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第十四話 歴史の裏側で ※

 時間軸は少し戻り、研究所より二度目の消滅弾を発射しようとしている時、描写はボルトロール王国の王都エイボルトのとある地下施設より始まる。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、追手はないな?」


 息も切れ切れでこの場に逃げこんできた老人はベルモント・イド・アルカ。

 その名のとおりイドアルカ特務機関の総帥だった人物である。

 表現が過去形なのは、その組織が今回の大反乱が原因で存続がほぼ危うくなっている事による。

 大反乱を画策して主導したのは反乱組織『名も無き英傑』であり、その首謀者であるシャズナだが、その組織に研究所で開発した支配魔法の魔道具を秘密裏に横流ししたのがこのベルモントの働きによるものであった。

 その事実は国王側が本気で調べれば、すぐに解ってしまうだろう。

 だから、イドアルカ特務機関がこの王国内で存続する事は難しい。

 しかし、総帥のベルモントはこうなることが既に予想済みの行動である。

 何故ならば、もうすぐ彼は人間の世界に存在する意味が無くなるからだ。

 『人間以上の存在になる』――それが晩年ベルモントの願っている人生の目的。

 彼は普通の魔術師と神聖魔法使いの両方の才能を持つ天才であった。

 神聖魔術師とは神へ信仰と魔力を捧げ、その対価として事象改変を得る魔法使いである。

 それに対し魔術師とは神の敷いた法則に抗い魔力を強引に世界へ流し込み、事象改変を実行する者であり、この両者は似ているようで全くプロセスの異なる魔法使いなのだ。

 普通ならば両立などできないが、稀にこれを両立できる天才がいる。

 そのひとりがこのベルモントであり、両偶(デュアル)と呼ばれる事もある。

 つまり、ベルモントはこの世界の神の理を理解しつつ、魔法の神髄も理解できる『両偶魔術師』なのである。

 この世界の神とは一体何者なのか。

 その神々を()が統べているのか?

 どの神(・・・)が神々の中でボスなのかを知っている。

 そして、彼はこの地下祭壇へやって来た。

 まったくメジャーではない辺鄙(へんぴ)ないち地下寺院に眠るこの祭壇。

 弱小な宗教施設の一室である。

 だがベルモントは解っていた。

 こここそが濃密な魔素が集まっている聖地である事実。

 

「全知全能の創造伸よ。すべての始まりの女神『デイア』よ。我が望みを叶え給え」


 誰も居ない薄暗い祭壇に己れの最大級の魔力と信仰を注ぐ。

 しばらくは何も変化の起きない薄暗い祭壇であったが、しばらく待つと変化が起きた。

 祀られた祭壇の一部の空間が歪み、何者かがこの世に姿を現す気配を感じる。

 それでも実体が姿を現した訳では無い。

 大いなる意思の気配だけが、この世に発現した。

 それは祭壇に灯る蝋燭(ろうそく)の炎の揺らぎだけがそれに呼応した。

 神聖の感覚に鋭いベルモントはこれで自分の願いが聞き入れられた事を心で感じ取った。

 

「おお、全知全能の創造伸よ。貴方の信徒ベルモントが役割を果たしましたぞ」


 それは自らの実績をアピールすると共に報酬を要求する姿。

 ボルトロール人として正しい姿だ。

 気配はここで素直な反応を示す。

 

「うむ、よくやったわ、ベルモント。私の望みどおりにこの王国で大きな変化を起こしてくれた。運命の歯車を正しい方向へ回してくれた。必要な供物も捧げてくれたわね」


 祭壇に響く女の若々しい声はベルモントの働きを正しく評価してくれた。

 その声は多方面から聞こえて来て、正しい発生源をベルモントに特定させない。

 しかし、それはいつもの事。

 この女神がベルモントと接触するときは毎回同じような手段であったため、今日もベルモントが特に違和感を感じる事はなかった。

 

