第七話 それぞれの役割
勇者リズウィと別れたガダルとパルミスはボルトロール中央軍務司令部に呼ばれていた。
今日、彼らを呼んだのは中央軍務司令補佐のアトロス・ドレインなる人物で、軍属であるガダルとパルミスの直属の上司に当たる。
「ガダル君、パルミス君、ごきげんよう。変わりはないかね?」
「ハッ、勇者リズウィの動向を確認しておりますが、今のところ謀反の兆候もなく、変わりありません」
直立不動でそう答えるガダルはボルトロール軍の軍人として正しい姿。
アトロスから聞かれた『変わりないか』という単語も、元気にしているかという意味ではなく、ガダルに託された任務について回答したまでだ。
そう、ガダルとパルミスに託された任務とは『勇者リズウィの監視』である。
「多少甘ちゃんのところも相変わらずです。ホントに特等臣民としての意識があるのでしょうか・・・」
ここで感情的に愚痴を溢すのはパルミスだ。
彼はガダルほど冷静にリズウィのことが観察できておらず、多少の感情移入がある。
「それもリズウィ君の価値観だろう。彼を特等臣民として認めたのもセロ国王の判断。我々はそれを否定してはならないのだよ。パルミス君」
アトロスはやんわりとバルミスに注意する。
ボルトロール軍人に求められるものは冷徹に任務を熟すこと、ただそれだけである。
政治的な判断についてはそれを行った国王を疑ってはいけない、それだけを伝える。
「申し訳ありません、アトロス様。リズウィが特別扱いされているので、パルミスが少々妬んでいるのでしょう。未熟なところはお許しください」
ガダルがそう言い、自分の親友の言動を庇う。
「まあいいよ。それほど問題になるほどじゃないからね。ここでは楽にしてくれればいいさ」
「ハッ」
大した問題ではないと優しく言葉を返すアトロスだが、ガダルは知っている。
このアトロスの真の姿は厳しく冷徹な判断を下す上司である事を・・・
もし、自分とパルミスがアトロスにとってデメリットでしかないと判断されれば、一気に切り捨てられるだろう。
そんな裏を知っているため、やや緊張を崩さないガダル。
「それにしても勇者リズウィ君は思った以上に働いてくれるよねー。加えて運も良い。西部戦線軍団の大惨事からも逃れているし、今回は未知の魔物と遭遇しても生きて帰れている。こりゃ、なかなか死なない男だね」
「それは評価されているのでしょうか?」
「そうだよ。ガダル君もバルミス君も無事に帰って来られたじゃないか。勇者リズウィ君は毎回高いリスクが伴う作戦ばかりだ。それなりに被害は出るだろうと覚悟していたのだけど・・・本当に運がいいよね。君達ふたりとも生き残れているし」
アトロスの言いようを解釈すると、勇者パーティと共に行動するガダルとパルミスのひとりぐらいは死傷してしまうかもと予想していたようだ。
実はそのとおりで、アトロスはどちらかが行動不能になっても大丈夫なように、ふたりに同じ任務を託していた。
「我らも勇者リズウィと同じ悪運を持つようです」
「そうかもねー、アハハハ」
軽く笑うアトロスだが、ガダルは笑えない。
自分の命が掛かっているから当たり前である。
「だからと言って、彼に情が沸いちゃだめだよ」
「解っています。もし、勇者リズウィに謀反の兆候があれば、俺達が仕留めます」
「いや、そこまではやらなくていい」
ガダルの覚悟をアトロスは軽く却下する。
「君達に託しているのはリズウィ君の本意を探ればいい。あの男は危険に対する感覚が鋭い。君達じゃ、殺意は隠しきれないと思うよ。殺る前に気付かれてしまうだろう」
「・・・」
「大丈夫。もしもの時の暗殺者は別の人間に託しているから。もし、本当にリズウィ君が我らボルロール王国の敵となってしまった場合、後腐れなく冥府へ送るプロが仕事をしてくれる筈さ」
「それは?」
「君達は純粋過ぎる・・・知らない方がいい」
アトロスはガダル達を未熟者と判断し、その刺客者の名前は明かさなかった。
ガダル達も悔しく思うが、今は自分達がそう評価されているのだから仕方無い。
「・・・解りました」
無理矢理に承服を伝えるガダル達。
それがアトロスにも解ったのだろう、彼はここで飴を出してきた。
「ガダル君もパルミス君も、ここは我慢して自分の職務だけに務めてくれたまえ。もし、君達が上手く成果を示す事ができれば、憧れの特務機関イドアルカ独立部隊に君達を推薦してあげるから」
「ほ、本当ですかっ!」
パルミスが目を輝かせてそう答える。
軍務組織の中でも秘匿性の高い特務機関イドアルカ。
その組織は一部のエリートだけで構成され、給金も超一級であると噂になっていた。
