第九話 死の女神と月の影神
「ぐ・・・このクソ魔女め。初めから謀ってやがったか!」
「そんな顔をしないでくれる。アナタこそ、私の可愛い弟の身体を乗っ取って、ただじゃおかないからね!」
「うるせぇっ! 貴様の手足切り刻んで、公衆の面前で犯してやる!」
そして、勇者リズウィの身体を支配するシャズナは魔剣ベルリーヌⅡを振り回して襲い掛かってきた。
彼が狙うは白魔女の肩、腕を斬るつもりだ。
しかし、それを阻止するのが当然、夫である漆黒の騎士の役目。
ガンッ! バリバリバリ!
魔剣エクリプスで魔剣ベルリーヌⅡの刃を防ぐ。
互いに鋭い切れ味の魔剣であり、それ以上に魔法的な何かが反発してバリバリと火花が飛び散る。
「俺は勇者リズウィの剣技が全て使える。それに加えて支配の魔法は強化もできるんだぞ!」
シャズナは不敵な笑みを浮かべて魔剣に魔力を込める。
そうすると残像が発生して、何個も魔剣が現れた。
バ、バ、バ、バーンッ!
幾重にも重なる剣撃。
既に人間の剣術士の限界を超えた攻撃だ。
しかし、アークも負けてはいない。
仮面の力を最大限利用して、これと同等の技で対抗した。
「まだ、これぐらいならばついて行けるぞ!」
「ぐぬぬぬ、猪口才な野郎めっ!!」
苛つくシャズナだが、それでも一秒間に数十回の討ち合いは互いに隙が無い。
事態を打開するために何らかの切掛けが欲しいと白魔女は思う。
「アークにだけ任せていると悪いんで、私も加勢しちゃおうかな~」
ハルは悪戯っぽく言が、そこに緊張感はない。
彼女にしてもこれぐらいはまだ序の口。
かつて、銀龍スターシュートと戦った時やラフレスタで獅子の尾傭兵団の幹部達と戦った時の方が大変だった。
そんなハルは魔法を練りアークを支援する。
「蜘蛛の巣よ。私の願いに応じて召喚され、拘束の糸で彼の者の自由を奪い給え!」
白魔女にしては珍しく呪文を唱えると彼女の周囲に魔法陣が現れる。
蜘蛛の巣に似た幾何学模様で描かれた魔法陣がオレンジ色に輝く。
それは粘着性のある糸により相手の自由を奪う白魔女のオリジナル魔法だ。
これでシャズナの俊敏な行動を奪おうとした。
シュラ、シュラ、シュラ、シュラ!
魔法陣が明滅して、内側から大量の蜘蛛の巣が吐き出される。
それがリズウィの身体を雁字搦めにしようとしたとき、彼の魔剣ベルリーヌⅡが輝いた。
そうするとまるでそこに魔法の引力が発生したように、蜘蛛の巣の魔法は次々と魔剣ベルリーヌⅡに向かって吸い込まれる。
「俺に魔法は効かねーんだよ!」
不敵に笑うリズウィ。
ここでようやく、この魔剣の存在を思い出すアークとハル。
「仕舞ったわ。この魔剣『ベルリーヌ』って魔法吸収能力があったのよね・・・あの獅子の尾傭兵団のヴィシュミネが使っていた魔剣と同じ銘だったのをすっかり忘れていたわ」
「そうだ。ベルリーヌ『Ⅱ』と言っていたから何らかの改良がなされていると思うけど・・・確か、あの魔剣には気持ち悪い能力があったな」
かつての強敵ヴィシュミネの使っていた魔剣ベルリーヌ。
それは死の女神『ベルリーヌ』の名を冠した魔剣――ただの魔剣ではなく、人の生命も魔力に変換して吸収していた。
吸収した魔力を利用する事もできる兵器。
最後にはその力を暴走させてしまい、異形の魔人に変貌してしまったヴィシュミネ。
アークとハルは今更ながらに同じ魔剣を扱うシャズナを警戒した。
「へへへ、この魔剣を作った奴は天才だな。この仕組みを理解できている俺はこんな事もできるんだぜ。それっ!」
シャズナは自ら魔力を高めると魔剣ベルリーヌⅡがそれに呼応する。
シュル、シュル、シュル
先程吸収した魔法の蜘蛛の糸が吐き出される。
これは魔剣ベルリーヌⅡが持つ吸収した魔法を逆転させる機能だ。
「むむっ! これは僕が防ごう」
アークが魔剣エクリプスをくるくると回し、吐き出された魔法の糸を受け止めた。
そうすると魔力が分解され、無効化される。
「チッ、互いに魔法吸収の力を持つと、魔法では勝負がつかねぇ~か・・・」
アークの持つ魔剣エクリプスの力を忌々しく思うシャズナ。
「俺が持つ魔剣『エクリプス』。その銘の意味は月の影で太陽を喰らう事。貴様の邪悪な企みも喰らってやろう!」
「生意気な事を言う奴。やはり、俺はお前が気に入らない。互いに魔法戦では千日手となってしまうからな」
「望むところ。ここは剣で勝負だ! 亡霊のシャズナめ!」
アークはそう切り替えて、魔剣エクリプスで戦おうとする。
そうすると、また、シャズナは高速の剣を展開して守備を固める。
ガン、ガン、ガンッ!
