第八話 白魔女、対、漆黒の騎士
話は少し遡り、研究所内で列車砲を発射した直後の描写から始まる。
ドォーーーーーン!
空気を揺るがすような大爆音と共に研究所内庭に設置された列車砲より『消滅弾』が発射された。
研究所に所属する警備魔術師に命じて、光学魔法で標的の着弾状況を確認するクマゴロウ博士。
「当たったが・・・チィ、少し逸れて城門か・・・オイ。蒸気圧力の設定は本当に九に合わせたのか?」
苛立つクマゴロウ博士。
蒸気圧力の設定した工員に怒鳴る。
計算予測と着弾点があまりにも違っていたから蒸気設定を間違えたのだとすぐに察した。
「何を言っているの! ちゃんと指示どおり八に合わせたわよ」
ここで怒鳴り返してくるのは白魔女ハル。
本来の工員は度重なる徹夜で疲弊していたため、人手不足を彼女が補っていた。
その彼女は指示書に『八』と書かれた紙をひらひらと振る。
「く・・・指示系統のミスか・・・」
苦虫をすり潰す顔になるクマゴロウ博士。
大事なところで失敗してしまった。
その横にいたトシオ博士は彼を窘める。
「クマゴロウ博士。仕方ありません。今回はシャズナ様からの突然の指令。対応するにも我々は既に徹夜の連続で人員が十分でなかったのですから、発射できただけでも及第点だと思いましょう。それに城門は破壊できました。革命軍の反乱の狼煙の象徴としては悪くないと思います」
「ムム・・・そうだな。確かにシャズナ様に対する研究所の最低限のメンツは保たれたか。しかし、できれば初撃でセロ国王を暗殺しておきたかった」
「ですね。しかし、セロ国王が必ずしも謁見の間にいるとも限りません。もしかすればたまたま城門に出かけていて、そこをドカンとしたかも知れませんよ」
「そんな上手い話はない」
クマゴロウ博士が呆れとそう答えようとしたところで、研究所に迫る軍隊の存在が明らかになる。
「敵襲。敵襲だーっ!」
見張り役の警備部の人員からそんな警告が出る。
それを聞いたハルは・・・
「当たり前よね。ここからこんな目立つ兵器で反旗を翻したのだから、討伐隊が来ても当然でしょ」
しかし、研究所職員は大慌てである。
彼らはほぼ全員が王子革命軍の結成式に出席させられていたので、その時シャズナより支配魔法を受けていた。
だから彼らは目前の目的の事しか考えられない。
大慌てで研究所の城の跳橋を上げて、魔法部隊を配置して、籠城戦の準備をする。
そして、あっと言う間に討伐隊がやって来て小競り合いへと発展した。
ドーン、ドーン
討伐隊からの魔法攻撃が降り注ぐ中、白魔女のハルは列車砲の蒸気バルブ調整場所から難なく空中を飛行し、研究所の幹部達の集う場所に戻ってくる。
「アナタも早く反撃戦に参加しなさい」
研究所の防衛を任されたアンナ達が白魔女に協力を促す。
しかし、ハルは首を横に振った。
「嫌よ。それは契約には無い仕事だわ」
「契約に無くてもやるの。シャズナ様のため、リズウィのために働くのよ!」
アンナは少々キレ気味でハルに行動を促す。
しかし、当のハルはこれを完全無視して全く協力しようとしない。
不機嫌になるアンナはこの研究所で現在ハルの上司であるトシオ博士に助けを求めた。
トシオもここでヤレヤレという感じでハルに協力を要請する。
「エザキ部長・・・僕からもお願いします。今は非常事態です。ここで列車砲を失えば、革命軍が窮地に立たされてしまいます」
トシオは現状を見かねて説得をする。
そんなお願いをされると、白魔女ハルもようやく重い腰を上げた。
「こんな無謀な計画で相手に喧嘩を売るからよ。でも、トシ君がそう言うならば、仕方がないわね・・・ほれっ!」
白魔女ハルは短い時間で軽く魔力を練ると巨大な火玉を三つ発現させる。
同じ魔術師であるアンナから見ても滅茶苦茶な魔法であるが、その威力は絶大。
そんな凶器的な火球を軽やかに飛ばして、跳ね橋前の広場へ着弾させる。
ドカーーーーン!
