運命への挑戦
フェルト闘技場――その待合室にてユウナとミツキは出番を構えていた。
ユウナの表情は丸っ切り楽観的で、これから決闘を行うような緊張感は微塵もない。反面、ミツキといえば緊張もあるだろうがその面には恐怖や絶望を混ぜ合わせ秘めていた。
逐一、ユウナがその様子を気にして肩を抱く姿や頭を撫でる姿が見受けられるが一向にミツキの顔は重く晴れない。
ミツキの重い表情にあぐねている内に、待合室から外への廊下へ続く扉が開き、人が入ってくる。
「ユウナ、もうすぐ始まるぞ。心の準備はいいか?」
獣の耳を頭部に生やした凛々しい面差しの女性、ヒエナだ。
彼女は一度、闘技場にユウナとミツキを連れて行った後に一度役所のほうに戻っている。それから再びここに来た。
心配で様子を見に来たヒエナに、ユウナは満面に笑みを浮かべてうなずいて見せた。
「私は大丈夫だけど……、ミツキが……」
と、いつまでも震えているミツキの方を一瞥する。
ヒエナも心配そうにミツキの方を一瞥し、何かを発そうとするがその前に彼女が出てきた扉からもう一人出てきた。
入ってきたのは真っさらな修道服姿の女性だ。優しげな面差しの印象を受ける、まさに母のような眼差しの彼女はアリア=マリッジだ。
レヴァン教会フェルト支部の聖母であり、ユウナがよくお世話になっている人物。
彼女の存在に気づき、ユウナは慌てて一礼する。ミツキも彼女に気付いて、目を伏せながらも最低限の礼を見せた。
「本当に精霊決闘があるのですね」
嘆くようにいう。アリアはユウナのことを少し悲しげに見つめていた。
「アリアさんも来てくれた。というより呼んだのだが」
「なんで呼んだの?」
些細な質問をヒエナにぶつける。すると、代わりにアリアが答えた。
「精霊術士について話せるのが私しかいないからですよ」
「はーなるほど」
感心して見せるが、その真意は全く理解していないユウナ。
アリアはミツキとユウナを交互に見合わせる。ふんふん、と頷きながら見定める素振りをして彼女はキッパリと言い放つ。
「あなたシイナ・ミツキですね」
と、彼女はミツキに会話を振る。
ミツキは突然の指名に戸惑いながらも、目線を狼狽させ返答する。
「な、なんですか……」
「シイナさん、このままじゃこれからの精霊決闘負けます」
それは残酷な宣告だった。ヒエナもユウナも驚いているが、ミツキだけはその意味を理解しているようで、不自然に目をうつむけた。
「何それやってみなきゃわかんないじゃん!」
アリアに反抗するユウナだったが、彼女の見た事のない鋭い一瞥を前にして口を噤んでしまう。
「シイナさんわかっているのでしょう。ユウナとの契約はまだ不完全ということ」
「ど、どういう事ですか!?」
その反応を示したのはヒエナだった。
ミツキは肩を震わせる。が、反論も言及もしなかった。
不意に、アリアはミツキに対して呆れたように面を伏せて口にする。
「例えて言うならば、お互い糸を渡していない状態なのです」
場に緊張が走る。精霊決闘前に、聞かされる事実にみなが耳を傾ける。ミツキだけが現実から背くように、アリアから視線を逸らしていた。
「今はユウナから一方的に糸が伸ばされている状態、つまり仮契約と言う事です」
「それじゃあ……」
ユウナは当惑を面に刻みながらも、視線がミツキの方を向く。
追求の視線がミツキに集中する。ミツキは以前、沈黙をちら抜いていたが、視線に負けて訥々と話をする。
「召喚できない私が契約だってできないよ……」
「……自信のなさのあらわれですか」
アリアは嘆息した。
「アリアさん、契約とはどう言う風に行うものですか? 私はユウナがシイナに触れた瞬間、お互いの合間に光が生まれたのを目撃したのですが……」
ふとヒエナが疑問を口にする。
「精霊召喚と同様に円陣を描いた上で契約をするのが通常ですが、異人相手だと円陣なしでも契約と同様のことが発生するようです……、あなたが目撃した光は間違いなく契約の痕跡でしょう」
アリアの丁寧な説明、そしてヒエナの疑問に対する肯定。して、ヒエナの中に疑問が残る。
「あれが契約の証だというのに、今はまだ仮契約ということなのですか……」
「そうですね。先ほども申した通り、一方的な糸を伸ばしている状態、契約を望んだのはユウナだけとなります」
アリアの目が、一度ユウナとミツキの合間を見た。
妙な沈黙が流れる。ユウナも場に倣って難しい顔つきを作るが、内心事の重大さに気付いてはいない。
沈黙を破くように、ヒエナが核心めいたことを口にする。
「仮契約では王族を相手に太刀打ちできないのでしょうか?」
アリアは一間を置いて答える。