剣の戦いでも千日手になってしまうようで、互いに決着がつかない。
しかし、ハルはこの攻防の本質を見抜いていた。
「アーク・・・相手が隆二だからって遠慮しちゃだめよ。怪我をさせてもいいから」
「しかし・・・」
「悪い事やっているんでしょ。ならば自業自得よ!」
ハルはそう述べて、遠慮なく自らの魔法の白い杖を振り抜き、リズウィを殴りに行く。
魔術師が肉弾戦を選択するなんて非常識だ。
しかも、ハルは心の共有によりアークが持つブレッタ流剣術の技をそのまま得ているので、踏み込みの鋭さも名人級である。
バシンッ!
「ぶはっ!」
アークと剣の討ち合いで必死なシャズナ相手に、傍から白魔女がフルスイングした白い杖による殴打が見事に決まった。
リズウィの頬は右から顔面に強烈な殴打を喰らって、血を吹いてぶっ飛ばされる。
まったく遠慮のないハルの一撃はアークが思わず手を止めてしまったぐらいである。
「ハ、ハル・・・やっぱり、弟君を本気で殴るのは不味いんじゃ・・・」
「いいのよ。人様に迷惑を掛けているこの状況ならば、身体を乗っ取られてしまった隆二にも少しぐらい責任あるわよ」
ハルの顔は厳しい。
これまで調子に乗っていた弟の行動を戒める気持ちも籠っていたりする。
「ぐ・・・この、クソ魔女め・・・」
よろよろと立ち上がるシャズナは口から血を流している。
おもいっきりハルからぶっ叩かれて、口の中を切ったのだろう。
当のシャズナは怒り心頭である。
しかし、ここで怒りに任せて殴り返してこなかったのは、彼の心がシャズナだからだ。
彼は元魔術師なので狡猾さは勇者リズウィよりも上である。
シャズナはここで魔剣ベルリーヌⅡを高々と掲げて、自身の魔力を漲らせる。
「俺に支配されろっ!」
シャズナは最大出力で支配魔法を放つ。
「莫迦ね。私達にその魔法は効かないわ」
ハルが自分達に支配魔法は無駄であると言う。
しかし、シャズナの狙ったのはそこではない。
支配魔法の光は白魔女と漆黒の騎士を通り過ぎて、彼らの後ろに立つ人達に作用した。
「うぉぉぉ、この命、シャズナ様の為に!」
「殺せ。魔女を、騎士を、殺せぇーーーっ!」
支配魔法の直撃を受けたのは王国の守備軍の兵士達だ。
彼らはまるで生ける死者のごとく喚く。
前衛の兵士は支配魔法に対抗するサングラスをかけていたが、その数は全てではない。
対処していない後方の兵士達がシャズナの支配魔法の餌食となってしまった。
「うぉぉぉーーーっ!」
気持ち悪い唸り声を挙げて白魔女と漆黒の騎士へ殺到する兵士達。
「む、新たに支配されてしまったか」
「面倒ね・・・元はシャズナの兵じゃないから殺せないし・・・でも、彼らの対処はそれほど難しくないわ」
白魔女のハルはまだ展開しっぱなしだった蜘蛛の魔法陣の指向性を新たに迫る集団へと向ける。
シュバ、シュバ、シュバ!
