学院長の思惑
ユウナがゲーテル学院の敷地内を見て回っている間、ヒエナは搬入口から学院内へと入っていた。
ヒエナと学院の教諭の女性が入れかるようにエプロン姿の女性数人が荷車を止めた搬入口に出て行った。鉢合わせた際に、ヒエナはお辞儀しその前を歩く教諭の女性は二言ほど言っていた。
エプロン姿の女性はこれから荷車にのせた食材を、食堂のキッチンや倉庫へと運ぶのだ。何度もあることなので、少ない会話で彼女達は理解して事をこなす。
ヒエナはそれを一瞥して、自分のすべき事を優先する。
ヒエナと教諭の女性はキッチンから食堂へと抜け廊下へと出た。
廊下へ出ると、学院内の異変を直感する。
濃い青色のローブを纏った制服姿の学生らが、廊下の隅で何やらヒソヒソと噂を口にしていた。しばらく廊下を歩いた先でも、他の学生もヒソヒソ話していたり慌ただしく廊下をかける姿が見られる。
特に目を引くのは、学生の中でもローブを深く着込みフードを被った生徒会連中の行動だった。
彼らは学院の行事等を先導する役目がある。そのほかに、学院の代表と呼ばれる者に従事し彼らの指示に従う役目がある。
生徒会は大きく分けてその二つの役目があるわけだが、彼らが特に行動的になる役目は後者である。
ヒエナはその生徒会の者を一瞥し、目の前で気にもしない態度で歩く教諭の女性に話しかける。
「慌ただしいようだけど、何かあったんですか?」
その問いかけに、教諭の女性はピタリと足を止め頭にかかるフードを取って冷然とした面を顕に答える。
「学生の一人が行方を晦ましているそうです」
他人事のような答えだ。その学生を心配している様子はない。
教諭の態度にしては腹立たしい一面だが、そんな様子のヒエナを伺ったのか彼女は自身の茶髪を撫で付けて訂正するように続ける。
「代表が監督する試験でのことです。代表が監督する以上、我ら教諭は干渉しない規定ですので」
「代表が監督する試験? そんなことがあるのか? 代表とはいえ学生だろう」
学院の代表というものがどういう立ち位置であるか、ヒエナは充分理解しているつもりだった。代表は生徒の規範になる存在であり、学院の顔となって様々な行事で目立つものだと認識している。だが、試験を監督する代表など初耳だったのだ。
教諭の女性は、気難しそうに面をしかめた。
冷然な雰囲気漂わす彼女の予想外な反応に、面を食らう。そして、彼女は答えにくそうにしながらも一息で話した。
「代表の意向――とはいえませんね。私たちも初めての事態で悩ましく思っていまして、ですが」
と、彼女は言葉を詰まらせた。
ヒエナは刹那、思慮する。
学生の代表が監督する事態を容認したとて、代表のやる事を黙過するわけにはいかないだろう。少しは教諭の目が光ものだと思うが、彼女の最初の態度からして他人事。そう思っていたが、続いてついた言葉からして仕方なくと言った心情を伺えた。
つまりは、代表の身勝手かつ代表に介入できない。そう言った事情が目に見えた。
ヒエナは小さく頷いて、先を急がせた。これ以上言いたくないのなら、彼女から聞く必要はない。
すると、彼女は申し訳なさそうにお辞儀をして再び前を向いて進み始める。
そうこの先のことは一教諭の彼女に聞く必要はないのだ。これから行く先で訊ねればいい。
騒がしい学院内を歩いているとその場所にたどり着く。
教諭の女性は一歩下がって、手で示した。
「こちらです」
「ありがとう」
短くお礼を言って、扉の上にかかる札に記された名を一瞥する。
学院長室。そう記された場所に、ヒエナはノックをして入っていった。
「失礼します」
最低限の礼儀と共に入室すると、部屋の奥から厳かな返事が聞こえた。
扉を閉め、部屋の中央に立つ。再び礼を示し、獣耳をピンと立てて真正面を見据えた。
正面には年季の入った卓に着く老婆の女性が黒目をこちらに向けていた。
厳格な雰囲気漂わす老婆の女性。漆黒のローブを整然と着こなし、長く伸びた白髪を後ろできっちり束ねている。
面に刻まれたシワは年相応を見せているが、同時に彼女の中にある長い歴史も感じられた。
学院長を前にして、ヒエナは面を崩さぬよう再び一礼し面を上げる。
「ヒエナ・コルベリナです。学院の定期連絡を承りに参りました」