列車砲の発射音に負けない大音響が響き渡り、広場が火の海になった。
着弾現場を見れば、討伐隊の馬車が焼けて大騒ぎになっている。
「敵襲、敵襲。後退しろ、狙い打ちされるぞー!」
ここに陣を敷こうとしていた討伐代の指示系統が大混乱に陥った。
死者はいなかったようだったが、延焼して火事現場のようになり、現場は大混乱になっているようだった。
そんな魔法攻撃の威力を目にしたアンナ達は唖然となる。
「これでいいでしょう? 敵さんもしばらくは態勢が整わない筈よ。その間に、こちらの防御を固めなさい」
白魔女の指摘どおり敵側の体制が整うまでは相当な時間が必要になるとは誰の目が見ても明らか。
そんな破滅的な攻撃を軽く熟すリズウィの姉の存在に戦慄するしかないアンナ。
「ハルさん、素晴らしい攻撃魔法です。助かりました。おい、パルミス、アンナ、シオン、フェミリーナ、この隙に防衛態勢を整えるぞ!」
ここで白魔女ハルの働きを素直に評価し、喜んでそう応えるのはガダル。
あの決起集会に呼ばれていた勇者パーティ全員とフェミリーナがこの研究所防衛の任をシャズナより受けていたから、彼らがここに集結していた理由はそこである。
「ちょっと待ってよ、ガダル。こんな魔法・・・本当にありえないのに・・・」
魔術師として感じた非常識さを訴えるアンナだが、ここで彼女の言葉に耳を傾ける者などおらず、残された白魔女は・・・
「少し疲れたから、私はしばらく休むわ」
と勝手に休憩を宣言する。
そして、彼女はどこからか椅子を持ち出して優雅に腰かけ、光魔法で遠くの革命軍が行っている反乱活動の様子を観察する。
まるでテレビで映画でも鑑賞しているようだなと思ってしまうのはトシオを初めとしたサガミノクニの人々であったりする。
その白魔女ハルが顔色を変えたのが、最前線で漆黒の騎士が現れた時からである。
そして、その漆黒の騎士がリューダを解放しようと彼女に手をかけたところで、白魔女ハルの顔色が怒りに染まる。
「あんの野郎ーーっ!」
そして、漆黒の騎士がリューダを捉えて、その唇に接吻した。
白魔女ハルは周囲に有無を言わせず、高度な魔法を発動させて空間にドアを作り、それを開けると光魔法で作られている映像の現場へ瞬間移動した。
この部屋に残された他の研究所首脳陣はそんな非常識な光景にまだ頭がついて行けてない。
まるで、白魔女ハルが映像の世界に飛び込んで行くような不思議な魔法を魅せられたのである・・・
現場に到着した白魔女ハルは自分の夫とその腕の中でうっとりとしているリューダを見つけると、すぐに怒りの口を開いた。
「きっちりと不倫現場は見させて貰ったわ。これはお仕置きが必要ね!」
何かの言い訳を始めようとしていた彼女の夫だが、そんな戯言に聞く耳など持たず、白魔女は漆黒の騎士に襲い掛かった。
「荒れ狂う風の嵐よ!」
白魔女が風魔法を唱えると、巨大な嵐が発現する。
彼女の持つ莫大な魔力と白仮面の魔道具としての機能がそれを可能としていた。
最大級の風魔法が漆黒の騎士に襲いかかる。
「ぐわわぁぁぁーー」
魔法に抵抗できる筈のアークも、何故か呆気なく吹き飛ばされた。
それでも彼は漆黒の騎士。
空中浮遊の魔法も使える。
嵐の魔法でまともに受けて回転して前後上下不覚となるが、それでも空中を二、三回蹴ると、リューダを抱いたまま空中で滞空する事に成功する。
「リューダさん、大丈夫ですか?」
