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第十三話 別つとき


「という訳で、国外追放で赦されたわ」


 白魔女のハルは研究所の全員に対してニコッと笑う。

 しかし、当然、言われた側の研究所職員は困惑を隠しきれない。

 

「ふざけるなっ! 我々の立場を勝手に決めやがって!」

「そうよ。これからの生活をどうするのよっ!」


 ハルの身勝手な決定に真っ先に怒りを示すのはカザミヤ研究所所長とその第二夫人エリだ。

 しかし、これに対してハルはハッキリと現実を伝える。

 

「あきらめて現実を見なさい。これほどの大参事を起こしておいて『ごめんなさい』だけじゃすまないのよ。このままボルトロール王国に留まっても、イドアルカ機関と運命を共にする気? それこそ、滅亡するわよ」


 そんな白魔女ハルからの指摘に最も愕然とした反応をするのは第一夫人カミーラだった。

 彼女は顔面蒼白になり、ブルブルと小気味に震えていた。

 いつも自信家である彼女らしくない行動であった。

 

「カミーラ、何をビビッてんのよ!」


 エリはそんな第一夫人の態度を馬鹿にする。

 いつも上から目線で物言うカミーラにこの時ばかりは仕返しした形だ。

 しかし、ここでのカミーラの反応は大真面目であった。


「駄目です。皆さん、ハルさんに助けて貰ったこのチャンスを逃しはなりませんよ!」


 ここでてっきり自分の意見には同調してくるものだと思っていたエリはカミーラのそんな反応に面食う。

 

「一体どうしたの? カミーラ? まさか本当にビビッたの?」


 まだ状況をよく理解できていないエリはそんな嘲りの態度を示すが、それはカミーラから注意された。

 

「皆さんはボルトロール王国を甘く見ています。今回の騒動に大きく関与したイドアルカ特務機関やこの研究所はこのままでは相当な責任の代償を払わされるでしょう。勿論、それは金額の話ではありません。良くて解体・永久謹慎、最悪で処刑」


 カミーラの発した『処刑』の単語を聞いて、ようやくエリも事の重大性について認識した。

 それまでは罰としても活動自粛ぐらいの感覚であったが、ここで必死に訴えてくるカミーラの様子からようやく現実世界での局面を理解したようだ。

 ボルトロール王国の常識からすれば、失敗者――特に今回は王族にまで死傷者を出した今回の事件の関係者――にはそれぐらいの罰が当前のようだ。

 現状の局面でかなり危うかった事をようやく理解できたようで、白魔女ハルもホッと息を吐く。

 

「そういう訳よ。この王国・・・いや、この世界の常識を甘く見ない事ね」


 ここで顔が強張ったのはエリだけではなく、多くのサガミノクニの人々が不安な顔へ変わった。

 

「ハ、ハル・・・私達、大丈夫よね?」


 真っ先に不安な気持ちを伝えてくるは親友のヨシコだ。

 彼女はトシオに傍に駆けより、今まで縄で戒められていた自分の手首をさすっている。

 ヨシコにしてもこの世界に召喚されて以来の不安な気持ちを感じているのだろう。

 心を透視する能力がなくてもそれは十分に感じ取れるハルであったから、できるだけ不安を与えないようにした。

 

「大丈夫よ。私達は亡命する事が赦されたわ。私はこう見えてお金持ちなのよ。エクセリアで百名ぐらい暮らせる土地だって持っているわ。そこでひっそりと暮らせばいいの」


 自信満々にそう述べるハル。

 この時の彼女は逞しかった。

 一体彼女がどの程度の財産が保有し、どの程度の土地も持ち、エクセリア国内でどのようなポジションを得ているかは不明な事でもあったが、先程エクセリア国王と王妃とのフレンドリーな会話を見せられているので、エクセリア国でもそれなりの立場だと思われる。

 少しだけも不安は払拭された。

 

「隆二も良いわね?」

「その姿で『隆二』と言われても違和感あるぜ・・・しかし、俺はこのボルトロール王国でもっと活躍したいんだ。今回の件だって俺が悪い訳じゃないし・・・」

「まだそんな事を言っている!」


 未練がましくそう述べるリズウィに呆れを覚える白魔女ハル。

 

