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運命は繋がり応えた

 黒龍・ファフニール。

 全身闇を覆ったような漆黒な鱗を纏う大型の龍。龍の特徴である翼や剥き出しの牙そして鋭利な爪がその凶悪さを物語っていた。

 精霊の中に龍種がいることをユウナは知っていたが、実際に相手することでその存在の大きさに身は本能的に竦む。

 それでも、背後で小刻みに震えるミツキを一瞥すれば恐怖だけは誤魔化せた。

――死ぬかも、なんて言うよりミツキのために前に出る。その思いだけが決闘に対する意欲であった。

 強烈な登場に、ユウナは虚勢を上げて意気込んだが冷静に分析を始める。

 彼女の派手な格好から想像だにもしないが、ユウナは場を見遣るだけの胆力は持ち合わせている。それに、判断する能力もある。

 彼女自身それは無自覚であるが、僅かな恐怖と緊張の中でもこの決闘で勝つ方法を模索しているのだ。

 敵わない、それは意識から消す。本能がそう訴えようとも、理性は本能を打ち消し前に出る。かつてないファンタジーを目の前にして、自分を奮い立たすように笑みを作った。

「相手がファンタジーならこっちもファンタジーでやるしかないっ!」

 と、ユウナなりの手立てを思いつき指を突き出して構える。

 ユウナの言動に、少し眉をひくつかせるアルメリアは反射的に構えの姿勢をとる。虚勢だと考えるが、ユウナが異人であることを配慮した上での反射だ。

 黒龍は依然動こうとしない。向かってくる様子もない。

 動くなら今だと、ユウナは突き出した指先に集中する。

「魔法はイメージ、魔法はイメージ……」

 魔法を初めて会得した時の文句をぶつぶつと呟きながら、頭の中に炎のイメージを鮮烈に描いていく。魔法はそのイメージが鮮烈なほどに鮮明な魔法が発現するのだ。だからこそ、魔法の根幹であるイメージは大事にしなければならない。

 そして、ユウナは詠唱する。

「食らえ! 私が数ヶ月でやっと覚えた炎魔法! フレイム!」

 大仰に述べたところで、指先にボンと爆発音と共に炎が灯される。黒龍の前で放たれた炎魔法フレイム。ユウナがまともに使える魔法、唯一である。

 音に戦いてアルメリアは一瞬、瞳を瞬かせるが次にユウナの指先を見たときに大口を開いて笑って見せていた。

「くふふ、なんだぁ貴様? 余興は必要ないですわよ?」

 炎魔法――フレイム。それは平たく言えば炎を現出する魔法に相違ない。魔法は一つの魔法から大きく応用を利かすのが一般的であり、熟練度を伸ばすことが魔法の真価にある。つまり、ユウナの覚えたてのフレイムは大きな音を出すだけで指先にただ小さな炎を灯すだけのまだ弱い魔法でしかないのだった。

「あれ?」

 自身で戸惑いながらも、焦りが出てくる。

 目の前の黒龍は小さな炎をでかい黒目で一瞥するなり、まるで嘆息するかのように鼻息を鳴らした。

「このデカ黒トカゲ、バカにしやがってぇ……」

「ふん、精霊とは知性があるから精霊なのですわ。貴様の阿呆な茶番にファフニールは呆れていますわよ」

 知性ゆえのあ然、と言うことらしい。精霊に知性がある事は事前知識もあったし、上空を悠然と旋回している闇妖精を見ればわかることだ。だが、ユウナから見て爬虫類のような黒龍が知性を持っている事はまさにファンタジーだ。

 不意に面が歪む。黒龍はピクリともしない。現実的な表現で言えば、大きな建物相手にライターを発火させたに過ぎない。つまり、無謀。

 大きな建物相手に拳を突きつけたり、足でなぎ払うなど現実的ではない。そこにファンタジーの力が適って打ち倒せるはずだった。目の前にいるド級のファンタジー相手には付け焼き刃の魔法を得たところでファンタジーと対等すらなし得ない。