「・・・」
見ればリューダの顔は青い。
初めての空中遊泳を経験した事に加えて、風の嵐もみくちゃされて、酔ってしまったのだろう。
「拙いな。リューダさんを庇いながらだと本気で動けない」
どうするか迷うアークだが、そこで視界にセロ国王の乗る戦闘馬車が目に入った。
アークは空中を蹴ると、その馬車に向かって一直線で飛ぶ。
そして、天井を蹴り破って馬車内へと侵入する。
「のぉわぁーっ。何じゃ!?」
セロ国王は突然の漆黒の騎士の侵入に驚くばかり。
「すみません。突然ですが、リューダさんをお願いします。この中でリューダさんを確実に保護してくれるのは、貴殿しかいません」
リューダと互い面識あるとしてセロ国王にリューダを託す事にした。
「あっ・・・アークさん!」
当のリューダは困惑と混乱半々の状況である。
こんな状態でもそれまでのリューダはアークに守られていたから安心を維持できていたが、ここでアークと別れるのは不安を抱くしかない。
リューダが不安を抱いているのは彼女の顔を見ればすぐに解る。
しかし、ここでアークはできるだけリューダの不安を払拭しようと務める。
「リューダさん、すまない。しばらくここで匿って貰って下さい。僕は妻を宥めないといけません。なにぶん、妻があの状態で少々興奮しております。彼女は強力な力を持ちます・・・騒動に巻き込まれたりすれば、只では済みませんので・・・」
「・・・アークさんが『妻』と言うのであれば、あの白い仮面の女性とはハルさんでしょうか?」
「リューダさん、この事を深く詮索するのは止めてください・・・一応、公には秘密と言う事でお願いします・・・それでは」
リューダとアークの短いやり取りはセロ国王達の存在を無視していた。
そもそも、セロ国王がこのふたりの会話に入る余地などない。
そんな有無を言わせない雰囲気がここにはあった。
そして、セロ国王が口を挟むよりも先にアークは床を蹴り再び外へと飛び達ってしまう。
アークは更に空中を二、三回蹴り、より勢いをつけると、白魔女の敷いた嵐の中へ突入した。
「魔法を無効化する!」
アークは敢えてそんな宣言をして拳を突き出す。
ボワーーーン
そうすると鈍い音がして白魔女の敷いた嵐の魔法が晴れた。
嵐は過ぎ去ったが、その爆心地には革命軍兵士達複数の身体が転がっていた。
彼らは白魔女の起こした嵐を真面に喰らってしまい、飛ばされたり、地面に叩きつけられたりと、それぞれダメージを受けて気絶しているようであった。
「こらーー!! 私の頭の上に被らないで、私を助けなさいよ! 私を誰だと思っているの!」
こんな現場で元気な怒号を吐く女性の声が聞こえる。
それは地面に埋められたままのマチルダ。
彼女が無事なのを確認して、思わずフッと笑みを浮かべてしまうアーク。
ともあれ、白魔女の怒りの嵐で、誰も死者を出してなかった。
安心したのも束の間、アークは自分の後ろに気配を感じる。
「拙い!」
驚いて身構えたが、遅かった。
アークの後ろに姿を現したハル。
彼女に足を掴まれる。
「この色男っ! そんなにモテたいのかっ!」
ハルの怒りの言葉と共に、アークは地面へと引き摺り落された。
バシーン!
力強く地面に叩きつけられたが、それでも白魔女は漆黒の騎士の足を離さない。
彼女はまるで木の枝を地面に叩きつけるように、漆黒の騎士を左右の地面へと叩き付ける。
バシーン、バシーン!
