第四話 屋敷に迫る革命軍
「貴様は彼ら革命軍の命令を聞けぬというのか。これ以上、悠長な譲歩はできぬ。屋敷に入らせて貰うぞ!」
王子革命軍の兵士はこれ以上の問答は無用と一方的に要件を告げ、ミランダを押し退けて屋敷の中に入ろうとする。
多勢に無勢、ミランダも成す術無く兵士の侵入を許してしまいそうになる。
しかし、ここでふぅと風が吹き抜けた。
突如、ミランダと兵士の間に現れたのは全身黒一色の紳士風の男。
その紳士が長剣を携えている。
「なっ、なんだ。てめぇーは?」
兵士が突然登場した紳士に問う。
その黒一色の紳士は服装や髪が黒一色なだけではなく、顔半分を隠す黒い仮面を被っていたから兵士の認識からしても不審者である。
「私は通りすがりのいち剣術士です。女性を困らさせるのは如何なものかと思い、助太刀に来た次第です」
「な、何を言いやがる。怪しい奴め!」
顔半分を黒い仮面で隠した人間など不審者であるとしか認識できない。
しかも、この人物は帯剣しており、作戦遂行上で障害になりかねない。
兵士達は警戒を強める。
「僕は怪しい者ではありませんよ。一言で言えば正義の味方です。アナタ達・・・『王子革命軍』でしたっけ? それが正義の名の元に行動するのであれば何ら邪魔は致しません」
「ふん、その口調ならば、貴様は我ら『革命軍』の事を何も知らぬ田舎者だな。いいか、俺達は勇者リズウィ様を軍将として集められた精鋭・・・」
「それは違うわ。『王子革命軍』はジン王子が軍将だったはずよ!」
横から口を挟むミランダ。
そんな指摘に、兵士は鬱陶しい顔付きへと変わる。
「解らぬ女だ。王子は既に粛清されたと言っているだろう。現在の軍将は勇者リズウィ様である!」
唾を飛ばしてそう述べる兵士。
ミランダがいちいち指摘してくるのが気に入らない。
ミランダがそれを狙ったのかどうかは解らないが、兵士からの回答より重要な情報を得る事ができた漆黒の騎士アーク。
「その勇者リズウィ君が率いている『王子革命軍』とは何を目的とした軍隊なのかな?」
この問いに兵士の顔がニャッとした。
「そんな事も知らないのか? さてはお前、本当の田舎者の余所者だな」
兵士からの安い挑発・・・そんな挑発に乗るほどアークは子供ではない。
アークのここでの目的は情報収集。
リズウィが秘密裏に進めていた『王子革命軍』の全貌把握だ。
この件に関してリューダからは何も聞いていなかったのも気になる。
彼女は知らなかったのか、それとも何か理由があって、知っていたとしてもアーク達には意図的に伝えなかったのか。
その事もこの兵士との会話で解るかも知れない。
「しょうがねぇ、教えてやる。俺達『王子革命軍』・・・いや、今は『革命軍』だなぁ・・・その目的は悪辣なエクセリア国に囚われた同胞達の救出。これも慈悲深き勇者様のお情けさ」
「なんだとっ!」
兵士からエクセリア再侵攻の話を聞き、さすがに我が耳を疑うアーク。
(あのリズウィ君が・・・)
と考えて、ここで「やはり」と思ってしまう。
「それはエクセリア国に再侵攻すると言う意味か?」
確認のため、そう問い正すと兵士は得意げな顔で答えた。
「そうだ・・・エクセリアに攻め込み制圧した暁には特別報酬が・・・おっと、これは屑王子の口約束だから、もう無しになっちまったのかもなぁ~・・・へへへ」
欲望に塗れた兵士の顔はだらしなく緩み、彼が何を想像していたのか心の読めないアークでも理解できてしまう。
「・・・ならば、お前達は僕の敵となる。エクセリア国に敵意を向けるならば、全力で阻止してやろう!」
漆黒の騎士アークはそう述べると冷徹に魔剣を引き抜いた。
「なっ・・・コイツ、俺達を殺そうってか! やれるのだったらやって・・・ゴフッ!」
兵士の兜は彼が話終わる前に飛んだ。
理由は簡単、アークが剣を振るったからだ。
それは目にも止まらぬ早業。
魔剣の鋭い一閃。
しかし、刃側で斬るのではなく、峰側で弾く。
所謂、峰打ちであり、彼の首は無事だった。
それぐらいの手加減はできている。
それはアークの見た兵士の瞳の色が『紫』だったからである。
紫色に染まった瞳――それは支配魔法に陥っている証拠。
この行動が兵士の本当の心によって行なわれている訳では無い事。
それは彼が完全な『悪』ではない可能性も残っていたからである。
アークは自らの流儀――と言うよりもブレッタ流の教え――から悪以外より命を奪っていけないと決めている。
だから手加減をした。
それでも漆黒の騎士の最速の剣による峰打ち。
三流の兵士を失神させるには十分に威力があった。
「ああ~ん!? コイツ、何をやってくれてんだよ!」
「この男は敵。俺達の邪魔をする奴なんか生かしておくな!」
早速、周囲の兵士がいきり立ち敵意を漲らせる。
「騎士様。助けて頂けるのはありがたいですが、ここは多勢に無勢です」
ミランダから「態勢を立て直すのに一旦逃げましょう」と続けて言葉が出される筈だった。
しかし・・・
キーン、ドン、ドン
目にも止まらぬ速さで動く漆黒の騎士。
その音の直後、近くに立っていた兵士三人が倒れる。
何れも初めに失神させられた兵士と同じ末路。
多少警戒したところで、漆黒の騎士アークの前では敵にならない。
「す、すごい!」
ミランダは自ら暗殺者であり、この世界でそれなりの実力者だと自負していたが、そんな彼女が見ても漆黒の騎士とは格違いの腕前だと一瞬で理解する。
この圧倒的な実力差が理解できないのは敵兵士だけである。
なまじ支配魔法で支配されているので、理性や相手に恐怖を感じる事も無く、機械的に敵対反応を示すだけであったからだ。
「こ、このーーっ!」
「やりやがった。殺してやる!」
少し離れた所にいた兵士は味方がやられた事実だけを認識し、漆黒の仮面に襲い掛かってくる。
そんな状況など、この漆黒の騎士には同じ作業の繰り返しである。
キン、キン、ドンッ!
