第二話 英雄の帰還
ハル達、サガミノクニの一団はエイドス村で一泊した後に山岳街道を下り、麓のフロスト村までやって来た。
この村は山と平原の境目に位置しており、ボルトロール王国で国境の村となる。
ここでハルとアクトは馬車を降りて村長に訪ねた。
村長は彼らがここに来る事を予め解っていたようで、突然の訪問に心置きなく素直で対応してくれた。
「セロ国王から話が伝わっていると思うけど、私達がサガミノクニの一団よ」
「ああ、聞いております。エクセリア国に向けて旅する一団を決して邪魔するな、とキツイ命令を請けております。それに今後は友好国になるとも・・・」
村長と思わしき中年の男性が軍隊式の敬礼をして、この旅団の行動は全く問題はないと返答してきた。
それもその筈、ハル達の行動はすべて王命で予め伝達されていたからだ。
どのような命令であっても王命に逆らう事など赦されない。
専軍支配の整ったボルトロール王国らしい行動の村長。
「その様子ならば、もう橋は架かっているのかしら?」
「はい。エクセリア国の奴ら・・・いや、エクセリア国の方々詰めかけて急ピッチで工事を進めていましたから、もうそろそろ完成したのではないでしょうか」
「ならば助かるわ。この馬車の旅団で大きく南に迂回するのは面倒だと思っていたから、龍の翼を借りる事も考えていたのよね」
そんなハルの物言いに青い顔になる村長。
彼の中でも大敗したエクセリア国との戦争の記憶はまだ新しい。
その敗因は銀龍による圧倒的破壊力。
銀龍とは暴力の根源であり、できるものならば二度と姿を見たくないと思っている。
その銀龍をエクセリア国に所属している女魔術師が使役すると噂に聞いている。
それが間違いなく、この目の前にいる女性なのだろうと村長はこの瞬間確信した。
「それじゃあ、私達はもう行ってもいいわね?」
「本来ならば、出国税を払って頂く事になりますが・・・」
ここで村長は言い淀む。
今まで彼らは旅人から徴収していた出国税は正規額よりも幾分か上乗せをしていた。
この村長がまだ善良なのは、その上乗せ分を自分の懐ではなく、村の運営資金の為に使っていた事だ。
しかし、これが不正かと問われれば、不正である。
今回も同じような金額で徴収をすれば、国王側にその所業は伝わってしまう可能性もある。
どうするか迷う村長だったが、ハルはその事情もすべて察した上で全員分の通行税を払う。
「通行税の額はエイドス村の宿の店主より正確な額を聞いているわ。全員分一括で支払うわ。払うと決められているものを私達だけが免れる訳にいかないからね」
まだ迷う村長に百名分、約三百万ギガ相当の大金貨を気前よく渡すハル。
「大丈夫です。領収の証までは求めない。今回払った額は私しか覚えていない。私達の通行が安全にできれば、それでいいのよ」
ハルの意味深な言葉を賢く理解する村長。
「解りました。そういう事ならばありがたく徴収させていただきます。貴方達が最も安全、かつ、スムーズに出国できるよう最大限に対応させていただきます」
「うふふ、ありがとう」
こうして、国境の村の代表と出国交渉をスムーズに終えるハル。
ハルは村長の建物より退出すると、表で待つアクトに交渉が終わった事を告げる。
「通行許可が出たわ。いつでも出国できるわよ」
「手続きお疲れ様。結局、あの値段で払ったのかい?」
「ええ、決して安くは無かったけど。ここでトラブル無く出国できるのならば、必要経費の範疇だわ。それに今回の取引は記録にも撮っているし」
ハルは首に付けていた水晶をプルプルと振る。
それは映像を記録する魔道具だ。
今回の交渉を隠し撮りしていた。
「これで彼の弱みをひとつ握れたわ。万が一の時に役に立つカードがひとつ手に入ったと思えば安いモノよ」
「君も悪い人だね・・・」
「そうね。この手段が使われないでいい事を願っているわよ」
ハルはそうあっけらかんと言い、この話題は完了となる。
それよりも彼女は待たせていたサガミノクニの人々の方が気になる。
いや、正確に言うとその集団の中にいるリズウィの事が気がかりであった。
その予感は的中する。
「っんだと、この女! 全て俺が悪いってか!!」
「そうよ。アナタさえ、多くの人を傷付けなければ、こんなに話が大きくなる事は無かったのよ!!」
「うるせぇ。元を正せば、お前達が研究開発した魔道具を敵に鹵獲されたからこーなったんじゃねーかっ! 人のせいばかりにするんじゃねーよ。せこい大人だな」
「何て事を言うのよ! この生意気なガキがぁ!」
ギャイギャイ互いに文句を言い合うのはリズウィと所長第二夫人エリ。
「はいはい、止めなさいよ。まだ昨日の続きの話をしているの? たらればの話をしてもしょうがないじゃない。その議論には結論が出せないわ」
両方を諫めるハル。
ハルとしてはもう何度目になるか解らない喧嘩の仲裁。
研究所の――特に特権階級にいた者は――今回の追放措置を勇者の蛮行が原因だと思っている輩が多い。
それはそうだろう、今まで特権階級として裕福な生活が保障されていた身だ。
そんな上等な自分達が、惨めな国外追放者になるのを受け入れられる筈がないのである。