 自分の不甲斐なさを実感する。

 ユウナは考えていた。どうして自分はここに来たのか。

 空想で描かれる『よくある異世界ファンタジー』。チートだろうが、なんだろうがそこに意味が存在する。意味があってからこそ物語は成り立つ。

 転生したからには世界に役に立つ力とか突拍子のない能力とか目覚めてもよかったのに、ここ数ヶ月過ごしたところで得たのは他愛のない魔法のみだ。

 ユウナにある特異な事は。異人であり精霊であり『災禍の姫』とやらに似ていることだけ。だが、それがこの窮地を脱する手立てにはなっていない。

 異人でも精霊でも、何の力がなければ意味はない。

 意味はなくともこの場を離れる理由にはならない。本能的に敵わないと悟っても、無理やり笑みを作って立ち向かう。

 動かない状況の中、嘲る声が響き渡る。

「なぁに? 手も足も出ませんか? まあ、当然ですわねぇ」

 アルメリアは見下した眼差しでユウナを凝視する。気品よく笑うが、ユウナから見れば気に食わない嘲笑である。

 ユウナの睨みを効かせた藍色の瞳を一瞥したアルメリアは怪訝な顔つきで続ける。

「こんなもの茶番なのですわ……。能力もない異人と仮契約したところで、その才覚を引き出せなければ茶番でしかありませんわ」

 嘲るように面を歪め紡ぐ。

「それともどうにかなると思ったのかしら、愚かな異人の精霊そして愚かな貴族ミツキ……」

 彼女が言葉を紡ぐたびに、ミツキの身体は震えていた。また視線を逸らすように地面に垂らす。

 側から見てユウナは、ミツキはあの傲慢な女に虐められていると思う。が、その二人の関係はより複雑なものであることくらいは察する事はできた。

 しかし、それを軽薄にこの場で言及するほどユウナは阿呆ではない。

 まるで鬱憤でも晴らすかのように言葉を次々に紡ぐアルメリアとそれを震えながらも耳を傾けるミツキの姿を見守った。

「逃げればこの状況が変わったかしら? ミツキ、貴様は立場を弁えていませんわね。逃げたところで貴様の肩書は変わらない。落ちこぼれの貴族というレッテルは剥がれない。その行き着く先は誰かに奉仕するしかありませんわぁ」

 淡々として語る言葉に、ユウナは押し黙って聞いていた。

「貴様は言ってましたわね。もはや遠い記憶の、私にとって煩わしい過去でしかありませんけど、いつか姉のような精霊術士になると」

 ポツリと漏らすように告げた言葉に、ミツキは肩を震わせた。

 その反応を嘆くように見下ろすアメリアは冷淡に続ける。

「あの時の貴様は目を輝かせて純朴でしたわ。純朴な目はいつしか虚になり、現実から目を背け逃げる始末……。分を弁えなさい。貴様は姉のようにはなれない。シイナの才覚は姉が全てを請負った。貴様は所詮シイナの出涸らし、その才覚は微塵も受け継いでいない」

 そして、彼女は冷酷に宣告した。

「そこの異人の精霊とまともに契約もできていない貴様が姉への憧憬を抱くなど滑稽――貴様は精霊術士になれませんわ」

 酷な宣告に、ミツキは涙を浮かべていた。

 空想を浮かべたところで、現実が非情な事はミツキ自身最も理解していることだ。それを改めて、王族の幼なじみの彼女から告げられることが痛苦な思いを募らせる。

 自分に才能がないことくらい分かっている。異人の精霊――ユウナと本契約できていないのはそれが枷になっているのだ。召喚していない精霊との契約のリスクを重んじての躊躇だ。全ての属性に嫌われ召喚できないミツキが、相性も伺えないユウナと本契約をして、術士として抑制できるかは未知なのである。