短い挨拶をする。礼儀を守った上で、より丁寧に。
学院長室に訪れ挨拶することは、定期連絡を聞く上で何度もあったことだ。だが、毎回彼女と向かい合うとまるで初対面みたいに緊張する。
相手の老婆には物怖じしない確かな気迫があるのだ。
ヒエナの獣の部分である尻尾が彼女の気迫を感じ取って垂れ下がっていた。
ヒエナの言葉を聞いて、学院長――ヴァイセンはご苦労と言った風に首を縦に振る。
「ああ、こちらに資料を用意しているよ」
と、彼女の瞳が机の上に置かれた紙束を示すように一瞥する。それが目的の資料であると察する。
いつもなら資料を受け取って終わりの定期連絡だが、今回は聞かねばならないことがある。
ヒエナが資料をチラと見た後に、相手の方を見るとじっとこちらを見て待っているように見えた。
ヒエナが何を言おうとしているか分かっているような素振り。だが、決して彼女からそれを言うつもりはないのだろう。
俯瞰したような瞳を前にして、ヒエナは淡々と述べる。
「現在、学院の様子が慌ただしいようですが」
ヒエナはそう切り出した。至って冷静で簡潔に、学院の状況を伝える。
学院長ヴァイセンは肯定しながらため息を吐いた。
「その通りだ。実に嘆かわしいことだよ」
「……何があったんですか?」
一瞬、言葉を詰まらせたが悟らせないよう冷静に続けた。
「コルベリナ殿もご存知だろう。今、生徒会が動いていることを」
「ええ、ユハマ教諭から生徒一人が行方を晦ましていると聞きました。それに代表が生徒の試験を監督するという話も聞きました」
ここまで連れてきた教諭の名を紡いで話す。
訝しげな瞳が相手を貫く。しかし、相手は眉間のシワをより深くしその視線をいなした。
「異例な話だよ。代表が教諭に変わって監督するなんてね」
「学院長は容認しているのですか?」
先ほどよりも切り込んだ質問に、相手は悩ましそうに面を歪める。
「……容認とはいえないね。だが、彼女の頼みである以上断ることもできない」
「容認ではなく、断れないから受け入れた、と」
ヒエナの解釈に、苦渋を浮かべ頷く。
「その代表は誰ですか?」
核心に迫って問いかける。
学院長ヴァイセンは、間を開けてから答えた。
「アルメリアだよ。アルメリア・トウカ、アルメリア大国の三女だ」
不意を突いた名前の出現に、言葉を失う。
アルメリア大王国。世界で一番大きな領地を持ち、また経済力においても他の追随を許さぬ、誰もが認める大王国だ。そして、軍事的にも魔法、精霊、騎士を巧みに操る国だとも聞いている。
その大王国の三女――王族の横暴、そう考えれば今までの話に合点がいく。
「では、王族の申し出ゆえに試験を一任しているということですか」
「その通りだ」
彼女は隠しもせず率直に認めた。
王族の決定ならヒエナはこれ以上口を挟めない。騎士たる立場は王族に仕えるのが本意なのだ。実際、仕えておらずとも王族に逆らう真似は騎士たる資格のない者と同意。
だが、次いで疑問が浮かぶ。
教諭が監督せず、王族が監督をするのならば試験を受けるという生徒が逃げたという話はあまりに不自然だ。
王族の前から逃げるというのはそれなりの覚悟がいる。相手は王族、逃げる意味は反逆と同意だ。痛い目にあるのは目に見えている。
「試験の相手――逃げ出した生徒は誰なのですか?」
ヒエナは再び問う。今度は騎士として、逃げた生徒を探すために。
学院長ヴァイセンは一度、息を吐いてから一息で答えた。
「シイナ・ミツキだよ」
「シイナ? 彼女は落第したのでは?」
彼女の情報については定期連絡で知っていることだった。精霊召喚できずに、落第だという話を聞いたが、話がだいぶ変わっている。
「落第はした。が、状況が変わった」
「……まさか、今回の試験自体がアルメリアの申し出だというんですか?」
ヒエナの推察に、彼女は慎重に頷いた。
「――学院長が王族の言いなりですか?!」
責め立てていう。ヒエナの怒気を孕んだ表情を前にして、彼女は至って冷静に見据えていた。
「シイナは貴族でしょう? 精霊に才能がないのなら早々に打ち切るべきです、こんなの生殺しではないですか?」
「ああ、分かってるさ」
場に冷淡な声が空気を震わす。その一言に、ヒエナは身を硬らせた。