勇者リズウィも元々研究所の上位者とは性格が合わない。
このふたつをひとつの旅団に入れること自体が水と油なのだ。
しかし、互いにサガミノクニという異世界出身者という括りで国外追放になっているので、今回の馬車旅は致し方ない。
頭の痛くなるハルだが、それでも馬車の旅という狭い空間からはあと数日で解放される。
自分の忍耐も含めて、もうしばらく我慢して欲しいと願うハルであった。
「さあ、出発するわよ!」
ハル自分に注意が向くように敢えて大きな声を発して全員の行動を促すのであった・・・
一行は国境のフロスト村を出発し、境の平原と呼ばれる見渡しの良い草原地帯へ入る。
それまでは山岳地帯を移動していたので開放的な気分に変わるが、ここで目立つのは平原よりも目立つ大きな三本の谷『決別の三姉妹』だ。
これは先の戦役のとき、銀龍スターシュートが放った攻撃の痕跡であり、これによってボルトロール王国とエクセリア国の国境が設定されたようなものである。
かつてはその谷の両岸に両軍が監視所を設営して、互いにけん制していたが、今はそこに立派な橋がひとつ架かっている。
その橋とはフロスト村の村長が言及していたように、エクセリア国側によって架けられた橋だ。
ボルトロール王国がエクセリア国と和解して、和平を結んだ事でフロスト村側も橋の建設を容認した。
尤も、この橋が架けられたのはハル達がボルトロール王国側から帰ってくる事を考えて架けられたものである。
エクセリア国王はその後の有効活用も考えて建設したのだろうが、表向きはハル達が帰ってくることを理由にした方がスムーズに建設できた。
それほどまでにハルとアクトはエクセリア国で有益な人物として人気ある存在だったりする。
ハルの活躍は秘密があるので国家の中枢人物しか、その功績を理解していないが、アクトはエクセリア国よりもエストリア帝国全体で有名な英雄だ。
そんな彼らの帰還を最も歓迎する者がエクセリア側の橋の袂で待っていた。
その人物は立派な馬に乗り、ボルトロール王国からの帰還をずっとここで待っていたようだ。
その人物にアクトが真っ先に気付く。
「ああ、ウィル兄さん! ここまで出迎えてくれたのですか?」
アクトは馬車からパッと飛び降りて兄の出迎えに喜ぶ。
「アクト、健在そうで何よりだ。それにハルさんも」
ハルも馬車の窓から身を乗り出して手を振って応えていた。
「出迎えはウィルさんだけじゃないようね」
ハルは馬に乗るウィルの後ろで隠れるように肩を抱かれているレヴィッタの存在も認める。
そのレヴィッタは既に涙目だ。
「ハルちゃん。おかえりなさい。お父様とお母様に会えたらしいわね。本当に良かったわ」
「ええ。この莫迦な弟も見つけたわよ!」
ハルはそう言い、今日は同じ馬車内に乗るリズウィを見せるように引っ張り出す。
「ああ! やっぱり、勇者君がハルちゃんの弟だったのね!」
レヴィッタとリズウィは過去に一度面識があった。
それはレヴィッタがラゼット砦で虜囚になった時にリズウィに助けられた一瞬であったが、レヴィッタは彼の顔を覚えていた。
「ああん? この女は、どこかで会ったような・・・う~ん」
記憶の悪いリズウィは首を捻るが、ここでハルがリズウィの頭をヘッドロックする。
「痛てて、何すんだよぉ~!」
「隆二、アナタは過去にこのレヴィッタさんと会っているわ。ラゼット砦で彼女を助けたでしょ?」
「あ、ああ・・・あの時の三人娘のひとりか・・・」
リズウィはようやく相手が誰だか思い出したようだ。
「そうよ。彼女はレヴィッタ・ブレッタさん。そして、彼女の隣にいるのがウィル・ブレッタさん」
「ウィル・ブレッタ・・・敵の英雄!」
リズウィもその名前は知っていた。
直接顔を見たのは今回が初めてだが、エストリア帝国の英雄で凄腕の剣術士の情報は以前から知っていたので、今でも敵意を感じて睨んでしまう。
「ちなみに私の義理の兄でもあるけどね」
「へっ!?」
驚くリズウィ。
「そうよ。あれっ? 言ってなかったけぇ?」
とぼけるハルだが、その事実を白状したのは今日のここが初めてである。
それはリズウィの事も考えて、今日のここまで臥せていた。
もし、何らかの悪影響があって旅路の途中でリズウィが臍を曲げられては厄介だと思い、今日の今日まで臥せていたのである。
ウィルとアクトの顔を三回往復で観るリズウィ。
ここでふたりの顔が似ている事を理解した。
「く・・・アークさんとウィル・ブレッタが兄弟だったとは・・・」
「因みに夫の本当の名前はアークではなく、アクトよ」
「・・・」
次々と秘密を暴露するハル。
エクセリア領に入ったのだから、もういいだろうと思った。
「とにかく、ここから一気にエクセリンまで移動しよう。街道が整備されたから、馬車で飛ばせば一日の旅程で行ける」
そう述べて旅団達を先導するウィル。
ウィルとレヴィッタは一頭の馬に相乗して、首都のある西へと目指す。
それを追いかけるようにハル達の馬車が続くが、その一日の旅路でハルの馬車の中では今まで偽名を使っていた事に対する厳しい追及がリズウィの口から出るのであった・・・