 最悪なリスクは相性が悪く、精霊自身の暴走という結末。ミツキはそうなった場合の抑制方法となる精霊術を扱えない。

 自分の力のなさを痛感する。そして、惨めにも思う。

 逃げようとしていたのは単なる逃避でしかなかった。その先に、未来や奇跡を願っていたわけではない。現実を見ようとすれば、その結果は見えていたからだ。

 才能ない貴族は、どこかの貴族や王族に嫁ぐか使用人などで雇われるのが一般的。その先がミツキを険に見ているアルメリアということだ。

 分かっている。分かっているが、結局逃避の真意というものは空想を抱き願っていたからなのかもしれない。

 その真実を押し隠し、事実として口にするアルメリアの言葉に涙を流す。

 夢は抱いても、ただただ儚い。無念が涙となって落ちる。

「落ちこぼれた貴族の生きつく先はわかるでしょう? 私はミツキに元幼馴染みとしての温情を示しているのですわ。誰か知らないどこぞの馬の骨より、この私に仕える方が幸せでしょ。ほら、さっさと降参しなさい。惨めな思いはもうしたくないでしょう」

 嘲るような視線がミツキを突き刺す。ミツキは面を怖ばらせながらもその面を上げる。その視界に、アルメリア・トウカの傲慢――かつての元幼馴染みとは思えない顔が映る。

 ミツキは苦痛を面に刻む。

 もうここまで、無意味な逃避を終える機会だ。

 涙を流しながら、自分の無力さを嘆く。後悔を秘める間もなく、自分はただただ無力であった。

 口先を震わせながら紡ぐ言葉を頭の中で描き発そうとする。その時、今まで黙っていた三者が割り込んだ。

「降参なんかしなくていいよ」

 ワナワナと身体を震わせていう三者がいた。異人の精霊ユウナだ。

 アルメリアに向けようとした視線はユウナへと向く。ミツキは自分の前に立ち、アルメリアに睨みを利かすユウナにふと自分の姉と姿を重ねていた。

「黙って聞いていればバッカじゃないの!? 才能がない? 惨め? どうしてそんなことしか言えないの!?」

 ユウナは怒りを全身であらわにして声を荒げる。

 その姿にアルメリアは面をしかめるが、ユウナの言葉を静かな様相を呈して耳を傾ける。

「あんたミツキの幼馴染みなんでしょ? 少しは優しく接したらどうなの?」

「……以前の話ですわ。それに私とミツキは王族と貴族ですわ」

「知るかっ、そんな些細なことっ」

 無知な一蹴に、アルメリアは腹立たしさを面に浮かべるがすぐに正す。

「人の幸せを勝手に決めるな! あんたのせいで泣いているんだからあんたといて幸せになれるわけないでしょ!」

「貴様は知らないのですわ! その女が泣いているのは私のせいだけじゃありませんわ。その女は、貴族として生まれ有能な貴族の姉を持ち自らの無能さに打ち拉がれ無様であることを自覚し嘆いているに相違ないわ」

「はあ? それあんたの勝手な想像じゃん。違うよ……、ミツキは夢を否定されているから苦しんだよ」

 ユウナの言葉に、ミツキはハッとして振り向く。

 アルメリアは理解できないという風に面を歪めた。

「本当にミツキを思っているなら寄り添わないと……、否定されれば嫌になるじゃん。あんたはやり方を間違っている!」

 まるで子育ての指針を進言する親のようなことを言う。ユウナの、その知ったような口ぶりにアルメリアは不機嫌そうにする。

「じゃあ、貴様は召喚すら為せないミツキに精霊術士の才能があると言うのかしら?」

 苛立ちを面に広げ淡々と言い放つアルメリアに、ユウナは無理やり笑みを作って言う。

「私がいる」

「……」

 アルメリアは黙殺する。

 ユウナは背後にいるミツキを一瞥する。その目には優しさが秘められている。だが、その面には隠しきれない不安があった。

 不安げに語った言葉は確証のあるものではない。自分なりに考え発したものだ。

「私は精霊。ミツキの精霊になれる!」

「だから何だと言うのかしら? 黒龍に傷一つもつけられない精霊が認められると思わないで欲しいわね」

「今はまだ勝てない。でも、まだ本契約が残ってんじゃん」

「……それはっ」

 その戸惑いはアルメリアだけなくミツキにも波及する。

 アルメリアは言及に戸惑い、ミツキは困惑し視線をユウナの方に向ける。ミツキの視線に気づき、ユウナは神妙に告げる。

「ミツキ、あんたは逃げたんじゃないよ。最後まで諦めなかったんだよ。精霊術士になるためのもう一つの希望――そして、ミツキは私を見つけた。私はミツキを見つけた」

 ユウナの言葉に、瞳を揺らして受け止めるミツキ。

 ――そう、ミツキはずっと精霊術士になりたかった。召喚を為せず自分の無力さに打ち拉がれ、誰からも認められないことに心を痛めていた。

 ミツキは疑問に思う。どうして、ユウナはこんなにも自分のことを思ってくれているのか。初めは、自分のことを妹と勘違いして追っかけってきた。ただ似ていたと言う関連だけで、彼女はここまでしてくれて思ってくれている。

