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ギャルの葛藤

 丘に心地の良い風が吹き渡っていた。

 御者台の上で爽やかに感じとる。心なしか、荷車を引っ張って歩く精霊のユニコーン、シロも同じ気持ちを抱いているようだった。

 シロの横を歩く、騎士のヒエナも同様に尻尾をくねらせ楽しんでいた。

 ユウナ一行は荷車に食材を乗せ、ゲーテル学院の食堂を目指していた。

 初めて街を出る経験は良い刺激になっていた。初めて、とは語弊があるけど実際ユウナはこの草原から出てきた。厳密にいうと、二度目の草原である。

 それでも数ヶ月ぶりの外だ。あの頃とは違い、良識を得て見る草原は元の世界では味わえない美しさがあった。

 草原にはゲーテル学院に通じる道だけ整えられており草が退けられ道ができている。ユウナ一行はそれを辿って、丘の上に立つゲーテル学院を目指す。

 一応、仕事なのだが悠然とした空気感からそのような緊張は一切なかった。

 草原周りにいる唯一の魔物のスライムも可愛く見えて、この草原がいかに平和かを伺える。

「お前を初めて見たときはスライムに襲われていたな」

 ふと、ヒエナが昔のことを思い出して語る。

「あはは……あれは襲われていたというか、なんていうか……」

 苦笑して返す。ユウナにして見ればむず痒い思い出だ。スライムのまるで小動物のような振る舞いに心を許し、スライムに襲われるという滑稽な話。スライムが接触してくるのはただその人の持つ魔力を吸収しているだけで、無知だったユウナはそれを小動物の振る舞いだと勘違いしたのだ。

 後から、スライムは子供相手でも脆弱な相手だと知りなお恥ずかしい話だった。

 結局、スライムに襲われたユウナは意識を無くしそれを目撃したヒエナが助けてくれた。それから教会に引き取られたり、いろいろあった。

 月日の流れは早い。スライムに襲われていたユウナは、今や街では知らない人がいないくらい有名になり、頼られている。

 こうして街から出る事になったのもそのおかげだ。

「ふふ、あの時は本当驚いたよ」

 上品に笑うヒエナ。獣耳はついているが、その気品は騎士らしいものを感じる。とは言え、ユウナにとっての騎士は空想物でしか知らないし、この世界での騎士についてもふんわりとしか認識していない。

 空想物では王家に仕え国を守るために戦う、という認識だがここでは役所のような役割だ。それこそ、ユウナのいた世界の役所と変わらないくらいの役職で思っていた騎士とは違い。だいぶ、裏方のような存在だった。

 ただ騎士としての風格は失われておらず、腰には剣を携え制服をビシッと着こなしている。この部分だけで彼女が騎士だという何よりの証拠である。

 ヒエナのことを感心しながらじっと見ていると、ヒエナは訝しげに首を傾げる。

「何だ?」

「うんや、何も!」

 笑みを浮かべて誤魔化す。獣耳のヒエナがとっても騎士らしいと思ったことは心中にしまった。

 ヒエナは納得いかない様子だったが、ユウナの考えを深く詮索はしなかった。呆れたような顔をして、微笑を刻む。

 彼女もまたユウナとの付き合いは長く、ユウナの性格はわかっているつもりなのだ。

 そんな奇妙な絆のある二人。ヒエナは笑みを崩さぬままに、思い出したように口にする。

「ユウナ、騎士になる気はあるか?」

「え?」

 唐突な問いに驚く。驚いたのは問いの内容より、このタイミングで切り込まれたことだった。

 ユウナは教会で教養を身につけている合間に、役所にてヒエナ直々に剣技を教えられている。きっかけはヒエナの誘いだ。最初は空いた時間の活用だったが、手伝い以外で身体を動かせるためユウナ的に健康的な運動の一つだと思っている。

 何度かヒエナから剣技を教わっている内に、彼女は今問いたことを問うようになったのだ。

 それを聞いた最初、騎士はそんな人から言われて、なれるような軽々しい役職なのかと疑問した。その時、彼女が答えたのは騎士の矜恃だった。

――騎士は名前を重んじる。名前を与え、又共有した者が騎士となるのだ。

 つまり騎士は騎士から認められた者が名前を通じて騎士になるという話だ。ユウナは教会や役所で手伝いくらいしかしていないはずなのに、騎士に選ばれるほど認められている事に驚いた。

