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始まった運命

 弱々しい双眸と小さな音にさえ反応する小動物のような容姿。それがユウナの知る妹、美月の形で目の前にいる少女と瓜二つだった。

 ユウナの知る妹と似た少女はすっかり怯えてこちらに視線を合わせず逃げるタイミングを伺っているようだ。

 そんな彼女の様子を他所に、ユウナは詰め寄って凝視する。

「どうしてここに?! ミツキだよね? うん、ミツキだ!」

「な、何言っているんですか……? 大体、私ミツキなんていう名前じゃないです……よ」

 説得力ない言い回しで、ユウナとの会話を避けようとする少女。その姿はユウナの知る妹ミツキそのもので彼女が喋るたびにユウナの中でその面影か重なる。

 逃げようと路地の奥にある大通りに目線を浮かすミツキらしき少女との距離がさらに近づく。ユウナはすでに彼女に夢中だ。

 ユウナの積極性と不躾な距離に、ミツキらしき少女は困惑を極めているが徐々に諦めてユウナの方を見始める。

 目の前にユウナのマジマジとした藍色の瞳が向かい合い、緊張をするミツキらしき少女。彼女は戸惑い気味に、疑問を切り出した。

「あ、あなたは誰ですか……?」

「誰って、お姉ちゃんのこと忘れちゃったの?!」

 食い気味に反応する。

 姉という言葉に、ミツキらしき少女は疑問符を浮かべたように面を傾ける。

「お姉ちゃん?」

 という問いかけに、ユウナは素早く頷き視線をじっと逸らさない。

 数秒ほど、彼女の中で思慮が巡った末に感想のようにいう。

「私の知っているお姉ちゃんはあなたみたいに阿呆っぽい顔じゃないです……」

「そう見えるかぁ」

 漫才のような返しをするユウナ。おでこに手を当て、そうかぁなんて思うが彼女の言動から本当に自分の知っている妹のミツキとは別人のようである。

 しかし、目の前にいる少女の面影はユウナの知るミツキと瓜二つで現実的な思案を考慮しても、目の前の少女の姿を信じられない。

 まさか妹まで異世界転生したか、なんて思うが流石にその思慮は切り捨てた。

 と、今度は目の前の少女がこちらをじっと見てきた。

 妹似の彼女から見つめられるのはドキドキする。赤色の瞳で、どこか弱々しい小動物らしさが愛らしい仕草に見えて照れてしまう。

 妹似の少女は数秒凝視した後、何かに気づいたようにハッとする。そして、後ろめたそうに視線を背後にそらした。

「どうした?」

 若干猫撫でっぽく尋ねる。

「い、いや……なんでもないです」

「えー何ぃー」

 と、追求するユウナだが、少女はユウナに聞こえない風にさっきの人だ、と小言を漏らしていた。

「んー、やっぱりミツキだなぁ。めっちゃ似てるんだけど」

「めっちゃ? ってよくわからないですけど、私はミツキじゃない、ですよ」

「ホント?」

 否定をする少女だが、視線をそらし目を合わせようとしない。嘘をつくにも下手すぎるが、ここで迫ったところでまともな回答を得られそうにない。

 どうにか彼女がミツキであるかを確認したいユウナ。思案を浮かべるが大した案は浮かばない。

 その時、スカートのポッケから振動が身体に伝わる。

 一瞬、身体がびくついて何事だと思う。ポッケに手が自然と伸びてその元を手に取りみる。

「あ、連絡石が光ってる」

 手の中で緑色に発色しているのは魔石だ。魔石の中でも特殊な部類で、ユウナが呟いて言った連絡石と呼ばれる物である。

 ユウナの中では不便なケータイという解釈で、不便だというのはこの連絡石で話せる相手はこの連絡石と同調させた連絡石の一つとしか連絡が取れないからである。

 複数を相手に使えず、対になった連絡石同士でしか連絡できない。さすがに、この異世界で現代と同様の文明を求めるのは些か傲慢であるが、それでも離れた位置からでも話せる手段があることには驚いた物だ。

