学院の異変
ヒエナが学院の状況に肝を冷やしている間、ユウナは気楽だった。
ユウナは意気揚々と学院の庭を見て周りに飛び出して行ったわけだが現在――雪のような白い物体を追っていた。
突如目の前に現れた雪のようにふわふわと舞う物体に、目を奪われ誘うような仕草を疑うことなくユウナは追っていた。
搬入口に戻ってここの食堂が利用できないか打診しようとしていた思慮は霧散し、目の前の謎の雪に思慮は持ってかれた。
まるで蝶々でも追いかける無邪気な少女になって、不思議な物体に心奪われる。
待て待て、なんて言葉が口を突きながら捕まえようと手が伸びる。が、その寸前で雪みたいなそれは雪らしく空気に溶け込むように消えた。
唖然とするユウナ。我に返って周りを見ると殺風景な花畑にいることに気づく。
殺風景な花畑――なんとも、倒錯的な表現だが色味の悪い暗色だけが萌える花畑は殺風景といって差し支えない。
自分の場所を確認するために学院の建物を目印とする。どうやら建物を見ると搬入口から近い位置にいることが分かる。
それほど離れていないことを知り安堵する。
先ほどの雪みたいな何かの正体は気になるが、我に戻ったユウナは足早に搬入口の方へ戻るのだった。
その途中、不意に声をかけられた。
「おい、お前この学院の生徒じゃないだろう」
驚いて後ろを振り向くと、訝しげな眼差しでこちらを見る青黒いローブを羽織った男がいた。
ツンツンと尖ったような短い髪で、強面な印象を受ける。身長もそれなりに高く、体格も脂肪より筋肉で固められたような姿。それらを一言で表現すると体育会系みたいな人だった。
ローブを羽織ってることで体育会系八割文系二割といった感じだが、面倒なのに目をつけられたのは間違いない。
露骨に視線を逸らすと、体育会系の男はじろじろとこちらを見て近づいてきた。
「どこから入ってきた? 学院には許可がないと関係者は入れないはずだが」
「えーと、裏口から?」
「なんで疑問形なんだ?」
学院の敷地を明確に把握しているわけではないので、多少困惑めいた事が口に出る。
正確には搬入専用の出入り口から荷車ごと入ってきた。だが、突然の遭遇に機転も聞かず相手の不審を仰ぐだけだった。
「怪しいなぁ」
印象をなお悪くさせたところで、閃いたようにユウナは思い出していう。
「そ、そう! 私、ヒエナの知り合いっていうか付き添いでここに!」
そういうと、男は面を食らって疑わしそうにユウナの藍色の瞳を見つめた。
「お前が騎士とぉ? がっはっはっは」
男は豪快に笑う。
「確かにコルベリナ殿が今日訪問するという話は聞いているし、連れの話も聞いてるがそれがお前だというのか?」
男のユウナに対する疑惑はまったく晴れない。それどころかヒエナの訪問又付き添いの話を聞いている上で疑っているため対処のしようがない。
心の中でヒエナを問い詰めてやりたい気持ちを抑えて、目くじらを立てていう。
「それ私だから! 絶対わ、た、し!」
ヒエナの連れだという証明する根拠もないため強引に押し切ろうとする。
が、男は聞く耳持たずで続ける。
「はいはい、話は事務所で聞こう。奇抜な少女くん」
彼はユウナの格好を奇抜と称して名付ける。
「私にはユウナっていう名前があるから!」
「じゃあ、ユウナくん。話は事務所で……ユウナ?」
気になる引っかかり方をした男だったが、二人の茶番を終わらせる低い唸り声が聞こえた。
二人は驚きながらその方向に視線がいく。
不意に、男が聞こえてきた方向を見てポツリと呟く。
「あそこは食堂の裏手だな」
「シロ……」
