無謀な挑戦
王都ヴァルセイト。いくつかの街が王都にはあるが、その中でもフェルト街は精霊術士のための学院や闘技場があることで知られている。
闘技場はその名の通り、腕試しをする場として活用されている。だが、名通りの利用はあまりなく月に何度かフリーマーケットを定期開催する場所として有名だ。
闘技場として利用するのは、騎士同士の正式な決闘であったりゲーテル学院から使用の要請がない限り本来の使い方はされないが、今回その活躍を示す時であった。
緊張を押し殺し、闘技場の控室からその舞台へと出るユウナ。その舞台は、まさに現代の教科書で見たことある中世のコロシアムのようであった。
ただ広い場所に心が竦む。ユウナの後ろを心許なさそうについてくるミツキは依然恐怖が顔色から消えていない。
向かいの奥を見るにも目を凝らさないといけないほどの広さなのに、やけに静かで不気味だった。
それもそのはずで、観客席となる舞台より高い場所にある座席には人が一人も座っていないのだ。
観客のいない闘技場。その静寂に、息を飲み込んだ。
すっかり緊張と恐怖に飲み込まれているミツキに声をかけようとした時、この静寂をものともしない声がそれを破る。
「逃げずに来ましたわね」
高慢な声が闘技場内を澄み渡って聞こえる。
突如聞こえる声に、反射的に眉を寄せるユウナ。それに反してミツキは肩を震わせ視線を正面から逸らす。
ミツキの方を一瞥するが、ユウナの藍色の瞳は向かい側にいる高慢な女性を見据えた。
その女性は、漆黒のローブを身に纏い中に制服を着こなしている。その胸元には鷹をモチーフとしたブローチを飾り付け、丈の長いスカートがその上品さを醸していた。
ユウナの瞳より薄い藍色の双眸には自信が宿り、この舞台の主役だと言わんばかりの豪鬼な色を含蓄している。
王族、アルメリア。かのアルメリア大国の王、その家系の一族である。彼女の名前はアルメリア・トウカ。
トウカは嘲笑を滲ませ観客席の方をチラと見て言う。
「呼ばれのない人がいますわね。ま、異人ゆえの配慮と言ったところですわね」
彼女の言葉の真意を探るように、ユウナも観客席の方を見てみる。
人気はなく大人数が収容できるその席は無論空席ばかりが目立つ。だが、四方に点在するように同じ格好をした人が数人見受けられた。
白色の装束と腰に備えられた剣。これだけでも、騎士の関係者だと言うことがわかる。彼らの存在に疑問を抱くが、ユウナは再びトウカに睨みをきかせた。
物怖じしないユウナの態度に、トウカは険を顕にするがため息をつくことで怒りを収める。
「王族と貴族と決闘するなんて珍しいですからね。これは試験ですが、本当の決闘らしく形式を組みましょう」
彼女は不敵な笑みを浮かべ、懐から細長い杖を取り出す。
トウカの行動に、思わずユウナは拳を上げて構える。が、彼女はそれに嘲笑を浮かべながらも続けた。
杖の先を虚空で走らせる。すると、杖の先がまるでペンの先のように淡い紫色の模様が虚空に描かれる。
そこに書かれたのは小さな魔法陣。まず円が描かれ、その中に幾つかの星形の模様が描かれ完成する。そして、トウカはこちらから聞き取れない呟きを素早く発し、魔法陣に向かって杖を持たない別の手を近づけ、その指先を杖で傷つけるように裂いた。
ユウナは突然の自傷行為に驚くが、ミツキはその意味を理解しているようで視線を狼狽させていた。
杖の先で傷つけた指先からは一滴の血が、杖の横切りの動きに対応するように描かれた魔法陣に吸い込まれていく。と、魔法陣は紫色に発光し始めた。
「な、何!?」
声を上げて驚くユウナ。目を見開いて、その行方を思わず見守る。
虚空に描かれた紫色の魔法陣から段々と光が外へと放出されていき、形をなしていく。光は集まり、合わさって、そこに生物としての姿をあらわにする。
小悪魔のような黒く革のような翼を腰から生やした小さな少女――この場合の小さいとは見たままのことで、それは人型ではあるが普通の人間の顔一つ分の体躯しかない。
その小さな少女はこちらに不敵な笑みを浮かべたと思ったら、トウカを見て敬うように首を垂れて、トウカが彼女を誘うように出した掌の上に小さな素足を着地させる。
