけた言葉に唖然として構える。
『あなたも世界が憎いのでしょう? 壊したいでしょう!?』
「何言ってるの!? そんなわけ……」
言葉が不意に強張る。少女の言葉を呑み込みそうになったのだ。
『だってあなたは私だもの。わかるよ。あなたのすべて、あなたの後悔』
少女は涙を浮かべたまま笑みを作っていう。
そのまま近づいてきて、肩を引き寄せ互いの藍色の瞳が見合う。
吸い込まれそうな藍色の瞳はこの世の絶望を詰め込んだかのように虚だ。油断すれば自分までそこに戻りそうな気がして恐怖感が押し寄せる。
『ほら、このまま委ねて。壊そうよ。あなたは私、私はあなた。大切な妹のために全部壊そう』
段々言葉に呑み込まれていく。
身体の先が急に動かなくなったみたいに、異常を感じる。
手先が黒く染まっていく。この空間に混ざって消えて、災禍に生まれ変わるような異質な感覚。
――そうだ……。もういっそ全部……。
――壊れてしまえ。
海底に沈んでいく。どこまでも深い、過去――。