「仮契約だと精霊としての力は目覚めません。精霊の力を引き出すのは術士の本意、術士からの仮契約ならまだしも、ユウナからの仮契約では契約以前と差異はありません」
彼女は断言して見せた。
ヒエナは深刻な面で受け止めるが、ユウナは依然楽観したように大丈夫と連呼していた。
ミツキは憂鬱そうに面を伏せ、事が何事もなく終わるように祈っていた。
「……あなたシイナの次女ですよね?」
不意に、アリアはミツキに問いかける。
ミツキはアリアのことが苦手なのか。振り向かずに、首だけを頷かせて見せる。
「あなたの姉は有名な精霊術士――それが重荷になっていませんか?」
アリアの真意をついたような台詞に、ミツキはチラとこちら見る。
「あなたはあなたの姉にはなれない、あなたは」
そう言葉が続こうとしたときに、ミツキは涙を浮かべながらアリアに向き直り糾弾する。
「あ、あなたに私の何を知っていると言うんですか!?」
初めて聞くミツキの大声に、辺りは驚いた。それ以上に、彼女は感情を爆発させていた。
「お姉ちゃんの風が好き。優しくて涼やかな風で、お姉ちゃんはいつも私を励ましてくれていた……。私もいつかお姉ちゃんのように、優しい精霊術士になるんだって、そう思っていたのに……」
ミツキの面はぐしゃぐしゃに崩れていた。
ただただ泣き崩れ、自分のことを責めるように悔しくてしょうがない。
「……召喚陣は応えてくれなかった。全部を試しても私の前に夢は現れてくれなかった」
彼女の悲痛に、アリアは小さく息を吐いて優しく面を作る。
「あなたが姉のようになりたかったのはわかりました。けれども逃げていても仕方ありません。あなたが本当に精霊術士になりたいなら、信じなさい。精霊術士の本意は『繋がり』です」
「繋がり……?」
涙を浮かべたミツキが言葉を反芻して疑問する。
「ええ、そして運命です」
アリアがそう告げた時、ユウナはすでに動いていた。
泣きじゃくるミツキをそっと抱きしめて、まるで姉のように笑みを浮かべて言う。
「すごいなぁ、ミツキの姉ちゃんは……。そんなすごい人の代わりはできないけど、ミツキを笑顔にするために頑張るね」
「ユウナ……」
ミツキは初めて彼女の顔を見て名前を口にする。
「召喚陣は応えてくれなかったかもしれませんが、あなたの目の前に現れた運命は応えてくれようとしています。あなたがそれを信じた時、きっと拓けるでしょう」
アリアがそっと口添えするように言った。
「精霊術士だっけ? あんたがなりたいなら私はミツキの精霊になるし、なんたら決闘にも勝ってあげる! そしたらミツキは笑ってくれる?」
「え……?」
ユウナの言葉にミツキは当惑する。
「笑顔! 私はあんたの笑顔が見たいの! 女の子は笑顔じゃなきゃ!」
と、ニカっと歯を出して笑う。
「おい、ユウナ! 勝つってお前そんな簡単に……」
ここで、ヒエナが心配して横槍を刺す。
「大丈夫って、要するにあの傲慢女をぶっ飛ばせいいんでしょ。一度やってるから大丈夫っしょ」
「一度!? お前今一度って?!」
ヒエナはユウナが一度アルメリアを殴っていることを知らないため、大袈裟に驚愕して見せた。
が、ユウナはそれを無視して続ける。
「んじゃ、ミツキ。怖いなら後ろで見てるだけでいいよ。私があんたのために頑張ってあげるから」
「な、なんで初対面の私にそこまでしてくれるんですか……?」
ミツキにとって当然の疑問だった。
自分の妹に似ているからと追いかけてきて、アルメリアに責められているミツキを見た彼女は庇ってきて。どうして、自分なんかにここまでしてくれるのだろう。
その疑問を、ユウナは不思議そうに首を傾げて答える。
「なんでってもう友達だからじゃん」
「友達?」
口馴染みの悪い言葉を繰り返す。
「そ、友達のために何かしてあげるのがフツーでしょう?」
ミツキはまだその意味をしっかりと呑みこみきれてはいなかった。
必死に咀嚼して飲み込んだところで、その意味がミツキに伝わらない。けれども、どこか胸奥がじんじんとしていて、ユウナにひきこまれる自分がいた。
どうしてなのか。今はまだわからない。
闘技場の舞台へと続く扉から、全身黒ローブを包んだ者が無粋に現れて業務的に告げてきた。
「精霊決闘のお時間です」
その宣言に、辺りに緊張が走る。
ミツキの恐怖の横顔に、ユウナは頭を撫でて慰めて言う。
「うん。じゃ、みんな私勝ってくるから」
「お前本当に……」
ヒエナはもう呆れて言葉が出てこなかった。
アリアは何も言わずに、目配せで無事を祈っている。
「心配しなくていいよ。大丈夫、大丈夫だからっ」
その言葉はミツキだけなく、自分にも言い聞かせる言葉だった。
黒ローブ姿の者に誘われ、ミツキとユウナは精霊決闘の舞台へ足を踏み入れる。