「トウカ様、お呼びでしょうか?」
小さな少女は紫紺の瞳を瞬かせて、主人であるトウカに敬服をあらわにしてそう問う。
「ええ、これから精霊決闘を行うのですわ。セナにはこの決闘の審判を任せたいのですが、よろしいかしら?」
「勿論です。が、その相手は私でなくていいと言うのですか? きっと、私でもあの落ちこぼれの貴族を相手にできると思うのですが、今更手に入れる精霊なんてたかが知れています」
小さな少女はわざわざこちらに嘲るようにして言う。
それをユウナは聞いていないわけではなかったが、目の前で起こる非現実に口をパクパクさせていた。
虚空に描かれて、そこから人間サイズではない小人サイズの羽の生えた少女が現れて驚かない訳が無い。
不可思議な光景は今に始まったことじゃないが、精霊が現出され視覚的に見るのはまさに不可思議であった。
ユウナは、まるで観光にきたみたいにミツキに問いかける。
「ね、ね、あれなんなの? 小さいし浮いてるんだけど!」
どこか興奮めいて尋ねてくるユウナに気圧されるミツキは、戸惑いながらも端的に答えて見せた。
「精霊の一つで妖精……、彼女が召喚したのはその中でも闇属性の妖精だよ」
と、声を震わせながらも丁寧に教えてくれる。
精霊に属性があることは教会で教授を受けている時に教えてもらっているため頭の隅におさえている。また改めてミツキから聞いたことで精霊には三種類と例外の一種があることも思い出す。
妖精、聖獣、龍の三種とユウナのような異人の一種が精霊の分類とされている。
その中で妖精は自然を操り狡猾さがあると言われているが、その見た目にユウナは余裕を見せる。
「あれが相手なら余裕じゃね」
根拠のない自信に、ミツキは肩を竦める。
ユウナの余裕めいた発言を聞き逃さなかった闇妖精のセナは不意に面を歪めてこちらを睨む。が、小さな眼光の気配にも気づかないユウナは楽観的だ。
「トウカ様、やはりここは私があの女を私の手で……」
「そう急いてはいけないわ。あの女は下品で失礼極まりない存在ですが、異人。今のあれは脅威ではありませんし、セナでも難なく勝利できますわ。王としての余裕を示すのも構いませんが、あの自信を打ち崩すには絶対的な力を見せつけるのが効果的なのですわ」
そう言うトウカの双眸が厳つくユウナの方を一瞥した。
闇精霊のセナは少し不服そうに面を歪めたが、彼女の言葉を呑みこみ頷いて承諾する。
「……でも、闇精霊じゃないよ。精霊決闘で出す精霊は」
ユウナの余裕に、強張りながらも咎めるミツキ。
「じゃあ、あれなんなの?」
「審判用じゃない……かな。精霊決闘は本来騎士が仲介役として間に入って仕切るんだけど、これは試験で相手が監督だから……」
訥々と説明するミツキ。
ユウナは説明されても半分も理解できていないが、彼女の中でかいつまんで言うに、この決闘は相手の横暴で始められたものであり形式に乗っ取らないもの。そう解釈する。
観客はおらず、不敵な騎士が監視するようにいるこの場。観客席にいる騎士がどのような動きをするかは判然としないが、今現在この精霊決闘はアルメリア・トウカの独壇場と言える。
審判用に出されたとは言え、相手の精霊だ。
ユウナは不意に険な視線をあげる。その視線に気づいたトウカは嘲笑を面に刻み、顎でセナに指示する。
セナは小さな頷きを見せると、黒革の羽を羽ばたかせてユウナの方に近づいてきた。
「おい、お前! 今、不正をするのではないかと疑ったな?」
「わっ、こっち来た」
セナが近づいてきたことに驚いて少し興奮して返す。
「話聞けっ」
「そりゃあ疑うに決まってるじゃん。ミツキをいじめるあんたらのことなんかさ」
「そんな無粋なことをしないっての。王族だぞ!」
「王族だから信用できないんじゃん!」
ユウナとセナは互いに睨みを利かせ言い合う。押し問答になり、終着点の見えない中、トウカが横槍を刺す。
「王族だからこそ神聖な儀式に水を差す真似はしませんわ。最も貴様達が私に勝つことなんて万に一つもあり得ないですわ」
彼女の一喝に、セナは黙って横目でユウナの方を見る。
ユウナはイマイチ納得いかない様子だったが、渋々受け入れることにした。