パルミスは暗殺者としてこの組織での活躍する事に憧れを持っていた。
しかし、イドアルカは秘匿性の高い機関。
普通の方法での転属は難しいのだ。
だが、このアトロスはイドアルカの幹部とも親交があるため、転属の口利きが可能である。
パルミスはここにチャンスが来たと思ってしまう。
「ああ本当だよ。もし、この作戦で成果が示されれば、イドアルカの総帥も君達の活躍が耳に入るだろうね」
「わ、解りました! 俺、頑張ります」
「よしくねー。あ、でも、無理矢理リズウィ君を反逆者に仕立てちゃあ駄目だよ。あの勇者にはまだまだ働いて貰わないといけないのだからねぇ・・・ウフフフ」
意味深に笑うアトロス司令補佐。
しかし、彼の意図は深淵にあり、ガダルとパルミスには解らない。
それを知りたいと思うが、深く探ってはいけないと直感的に感じた。
そんな政治的な洞察力を、彼らが次の立場に躍進するならば求められる・・・彼らのボルトロール人としての感覚でそんな処世術を発揮するのであった。
軍務で呼び出されて、秘密の指示を再び与えられたガダルとパルミスだが、同じように秘密の指示を与えられている勇者パーティのメンバーは他にもいる。
それはアンナ・ヒルト。
彼女は、今、実家のヒルト家の屋敷に戻ってきている。
そこで、夜中に実母より呼び出しを受けた。
「いい? アンナ。勇者とはどこまで関係が進んだの?」
「リズウィとは二回ほど夜を共にしました。お母様」
その回答にアンナの実母は頭に手をやり、ハァーと溜息をつく。
「アンナ、駄目じゃない。半年で二回じゃ。ぜんぜん駄目ね! 気が遠くなるほど時間をかけているわ・・・」
「・・・でも、リズウィは雰囲気が良くないとなかなか応じてくれなくて」
「そんな言い訳は聞きたくありません! あなたの使命を忘れたの?」
「い・・いえ・・・」
声が小さくなるアンナ。
そう、実母から勧められているのは勇者リズウィと強い男女の関係を結ぶ事。
彼女に与えられた使命とは、勇者リズウィを誘惑する事であり、彼をボルトロール王国の真の身内として引き入れる事である。
「いい、アンナ。アナタは我らヒルト家に残された最後の希望なのよ。グラハイルのように失敗しないで頂戴!」
実母がここで非難するのは夫であるグラハイル西部戦線軍団総司令の事だ。
「あの愚夫め! ただ負けて国に損害を与えただけじゃなく、全軍が敵に捕まり捕虜になるなんて。もう、一族の恥晒しよ。私がどれほど笑い者になっているか! グヌヌヌ!」
悔しさで歯ぎしりをする実母。
アンナもその気持ちはよく解る。
「そう。父様は失敗しました。ですので、私が挽回します。リズウィの子供を身籠り、彼をボルトロール人として染めてみせます」
「絶対よ。今日はみっちりと私が男を骨抜きにする技を教えますからね。成果を期待しますよっ!」
「う・・・」
ここで異常にやる気を出した実母の迫力に押されるアンナ。
彼女は本当にリズウィの事が大好きだ。
だから、大好きな男性相手に、今回のような強引に関係を迫るのは何かが違うような気がする・・・気がしているのだが、親には・・・いや、ボルトロール王国の方針には逆らう訳にいかない。
求められた成果を出せるようにと自分に言い聞かせ、実母から夜のレクチャーを受けるアンナであった・・・
このように勇者パーティはリズウィを中心として様々な思惑が蠢いているのである。
その当の本人のリズウィはと言うと・・・
「てぃあーーーっ!」
カギーーン
夜の道場で金属の剣同士がぶつかり、火花が走る。
「腕を上げたな。なかなかの反応速度じゃ」
「うるせぇー、ジジイ。今日こそ勝ってやるぜぇ!」
ガキーーン!
再び剣撃が走る。
夜の道場の中をふたりの人間の激しい剣の攻防が続く。
リズウィと対決しているのは老人であったが、そこに年老いた感じは見られない。
恐ろしいほどの手数を放ち、残像を残すほどの素早い動きは普通の人間の範疇を超えている。
凡人が見ると、まるで数人でリズウィに斬りかかるようにも見えるが、それでもここにいるのは老人とリズウィのふたりだけである。
この老人は決して魔法戦士のように魔術を剣術に応用している訳ではない。
純粋に己の修練を高めるだけでこの領域まで剣技を高めているのである。
そう、彼は正に剣術士なのだ。
「てぃあーーーっ! 面、面、メーーーン!」
リズウィが奇声を挙げてそんな俊足の老人に斬りかかる。
練習用の刃を丸めた剣だが、それでも重厚な金属製、当たれば多少の怪我ではすまない。
それでもこの老人は紙一重でリズウィの斬り込みを躱し、間合いの内側へ入ってくる。
「くっそ、素早いジジイめ。胴、胴、小手ーーーっ!」
パシーンッ!