「はい。仰せのとおりに。今回の内乱で千人規模の魂の供物を捧げられたと思います」

「確かに魂は受け取ったわ、ベルモント。供物の魂は再構成して別のプロジェクトに使える材料になるわね。次は私がアナタの希望に応えてあげる」

「ははぁ、ありがたき幸せ!」


 ベルモントは平身低頭の姿勢を継続する。

 これでようやく彼の望みが叶えられる。

 人よりも高みの存在に昇華できるのだ。

 己が神の存在となれる――そんな希望に心が躍る。

 そして、自分の背後で空間が歪んだ。

 

「へっ?」


 間抜けなベルモントの声がひとつ発したところで、彼はその者に捕らえられた。

 気が付けば、華奢な神父服装姿の女性に腕を掴まれていた。

 それが普通ではなかったのは、その女性の腕が鞭のように伸びてベルモントの腕を捕まれたからだ。

 

「異形の怪物っ!」


 ベルモントは危機を感じて、そう発したが、彼に逃げる事は許されない。

 触手のように掴まれた腕から肉が広がり、身体の右半分が包み込まれた。

 そして、華奢な神職者姿の女性がほほ笑む。

 

「さあ、総帥様。一緒になりましょう」


 ゾッとする声だった。

 そして、ベルモントは抵抗らしい抵抗もできずに、その女性の元に引き寄せられる。

 華奢な女性に抱かれたと思えば、彼女の衣服が破れる。

 裸体を晒す結果だが、そこに色気などない。

 そこに存在しているのは相手を捕食する者、食べられる事に対する恐怖だけである。

 女性の肉が盛り上がり、ベルモントの身体が覆われた。

 一瞬のうちにベルモントは女性の体内へ取込まれる。

 苦しさなのか、恐怖の顔相(デスマスク)が女性の胎の肉の内側部分に張り付いた。

 ベルモントがこの世で自己主張できるのはそれが最後であった。

 それでも、その口をパクパクさせて最期の断末魔を挙げる。

 声にはならないが、それでもこの華奢な女性と女性の主人である女神は確かに最期の彼の意思を感じ取っていた。

 

「ダ・・マ・・シ・・タ・・ナ・・・ア・・ク・・マ・・・メ」


 そして、ベルモントはこの世から居なくなる。

 華奢な女性の肉体内側で昇華されて、素粒子レベルまで分解さてしまった。

 こうなってしまうと、ベルモントの痕跡はこの世界で完全に無くなってしまう。

 分解屋――華奢な女性の役割はそれであった。

 そして、彼女は今回の仕事の感想を述べる。

 

「美味しくない人・・・魂が穢れ過ぎている。デイア様の命令でなければ、絶対に食べたくなかった人種の味です」


 あまり良い評価ではなかったようだ。

 その事を慰めるように彼女の主人が姿を現した。

 

「マリアージュ。お仕事、ご苦労様。ベルモントはベルモントで役に立ってくれました。だから褒美を与えたつもりよ。素粒子レベルにまで分解すれば、それ再構成して、彼の望む神にしてあげるわよ。尤もそこに彼の意思は残っていないけどね・・・だけど、材料の一部は彼なのだから私は約束を破っていないわ」


 銀髪の美女は、自分は嘘をついていないと居直っていた。

 そして、忠実に自分の命令を果たした華奢な女性の肩をポンポンと叩き、その労をねぎらう。

 

「デイア様。本当によろしいのですか? こんな男を神にして」

「マリアージュ、いいのよ。一般神に性格など関係ないわ。一般神なんてこの世界(システム)舞台装置(デバイス)のひとつに過ぎないのだから。右から左へ仕事を熟す機械のようなものよ」


 そう言われるとマリアージュも納得してしまう。

 人間から信仰と言う名の魔力エネルギーの供給を受けながら、人の想像する勝手な願いを聞き入れる存在・・・それがこの世界での一般神の役割なのだ。

 世界が続く限り、奴隷の如く永久に働かされる。

 そう思うとベルモントにはお似合いの顛末のような気もしてきた。

 マリアージュ自身も彼女が亜神となる前にベルモントの統べるイドアルカ特務機関の構成員によって、不遇の人生を送らされた経緯もあった。

 今更、仕返しなど考えている訳では無いが、それでも恨みのひとつぐらいはある。

 神の奴隷という意味では亜神である自分と一般神とでそれほど変わる訳では無いが、それでも自由意思が許される亜神の方が生きていて楽しいだろう。

 そう思えてしまう。

 一般神とはこの世界というシステムに組込まれた物理現象の一旦を担う仕事をやらされるのだ。

 しかもその期間は永遠。

 世界が終焉するか、創造伸がこの世界を放棄するまで続く。

 そこに自らの自由意思など必要ない。

 もし、一般神に自由意思などを持たされれば、発狂してしまう――少なくとも亜神としてまだ人間の頃の心が残っているマリアージュはそう思ってしまう。

 