セナはユウナにベロを出して馬鹿にする態度を取って、上空に舞っていく。彼女は闘技場全体が見渡せる位置まで飛行すると、紫紺の瞳がトウカに向かって合図を送る。
「ミツキ、貴様は学院から逃げてどこへ行くつもりだったのかしら? 逃げても行き着く先は変わらない。落ちこぼれた貴族は嫁ぐか使用人となるかですわ。折角、この私が幼なじみの縁で才能ない貴様を養ってあげようと思ったのに……」
残念そうな顔つきで、杖を構える。
トウカはローブを脱ぎ捨て、制服姿があらわになる。
制服はミツキと変わらないゲーテル学院指定の白を基調とした制服である。ただ胸元にブローチが飾られており、王族たる気品さを示していた。
彼女はスカートを翻して、高貴な眼差しを向ける。
「貴様は逃げるべきではなかったのですわ。こんな戦い、貴様がただ惨めだと識るだけですわ!」
その言葉を皮切りに、杖の先を地面に向ける。
先ほど虚空に魔法陣を描いて見せたように、今度は地面に大きな魔法陣が掘られる。杖を虚空で動かすだけで、それに従うように地面に魔法陣が掘られるのだ。
ユウナはピリつく緊張を感じる。今まで余裕を顔に見せてきたが、ここにきてトウカの威圧を感じ取った。
場に生まれた緊張感をいなすように、ユウナは小声で呟く。
「……できる。うちなら……」
久しぶりに、その言葉を口にする。
震えた身体をごまかすように、決意を込めた。
そして、ミツキの方を一瞥する。
(本当、美月に似てるなぁ……)
弱々しく自信のない瞳。誰かが守ってあげなくては消えてしまいそうな儚さがそこにある。
彼女を構おうとするのは、妹に似ているからだ。だが、今はそれよりも相手の理不尽さに苛立ちが勝る。
身に覚えのある理不尽さ、そして横暴さ。どこかで自分の過去と重ねていた。
その境遇が、自分の実の妹の美月とここにいるミツキと似ているのだ。
「絶対、あんたを笑顔にしてみせるから」
「……?」
ミツキは不安げに首を傾げた。
ユウナの言葉は後悔である。本当の意味に向けていた言葉を、彼女に変えて覚悟を決める。覚悟を決めた藍色の双眸が睨みをつける。
ユウナの精霊決闘に対する決意に応えるように、トウカが低く唸りをあげて笑う。
「私と同じ藍色の瞳……貴様が異人なければ私と同じどこかの王族だったかもしれませんわね。ま、それも蛇足。これからの決闘が貴様らの処遇が決まる」
「それはあんたもよ! あんたが負けたらミツキに謝ってもらうからっ!」
「なら、やってみなさい! 異人風情がぁ!」
彼女の叫びに呼応して、地面に描かれた魔法陣が紫色の発光を見せる。
トウカは杖を乱暴に投げ捨て、懐から小瓶を取り出した。
小瓶の中には赤い液体が入っている。それをトウカは蓋を開け、紫色に発光する魔法陣に中身全てを垂らした。
「何しているの!? あれ!?」
「闇妖精を呼び出したように、闇属性の生贄になる血を代償に召喚しているの……」
ミツキは声を震わしながら説明してくれる。
「でも、あの大きさの魔法陣それに代償……、トウカが契約している精霊は……」
ミツキの中で最悪の予想が過ぎる。
魔法陣から離れる光は強くなり、その後ろに立つトウカは不敵に面を歪める。
「貴様の威勢も余裕もここまでですわ! 無謀な試みは虚しく霧散し後悔することになる!」
突如、光は輝いて正面を遮る煙となる。煙は大きく、闘技場の半分を覆うようにして現れる。
「ミツキ! 私はアルメリアの王族、王族には王族に相応しい精霊があるのをご存知でしょう!?」
煙は晴れる。巨大な影がそこにあらわになった。
獰猛な牙を剥き出しにした巨大なトカゲのような生物――精霊。堅い鱗を纏い黒色のそれは不気味な光沢を見せている。
地面に鋭い爪が食い込みその地に降り立つ姿はまさに巨躯なる怪物。いや、龍。
熱い吐息が微かに獰猛な口先から漏れ、こちらにまでその息が届く。その龍はこちらに気づくとけたたましい雄叫びをした。
「黒龍・ファフニール! 手間はいらない。この茶番を速攻で終わらせなさい!」
規格外の精霊の登場に、思わずユウナは足を竦める。
だが、怯えてはいけないとユウナは震えをいなして前に出る。
ユウナは恐怖も震えも押し殺して言う。
「上等じゃん!!」
無謀な精霊決闘が始まる。