 連絡石の発光は受信を示しており、それを耳にあてが声を発すると通話できる。

 ユウナは通話を取る前に、ミツキらしき少女の方を一瞥した。

 彼女は逐一、逃げるような素振りを取るため、ユウナは彼女の右腕を掴み捕まえておくことにした。

 彼女は抵抗をするが、思っている以上に非力で通話をしながらでも抑えられそうだった。

 小声で、ちょっと待っててと言って通話に出る。

「何―?」

 気の抜けた声で応答すると、連絡石から声が返ってくる。

『ユウナか? 今どこにいる?』

 その声の主――ヒエナは凛とした声色で、少し焦ったようだった。

「どしたの? 今は、教会から離れてー、路地?」

『路地? どうしてそんなとこにーーまあ、いい。今、フェルトに戻っている。ちょっといろいろ問題があってね』

「えーなんかあったの?」

 と、聞き返すユウナに危機感はない。

 連絡石の向こう側で、呆れたような吐息が聞こえる。その相手は、それを考えないで続ける。

『人を探していな。どうやら学院を抜けて街に出たらしいんだ』

「人―? どういう人?」

『黒いローブ姿で、茶髪の赤色の目をした少女だ。人探しはいいんだが、問題は王族の少女が街に出ているらしくてな……』

「はあ……」

 話半分に聴きながら、ふと横目でミツキらしい少女を見つめる。

 そういえば、この子もヒエナのいう特徴に合ってるな。なんて思うが深くは考えなかった。

「王族? ってのが街に出てると問題なの?」

『普通は問題ないんだが、君が遭遇すると面倒なことになりそうだから』

「何それ」

 と、微笑気味に返す。

 不意をついた微笑のせいか。ミツキらしい少女を掴む手が緩み少女はそのまま路地の先へと逃げて行ってしまう。

「あ、やば! 逃げた!」

『逃げた? 君、誰かといたのかーー』

 ヒエナの言葉も虚しく。ユウナの意識は少女の方に向き、持っていた連絡石を手放し追っていく。

「待って! ミツキ!」

「ミツキじゃないって言っているじゃないですか!」

 路地を抜けていくミツキらしき少女の後ろ姿を追って、ユウナも路地を抜ける。

 抜けると外の明かりが一層強くなって迎えてくれる。まどろみに揺れながら、不意にユウナは何かにぶつかってよろける。

「いたっ、何……」

 正面に視線を向けると、ミツキらしい少女が途端に足を止めていた。

 心配して声をかけようと思うが、それは三者の声に邪魔をされた。

「今、下品な声がミツキの名を呼ぶのが聞こえなかったかしら?」

 傲然とした言い様が場を鎮めるように響いた。

「はい、聞こえましたトウカお嬢様」

「ええ、聞こえましたねトウカお嬢様」

 同じような声質の二人が同じように応えた。

 ここでユウナは場の異質を感じ取る。

 大通りに出れば、ある程度殷賑な空気が出迎えるのが普通だ。それがないのも違和感だったが、大通りを出歩いている人は道を避けるように建物側に身を寄せていた。

 彼らの視線は一様にユウナの方を中央として見上げている。

 不審に思うユウナ。次に、視線は傲然な声を響かせた主を探す。

 路地を抜けた大通りの真ん中に、我がものと言わんばかりに黒馬をつけた馬車が停まっていた。

 黒馬は乱暴な鼻息を鳴らし、周囲を威嚇しているように見える。その立ち振る舞いは粗暴であるが、毛並みは上品に靡かせ猛々しいたてがみは堂々としたものを感じる。

 まさに、馬車に乗っている傲然とした口調の女を表しているかのような黒馬にユウナは不意に面を歪めた。

 馬車の乗車口の前に、二人の女性が姿勢良く並んで立っている。

 二人とも似たような顔立ちだ。メイド服のような姿。ショートの赤髪で、前髪を左右逆で各々分けており、他の違いは瞳が鋭いか柔らかいか、の違いだけだ。

 二人は視線を揃えて、こちらの方をみる。正確には、ユウナの前にいるミツキらしい少女の方だ。

 それを横目で確認したユウナはミツキの方を再び見た。

 彼女の顔つきはどこか絶望めいていて、馬車の方をみようとしていなかった。

 声をかけようと手を伸ばしたその時に、馬車の扉は音を立てて開かれる。