「この男はそれなりに役に立ちました。『異世界人召喚』の術が使える器だったから、今回のきっかけ(イベント・トリガー)になって貰ったし、その召喚自体は私が触接関与してないから、この世界(システム)規範(ルール)には抵触していないし、便利な駒だったわ」

 

 銀髪の美人(デイア)は満足げにそう述べる。

 マリアージュ側に顔を向けていないため、その表情は解らないが、デイアはこの結果に大いに満足しているのだろうとマリアージュは察した。

 

「あら? 別のところで余計なイベントが発生してしまったようね」


 ここでデイアは何かを感じ取る。

 現代人が見れば、それは装着している腕時計のアラームにでも気付くような仕草だ。

 

「ちょっと出張ってくるけど、マリアージュはここで残りの仕事をお願いするわ」

「承りました。ベルモントの痕跡はすべて消し去ります」


 丁寧な礼をするマリアージュ。

 彼女は自分に与えられた仕事を既に理解している。

 ベルモントを追跡してきた王国軍所属の暗殺者をすべて処分する事がその仕事内容。

 ベルモントと自分達が接触した痕跡は絶対に残してはならない。

 その後、マリアージュの自分に与えられた仕事を完遂した。

 イドアルカの総帥を捕らえるため遣わされた追跡部隊は一人残らず壊滅した。


 後日、嫌疑不十分なところもあったが、結局、イドアルカ特務機関は解体される事になる。

 ボルトロール王国の方針として、疑わしは罰せよであるからだ。

 そのイドアルカ総統であるベルモントは生死不明のまま行方不明扱いとなり、歴史の闇に埋もれるのであった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 次にデイアが姿を現したのは研究所の構内。

 デイアにとってこの世界の空間を移動する事に距離の意味はない。

 彼らは列車砲を稼働させて二発目の消滅弾を発射した直後であり、慌ただしい状況にあった。

 職員が右往左往する中で、デイアはその群衆の中を目的に向かってゆっくりと歩む。

 突然のデイア登場に気付く人間などひとりもいない。

 それは彼女が気配を消す魔法――正確には魔法以上の行為――を行使しているため、人間には簡単に悟られない。

 しかし、その彼女の接近に気付く人間がひとり――それは死にかけているトシオであり、今回のデイアの目的人でもある。

 

「が・・・何、者?」


 カミーラから窒息の魔法で攻撃され、意識を失っている筈のトシオがそんな反応をした。

 

「あら? こんにちは。死にかけている割には元気ね? 流石は私の見込んだ人だけある」


 反応してくるトシオを面白く思ったのか、デイアは笑みを浮かべて応えた。

 それでも彼女はトシオが死の淵である事を理解している。

 

「アナタがここで死んでしまうと、私には都合が悪いの。あの娘も一度助けたから、アナタも一回だけ助けてあげるわ。大丈夫、これぐらいならば、神が人に奇跡を与える範囲よ。規範(ルール)には抵触しないから」


 デイアは誰かに言い訳するようにそう述べると、それを行動に移した。

 デイアは瀕死のトシオに顔を近付けてその唇を重ねた。

 

「うぅ」


 その直後にトシオの身体の中に何らかのエナジーが流れ込む。

 それは熱を帯びていて、身体がビックリしてしまうような活力を起こしたが、それ以上にトシオはこの女性が銀髪の美人であり、彼が敬愛して止まないエザキ・ハルコが白魔女へ変身した姿に似ていると思った。