リズウィの打つ剣が老人の迎え撃つ剣によって弾かれる。
「甘い。また、大振りになっているぞ。悪い癖が抜けておらぬわ!」
老人からのそんな指摘に苛立つリズウィ。
「うるせぇー。俺は剛剣で進むタイプだ。噛み切ってやらぁーー。突きーーーッ!」
ここで起死回生の速度で突きを放つリズウィ。
これには老人も堪らず、防御の姿勢で剣を用いて防ぐ。
そこでリズウィがニャッとする。
「うりぁーっ!」
グリ、グリ、グリッ!
突いた剣を器用にグルグルと回転させ、老人の剣を絡め獲って行く。
ピヒャーーン
ここで、甲高い音を発して老人の剣が宙へ舞った。
剣が捻じれて絡んだことで剣幅が応力に耐えられず途中から割れて、その剣先が宙に舞った。
「ぐっ! 腕を上げたな」
ここで老人は腕を降ろす。
潔く負けを認めた。
「どうだ!? これが俺の新しい技。ブラックサンダー・コークスクリューだ!」
「また訳の解らん言葉を。それもサガミノクニ語か?」
得意げに新しい技の自慢をするリズウィに呆れる老人だが、彼の腕は確かであり、そこだけは認めている。
「リズウィ、お前に才能があるのは認めよう。このボルトロール王国で最強の剣豪と謳われるこのイアン・ゴートを打ち負かすとは、もう教える事は何もない」
「師匠そんな事ないぜ。俺はアンタから剣術の極意の全てを教わった。藍より出でて藍より青しだ」
「何だ、それは?」
「優秀な師匠の指導のお陰で、より優秀な弟子が産まれましたって意味だよ。侍の諺さ」
「ほほう、普通ならば、お前ほどの腕を持つ若者はすぐに調子に乗るのだが、お前はやはり違う。よほどにサガミノクニの人々の精神構造は謙虚な心を持つようだ」
「それほどでもねーけど、やっぱり俺が天才だってのが前提だぜ」
「・・・前言撤回しよう・・・やはり調子に乗っておるわ。ワハハハ」
「違いねぇ、ハハハ」
清く笑い合う剣術士のふたり。
そこに嫌味など存在せず、互いの技を称えあう姿があった。
「それにしても、折角王都に戻ってきたのだ。家族のところでゆっくりすればよいだろう」
「・・・チ、駄目だ。俺があそこに居ても苛々するだけだぜ」
リズウィは苛つく顔を隠そうとはせず、そんな不満を述べる。
「親父が駄目だ・・・あんな腐った姿、毎日毎日見せられたら、俺まで廃人になっちまう」
「・・・そうか」
「ああ、そうさ。それよりもここで剣を振らせて貰う方がスッキリするもんだぜ」
リズウィはこの道場で時間に関係なく相手をしてくれるこの老人の存在を正直にありがたいと思う。
王都に帰ってきて早々、この修練場を訪ねて、夜でも関わらず、勇者の稽古の相手をしてくれるこのイアン・ゴートなる人物。
ボルトロール王国では著名な剣術士であり、勇者リズウィの剣術の師匠に当たる人物である。
リズウィはこのイウン・ゴートからボルトロール王国で通用する剣術の全てを学んだ恩人だった。
そして、剣で語り合うこの瞬間だけが、嫌な事を全て忘れさせてくれる。
「ふん。ジジイ。明日も来ていいか?」
「構わん。相変わらず口の悪い弟子だが、剣で語り合うにはいい相手じゃ。儂のボケ防止になるだろう」
イアン・ゴートもリズウィの訪問を嫌がらない。
そこには剣術の高みにある者同志で研鑽する姿があり、陰謀が蠢くボルトロール王国の姿には似合わない純粋な剣術の技を追求できる世界がここにあった。
そんなイアンだから、リズウィには自分の子供に等しい愛着があった。
だから進言しておく。
「リズウィ、ここでひとつ忠言しておこう」
「何だ?」
「己の剣の力だけを信じよ。安易に他人を信じるな。それがこのボルトロール王国で生き抜いく大切な事だ」
「うっせーえなぁ。解ってるよ。それは修行中の時代から何度も聞いているさ」
「ああ、何度でも言ってやる。己の剣の力だけを信じよ。安易に他人を信じるな。それがこのボルトロール王国で生き抜く秘訣」
人生の先駆者は有望な弟子に二度言う・・・それはこの国で生き抜くのに最も大切な事なのだから・・・