それは非常識な光景。
地面が陥没するのほどの大きな衝撃が延々と続く。
普通の人間ならば確実に死んでいるが、そこは漆黒の騎士、頑丈であった。
「待て、待てーいっ! 我が妻よ。俺の話を聞いてくれーっ! ぐぉッ!」
必死に言い訳をしようとするアーク。
しかし、なかなかハルは彼の弁解の機会を認めようとせず、地面に叩き続ける折檻は続く。
非現実的な虐待に近いそんな光景・・・遠くの戦闘馬車からこれを見せつけられていたセロ国王やリューダは唖然となるが、当の本人達にしてみれば、この程度ならばじゃれている感覚だ。
「私がちょっと目を離せば、女子にモテようとしてっ!」
「待て、待てぇ~。君こそ僕に絶縁状を渡してきて・・・いや、だからって僕が自由に過ごしていた訳じゃないぞ!」
白魔女の顔に青筋が立ったのを察した漆黒の騎士は早速自分の負けを認める。
「このぉーーー! 色男がっ!」
ボン、ボン、ボン、ボンッ!
ここで火炎魔法の乱射。
白魔女だからその威力は半端じゃない。
直径二メートルを超える上級魔法クラスの火球が漆黒の騎士を襲う。
しかも、その数は二十発以上。
早くも上級魔法の灼熱地獄がここに誕生した。
「聞く耳を持たないか・・・仕方がない」
漆黒の騎士は説得を諦めて、白魔女の魔法に対抗する事を選ぶ。
(まさか、ハルも支配魔法の影響を受けて・・・紫に染まった瞳はそれを象徴しているように見えるけど、だけど・・・)
違和感を抱くアークであったが、それでも目前に迫る魔法に対処しなくてはならない。
「ええーい。撃ち落とすっ!」
アークは魔剣エクリプスを取り出し、自身に迫る大火球へ斬りかかる。
そうすると魔剣エクリプスの魔法吸収能力と自身の魔力抵抗体質とが相まって、次々と火球を破壊した。
「おおーっ!」
それを見ていた王国側の兵士達からは歓声が起きる。
彼らにとってこの魔女の上級魔法攻撃とは脅威でしかない。
勇者リズウィとのやり取りも見せられているので、この白魔女は革命軍の手先だと認識していた。
そんな脅威的な存在から守ってくれる漆黒の騎士は、彼らからして友軍の認識である。
漆黒の騎士を自分達の味方であると認識し始めている。
そして、この騎士は素晴らしい能力によって、敵からの破滅的な魔法をすべて無力化してくれる。
彼らから見ても漆黒の騎士は英雄的な働きをしてくれる味方であった。
しかし、当のアークはこれにずっと違和感を感じていた。
パンッ!
(まただ。この魔法は自ら破裂している!)
魔剣エクリプスで火炎魔法を斬る直前に火炎魔法が自戒した。
火炎魔法は飛散して、革命軍の支配する領域へ降り注ぐ。
「熱い! 熱いぞ。退去ーっ」
その結果、革命軍は大騒ぎ。
そうしているうちに建物のひとつに延焼した。
ボウッ!
「わーーっ!」
その建物から飛び出してきたのは武装した新たな一団。
その一団は革命軍や一般人ではなった。
しかし、アークはこの集団を見た事がある。
「あれは反乱組織『名もなき英傑』の一味・・・討伐時に見た事のある奴らだ」
どうやら彼らはこの騒動の成り行きを陰から監視していたようである。
(あわよくば、この騒ぎに同乗するつもりだったのか・・・騒動自体もシャズナが仕組んだものだからな・・・)
そんな事を考えて、ハッとなり白魔女ハルの方を見るアーク。
ここで彼女の視線は獰猛な紫色に輝いていた。
「流石、我が夫。やるわね。それじゃ次にこの魔法はどうかしら?」
彼女は諦めずに別の魔法を行使してくる。
(これは絶対変だぞ・・・僕への魔法攻撃の無意味さはハルが一番解っている筈なのに・・・)
そこまで考えて、アークはここでハルからの魔法の対処を止める。
魔剣エクリプスの構えを解き、力を抜いた。
万が一魔法が当たったとしてもアークは高度な魔力抵抗体質者であり、致命的なダメージなど絶対に受けない。
しかし、アークはそれ以上に確信があった。
それを察知したのか、ハルの顔付きが厳しくなる。
「コラッ、我が夫! 真面目に働け。魔法に対処しなさい!」
ハルの叱咤により、解いた構えをもう一度元に戻すアーク。
しかし、そこにもう力は籠っていなかった。
「いい、行くわよ。私の最大魔法『絶対零度』ーーーっ!」
白魔女にしては珍しく、少しの時間をかけて魔力を練って氷系統の魔法を放ってきた。
その予告どおり上級魔法に区分される冷却魔法――家ほどの大きさがある氷塊の攻撃だ。
ドーーーンッ!