黒色の瞳がヒエナの後ろの扉を一瞥していた。何かを思うように、瞬きするとその場を立ってゆっくりとヒエナの近くに寄ってくる。
老婆なのに背筋がしっかり伸びた姿勢の彼女は、紫色の唇をスッとヒエナの耳元に近づけてきた。
そして、か細く囁く。
「悪いが、立場がある。立場ならコルベリナ殿もよく分かっているだろう?」
ヒエナは強張りながら首を縦に振る。
「この学院の運営は王族や貴族からの寄付がほとんどだ。彼らに背くということはその根幹が揺るぎかねない」
彼女は冷静に続ける。
「今回だって苦渋ゆえの決断だ。シイナの次女に落第を宣告するのは簡単だが、それを家に伝えるとなると話が大きく異なる。シイナの長女はとても優秀だからね。だから、その妹も優秀だとシイナの家は期待しているのだよ」
深い内情に、ヒエナは獣耳を伸ばして聞く。
「そんな家に、次女の方は才能が全くありません。なんていえないだろう。まあ、私からはね」
「……だから、王族の提案をそのまま受け入れたのですか?」
ヒエナのひくついた言葉に彼女は凜然な笑みを浮かべ肯定した。
「ああ、王族が監督し指針を決めるなら誰も文句はいえない。それにアルメリアはシイナ・ミツキの処遇も提案してくれたからね」
「その処遇は?」
「従者として雇うそうだ」
彼女はすんなりと言った。
「処遇を決めているということは、やはりこの試験は見せかけですか?」
「そりゃあそうだ。精霊召喚は何度もやって変わるようなものではないからね。そのことは、シイナ・ミツキも分かっているようだ」
と、彼女は少し物悲しい表情をした。
全貌が見えてきたところで、ヒエナは自分の口を挟むところではないと考えた。
学院長からは落第を通告できず、代わって王族に一任することで落第を認めその後の処遇まで任せる。
いかに横暴だが、学院長ヴァイセンは気難しい顔をしていた。
「彼女が逃げ出すとは思わなかった。自分に才能がないのは彼女自身痛く分かっていると思っていたからね」
彼女は訥々と続ける。
「だが、私は思うのだよ。確かに私は体裁を整えるために王族の言いなりになっている。しかし、これこそ彼女の運命だと思うのだ」
彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「精霊術士は運命的なものを強く求める。召喚においても運命的な出会いと言える。だが、彼女は精霊を召喚できないならば、召喚以外で精霊と運命的な出会いを果たすべきだと思わないだろうか。それこそ彼女の運命と言える」
凜然とした黒目がヒエナに告げる。
「私は彼女を落ちこぼれだとは思うが期待もしているのだ。彼女が試験を乗り越えることを」
「随分手放しな意見ですね」
「ああ、でも運命とはそういうものだ」
しばしの沈黙。ヒエナが落ち着いて口にする。
「仮にシイナが精霊と出会い契約したとして試験はそれで終わるのでしょうか?」
その質問に、学院長ヴァイセンは小さく笑っていう。
「それで終わりなら王族を買い被っているな。それに、それで終わりならどんなに生易しいものか、と私は非難するよ。運命とて、それなりの試練があってこそだ。彼女には乗り越えて欲しい」
そして、彼女は厳しい語調で締める。
「召喚以外で精霊と契約する難題さは運命以上、だからね」
まるで、シイナが本当に召喚以外で精霊と契約し王族がそれ以上の試験を催すようなことを分かっているような口ぶりだった。
未来を見据え、将来を語る。それを運命と揶揄し、期待をしている。
全く学院長ヴァイセンの思惑は見えてこない。こうなることを予見していたかのような冷静な風体に、不気味さを覚える。
ヒエナは思慮の見えないヴァイセンの横顔を見つめて、小さく嘆息した。
「わかりました。では、シイナ捜索に私も加担しましょう」
「そうしてくれると助かる」
自分なりに読み取って、最善策を絞り出す。状況がどうあれ、行方を晦ました人物を探すのは最善である。
ヒエナはそう決定づけて、学院長から定期連絡の資料を受け取ってこの部屋を後にした。
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