「ぐわーーっ」
数人が同じ末路を辿ったところで、兵士達はようやく剣術で彼に敵わない事を理解する。
「魔法や矢で何とかしろ!」
誰かかそう叫び、それに従う攻略が進められた。
ボン、ボン、ボン
革命軍の後衛部隊にいた数人の戦闘魔術師が火炎魔法を複数放つ。
これはひとりの敵にしては明らかに過剰な魔法攻撃であるが、漆黒の騎士の異常な強さによって彼らの過剰な攻撃の方が逆に正当な手段のようにも思えた。
「甘いっ!」
迫り来る火球は人の顔ぐらいの大きさ。
ひとつひとつはたいした事ないが、それでもその個数が三つともなると通常ならばひとりの攻撃にしてはオーバーキルな攻撃だが、もっと大きな魔法攻撃を知る漆黒の騎士アークにとってこれはお遊びのようなもの。
ボゥ、ボゥ、ボゥ
彼が魔剣エクリプスで一閃すると飛来する火炎魔法が一瞬にして消失した。
「えっ?」
万が一を考えて水球の相克魔法を準備していたミランダから驚きの声が漏れる。
しかし、受けた衝撃は相手の方が大きい。
「何だと!? 魔法が消された?」
慌てる魔術師達は戦いの場において圧倒的な隙となる。
しかし、漆黒の騎士のアークはここで時間をあまりかけるべきではないと考えて、一気に勝負へと進んだ。
「泥炭の檻よ、来たれーっ!」
気合を入れて魔法を唱える。
現在の彼の頭脳には伴侶より心の共有した時に得られた世界最高の魔法知識を持つ。
それを遠慮なく行使して、魔剣エクリプスに膨大な魔力を注いだ。
そうすると魔剣エクリプスは素直に反応を示す。
漆黒の魔力を纏った魔剣エクリプスを地面に刺すと、魔力が地中へ浸透し、敵側の陣地で広がる。
十分に広がったところで、漆黒の騎士が『粘れ』と命じると、魔力の浸透した地面が全て泥に変わった。
「何だこれは! ぐわっ!」
「きゃっ、底なし沼よっ!」
「うぉぉぉ、沈む。身体が泥で動かせないっ!」
敵陣のあちらこちらで悲鳴が聞こえた。
そして、兵士達全員の身体がぬかるんだ地面に埋もれたところまでを確認すると。
「凝着!」
土魔法に固定化の命令を放つ漆黒の騎士。
そうすると、敵は地面に埋もれた状態で固まる。
こうして、あっという間に、革命軍の部隊は地中に捕らえられる。
これで身体の自由を奪った。
しかし、ここで終わりではない。
「迸れ、稲妻よ!」
地中に刺したエクリプスに雷属性の魔法を命じる漆黒の騎士。
ピカピカ、バリバリーーッ!
「「ギャーーーッ」」
稲光の発生と同時に兵士達の絶叫が轟いた。
彼らを感電させたが、これでも威力は十分抑えている。
こうして、彼らは気絶させられ、ここに攻め入った革命軍二百人ほどの部隊は完全に無力化された。
「これでしばらく気絶しているはずです。それでも支配魔法は解けた訳ではありませんから、早いうちにこの場から避難してください、ミランダさん」
「え・・・ハ、ハイ。アナタはこれからどうするのです?」
突如現れた助人の凄腕魔法戦士は自分達に逃げろと言うが、彼のその後の行動が気になった。
「僕はこの王子革命軍の支配下に落ちているアナタの主人を助けに行きます」
必ずしもそれだけの理由ではなかったが、アークはとりあえずミランダにはそう告げる。
そう言えば、この人が納得してくれると思ったからだ。
「解りました。本来ならば、私もご一緒に行きたいところですが、アナタには足手まといになるでしょう・・・リューダ様を助けて頂ければ、隠れ家二番にいるとお伝えください」
ミランダは直ぐにそんな判断をすると、この場から離脱する事を選ぶ。
彼女の決定の早さに感心しつつ、ここで同行するなどの押し問答まで発展せず、良かったと思うアーク。
ミランダはアークの勧めどおり、撤退を選んだが、屋敷の仲間や客人と会うまでの間、ふと思ってしまう。
(どうして、あの人はリューダ様が意に反して革命軍に関与しているのだと解ったのだろう・・・)