「いい、隆二? アナタは赦しを求めているようだけど、もう無理なのよ。果たしてアナタに殺された人は納得してくれるかしら? もし、アナタのお父さんやお母さんが誰かに殺されたとして、その相手から『自分は操られていただけ、すべて無かった事にしてくれ』って言われて赦せる?」

「それは・・・」


 そんな例え話を聞かされて、リズウィもいろいろと考えてしまう。

 自分の両親が殺された相手にそう言われた事を想像してみて・・・やはり赦せない。

 ここで初めて殺された側の人の気持ちが解ったような気がした。

 

「いいわね。アナタもひっそりと暮らすの。もう勇者の仕事はおしまい。引退よ!」


 ガックリうな垂れるリズウィの姿を見て、まだ納得はしていなくても、この措置だけは受け入れてくれたと理解するハル。

 そして、ここでハルはリズウィに付随する諸問題についてもここで対処しておく必要があった。

 ハルは周囲を見渡し、件の女性を発見する。

 それは束縛されたままのフェミリーナ・メイリールであり、彼女に向かってゆっくりと歩み寄る。

 対するフェミリーナは白魔女ハルの事を脅威の魔術師だとも思っているのか二歩後退った。

 

「待ちなさい。フェミリーナは弟との子供を身籠ったと主張(・・)して婚約したようね。弟はエクセリアに連れて行くけど、アナタはどうする?」

「うっ・・・」

 

 全てを見透かすような白魔女の鋭い瞳に射抜かれて、視線が外せないフェミリーナ。

 彼女は嫌な汗をかいている。

 

「その子供のため、また、妻としての務めを果たすならば、アナタが私達のコミュニティーに入る事を歓迎するわ。それとも、こんな立場になってしまった隆二を捨てる? それでも構わない。アナタにはとってこんな状況になるなんて想定外だったのでしょう。そのことは契約不履行だと主張しても、誰からも咎められないわよ」


 白魔女ハルの問いにしばらく回答を迷うフェミリーナだが、彼女の判断はそれほど時間が掛からなった。

 

「そ、想定外よ。こんな事・・・私は勇者リスヴィだから嫁ごうと思ったのよ。ボルトロール王国以外の人間に嫁ぐ気なんてありません」


 気丈にそう応えてきたフェミリーナに、白魔女ハルはふっと笑みを浮かべる。

 それは意味深な笑みだ。

 別離を選択したフェミリーナに少々ショックを受けているリスヴィであったが、ハルはその事を無視した。

 

「賢明な選択ね、フェミリーナ。そもそも妊娠したなんて嘘だったんでしょ?」

「う、嘘じゃ・・・」

「無駄よ。私は心が読めるから。これはアナタやメイリール家が画策した企みだわよね。私に嘘は通じないわ。神殿に施した多額の寄付は無駄になってしまったようだけどね。それでもアナタが隆二の事を好きならば・・・と思ってもいたけど、アナタと隆二は別れた方がいい。それが互いの為よ」

「うぐ・・・」


 表情が曇るフェミリーナ。

 白魔女ハルの言うとおりであった。

 フェミリーナはメイリール家と親密な関係にあった神殿に多額の寄付をして、妊娠証明を偽装して貰ったのだ。

 時間が経過すれば、流産したとでも嘘をつくつもりであった。

 とどのつまりリズウィと婚姻が成立して、アンナ・ヒルトから彼を奪えれば何でもよかったのだ。

 全てはボルトロール王国一の勇者リズウィの第一夫人の座を得るための女の策略。

 しかし、当の勇者がボルトロール王国から追放されるとなれば、フェミリーナの中でリズウィの評価価値は下がってしまう。

 彼女が得たかったの『勇者の妻』という立場だ。

 その立場を失った只の『リズウィ』に嫁ぐ意味なんて全く無いのだから・・・

 そんなフェミリーナの事を軽蔑の眼差しで観るのは、対抗馬となっていたアンナ・ヒルト。

 彼女に白魔女ハルも気付いて、アンナにも意向を聞く事にした。

 

「アンナちゃん。アナタはどうする? 私の個人的な意見としては弟のことを支えて欲しいんだけど・・・」


 次にアンナに同じ事を問うた。

 