 それに応えられない自分は何なのだろう、と卑下する。

「怖いんだよね、ミツキ」

 ユウナはミツキの心緒を読んでいるかのように語る。

「私も無知なわけじゃないからっ。精霊召喚で結ばない契約はリスクがあるんだよね」

 ミツキは不意に顔を硬らせた。

 ユウナとて精霊について全くの無知ではない。最小限の知識くらいは教会で教えてもらっている。ただ召喚で結ばれる契約と野良の精霊と結ばれる契約に差異があることは知っているが、そこにある程度のリスクがあることも知っている。

 けれども、そのリスクについて具体的なことを教えてもらっていない。

 ミツキを気遣うユウナだが、その恐怖はユウナにもある。それでも、この場を切り抜ける手段を思案した結果の打診であった。

 その場しのぎといえど、意味はある。

「精霊術士に夢見ているなら躊躇したダメだよ! 信じなきゃ、踏み出せない……」

 ミツキはユウナの言葉に逡巡する。

「姉に憧れているんでしょ? なら、私を信じて。あんたは自分を信じてっ」

 その言葉にミツキは気づかされる。

 こんなにも自分のことを信じてくれている。なのに、自分はまだそれを受け入れられずにいる。

 自分の前に立って、アルメリアと対峙するユウナの姿にミツキは徐々に心を動かされていた。

 憧れは消えることはない。姉に描いた願望はいつしか自分に重ねていた。そして、いつか現実のものになるものだと信じていた。

 夢は希薄に、儚く霧散していく現実から逃げてなお自分の中にある思いは消えない。

 ――信じる。

 とっても重い。姉以外でこんなにも接してくれる人なんていなかった。

 いや、目の前で事の成り行きを見守っているかつての幼馴染みもそのはずだった。

 ミツキは召喚ができないから術士として才能を見落としていた。自信をなくし、自分を信じれなくなっていた。

 術士への憧れは、姉への憧れは決して消えない。

 これは希望である。運命である。

 こんなにも自分を信じてくれているユウナを信じないのは愚か者である。

「ユウナ……私、精霊術士になりたいよ!」

「なれるよ! ミツキ、私に会ったんだから!」

「うん……!」

 ユウナの笑顔に応える。

「んじゃ、さっさと勝って笑って迎えようよ! 私は、ミツキの夢についていくから!」

 ミツキの決意に応えるように、目一杯の笑みを広げて宣言する。

 ――それに呼応するように、ユウナの身体に光が溢れる。

 光ではない微精霊だ。別の言い方では霊晶――それらはユウナを纏うように包んでいく。透明な光ゆえに、側からではユウナの姿を見失うことはない。

 ユウナは自分の体が熱くなっているのを感じ取り、これが本契約を示しているのだと案じる。

 ミツキの信じる気持ちが、精霊と術士としての契約を本当のものだと世界が認めたみたいだ。ユウナは思う。こんなに簡単なものだと、そして……。

 本契約した先が生易しいものでないことを思い知ることになる。

 ――妹を殺したこの世界が憎い……。

 ――誰なの? 体が動かない。考えがまとまらない……。

 ――この世界は窮屈だ。それならいっそ……、滅んでしまえ。

 誰かの言葉が脳内に響く。自分の声に似た言葉に、当惑示しながら視界が暗闇に覆われていく。誰かに乗っ取られていくような気味の悪い感覚。

 ――ごめん。ミツキ、美月、お願い。私を止めて。

 その時、ユウナの思案は消えた。

 暗闇の中で、どこかで見た病的にまで白い髪の少女が笑っていた気がした。その意識を残してユウナの身体からユウナは消失する。

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