 だが、ユウナは苦笑を浮かべて以前と同じ答えを出した。

「いやー、別にないかなー」

 軽々しい拒否である。

 それにヒエナも驚いた様子はなかった。大方の予想と言ったところで、あまり期待はしていないそぶりだった。

 優しい微笑を浮かべ、ヒエナはいう。

「お前は剣の筋がいいからいいと思ったのだがな。残念だ」

 残念というわりに、ユウナに固執した様子はない。彼女にとって、ふとした問いかけの中で承諾を得られば、くらいにしか思っていなかったのだ。

 だが、ヒエナとて騎士の名を授けるのを安易に思っているわけではない。それがどんなに重要で大事なことくらいわかっている。ユウナがコルベリナに相応しいゆえの打診だ。

「だいたい、私に騎士なんて似合わないよ」

 ユウナは憂いていう。

「騎士って品行方正で清廉潔白――私とは全然違う」

 暗いトーンで語るユウナを、横からヒエナが神妙に眺めていた。

 彼女たちの付き合いは長い。お互い、どれくらいの人格者は知っている。無論、その中身を僅でも覗けるほどに。

「……お前は本当、おかしな人間だ。いや、精霊か」

 ヒエナは苦笑いをしていう。

「お前は見た目の割に、将来を見据えている」

「何それ……バカっぽいって言いたいの?」

 険な眼差しがヒエナを突き刺すが、彼女は気にした風もなく続ける。

「違うさ、褒めているのさ」

 淡々とした調子で彼女はいう。

 釈然とせず、じとっと彼女の方を見るが表情を崩さないところを見るに本心らしい。彼女のこういう気障っぽい部分が騎士らしいけど、あまり好ましく思わない。

 獣耳を生やした幼げな容姿が彼女のチャーミングな部分だと思っているが、それらを帳消しにする騎士らしい振る舞いが台無しである。

 無論、ユウナから見てそう思っているだけで騎士が品行方正な振る舞いをするのは当然だろう。

 彼女の態度を気に入らなく思っていると、彼女は事も無げに続ける。

「前に、この先どうしたいと問いた時、お前は悩んでいたが答えてくれた」

 そのエピソードを頭の中で思い浮かべながら聞いている。なんて答えたっけなんて思いながら聞いていると、彼女はそれを言ってくれた。

「治癒師になりたいのだろう?」

 率直に言われ思い出す。不意に、ユウナは神妙な面持ちになった。

 将来の行方については、教会でも問われていた。

 異人としてこの世界に降り立ち、教会は当面の生活を支援してくれている上にこの世界での知恵や教育を施してくれている。

 ユウナにとって、拾ってくれたヒエナより支援をしてくれた教会の方が恩義を感じている。そのため、実際に治癒師として活動する教会の聖母であるアリアに憧れ尽くすと考えるのは当然のことだった。

――もう一つ理由はあったが、それは胸の奥にしまった。

 神妙な面持ちのまま首を縦に振る。が、少し照れて言葉を濁すようにいう。

「でも、治癒系の魔法さっぱりなんだよね」

 魔法を習うようになってから、実際に使用できるようになった魔法は指先に炎を灯らせるだけのものだった。ユウナより年の低い子でさえ基本の魔法三種、炎を灯す以外の、風を吹かすや物を浮かす、ができているのにユウナはその一つしかできない。