それがアークに着弾する寸前で爆散した。
(やはり予想どおりだ。ワザと放散するようにしている・・・これは偽攻撃か?)
爆散した氷結魔法は革命軍の陣地へ広く降り注ぎ、そして、彼らの頭上に舞い落ちる。
「ギャーーー! 何だこれ? 凍らされる!?」
次々と敵兵は飛散した氷柱に捕らえて、氷の檻に閉じ込める。
「何をやっている。クソ魔女! 味方に被害が出ているじゃねーかっ!」
怒り心頭のシャズナ。
これに対して白魔女はワザとらしく釈明した。
「あら!?・・・私とした事が、でも私が悪いんじゃないわ。この騎士が強いのよ!」
白魔女は軽くそう述べてウインクする。
そこに反省の色は全く感じられない。
「どうやら彼には魔法がまったく利かなかったみたいね。私ったら、支配魔法で彼の特徴をすっかり忘れちゃっていたみたい。こうなったら近接攻撃しかないわ」
白魔女はそう言い訳して、アークに近接戦闘を挑んできた。
白い魔法の杖を取り出し、それを棍棒のように扱って襲い掛かってくる。
空中を自由に動けるのは白魔女も同じ、彼女は優雅に舞い、そして、鋭い突撃で漆黒の騎士へと迫ってくる。
これに対してアークも魔剣エクリプスで対処した。
それでも、刃を向けるのは躊躇われたため、咄嗟に刃を裏側に返して、刃がついてない部分で白魔女の白い杖の突撃に対処する。
「やっぱり、アークは優しいわね。刃を向けてくれても全然構わないのに」
「ハル・・・この場で本名は拙いんじゃないか?」
「もう今更よ。私は研究所ではこの姿で派手にハルとして動いたから、もう秘密にする意味なんてあまり無いのよ」
「それでも・・・と言うか、やっぱり君は支配魔法の影響を受けてないよね?」
近接戦闘で互いの距離が接近しているため、今のアークは声のトーンを落としてそんな会話を試みる。
二人だけの会話であり、周囲には聞こえていない筈。
そのことはハルも承知していたようである。
「やっぱり解った?」
「当たり前だ。僕を誰だと思っている」
「それでも、もうしばらくは解らないふりして欲しいの。仕上げまでもうちょっとだから」
「やっぱり何か企んでいる?」
ようやくこれで違和感が解けたアーク。
やはりハルは何かの理由があって演技を続けているようであった。
「行くわよ。破ぁーーーっ」
ここで白魔女が思いっ切り白い杖を振りかぶる。
何かが来ると察したアークはエクリプスを強く握って構えた。
直後、白魔女ハルから大量の魔力が暴発する。
「うぉっ!」
流石のアークでも焦る魔力量。
まるでここで太陽が爆発でもしたような大量の魔力が放散する。
その魔力は戦場の四方八方へ飛散して、紫色の雲が精製される。
アークはこのハルのオリジナル魔法に見覚えがあった。
人を眠りに誘う魔法の雲だ。
ボワーーーン
そして、予想どおり、革命軍の全兵士と反乱組織『名も無き英傑』の残党の頭上にこの魔法の雲が降り落ちた。
「な、なんだ。これは・・・・ぐぅぅ?!」
彼らは抵抗らしき抵抗もできず昏睡させられた。
これにより、あっという間に約一万人の謀叛人が沈黙する。
しかし、この眠りの魔法を意図的に外された人物もいた。
それは勇者リズウィに憑依したシャズナである。
「く・・・こ、このクソ魔女・・・謀ったな!」
さすがにここまで被害を出せば、白魔女の意図を見抜くシャズナ。