「私は・・・」


 選択を迷うアンナ。

 アンナの心の中でリズウィに対する好意と、そうするとボルトロール王国から自分も出奔しなくてはならず、王国に対するヒルト家の立場を思う彼女の心が揺れていた。

 

「いいのよ。アンナちゃんがどちらの選択をしても。どのような結果になっても、私はアナタを恨まない。この選択はアナタの人生にとって大切な事だからね」


 白魔女ハルはそう言い、このことはアンナの自由選択に委ねる事とした。

 逆にリズウィはアンナがここで自分を選んでくれるのかが気が気でならない。

 そして、アンナの選択した答えは・・・

 

「リズウィ・・・ごめんなさい・・・」

「えっ!?」


 リズウィは予想外の顔。

 リズウィの中ではアンナは自分を選んでくれるだろうと根拠のない自信を持っていたが、ここでアンナは祖国を裏切る事ができなかった。

 

「そっちを選んだのね。まぁいいわ・・・人、それぞれよ。愛だけで現実世界は生きられないからね・・・」


 白魔女ハルは現実的な選択をしたアンナをあまり責めなかった。

 逆にリズウィは自分の事を好いているものだと根拠のない自信があったものだから、ここでアンナが拒否を選択するとは思っていなかったようである。

 

「そ、そんな・・・」


 落ち込むリズウィ。

 それでもハルは弟を慰めた。

 

「隆二、これは仕方のない事よ。ここでアンナちゃんが私達についてくるという選択は家族や祖国を裏切る事と同じ意味。アナタがその対価を彼女に払えるの?」

「・・・」

 

 そう思いながらも、もし、相手がアークならば、迷いなく自分について来る選択をしたと思ってしまうハル。

 

(だめね・・・それだと惚気になるわ)


 少しの間、優越感に浸ってしまったハルだが、今はその時じゃない、と自ら気を引き締めるハル。

 しかし、夫のアークにはこの気持ちは筒抜けだったようである。

 騎士がそっと近寄って、魔女を抱きしめた。

 その行為がやけに嬉しかった。

 

「うふふ、愛しの我が夫様。アナタには酷な選択をさせたかもね」

「我が妻よ。僕を試しても無駄だよ。僕はかつて宣言をしたじゃないか、君が何処に行こうとも共に道を歩むと」


 そして、優しいキスをする。

 ふたりの接吻は自然な成り行きであり、そこに欲望や邪な雰囲気は一切ない。

 ここで互いに仮面が邪魔な遮蔽物だと認識して、相手の仮面を外した。

 魔法の仮面は敵意的な意思が無ければ、特に反発する事なく簡単に外せる。

 すぅーっと自然にふたり仮面が外れて、その素顔が露わになった。

 これだけ多い人前で彼らが仮面を取る行為は初めの経験であったが、これが神聖な儀式のひとコマでもあるかのように周囲に映った。

 変化の魔法が解けて、白魔女の髪色が銀から黒に蒼の混ざる色へ。

 そして、漆黒の騎士は黒い長髪から金の短髪に。

 互いによく知る姿のハルとアーク・・・いや、正確に言うとアクトだ。

 こうして、仮面を纏ったボルトロール王国でも大反乱を鎮めた謎の両英雄はこの場面より退場となる。

 元の姿に戻ったハルはここでガクッと力が抜けた。

 

「ハ、ハル? 大丈夫か?」

「大丈夫・・・ちょっと、数週間寝てなかったから、その反動がね・・・」


 寝ると意識が低下して支配魔法に抵抗できなく、そんなことからハルは眠らずで毎日を過ごしていた。

 それも仮面の強化(ブースト)でなんとかなるのだ。

 しかし、人間の姿に戻ったところで限界を迎える。

 

「いいよ。ゆっくり寝てくれ」


 アークがそう言うと、安心したのか、ハルは直ぐに寝息を立ててしまった。

 灰色ローブ姿の魔女をお姫様抱っこした剣術士アークは遠慮なく自分達の対価を申し出た。

 

「彼女を休ませたい」


 これに、いち早く応えたのはセロ国王。

 

「よかろう。彼らは救国の英雄。丁重に扱え。王国一の客人として寝所を提供してやろう!」


 そんな指示が闘技場に響く。

 この指示に異を唱えるボルトロール王国民は誰一人いなかった・・・

 


次話は明日公開します。

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