 カツカツ、と備え付けの階段を悠然と降りる足音が聞こえた。

「全く手を煩わせて、まさか学院を抜け出すとは思わなかったわぁ」

 端正な声だが、傲慢な特徴が含蓄されている。品性に見えて、上から目線の台詞回し。

 悠々と、その足を地につけた彼女はまさに豪奢な佇まいをしていた。

 片手には煌びやかな装飾を施した扇子をひらひらと舞わせ、整然と長く靡かせる金髪を揺らしている。

 その眼光は藍色で自信の現れが宿っていた。

 お姫様――という言葉よりは王女様と揶揄した方が正しい風貌を前にしてユウナは険しく面を歪ませた。

 ユウナの存在を一瞥もしない王女のような少女はミツキの方を凝視していう。

「まあ、これで従者になる決心はついたでしょう。この時間はその間として受け入れましょう」

 所々に微笑をなじませ語る。

「さあ、ミツキ。観念してアルメリアに……」

 会話を遮るように、ユウナがその間に身体を割り込ませた。

 無視していた存在に、視界を遮られた王女のような少女は眉を吊り上げる。

「なんだぁ? 貴様?」

「私、ユウナ。ねえ、この子嫌がってる風に見えるんだけ、あんたいじめてない?」

 ユウナは律儀に名前を名乗り、一息で思っていることを言った。

「いじめているように見えた? それは貴様の勘違いですわ。これはその女が招いた結果。貴様にどうこう言われる筋合いはない」

 ビシャリと高圧的に言い張る王女のような少女。

 幾分腹立たしく眉が上がり、身体が前のめりになる。だが、そこを後ろにいたミツキと呼ばれた少女がユウナの片腕を掴んで止めた。

「や、やめて、いいの! だ、大丈夫だから……」

「…………」

 ユウナはじっと彼女の横顔を見る。視線は定まっていない。こちらを見ずに、そういう。そこに説得力なんてなかった。

 王女のような少女の方を一瞥すると、彼女はミツキと呼んだ少女を物分かりのいい小動物でも見るかのように面を柔和にさせていう。

「それでいい。この私に逆らうと何が起こるか、よくわかっているじゃないの」

「……へー、逆らうと何が起こるの?」

「それはもう恐ろしいことですわ。だから、貴様はさっさとこの場からーー」

 その出来事は一瞬だった。

 この場の誰もがその出来事を想定できなかった。

 地面を激しく擦る音が鳴った。砂埃が舞った。その前に、強く打付けたような音が短く響いていた。

 辺りは唖然と恐怖を一緒くたにひしめかせる。

 馬車の乗車口の前で立っていたメイド服姿の二人は一斉にその場所へと駆け寄る。

「大丈夫ですか!?」

「大丈夫……」

 似た二人は別々の口調で心配そうに声をかける。

 当の本人は、よろめきながらその場を立ち上がり何があったのか状況把握にしばらく時間をかけていた。

「き、貴様……この王族の……アルメリア・トウカの柔肌を殴るとは何事かしらぁ!!」

 ――そうユウナは王族、アルメリア・トウカを殴ったのである。

 ユウナは右ストレートで見事にトウカを地面にまで飛ばした。王族が殴られる、なんていうありえない光景に、この場に言わせた民衆が口に手をあてがって唖然としている。

「ごめんけど、殴ったんじゃない。ぶっ飛ばしたの」

「つまらない誤差ですわぁ!?」

 憤怒のトウカを前にして、ユウナは冷静だった。

 その後ろにいるミツキと呼ばれた少女は焦燥を面いっぱいに広げてユウナの腕を掴みいう。

「ど、どうして!? こんなこととしたらあなた……」

「いいの。後悔してないし、ぶっ飛ばしたかったからぶっ飛ばした。それだけ」

「どうして……」

 彼女は嘆くようにいう。

 ユウナは大きく息を吐いていった。

「あんたが苦しそうだったから、それでいい?」

「え……?」

「言ったじゃん。あんた私のよく知っている妹に似てるんだって……。ま、あんたが妹じゃなくても、そんな苦しい表情してたらやるしかないって思うんだよね」

 ユウナの理屈に、唖然とするミツキと呼ばれた少女。

 その瞬間、二人の間に淡い光が生まれた。

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