「ええ謀ったわ。支配魔法という卑劣な手段で私の弟の身体を乗っ取った亡霊野郎の活動家さん。アナタの企みはここで全て潰えるのよ!」
「ぐぬぬぬ・・・」
歯ぎしりするシャズナ。
その悪者の恨みが籠った視線を無視して、ハルはアークへと視線を移す。
「アーク、お願いがあるの。私に掛けられた支配魔法を解いて欲しいの」
「解いてって、君は既に支配を脱しているのじゃ?」
「正確に言うと違うわ。私は研究所で支配魔法を掛けられたままなの・・・あ、でも、この仮面を被っている時は自我を保てるのよ」
そこまで聞いて、アークはすべての事情を察する。
薄い状態とは言え、現在、魔剣エクリプスを介して彼女の魂とリンクできているのは伊達じゃない。
「解った。今までその仮面の力で支配魔法に対抗していたんだね。辛かっただろう・・・今、僕が解放してあげるよ。さあ目を閉じて」
アークはここでハルが欲している事を正確に把握する。
リューダにやったように、魔力抵抗体質の力を用いて支配魔法を吸い上げればいいのだ。
そして、アークは全く迷いなく白魔女ハルに口付けをした。
戦場の空中で誰もが彼らに注目している現場であったが、アークとハルに気にしなかった。
一刻も早くそうする事が、彼らにとって自然であり、必要であったからだ。
まるで王女に掛けられた悪い呪いを解く王子がキスするように、神々しい光景である。
この接吻を目にした王国軍の兵士が、感動のあまり涙した者も居たぐらいである。
「あぁぁ・・・心にアークを感じる・・・アナタ・・・ごめんなさい」
ハルは涙を流した。
それは久しく感じてなかったアークの心を、肉体を感じられたからである。
アークも『心の共有』のリンクが回復するのを感じた。
それにより、これまでハルが研究所で経験した状況も同時に理解し、この支配魔法を使ったトシオにも殺意を覚えたが、それはハルによって止められた。
「駄目よ。トシ君は悪人ではないわ」
「そんな・・・君をこんな目に合わせておいて」
「それでもよ。今回は特別、私に免じて彼を許してあげて、彼が死ぬとヨシコが悲しむわ」
「・・・解ったよ」
まだ納得できないところもあったが、結局トシオを許す選択をするアーク。
それはハルの考えを優先させた結果だ。
そして、ハルの目からは紫色の光が消えていた・・・
彼女の瞳の色はエメラルド・グリーン。
白魔女としての本来のカラーリングである。
こうして白魔女ハルは健全な状態に戻った。
それとは対照的に紫の瞳を最大限にギラつかせている男・・・
それが勇者リズウィ。
彼の心に宿るシャズナが最大限の怒りの炎を燃やしていたからである。
「ぐぬぬぬ。こいつらめ! 俺の計画を悉く邪魔する疫病神め!」
魔剣ベルリーヌⅡを抜き、今にも飛び掛かってきそうな勢いである。
しかし、このふたりも負けてはいない。
「さぁ、悪の親玉をやっつけるわよ!」
白魔女ハルはシャズナに負けじと睨み返し、白い杖を向ける。
その杖に魔剣エクリプスが重なった。
「シャズナ。俺達を敵に回した事を後悔させてやろう!」
漆黒の騎士は本日一番の怒気でシャズナを睨み返す。
彼としてはハルやリューダ、リズウィを巻き込んだこの邪悪な革命家が本当に許せなかった。
自分の欲望を達成するために多くの人を不幸にするこの邪悪な存在を、完全な悪だと思った。
久しぶりに本気で宣戦布告をする漆黒の騎士。
こうして、戦いは最終局面へ移行する・・・




