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第二話 支配の力

 迸る紫の魔光色に渦巻く支配された魂。

 それが魔力の渦となり勇者リズウィへ注がれる。

 本日のドラゴ闘技場の五万人以上の魂が一気にリズウィの支配下へ落ちた。

 これこそ勇者リズウィ――もとい彼を支配したシャズナの真の狙いである。

 シャズナは元からエクセリア国に出征するつもりなど無い。

 シャズナが欲していたものは三つ。

 ひとつは大勢の兵達――それはこの地で大規模な反乱を起こすため、先の摘発で壊滅的な打撃を受けた反乱組織『名もなき英傑』構成員の補填である。

 彼はエイボルトで大規模な反乱を起こす事を考えていた。

 

(王子革命軍の兵士と観覧者も入れて五万人か・・・まあまあだな)


 数多くの支配された心が次々と自分の心にリンクされるのを感じるシャズナ。

 彼の心には支配した五万人分の情報が流れ込むが、もし、彼が生身の人間であったのならば、とっくに心がパンクしてしまうほどの量である。

 ひとえにここまで大量の心を支配できたのは魔剣ベルリーヌⅡのお陰でもある。

 魔剣ベルリーヌⅡには魔力を吸収する能力があり、その仕組みが心を支配する魔法と上手くかみ合い、多数の人の心を支配できるだけの容量を得ていたのだ。

 勿論、これは偶然ではない。

 シャズナが――と言うよりも、イドアルカに所属していたグリッサンドから、研究所の存在と魔剣ベルリーヌⅡの詳しい情報を得ていた事による。

 だから、シャズナは魔剣ベルリーヌⅡの所有者であるリズウィに狙いを定め、初めから彼を乗っ取る計画で進めていたのだ。

 リズウィの持つベルリーヌⅡに侵入し、魔力的に深く融合する。

 肉体を失う結果になったシャズナだが、その代わりに魔剣の所有者であるリズウィを完全支配し、彼の名の元でこの軍隊を手に入れたのだから、シャズナの思惑は成功したとも言えるだろう。

 そして、ふたつ目の目的は研究所の人間を支配下に置く事である。

 彼らサガミノクニの研究者は支配魔法の魔道具を作った技術者である。

 つまり、支配魔法に対抗する魔道具も作る事ができる可能性がある。

 それが支配魔法の持つ唯一の弱点だったりする。

 そうさせないため、彼らを自らの支配下に置いてしまえばいいと考えたシャズナ。


(俺の制御下に置いてしまえば、支配魔法が解かれることは無い。永遠にな・・・)


 そんな考えでシャズナの心を宿すリズウィの顔が歪む。

 ここで支配した数多くの『心の鍵』を心の中で確認してみると・・・


(見つけた。研究所の所長と支配魔法を開発した研究室長の心は確かに確保している・・・ん? 何だ、あの魔術師は?)


 ここでトシオの心の記憶の中にある白魔女の存在を見つけるシャズナ。

 集団をよく見てみれば、彼女はとても目立つ存在であった。

 絶世の美女でありながら、何故か注意しないと彼女の存在を視認できない。

 すぐに集団の中に埋もれてしまうのだ。

 とても美しく、そして、怪しい仮面を付けた白ローブ姿の女魔術師など目立つ事この上ない存在なのに・・・

 それでも今は彼女がかつての反乱行動の際に漆黒の騎士と共に自分の行動を邪魔された腕利きの魔女であるとすぐに理解できた。

 

(何々・・・やはりあのアークとかいう男の女か・・・それにしても女の心の支配の鍵が見当たらん・・・)


 シャズナの白魔女の『心の鍵』を自分の支配した魂のリストから探してみたが、見つける事はできなかった。

 

(まあいい。これだけ多いのだから、すぐには解らんのだろう。それにあの魔女はどういう訳か既に研究所の室長から支配の魔法を受けているようだ。それならば問題ないだろう・・・)


 白魔女を支配しているトシオ室長の心の鍵の存在をシャズナは既に認識している。

 トシオの魂を完全に自分の支配下に置く事で、これ以上の詮索は時間の無駄として追及しなかった。

 そして、シャズナが欲していた三つ目・・・それが彼女である。

 