粘着性の高い糸が魔法陣から彼らへ向かって放たれた。
「な、何だ!? これ! ネバネバする!?」
「わーーっ、絡まる。お前ら引っ付いてくるなぁ! 俺は女の方が好きなんだ」
「何よっ! 身体を密着させないで、汚らわしいわね! キャーー!」
阿鼻叫喚の声が響き渡り、シャズナが新たに支配した兵士達は大混乱に陥る。
彼らは白魔女の敷いた蜘蛛の糸の魔法の結界に嵌り、兵士は男女の性別に関係なく文字どおり雁字搦めにされて、ひとつの大きな塊にされる。
こうして、新たなシャズナの僕は簡単に無力化されてしまった。
「ぐ・・・役に立たない奴らめ。頭悪過ぎだろっ!」
彼らを罵るシャズナだが、支配された兵士は単純な命令しか実行できないのだ。
そこに支配魔法の限界があった。
猪突猛進で進撃するならば、部類の強さを発揮する彼らだが、その思考能力は低下する傾向にある。
そして、彼らを束縛している魔法についてはハルが得意中の得意であったりする。
「いくら支配して僕を増やそうとしても無駄よ。私達が全て拘束して、無害化してあげるから」
「そうだ。無駄な抵抗はよせ。お前に勝ち目はない。支配したリズウィ君を解放せよ!」
「・・・駄目だ。こいつを解放すれば、俺の存在は無くなってしまう。俺はまだ野望を果たしていない、消滅する訳にはいかない!」
断固として負けを拒否するシャズナ。
そんなシャズナの姿を見て、アークがこれ以上の説得は無理だと判断した。
「解った。それでは一撃で終わらせよう」
魔剣エクリプスを構えて、気を漲らせる。
漆黒の騎士の雰囲気が変わった。
彼の気配の変化に気付いたシャズナだが、それでも負けじと魔剣ベルリーヌⅡを携えて対抗しようとする。
しかし、剣術士として本気になったアークの前に、所詮、元魔術師であるシャズナは敵にもならなかった。
「破っ!」
鋭い発奮と共に魔剣エクリプスを一閃。
それは目にも止まらない速さ。
本気になったアークの剣技だ。
その直後、宙を舞ったのは、魔剣ベルリーヌⅡを持つ勇者リズウィの腕。
勇者リズウィの右腕はその根元からキレイに寸断された。
「ギャァーーーーーッ!!」
激痛よりも心の驚きでのた打ち回るシャズナ。
突然右肩から先の感覚が途絶えた。
心だけの存在であるシャズナはリズウィの脳が感じた痛みの感覚を遮断できるが、リズウィの脳が感じた『敗北』と言う名の衝撃だけは遮断できなかった。
ここでの結果は剣術士にとって利き腕を失うと言う完全に負けを意味している。
鋭利な刃物と高い剣技によって肩から上手く斬られたのか、出血は驚くほどに少ない。
痛みやダメージよりも、これで自分の負けが確定ところが隆二にとって精神的な苦痛となっている。
「畜生。畜生・・・狡い。そんな滅茶苦茶な魔道具を持つお前達が狡い・・・俺は消滅する訳には・・・俺にはこのボルトロール王国を破滅させる野望が・・・俺がやらねば、ゼルファ国が、ボルトロール王国に滅ぼされたゼルファ国が浮ばれやしない・・・俺には使命が・・・」
口惜しく恨み節を吐くシャズナ。
しかし、ここでシャズナの主張に反対する声が挙がる。
「ゼルファの民はそんなことを望みません・・・少なくとも王家である父や私はボルトロール王国に恭順する『和平』を選択しました。アナタの主張していることはゼルファの総意ではありません・・・ただの身勝手な欲望です! 独立を勝ち得た先に何があると言うのですか?」
セロ国王の戦闘馬車から飛び降りたリューダは大声でシャズナの主張を否定する。
これにシャズナは・・・すぐに反論する事もできず、ただ口を開けてワナワナとしている。
それまで勝ち気で身勝手な主張を続ける人物がシャズナだと思っていたアークは意外とも思える反応だった。
しばらく考えたシャズナは・・・
「ハハ・・・ハハハ、ヒャハハハハ!」
狂ったように笑い出した。
あまりにも狂人的なこの変化に、周囲の人達はこの男から異様なものを感じた。
本当に最後で狂ってしまったのか・・・と・・・
「ククク・・・そうだな。確かに俺の反乱なんて誰からも認められていない・・・身勝手なものか・・・それは言えるだろう・・・な」
何かを諦めたような表情のシャズナ。
「ならば、ここで全てを終わらせてやろうじゃないか・・・聞こえるだろう? 研究所の諸君・・・ここに『消滅弾』を打込め。すべてを消滅させて終わりにすればいい・・・そうすれば、俺の勝ちだ!」
シャズナの心の命令は支配魔法によってすぐに研究所の人間に伝達される。
白魔女ハルが身を以て理解させられたのはシャズナの、いや、研究所で開発された支配魔法の完成度の高さを・・・
それは本人の意思では絶対に抗えない完ぺきに近いものだ。
自分がトシオの支配魔法を躱せたのも偶然による結果に近かった。
(トシ君から私の本当の姿が見たいと懇願されて白仮面を被らなければ、アレに抗うのは難しかった・・・)
それを考えると、シャズナが下した命令『消滅弾による攻撃』は絶対に来るものだろうと認識する。
研究所の中庭に備え付けられた『列車砲』の照準がここに向けられているのは確実。
どうやってこれに対処すればベストなのか、彼女は短いで時間でその答えを考えなくてはならなくなった・・・