 魔法はイメージが大事だというが、ユウナの進歩のなさはその入り口からつまづいていると言えた。

 治癒師になると豪語するのは簡単だが、今のユウナにそれが現実的でないことは理解していた。だから、あまり胸を張ってヒエナの前で宣言できないのである。

「治癒系の魔法は習得が難しい。そう気負うことはない」

 ヒエナはそうフォローしてくれるが、基本三種をこなせていないユウナにとっては少し後ろめたいことだった。

「なあ、ユウナ」

 ヒエナは話題を転換し、思い出したように語りかけてくる。

 彼女の真面目な語り口に、ユウナは御者台から藍色の瞳を瞬かせて受ける。

「お前は元の世界に帰りたいと思わないのか?」

「――――」

 ユウナは一瞬、戸惑った。藍色の瞳が僅かに狼狽し、ヒエナから視線を逸らしたのだ。

 その質問は、非常にユウナを悩ませる一言だった。

 元の世界に帰りたい。そう思わないはずはない。一度は考えたものだし、その方法を尋ねたこともある。ただ尋ねた相手――アリアから返ってきたのは無情な答えだった。

 かつて異人が、元の世界とやらに帰ったという話は聞いたことはない。彼女はそう淡々と告げてきた。いつもにっこりとした調子の彼女が、そう話すのに本当のことだと察した。

「異人は帰りたいと思うものだと聞いていてな……。まあ、異人が元の世界に帰る保証はないのだが」

 彼女は自分で話を振っておきながら、申し訳なさそうにいう。

 彼女のいうように、ユウナも例に漏れず帰りたいとは思っていた。けれども、現実的に帰る手段が掴めない以上、順応するのが一番だと考えたのだ。

 その結果が今の生活で、治癒師になろうと考えているのもその一端である。

 ユウナはこの世界に現実を見出しているのだ。

 ただそうは考えても後悔はある。ふとした瞬間に思い出すことがある。

――お姉ちゃんは自由にならなきゃダメなんだよ。

 後悔。ただ一つの後悔。

 ユウナは帰りたい、というよりのその相手に会いたい。そういう気持ちがあった。しかし、会ってどうしたいとか考えておらず、会ってもユウナはどうすべきなのか判然としない部分があった。

 そんな中途半端な思いに、ユウナは考えを逡巡させていた。

「いや、そうは思わないよ」

 ヒエナに答えたのは否定だった。

 微笑を浮かべた否定に、ヒエナは訝しげに受け取ったが深くは詮索しなかった。

 一通り話を終えたところで、ユニコーンのシロが引く荷車はゲーテル学院裏手の方に到着していた。

 裏手には荷車が通れるだけの門があり、その隣に人が通れる通路がある。

 ヒエナはユウナに待っているようにと指示を出し、彼女だけ人の通れる通路を入っていく。

 御者台で待つユウナは、なんとなく学院の方を見た。近くに来るとわかる広大さとその建物の大きさ。彼女の中では陳腐な感想くらいにしか見れないが、とにかく歴史の深い場所だということはわかる。

 物々しい石造りの壁に覆われ、歳を重ねた石壁には所々草が生えている。その奥には荘厳な建物が歴史の一端を主張するのに高々と聳え、首が疲れるくらい高い建造物がここからでも見えた。

 して、ユウナの中での感想は、でっかいし古そう。という安易なものであった。

 そんな軽薄なことを考えていると、裏手の門は木の擦れる音を発しながら開く。

 門の奥から現れたのは黒いローブを羽織った中年の女性だ。その隣に、ヒエナもいるが新たな人物の登場にユウナは緊張する。

「さあ、お入りください」

 黒ローブを羽織った女性は柔和な瞳に笑みを含ませ優しくいう。

 シロの背を撫でて直進を指示すると、シロは道中を行くよりも丁寧な足取りで学院の中へと入っていった。

 中に入ると、再び側にヒエナが付き正面を歩く黒ローブの女性についていく時間が続く。門から建物まである程度距離があるそうである。

 目の前の黒ローブの女性の正体に気になっていると、チラチラした視線に気づいたヒエナがスッと話す。

「あの人はここの教諭だよ」

「そうなんだ」

 彼女の一声に納得する。教諭というよりは魔法使いみたいな格好だ。精霊術を教える学院なのに、少し倒錯ぶりを覚えるが口にはしなかった。

 数分ほど進んだところで、搬入口らしき場所にたどり着く。場所は荷車が入りやすいよう開けている。

 搬入口に正面からシロを進ませ荷車を止める。シロから飛び降り、ユウナは初めて学院へと降り立つのだった。

「ユウナここで待っていてくれ」

「えー」

 ユウナは彼女の指示に取り繕うことなく駄々をこねる。

 せっかく学院に来たからには中を見て回りたい思いがある。だが、ヒエナは苦笑をして場を濁した。

「悪いね。本来学院に入れるのは許可を持つものだけなんだよ」

「許可? 私入っちゃってるけど?」

「ここまでは特別にな。流石に学院内に入るのはダメだ」

 と、彼女は魔法使い風の格好をした教諭の女性を横目に見る。それに気づいた教諭の女性は小さく頷いてこちらを一瞥してきた。

 そんなぁ、といった風に項垂れる。

「建物に入るのはダメだが、外を見て回るのはいいそうだ」

「はぁ」

 納得はいかないが妥協した。複雑な面をしつつ、くるぶしを返そうとした時、再び声がかかる。

「そうだ、ユウナ」

 思い出したような呼び掛けを、ヒエナは淡々と続けいう。

「他の教諭に見つかった時、私の名前を出せ。少しは理解を示してくれるだろう」

 そう言い残し、教諭の女性と一緒に奥の方へと消えていった。

 イマイチ判然としないが、心に留めて置くことにする。

 学院に入れないのは残念だが、外を回れるだけでもよしとした。

 くるぶしを返して、シロに少しの別れを伝えて庭の方へと出ていくのだった。

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