「おお、リューダよ。お前の心も感じるぞ。こちらへ来い!」


 シャズナがそう命じると、演壇を囲む兵士の人垣が二つに割れる。

 その人垣の先にリューダの存在が現れた。

 リューダは勇者リズウィが事前に出した招聘状どおり、ひとりでこの結成式典にやって来ていた。

 彼女は凛々しい佇まいを持続しており、高貴な者として気品を放っていた。

 軍の情報部の制服はリューダの華奢な身体を強調するようピタリとしており、パンツ姿の彼女の腰の(くび)れが悩ましい。

 そんなリューダの姿にリズウィを支配するシャズナは思わず息を呑む。

 上品な佇まいであり、それでいて男をその気にさせる彼女の表情はこれまでのシャズナには絶対見せなかった姿。

 

「フフフ、リューダよ。こっちに来い!」


 シャズナが再びそう命じれば、それに素直に応じるリューダ。

 彼女もまた、シャズナから支配魔法を受けてしまったから逆らう事は許されない。

 細い手足に端正な顔付き、引き締まった肢体、すべてがシャズナ好みである。

 

「くくく、堪らんな。相変わらず良い女だ。今すぐ抱きたくなる」


 興奮を高めるシャズナだが、同じようにこの時のリューダの姿に発情する者がもうひとりいた。

 

「へへへ、リューダちゃ~ん。その唇をむしゃぼりたいなぁ~」


 気持ち悪いそんな声が聞こえて、シャズナがそちら側に視線を向けると、股間を膨らませたジン王子の姿があった。

 ジン王子のそんな発情した姿を見せられて、一気に怒りが高まる。

 

「この下種王子め。俺のリューダを視姦して只で済むとは思うなっ!」


 シャズナ怒りはすぐに心の指令としてジン王子に伝わる。

 

「ひひっ! お許しをシャズナ様・・・これもリューダ様がお美しいからなのです」


 言い訳するその姿さえ憎らしい。

 先程の略奪の報酬の約束と言い、このジン王子には品性の欠片が感じられない。

 制裁を加えてやろうと考えたところで名案が浮かぶ。

 

「ジン王子・・・そして、貴様の兄弟達よ、こちらへ来い。今から余興をして貰おう」

「よ、余興ですと?」


 ジン王子が(おそ)(おのの)き、そう問い返す。

 これにシャズナは薄笑いを浮かべるだけ・・・

 緊張の時間はしばらく続いて、やがてジン王子の兄弟達がシャズナの呼びかけに応じて群衆の中より姿を現す。

 

「シャズナ様、我らをお呼びになられましたか?」


 眼を紫色に染めた王子ふたりと王女ひとり。

 シャズナの心の命令により、遠隔でも自分が呼ばれればすぐに解った。

 彼らはまるで自分の最愛の人に呼ばれたように、急ぎ足でこの場に参上したのだ。

 彼らと比較してジン王子だけが緊張の面持ちである。

 ジン王子はシャズナが自分に対して不愉快な気持である事を既に感じていたからである。

 その予想どおり、ここでシャズナから冷酷な命令がひとつ放たれる。

 

「お前達にはこれから命懸けで戦って貰おう。そして、勝ち残れば、生き残りを許してやる」


 そして、シャズナは部下に武器を持ってこさせた。

 槍、長剣、短剣、戦槌と様々な武器が地面へと投げられる。

 

「・・・」


 しばらく黙って無残に放置された武器を眺めるジン王子であったが、彼は他の兄弟がどの武器を取るか迷っていることを幸いに、身近な短剣を奪うようにして取った。

 

「兄弟達よ。俺のために命をくれっ!」


 短剣を鞘から抜き、一番弱いと思っていた妹の腹部を目掛けて刃を振り下ろす。

 しかし、妹の方が一枚上手だった。

 彼女は颯爽と側転して身を(ひるがえ)すと、ジン王子の攻撃を掻い潜る。

 

「ヤァーーッ!」


 そして、器用にその側転で地面に転がっていた戦槌の柄を拾うと、ジン王子の顔面目掛けて殴打した。

 

ボンッ!


 鈍い音がして、ジン王子の顔面を殴打する。

 全く遠慮のない一撃。

 

「ぎゃぴーーー」


 意味不明の悲鳴をあげてジン王子が倒れた。

 彼の顔面は陥没し、即死級の傷を受ける。

 しばらく地面に臥し、ピクピクピクと痙攣するジン王子・・・

 やがて動かなくなる。

 こりように、ジン王子を遠慮なく撲殺した妹の方は・・・

 

「フン。本当に屑の兄者だったわ。シャズナ様の女性に色目を使うなんて万死に値するわね!」


 とゴミのように長兄を見下し、自分はゴミ処理でもしたかのようにシャズナに褒めて欲しいような顔を返す。

 次に、そんな妹の背中を次男と三男の剣の刃が襲った。

 

ガキーーン


 しかし、そんな不意打ちは妹には利かない。

 彼女は後ろ手に戦槌を構えると死角からの刃を見事に防ぐ。

 知謀と策謀に長ける次男も、魔法が得意な三男も、近接戦闘においては武芸に長けた妹に敵わなかったようだ。

 彼女は難なく次男と三男の攻撃を躱すと、彼らにも遠慮なく戦槌を振るう。

 

ボン、ボンッ!