男と違い、ユウナは声の主をわかっていた。シロが自分を呼んでいる、そう思って迷わず走り出した。
「あ、ちょっと……はぁ困ったな」
突然の鳴き声の介入も相まって、ユウナを易々と逃してしまい嘆息が漏れる。
事務所にどう報告すべきかを懊悩する中、なんとなく彼女は大丈夫だと達観している部分が自分にはあった。
その理由を記憶の底を探りながら、ユウナの向かった場所へと追っていた。
幸いなことに男を振り払ったユウナは、シロの鳴き声を頼りに搬入口までたどり着いた。そこには頭を地面に擦り付けるシロがいて、食堂に続く勝手口からヒエナが出てきた姿があった。
「ユウナ! 何かあったのか?!」
どうやら彼女もシロの低い唸り声を聞いて駆けつけたのだろう。
「ヒエナ……、わかんないけど、シロが鳴いてた」
と、ヒエナには説明しシロの元へと駆け寄る。
シロは頭の特に目元の部分を擦るような仕草をしていることから、目元に何か触れたのだと推察してシロを落ち着かせるために撫でてみる。
シロは撫でてくるのがユウナと気づいたのか徐々に落ち着きを取り戻して、ユウナに甘えた声を出した。
「どうしたんだろ?」
「ユウナはシロが鳴いた時ここにいなかったのか?」
「うん、ちょっと離れてた」
ヒエナの冷静な問いかけに、簡潔に答えた。
ヒエナもユウナも、シロの鳴き声の原因が探れない。シロはすでに落ち着いており、先ほど取り乱したような鳴き声を忘れた風だ。
ユウナはヒエナと顔を見合わせるが、お互い素っ頓狂な面をしていて先ほどのシロの呻きを疑い始めた。
二人して悩んでいると、この場所にもう一人声を出して訪れてきた。
「さっきの声はなんだ……、コルベリナ殿!」
乱入してきた声の主は、先ほどユウナを引き留めた男だ。
彼はここへくるなり、ヒエナを見つけ驚いた顔をする。
ヒエナも彼の存在に気づき、声を発す。
「ハリマ教諭、どうしてここに?」
「それは勿論、聞き慣れない声を聞いたからですよ。あれ、お前は、ん? コルベリナ殿と一緒に……あれは本当だったのか」
ハリマ教諭と呼ばれた男は一人忙しく納得するような素振りをする。
彼は視線をそのままユウナのほうに一瞥すると、ユウナはほらね、と言った風に自慢げな面をしていた。
ハリマ教諭の登場も相まって、シロが発していな鳴き声は記憶から流れてしまう。シロが現状、落ち着いた風もあってあまり気に留めなくなっていた。
話題は切り替わり、ヒエナはユウナにいう。
「ユウナ、先に教会の方に戻ってくれないか?」
「え? ヒエナ一緒に帰らないの?」
当然の疑問に、ヒエナは微笑を刻んでいう。
「私はやることができた。急用でな」
ヒエナの言葉に、ハリマ教諭が割って入る。
「コルベリナ殿、学院長から話をお聞きに?」
丁寧な語調でいう問いかけに、ヒエナは小さく頷く。
二人の分かっている様子に、ユウナは不貞腐れたように面を歪める。
ヒエナは可愛げのない妹を優しくみる姉のような眼差しでユウナを一瞥し、短くこの場を治める。
「悪いな、ユウナ。ここまでありがとう。後の処理は私がやっておくから、荷車とシロを教会に返してやってくれ」
「はーい」
逐一、納得いかない様子だったが急用の内容が聞けない雰囲気に押されて荷車の御者台に乗った。
そのままヒエナとハリマ教諭には手を振って別れ、シロを走らせ学院を後にする。
その時、荷物を載せる後ろでガタリと音が鳴った気がした。訝しげに後ろを見てみるが、布が覆いかぶさっているだけで異変はないように見えた。
ただ、布が動いているように見えるのをユウナは見逃さない。
誰かいるのか? そう思いながらも荷車は教会へと目指していった。