 エザキ・ハルコから接吻を受けている・・・まるでそんな事を彷彿させる錯覚。

 憧れの女性に似た美人からいきなり接吻されて、興奮で身体中の細胞が歓喜を挙げ、その結果・・・下半身が隆起してしまった。

 男としては正しい反応であるが、これだけ素直過ぎるのも恥ずかしい。

 だが、デイアはそんな初心なトシオが可愛いと思う。

 

「あら? そこまで活性化してくるなんて、生命力と繁殖力が旺盛ね。逞しいわ」


 簡単に下半身が反応してしまったのを恥ずかしく思うトシオ。

 そんなトシオの初心な姿は、デイアには好印象を与えたようだ。

 

「本当に可愛いわ。アナタは私の可愛い(しもべ)のひとりだけど、それでも、私が人間体の時に一晩相手をしたくなっちゃうわね。特別待遇しても規範(ルール)には抵触しないわよね?」


 どこかに向かってそんな事を問うデイアだが、空間が二度光り、何者かがその問いに否定する結果を伝えてくる。

 

「まったくもう、欲求不満になっちゃうじゃない。解ったわよ。私が関わりを許されているのはこの世界で生まれた亜神レベル以上の存在だったわね。今度、ジルバを捕まえて欲求不満の相手をして貰うわ。私なんてこんな事で絶対に妊娠なんてしないのにねぇ。本当に面倒な身体だわね」


 不満の声を挙げるデイアだが、それでトシオを解放した。

 男的にはかなり残念に思うものの、それ以外はホッとしてしまった。

 何だか自分では扱えない大きな存在から解放されたような気もする。

 

「アナタには私も期待しているのよ。この世界を変えるために役に立って頂戴。あの娘と共にね」


 デイアは魅力的なウインクをひとつすると、トシオの前から姿を消した。

 トシオも今まで朧気な空間にいたような気もしたが、その風景も段々と薄まり、元の研究所の幹部が集う一室へ意識が戻ってきた。

 一体何だったのかと思ってしまうが、しばらくするとその事も忘れてしまう。

 彼は首をさすり、自分が健全であるのを確認すると、自分の彼女(ヨシコ)の存在を探した。

 ここで彼女に会いたいと急に欲求が高まったからである。

 自分が大切にしなくてはならないと論理的に理解している存在――それがフルタ・ヨシコである。

 それは義務に等しかったが、エザキ・ハルコという敬愛する女性の支えを失った今、ヨシコの事が急に愛おしくなった。

 全く以てこれは代替行為に等しいと思うが、それでも脳裏に「アナタの行動は間違っていない」と銀髪の女性の声がそう響いたような気もした。


「銀髪の・・・誰だっけ?」


 まだよく回らない頭でそんな事を考えたところで、目前の光魔法で展開された映像が目に入る。

 そこには、リズウィに憑依したシャズナの魂が宿る魔剣『ベルリーヌⅡ』が漆黒の騎士によって破壊されるシーンを自分の目で捉えていた。

 支配主であるシャズナ敗北の瞬間に、彼から支配を受けた研究所職員各位から悲鳴が挙がるが、それをどこか他人事のように見ているトシオ。

 そして、気付けば、トシオは自分の腕の中にヨシコを抱いていた。

 

「あぁぁ、シャズナ様が、シャズナ様が・・・」


 落胆を続けるヨシコを必死に抱いて、彼女の受けた支配魔法が早く解けて欲しいと願うトシオ。

 この時点でトシオの支配魔法は解けていたが、それがどうして解けたのかはトシオが後になっても解らない。

 ただし、トシオは現時点で自分のこれまでの生活が終わるのを予感していた。

 トシオを、いや、ここのサガミノクニの人々を次にステージへ導いてくれるのはエザキ・ハルコだ。

 白銀の仮面を被る彼女に次への希望が存在していると直感的に感じたトシオは落胆などまったく感じず、次に進むために自分が何をすべきかについて考え巡らせてしまうのであった。

 


これにて第八章および第三部の前半戦『ボルトロール王国編』が終了となります。登場人物については日曜日に更新します。

そして、今までお楽しみいただきありがとうございました。後半戦は物語構成のため一箇月ほど準備期間をください。次の投降開始は9月20日(火)6:00を予定しております。その間、外伝を進めるかもしれません。詳細については活動報告をご覧ください。


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