 鈍い音が二回響き、次男王子と三男王子も長男と同じ方法で撲殺した。

 こうして兄弟の戦いを生き残ったのは妹ひとりとなる。

 

「ワハハハハ。これは愉快な余興。約束どおりお前を生かせてやろう!」


 愉快にシャズナは笑う。

 自分達の祖国を謀略により攻め滅ぼしたボルトロール王国。

 その王家の子息が骨肉の争いで命を落とす。

 そんな茶番を笑わずにはいられない。

 

「ありがたき幸せです。シャズナ様。ご存じかも知れませんが、私の名前はマチルダ・カイン・ボルトロール。これからはシャズナ様とリューダのお役に立つために命を捧げようと思います」

「マチルダか、よくやった。そして、よく言った。お前を革命軍部隊長に任命してやろう。任務はエイボルトの壊滅。悪しき兄弟を殺戮したように、このエイボルトを血の海に変えよ。悪しきボルトロール人達を滅亡させて、新しい国家・新生ゼルファ王国を築き上げる礎となれ!」

「ハッ! この命に替えましてもその命を履行いたします」


 ボルトロール軍隊式の敬礼で応えるマチルダ王女。

 その顔は兄弟を撲殺したときに迸った返り血も浴びており、正気の顔ではなかった。

 狂気の支配する軍、それがこの王子革命軍――いや、もう王子は死亡してしまったので単なる『革命軍』と表現した方が妥当かも知れない。

 その革命軍全員に命令を下すシャズナ。

 

「さぁ、お前達よ、余興は終わった。これからは革命軍としての行動を初めるぞ。手始めにこの王都エイボルトを壊滅させるのだ!」

「「おおーーーっ!」」


 シャズナの命令を大きな号令で応える。

 革命軍の誰もがこの命令に疑いなど持たない。

 それは支配の魔法を受けているから当たり前。

 彼らの心にあるのはボルトロール王国に対する激しい恨み。

 怒りが彼らの心へ充当される。

 それはシャズナが常に感じていたこの国に対する『怒り』を共有した結果である。

 革命軍の兵士達は互いに武器を取り、この闘技場から出ていく。

 彼らが目指すのはボルトロール人のいる全ての場所。

 ボルトロール人の命を、文化を、財産を、すべて破壊する。

 それが彼らの使命だ。

 ターゲットはこの王都エイボルト全てである。

 

「うぉぉぉぉーーっ!」


 彼らは雄叫びと共に次々と無差別に市民へ襲い掛かる。

 それはまるで人と魔物の戦闘のようである。

 平和だったエイボルト市街に全く似合わない行為。

 虐殺である。

 

「きゃーーーっ! 止めてーーっ!」

「何だ!? お前達は、ぐオッ!」


 男も女も大人も子供も見境なく殺傷する革命軍。

 一般市民と完全武装した兵士ではまるで勝負にならない。

 ある者は剣でひと突きにされ、ある者は火炎魔法で焼かれる。

 一方的な市民の殺戮がある程度続いたところで、ようやくボルトロール王国側の治安維持部隊が動き出した。

 

「き、貴様ら!? 正気か? 王子革命軍とは我々の敵だったのか!」


 ある程度この軍隊の存在を知る軍部所属の治安維持部隊長からそんなことを問うてくるが、革命軍は容赦しなかった。

 すぐに両軍の戦闘が始まり、革命軍の方が優勢になる。

 それは設備的にも優れた武器を革命軍が有していることと、加えて支配の魔法が作用して、死の恐れを知らない彼ら。

 ひとりが十人分の働きをする革命軍はボルトロールの治安維持部隊を圧倒した。

 こうして革命軍による戦乱は一時間程で王都エイボルトの中心部全域に広がる。

 

「ワハハハ。殺せ、燃やせ、潰せ。絶望と死をボルトロールに与えるのだ」

 

 勇者リズウィの姿をした死神からそんな命令が響く。

 こうして、ボルトロール史に残る大乱が始まってしまう。



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